1.3.長期宿泊体験の実施に際して

 これまで、体験活動実施上の留意点について示してきたが、特に長期宿泊体験の実施に際しては、いっそう入念な準備や対応が必要になる。ここでは特にその点についてまとめた。

(1)「集団活動」の長所を生かす

 例えば自然の中での長期の集団生活では、普段慣れ親しんだ環境とは違った環境の下で、様々な不便を強いられる。日頃仲の良い友達同士でも、些細なことでいさかいが起こり、役割分担等を巡って意見が食い違い、人間関係に摩擦が生じる。
 しかし、ここで終わってしまっては長期宿泊体験の意味がない。トラブルが生じた際に、集団の中で腹を割って話し合う。その場に応じた適切な役割分担を決めさせる。そして、協力関係の下でトラブルを乗り切る。ここまでやって初めて、長期で行う宿泊体験の意義があるともいえよう。
 集団活動は、何も体験活動中だけではなく、事前指導の段階から始まっている。個人個人のやりたいこと、考えている方向性を集団の目標や指針に高める過程をあらかじめ経験させる必要がある。そこには様々な議論があり、切磋琢磨があるであろう。或いは、切磋琢磨が生じるよう教職員が仕向けなければならない。集団で創意工夫を凝らして計画するということはいかに大変なことか、をある程度理解した上で実際の体験活動に臨むことがより望ましい。
 体験活動中には、個々の局面において個人がリーダーシップを発揮する場面も発生する。通常の教室環境ではおとなしかった子どもが、教職員も予想もしなかったようなリーダーシップを発揮し、意外な一面を覗かせることもある。期間中にリーダー経験を交替し合うような配慮などもあっていいだろう。こうして、子どもの意外な一面を引き出すよう、教職員は子どもたちに様々な役割を与え、目の前のことにどう対応するかチャレンジさせることを忘れてはならない。
 また、事後指導においても、活動集団を再度集め、自分の新たな一面とともに他人のどのような面を新たに発見したか、考えさせ、深めさせることによって、友達関係をより多面的な角度から見つめるよいきっかけともなることであろう。
 集団活動は、やがて訪れる社会人生活のいわば縮図に当たる。問題解決能力や社会生活力の向上という点において、集団生活は子どもの成長に大きな望ましい影響をもたらすであろう。

(2)学社連携を図る

 「通学合宿」というものがある。これは、通常通り学校に通い、授業を受けた後、青少年教育施設や公民館など様々な施設に子どもたちが集まり、様々な体験活動を行って寝泊りするものである。その場合の参加者は、一般的には希望者のみになるが、保護者の理解を得ることで、対象学年の全児童生徒が参加する事例もある。例えば、将来同じ中学校に進学することとなる、異なる小学校に通う児童を集めて実施した場合、この取組は将来の中1ギャップ等の未然防止につながりうる。このように、通学合宿は、社会教育の分野での様々な活動による成果を学校教育に持ち帰り、学校における教育活動の更なる充実を図るものである。
 当然であるが、学校教育関係者と社会教育関係者との連携は重要なことである。社会教育において実践される体験活動は、教育課程上で実施される体験活動よりも制約が少なく、普段の人間関係にとらわれない幅広い異年齢交流、子どもに応じたきめ細かな活動内容の設定等が可能である。
 一方で、先に述べた通学合宿のように、学校教育と社会教育の両方の特徴を備えた取組も、アイデア次第で十分可能である。子どもの育ちを支援する中で、学校教育関係者と社会教育関係者の双方が知恵を出し合って、成果を生かし合い、関係付けて実施してより大きな成果を収められるような取組に仕上げていく努力は非常に大切なことであろう。

(3)生活リズムの確保に留意すること

 宿泊体験期間中においては、慣れない環境の下で、様々な共同作業に取り組む。保護者に守られた、安心できる家庭環境では当然のようにすることができる寝泊りや食事、排泄等についても、通常とは違う環境の下にあっては非常に不自由な思いをする。特に、年少の児童生徒にとっては、なかなかうまくいかないことも多々あるだろう。
 しかし、宿泊体験の醍醐味はまさにここにある。不自由な環境だからこそ、子どもはいわば短期間ではあるが「親離れ」し、自主・自律の精神を少しずつ養っていくための大きなチャレンジができる。いわば、生活習慣が十分身についていない子どもであればこそ、困難を乗り越え、様々な環境にあっても我慢強く物事に取り組むための精神や心構えを鍛えるという、宿泊体験活動の効果がより大きなものとなって現れる。規律ある生活態度は規律ある学習環境につながることから、学校教育の中で取り組む意義もあると考えられる。
 宿泊体験期間中にあっては、起床・就寝時間など時間厳守の徹底や、身の回りのことは自分でするという考え方を徹底させるという認識で、大人たちは子どもと接する必要がある。

(4)事前の関係機関との調整について

 長期宿泊体験は、宿泊地や活動場所の確保、活動プログラムの検討、指導員の確保、子どもの安全確保等において、多くの関係者・関係機関との緊密な連携の下で実施される必要がある。この事前準備の困難さから、長期宿泊体験の実施に二の足を踏んでいる学校も多くないが、
 しかし、現在優れた長期宿泊体験の実践を行っている学校も、取組を始めたばかりはそうであった。教育委員会や関係機関による、財政面や人的援助に代表される十分かつ様々な支援の下で、学校自身も試行錯誤を繰り返しつつ取組の改善に逐次努めてきたのである。
 長期宿泊体験の場合は、期間中の対応以外に、以下の面で学校の負担が大きい。

  • 1事前の受入施設・場所を選定すること
  • 2活動プログラムを検討すること
  • 3まとまった活動日数の確保を検討すること
  • 4安全管理体制を中心とした期間中の教職員等の体制を検討すること
  • 5家庭へ十分な説明を行い、理解を得ること

 これらについては、以下のようなポイントを押さえられたい。

  • 1: すべて学校独自に行うのは、近隣の施設を使うのでない限りかなり難しい。この点については、教育委員会において、学校の意向等を踏まえつつ、活動先と交渉することが望ましい。このため、常日頃からコーディネート組織等との協力関係が構築されていることが望ましい。
  • 2: 学校の教職員がプログラム面で頭を悩ませることは大切なことだが、天候面の要素も考えれば、予定していた通りの内容の全てを実際に実施できないことが十分考えられる。
     予想できなかった事態が生じることもよくある。このため、プログラムづくりの面でも受入先の施設等と十分連携を図り、相談しながらプログラムづくりを進め、当日の変更等の応用がすぐに実行できるような体制を敷いておくことが大切である。
  • 3: 授業時数の確保は確かに大きな課題であるが、長期休業期間中や土曜日・日曜日を積極的に活用することも検討したい。特に、長期休業期間中ならば、万全の指導体制を組みやすい。授業日の設定等について、教育委員会においても学校の希望に応じた弾力的な判断と対応が求められる。
  • 4: 養護教諭を連れていくことも学校の状況によっては難しい場合もあるため、保健師や看護士等につき教育委員会や首長部局において支援されることが望ましい。また、児童生徒の健康状況や食アレルギーなど配慮を要することにつき個別シートを作成するなどして、受入先に必ず事前に情報提供し、必要な配慮を求める必要がある。
  • 5: 児童生徒が長期にわたって宿泊することは、保護者にとって非常に不安を覚えるものである。これに対しては、長期宿泊体験の意義や効果について粘り強く説明する機会を設けていかなければならない。また、費用負担の面については教育委員会による支援が必須であり、それぞれ十分検討していただきたいと思う。

 本事例集では、自然の中での長期宿泊体験に取り組む実践例を数多く収録している。それぞれの取組を参考にして、長期宿泊体験活動に取り組んでいただきたい。

-- 登録:平成21年以前 --