(平成18年2月28日)
文部科学省初等中等教育局児童生徒課
会津藩の「什(じゅう)の掟」の最後における「ならぬことはならぬものです」という締め括りのくだりは非常に有名です。私は、子どもに規範意識を教えるためには、理屈ではなく、「ならぬものはならぬ」として、繰り返し、物事の善悪の基準を教える時期があると考えております。
子ども達の成長には、発達段階があり、それに合わせた指導が必要です。その発達段階を大きく超えていたり、逆に低すぎるような指導を行っている場合には、効果的な教育成果は望めません。そして、子どもの発達段階では、理屈を言って分かる時期と、理屈よりもむしろ「褒められて嬉しい・叱られて悲しい」というような『情動』を通じて学んでいく時期があると思います。
会津藩では、日新館入学前の6歳から9歳までの子どもは、各区域ごとに、10人1組(=(イコール)「什」)で組を作るそうです。そして、「什の掟」は、その組における「日々の活動の規則」としての位置付けであるそうです。
(注)「什の掟」:
「1.年長者の言うことにそむいてはならない、2.年長者には御辞儀をしなければならない、3.虚言をいう事はならない、4.卑怯な振舞をしてはならない、5.弱い者をいじめてはならない、6.戸外で物を食べてはならない、7.戸外で婦人と言葉を交へてはならない。『ならぬことはならぬものです』。」。
この「什」では、身分の上下無く、一番の年長者が什長となって、その什長が「什の掟」を一条毎に読み、つづいて全員で一条毎に御辞儀をし、それが終わると什長は、昨日この掟に背いた者の有無を尋ね、違反者があれば問い正し、罰を与えるというように、互いに研鑽し合う仕組みであったそうです。
規範意識は、乳幼児期においては、主に家庭における親子間の信頼関係の下に、褒められたり叱られたりして、挨拶・清掃・服装等の躾、規則正しい睡眠や食事等の基本的な生活習慣、又は家庭の手伝い等を身に付けさせることを通じて、育成されることが必要です。
それを土台として、学童期において、規範意識は、家庭教育及び学校教育において、決まりを守ること及び他者との関わりを大事にするための具体的な活動を通じて育成されるものであると考えております。
特に、学校教育において、規範意識は、教職員と児童生徒の間の信頼関係がある中で、挨拶指導、服装指導、遅刻指導、集団活動に関する指導、清掃指導、授業中の私語の禁止などの日常的な具体的な活動について、生徒指導、教科指導、道徳教育及び人権教育など、学校におけるあらゆる教育活動を通じて養われるものであると考えております。
この「什」に属する時期は、まさに小学校低学年の時期と重なるわけですが、この「什」における取組は、この時期における規範意識について、多くの示唆を与えてくれます。
「什の掟」から考えることは幾つかあります。
例えば、「什」における取組から現在の生徒指導に参考になるものとしては、
などがあると思います。
前回号のメールマガジンの巻頭言で、「ゼロ・トレランス方式」に対する文部科学省の考え方を紹介しましたが、その狙いは、「ルールと罰則をあらかじめ明示し、子どもたち自身が規律のある行動をするよう促すとともに、違反行為があった場合には、事情を聞くなどの手続きを踏んだ上で、然るべき罰を与える、そこには指導のブレを生じさせない」ということにあります。「什の掟」は、その期待される効果を示唆しております。
しかし、子ども達の中には、「什の掟」の考え方が活用できないケースもあります。
例えば、一部の家庭又は子ども達等においては、特別な事情を抱え、通常の指導にはなじみにくい児童生徒、又はなじみたくてもなじめないような児童生徒がおります。
このような子ども達にはいろいろな背景がありますが、昨今の状況としては、特に、軽度発達障害が考えられる児童生徒、犯罪被害を受けた児童生徒、又は児童虐待が考えられる児童生徒などに対しては、特に、特別な配慮と支援が必要となります。
これらの児童生徒は、残念なことですが、いじめや虐待の対象となり易い傾向があり、そのことから内面に何らかのストレスを抱え込み易い状態にあります。しかも、誰にも相談できずに悩んでいるケースが考えられるため、当該児童生徒の状況を勘案せずに、無理に集団に溶け込ませようとすると、逆に当該児童生徒にストレスを付加することとなり、指導がマイナスに作用することがありえます。このため、このような子ども達に対しては、一人一人を丁寧に見ていくような教育相談体制が別途必要となると思います。
また、個々の子ども達には、同じ学年であったとしても、その発達段階に差があることも考えられます。ある子どもには、もしかしたら理屈を通じて教えた方がいい場合もありえます。
規範意識を育成するための教育の一環で、規範を守れない子どもがいた場合の対応において、事情を聞くなどの手続きを踏むことの重要性は、以上のように、このような特別な事情が背景にあったり、個々の発達段階に違いがある場合が考えられるため、そのような事情を見逃さず、個に応じて対応することができるようにするためです。
全ての子ども達に対して「ならぬものはならぬ」という規範を教え、それとともに、規範を何らかの理由で守れない子どもがいた場合には、そのような子どもに対して、個々に丁寧にケアしていくことが必要です。そして、そのようなケアが、学校だけではそれが不可能なのであれば、外部人材を活用したり、関係機関や地域・家庭と連携し、それらの力を活用しつつ、生徒指導に当たることが必要です。
そのような「剛の生徒指導(集団の中の個人の視点)」と「柔の生徒指導(個人あっての集団の視点)」のバランスのとれた実施とともに、開かれた生徒指導を進め、学校ができないことは外部機関の力を借りて実施していくことが、生徒指導の今日的な姿なのだと考えます。
最近、少年による人の生命にかかわる重大な事件の発生や少年非行の凶悪化・粗暴化の傾向が見られるなど、少年による犯罪は、依然として深刻な状況が続いている。また、少年が加害者となるだけでなく、犯罪の被害者となるような事件も多数発生しているなど、子どもを取り巻く環境は憂慮すべき状況にある。
このことに対して、学校・家庭・地域社会・関係機関等が緊密に連携し、子どもの非行を防止したり、犯罪被害を防いだりするなど社会全体として取組みを進めることが急務となっている。
東京都では、学校・家庭・地域社会・関係機関等が緊密に連携して、児童・生徒の非行防止や犯罪被害防止のための「セーフティ教室」を平成18年度内に都内全ての公立小・中学校と都立学校での開催を目指して、平成16年度から実施している。
「セーフティ教室」は二部構成になっている。
第一部では「非行防止・犯罪被害防止の学習」を教員が実施する授業に、警視庁職員等の外部人材を講師として招き、非行防止や犯罪の被害に遭わないための指導を行う。この学習には、児童・生徒だけではなく、保護者や地域住民も参加する。
第二部は「保護者、地域住民等による意見交換会」を行う。
非行防止・犯罪被害防止の学習の終了後に、保護者、地域住民、教員、関係機関担当者等が参加して、学校、家庭、地域社会、関係機関が連携し、非行や犯罪被害から児童・生徒を守るために、次のような具体的な実践について意見交換を行う。
墨田区立墨田中学校では、警視庁本所警察署の協力のもとに、「非行・犯罪被害防止をテーマに学校・家庭・地域社会との連携を強化し、生徒の安全確保と健全育成を推進する」ことを目的として「セーフティ教室」を行った。その内容について紹介する。
ビデオ『ダメ。ゼッタイ』を活用して、「ドラッグの怖さを十分に理解させる」「薬物に手を出さない勇気をもたせる」ことについて指導を行った。
その後、警察官と生徒がステージの上でロールプレイングを行い、「たばこや酒を勧められたらどうするか」「金を出せと言われたらどうするか」などを考えさせ、「はっきり勇気をもって断る」ことの大切さについて指導した。
自分の身は自分自身で守る『自己防衛』の意思と姿勢が大切であることを生徒に意識させることができた。
警察官から東京都や墨田区における少年犯罪の現状を聞き、教師も保護者も地域住民も、「今、青少年が危ない!」という認識をさらに深めることができた。また、大人が子どもにもっと関心をもつことが必要であり、言葉かけが何より大切だという話があった。
意見交換の場では、生徒の安全確保及び健全育成について積極的な質疑応答がなされた。
地域における取組について意見交換を行い、今後、次のような取組を実践することになった。PTAでは、子どもたちの健全育成を第一に考え、例えば、「朝のあいさつ運動」の実施方法に工夫を凝らし、子どもたちのあいさつへの意識を高めたり、夏季休業期間中のパトロール実施について、時間設定の見直しや父親の積極的な参加を促すなど、現在の取組をさらに充実したり見直したりするという意見が出された。
地域の方からは「家庭」が教育の原点であり、保護者が真剣に子どもたちと向き合う姿勢が第一だという意見が多く出され、家庭を中心に、学校・地域社会がさらに連携を深めるという共通理解が得られた。
また、墨中地区青少年育成委員会では親と子のふれあいの場や、地域の大人と子どもたちが一緒になって楽しめるイベントを企画していくことが提案された。
「セーフティ教室」が本格的に実施された平成16年度には、小・中学校合わせて1,306校(実施率65.6パーセント)で実施された。平成17年度は、さらに1,837校(実施率93.1パーセント)、で実施を予定し、当初の予想を上回る実施状況である。
しかし、平成17年度「セーフティ教室」の実施内容を見ると、小学校を中心に「連れ去り防止」や「不審者対応」など犯罪被害防止を中心に実施されている。今後、最近の子どもたちの課題である非行防止を「セーフティ教室」の中で積極的に取り上げていく必要がある。
また、「セーフティ教室」の講師としてお願いする外部人材については、スクールサポーターを含めた警察関係者が圧倒的に多い。今後、保護司の方々をはじめ、子どもたちの健全育成にかかわっている警察以外の関係者に「セーフティ教室」の実施への協力を各学校で働きかけていく必要がある。
東京都教育委員会では、「セーフティ教室」の内容を一層の充実させるために、「非行防止・犯罪被害防止教育推進指導資料」を作成し、全公立学校や関係機関に配布した。また、啓発用リーフレットを配布して、家庭や地域、等に協力を要請している。
今後、先進的な取組を集めた実践事例集や協力していただける「外部人材リスト」を作成するなど、「セーフティ教室」の充実を図り、子どもたちの非行防止・犯罪被害防止を一層推進していく。
生徒指導及び人権教育を担当する教育委員会関係者又は学校関係者が知っておくべき最近の政府の動向の1つとして、犯罪被害者等に関係する一連の動きがある。
犯罪被害者等については、被害に遭遇したことのない人達には「自分達には関係ない」という認識があり、社会的な関心が必ずしも高いといえなかったが、平成16年だけでも約305万5千件の刑法犯の認知件数があることから、実は、誰もがいつ犯罪被害者になるか分からないのが現状である。
また、犯罪被害者達は、被害を受けた側であるにも拘らず、周囲の好奇の目、誤解に基づく中傷、関係機関の無理解な対応又は過剰な報道等により、名誉毀損や不当な扱いに苦しむことが少なくない。特に、昨今は、子ども達に対する児童虐待等も深刻な状態であり、児童生徒の中に被害者となっている場合も考えられる。今回は、そのような状態に対する対策として、犯罪被害者等基本法及び犯罪被害者等基本計画について紹介したい。
「犯罪被害者等基本法」(以下、「基本法」という。)は、平成16年秋に成立した。同法は、犯罪被害者等(犯罪やこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす行為の被害者及びその家族又は遺族)のための施策を総合的かつ計画的に推進することによって、犯罪被害者等の権利利益の保護を図ることを目的としている。その基本理念として、「犯罪被害者等は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有すること」などが定められている。
同法において、国・地方公共団体が講ずべき基本的施策としては、例えば、1.相談及び情報の提供、2.損害賠償の請求についての援助、3.給付金の支給に係る制度の充実等、4.保健医療サービス・福祉サービスの提供、5.犯罪被害者等の二次被害防止・安全確保、6.居住・雇用の安定及び7.刑事に関する手続への参加の機会を拡充するための制度の整備、といった項目が掲げられており、これらを犯罪被害者等の視点に立って実現することによって、その権利や利益の保護を図ることとしている。
また、これらの施策については、「犯罪被害者等基本計画」に基づいて推進していくこととなっている。
「犯罪被害者等基本計画」は、基本法に基づき、政府が総合的かつ長期的に講ずべき犯罪被害者等のための施策の大綱などを定めるものとして、平成17年12月27日の閣議で決定された。
この基本計画は、犯罪被害者等の権利利益の保護が図られる社会を実現させるため、4つの基本方針、5つの重点課題(1.損害回復・経済的支援等への取組、2.精神的・身体的被害の回復・防止への取組、3.刑事手続きへの関与拡充への取組、4.支援等のための体制整備への取組、及び5.国民の理解増進と配慮・協力の確保への取組)の下、258の具体的施策を盛り込むとともに、国の行政機関を始めとした関係諸機関が連携・協力し、それぞれの施策について犯罪被害者等の方々の視点に立って取組んでいくための体制などを規定している。
同基本計画のうち教育関係機関が果たす役割としては、「相談及び情報の提供等(基本法第11条関係)」、「保健医療サービス及び福祉サービスの提供(基本法第14条関係)」、「安全の確保(基本法第15条関係)」及び「国民の理解増進(基本法第20条関係)」の4つがある。
上記の犯罪被害者等基本計画のほかに、生徒指導及び人権教育を担当する教育委員会関係者又は学校関係者が知っておくべき最近の政府の動向の1つとして、「自殺予防に向けての政府の総合的な対策について」(自殺対策関係省庁連絡会議)に関係する一連の動きがある。
我が国における自殺の死亡者数は、平成9年まで2万5千人前後で推移していましたが、平成10年に3万人を超えた後は、その水準で推移している状況です。自殺数が増加し、減少していないことに関しては、健康問題、経済・生活問題、家庭問題のほか、人生観・価値観や地域・職場の在り方の変化など、社会的要因が複雑に関係しているとされており、自殺予防対策を推進するに当たっては、上記の点を踏まえた多角的な検討、包括的な対策が必要です。
こうした状況を踏まえ、平成17年7月に参議院厚生労働委員会において「自殺に関する総合対策の緊急かつ効果的な推進を求める決議」がなされ、政府の対策の実施に当たって、総合調整を進める上で必要な体制の確保を図ること、自殺問題に関する調査研究や情報収集・発信等を行う拠点機能の強化を図るとともに、自殺の原因について、精神医学的観点のみならず、公衆衛生学的観点、社会的・文化的・経済的観点等からの多角的な検討を実施すること、などが指摘されました。政府においては、これらを受け、自殺問題を喫緊の課題として総合的な対策を推進するため、自殺対策関係省庁連絡会議を設置し、平成17年12月に、「自殺予防に向けての政府の総合的な対策について」を取りまとめたところです。
児童生徒の自殺の状況については、近年は減少傾向にあるものの、一部地域において続けて自殺が発生するなど、教育上の大きな課題として取り組まなければならない問題です。
文部科学省においては、これまでも、次のように、命を大切にする教育や、児童生徒の心のケア、いじめ対策などの施策を通して、自殺防止に取り組んできたところであり、今後もこれらの施策を推進していくとともに、児童生徒の自殺の特徴や傾向などを分析しながら、自殺予防の取組の在り方についての調査研究を行うこととしています。
「豊かな体験活動推進事業」や「道徳教育推進事業」の中で、道徳をはじめとして教育活動全体を通じて命の大切さについて学んだり、体験活動を生かすなどして、命の大切さを実感できる教育の充実を図るよう努めています。また、乳幼児や小学生等を持つ保護者に配布している「家庭教育手帳」に、子どもに命の大切さを実感させることなどについて盛り込むなど、家庭教育に対する支援も行っています。
スクールカウンセラーの配置等、学校における教育相談体制の充実に努めてるとともに、教職員による児童生徒の状況把握や心の変化に気づいた際の適切な対応がなされるよう、教育委員会の指導主事等や学校の養護教諭に対する研修も実施しています。
いじめ問題への対応に関する一連の通知の中で、「児童生徒の自殺を食い止めるためのあらゆる手立てを講じること」、や「理由の如何を問わず絶対に死んではいけないこと」など、自殺防止について繰り返し指導しています。
近年のインターネットを介して知り合った若者の集団自殺等の事件の中には、児童生徒が関わっているものもあり、子どもの行動や考え方にインターネット上の有害情報の影響が懸念されます。このことから、違法・有害情報も含めた、情報化の「影」の部分に適切に対応していくための情報モラル教育を推進しています。
(全てを記載しているわけではありませんので、必ず正式文書で確認をお願いします。)
文部科学省では、引き続き、各種施策を通じ、キャリア教育を推進してまいりますので、キャリア教育へのご理解・ご尽力をお願い申し上げます。
今回は特になし。
初等中等教育局児童生徒課
-- 登録:平成21年以前 --