学習指導要領「生きる力」

第1章 言語活動の充実に関する基本的な考え方

(1)学習指導要領における言語活動の充実

ア 新しい学習指導要領の基本的な考え方

  知識基盤社会の到来や,グローバル化の進展など急速に社会が変化する中,次代を担う子どもたちには,幅広い知識と柔軟な思考力に基づいて判断することや,他者と切磋琢磨しつつ異なる文化や歴史に立脚する人々との共存を図ることなど,変化に対応する能力や資質が一層求められている。一方,近年の国内外の学力調査の結果などから,我が国の子どもたちには思考力・判断力・表現力等に課題がみられる。これら子どもたちをとりまく現状や課題等を踏まえ,平成17年4月から,中央教育審議会において教育課程の基準全体の見直しについて審議が行われた。
  この見直しの検討が進められる一方で,教育基本法,学校教育法が改正され,知・徳・体のバランス(教育基本法第2条第1号)を重視し,学校教育においてはこれらを調和的に育むことが必要である旨が法律上規定された。さらに,学校教育法第30条の第2項において,同法第21条に掲げる目標を達成する際に,留意しなければならないことが次のように規定された。

第30条

2 前項の場合においては,生涯にわたり学習する基盤が培われるよう,基礎的な知識及び技能を習得させるとともに,これらを活用して課題を解決するために必要な思考力,判断力,表現力その他の能力をはぐくみ,主体的に学習に取り組む態度を養うことに,特に意を用いなければならない。

  ここには,学力の重要な3つの要素が示されている。
  (1)基礎的・基本的な知識・技能
  (2)知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等
  (3)主体的に学習に取り組む態度
  これらを踏まえ,中央教育審議会は平成20年1月に「幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について」を答申した(以下,「平成20年答申」とする)。この平成20年答申においては,学習指導要領の改訂の基本的な考え方として,次の7点を示している。
  (1)改正教育基本法等を踏まえた学習指導要領改訂
  (2)「生きる力」という理念の共有
  (3)基礎的・基本的な知識・技能の習得
  (4)思考力・判断力・表現力等の育成
  (5)確かな学力を確立するために必要な授業時数の確保
  (6)学習意欲の向上や学習習慣の確立
  (7)豊かな心や健やかな体の育成のための指導の充実

イ 新しい学習指導要領における言語活動の充実

  平成20年答申においては,上記の基本的な考え方を踏まえつつ,学習指導要領の改訂に当たって充実すべき重要事項の第1として言語活動の充実を挙げ,各教科等を貫く重要な改善の視点として示した。
  先の改正学校教育法に示された学力の重要な要素や平成20年答申を踏まえ,平成20年3月に公示された「小学校学習指導要領」(以下,「新しい学習指導要領」とする。)の総則には,言語活動の充実について,以下のように記述されている。

第1章 総則
第1 教育課程編成の一般方針
1 (前略) 学校の教育活動を進めるに当たっては,各学校において,児童に生きる力をはぐくむことを目指し,創意工夫を生かした特色ある教育活動を展開する中で,基礎的・基本的な知識及び技能を確実に習得させ,これらを活用して課題を解決するために必要な思考力,判断力,表現力その他の能力をはぐくむとともに,主体的に学習に取り組む態度を養い,個性を生かす教育の充実に努めなければならない。その際,児童の発達の段階を考慮して,児童の言語活動を充実するとともに,家庭との連携を図りながら,児童の学習習慣が確立するよう配慮しなければならない。

  同じく総則において,指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項について,以下のように示されている。

第4 指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項
  2 以上のほか,次の事項に配慮するものとする。
(1) 各教科等の指導に当たっては,児童の思考力,判断力,表現力等をはぐくむ観点から,基礎的・基本的な知識及び技能の活用を図る学習活動を重視するとともに,言語に対する関心や理解を深め,言語に関する能力の育成を図る上で必要な言語環境を整え,児童の言語活動を充実すること。

  ここでは,各教科等において思考力,判断力,表現力等を育成する観点から,基礎的・基本的な知識及び技能の活用を図る学習活動を重視するとともに,言語環境を整え,言語活動の充実を図ることに配慮することが求められている。
  加えて,新しい学習指導要領では,言語に関する能力を育成する中核的な国語科において,「話すこと・聞くこと」,「書くこと」,「読むこと」のそれぞれに記録,要約,説明,論述といった言語活動を例示した。また,国語科以外の各教科等においても,教科等の特質に応じた言語活動の充実について記述している。

(2)言語活動の充実に関する検討の経緯

  今回の学習指導要領改訂に至る検討は,平成17年2月15日の文部科学大臣による中央教育審議会への審議要請に始まる。その際,「学習指導要領の見直しに当たっての検討課題」として示された14項目の中に「国語力の育成」があり,そこでは,「国語力」は「すべての教科の基本」と位置付けられていた。
  これより先に,文化審議会答申「これからの時代に求められる国語力について」(平成16年2月)においては,「学校教育においては,国語科はもとより,各教科その他の教育活動全体の中で,適切かつ効果的な国語の教育が行われる必要がある。すなわち,国語の教育を学校教育の中核に据えて,全教育課程を編成することが重要であると考えられる」などと指摘されている。
  その後,「国語力の育成」は,中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会の「審議経過報告」(平成18年 2月)等においても中核に位置付けられた。平成19年8月には,言語力育成協力者会議の「言語力の育成方策について(報告書案)」が中央教育審議会に報告された。同報告書案においては,「言語力は,知識と経験,論理的思考,感性・情緒等を基盤として,自らの考えを深め,他者とコミュニケーションを行うために言語を運用するのに必要な能力」であり,「言語力の育成を図るためには,(中略)学習指導要領の各教科等の見直しの検討に際し,知的活動に関すること,感性・情緒等に関すること,他者とのコミュニケーションに関することに,特に留意すること」などと提言している。
  中央教育審議会は,これらを踏まえながら,学習指導要領の全体の在り方や国語力の育成等具体的な内容等を検討し,上記の平成20年答申を取りまとめた。

(3)各教科等における言語活動の充実の意義

  平成20年答申では,言語は知的活動(論理や思考)の基盤であるとともに,コミュニケーションや感性・情緒の基盤でもあり,豊かな心を育む上でも,言語に関する能力を高めていくことが重要であるとしている。このような観点から,新しい学習指導要領においては,言語に関する能力の育成を重視し,各教科等において言語活動を充実することとしている。
  国語科においては,これらの言語の果たす役割を踏まえて,的確に理解し,論理的に思考し表現する能力,互いの立場や考えを尊重して伝え合う能力を育成することや我が国の言語文化に触れて感性や情緒を育むことが重要である。そのためには,「話すこと・聞くこと」や「書くこと」,「読むこと」に関する基本的な国語の力を定着させたり,言葉の美しさやリズムを体感させたりするとともに,発達の段階に応じて,記録,要約,説明,論述といった言語活動を行う能力を培う必要がある。
  各教科等においては,国語科で培った能力を基本に,それぞれの教科等の目標を実現する手立てとして,知的活動(論理や思考)やコミュニケーション,感性・情緒の基盤といった言語の役割を踏まえて,言語活動を充実させる必要がある。
  各教科等における言語活動の充実に当たっては,これまでの言語活動を通じた指導について把握・検証した上で,各教科等の目標と指導事項との関連及び児童生徒の発達の段階や言語能力を踏まえて言語活動を計画的に位置付け,授業の構成や指導の在り方自体を工夫・改善していくことが求められる。そのために,各学校における教科間の関連や学年を超えた系統的で意図的,計画的な言語活動が実施されるよう,カリキュラム・マネジメントを適正に行うことが求められる。特に,教科担任制を原則とする中学校,高等学校の国語科以外の教師は,これらの点を理解することが重要である。
  さらに,各教科等の指導に当たっては,児童生徒が学習の見通しを立てたり学習したことを振り返ったりする活動を計画的に取り入れるよう工夫することが重要である。その際,自校や他校においてこれまでに実践された優れた言語活動の指導事例を参照することも有効である。また,語彙や表現を豊かにするために適切な教材を取り上げること,教育活動全体を通じた読書活動を推進すること,学校図書館を計画的に利活用すること,学校における言語環境を整備することなどにも留意することが重要である。

(4)思考力・判断力・表現力等の育成と言語活動

ア 児童生徒の学力・学習状況

  国立教育政策研究所の平成15年度教育課程実施状況調査の結果においては,基礎的・基本的な知識・技能の習得を中心に一定の成果が認められるものの,国語の記述式の問題の正答率が低下するなどの課題が見られた。
  平成15年に実施された経済協力開発機構(OECD)のPISA調査(※1)の結果からは,我が国の子どもたちの学力は,全体としては国際的に上位にあるものの,読解力の低い層の生徒の割合が増加したことや記述式問題に課題があることなどが指摘された。平成18年のPISA調査の結果においては,読解力については平成15年の調査結果と同程度であったこと,数学的リテラシーの平均得点が低下したこと,科学への興味・関心や楽しさを感じている生徒の割合が低いことなどの課題が指摘された。
  続く平成21年に実施されたPISA調査の結果においては,読解力,科学的リテラシーは上位グループにあること,数学的リテラシーはOECD平均より高得点グループに位置していることが示された。このうち,読解力については,前回(平成18年)と比べて平均得点が大幅に上昇するなど改善傾向が見られた。これらは,生徒本人はもとより,家庭,各学校,地方公共団体が一体となって学力向上に取り組んだ成果の表れだと考えられる。
  その一方で,各リテラシーともに,世界トップレベルの国々と比べると依然として成績下位層の生徒の割合が多いことが示された。また,読解力については,必要な情報を見付け出し取り出すこと(「情報へのアクセス・取り出し」)は得意であるものの,情報相互の関係性を理解して解釈したり,自らの知識や経験と結び付けたりすること(「統合・解釈」「熟考・評価」)が苦手であることが指摘された。
  また,平成22年度全国学力・学習状況調査の結果において,例えば,資料や情報に基づいて自分の考えや感想を明確に記述すること,日常的な事象について,筋道を立てて考え,数学的に表現することなど,思考力・判断力・表現力等といった「活用」に関する記述式問題を中心に課題が見られた。さらに,知識に関する問題においても引き続き課題が見られるなど,知識を活用する力を育成することと合わせ,基礎的・基本的な知識・技能も定着させることが重要となっている。
  なお,平成21年度全国学力・学習状況調査の結果において,「国語の授業で目的に応じて資料を読み,自分の考えを話したり,書いたりしている」と回答している児童生徒の国語の記述式問題の正答率と,「算数・数学の授業で問題の解き方や考え方が分かるようにノートに書いている」と回答している児童生徒の算数・数学の記述式問題の正答率は高い傾向が見られた(平成21年度全国学力・学習状況調査【小学校】報告書,平成21年度全国学力・学習状況調査【中学校】報告書)。

イ 思考力・判断力・表現力等の育成と言語活動の充実

  このように,学力に関する各種の調査の結果により,我が国の子どもたちの思考力・判断力・表現力等には依然課題がある。また,課題発見・解決能力,論理的思考力,コミュニケーション能力や多様な観点から考察する能力(クリティカル・シンキング)などの育成・習得が求められているところである(※2)。
  平成20年答申においては,思考力・判断力・表現力等を育むためには,例えば,次のような学習活動が重要であり,このような活動を各教科等において行うことが不可欠であるとしている。

(1)体験から感じ取ったことを表現する
(例)・日常生活や体験的な学習活動の中で感じ取ったことを言葉や歌,絵,身体などを用いて表現する
(2)事実を正確に理解し伝達する
(例)・身近な動植物の観察や地域の公共施設等の見学の結果を記述・報告する
(3)概念・法則・意図などを解釈し,説明したり活用したりする
(例)・需要,供給などの概念で価格の変動をとらえて生産活動や消費活動に生かす
   ・衣食住や健康・安全に関する知識を活用して自分の生活を管理する
(4)情報を分析・評価し,論述する
(例)・学習や生活上の課題について,事柄を比較する,分類する,関連付けるなど考えるための技法を活用し,課題を整理する
   ・文章や資料を読んだ上で,自分の知識や経験に照らし合わせて,自分なりの考えをまとめてA4・1枚(1000字程度)といった所与の条件の中で表現する
   ・自然事象や社会的事象に関する様々な情報や意見をグラフや図表などから読み取ったり,これらを用いて分かりやすく表現したりする
   ・自国や他国の歴史・文化・社会などについて調べ,分析したことを論述する
(5)課題について,構想を立て実践し,評価・改善する
(例)・理科の調査研究において,仮説を立てて,観察・実験を行い,その結果を整理し,考察し,まとめ,表現したり改善したりする
   ・芸術表現やものづくり等において,構想を練り,創作活動を行い,その結果を評価し,工夫・改善する
(6)互いの考えを伝え合い,自らの考えや集団の考えを発展させる
(例)・予想や仮説の検証方法を考察する場面で,予想や仮説と検証方法を討論しながら考えを深め合う
   ・将来の予測に関する問題などにおいて,問答やディベートの形式を用いて議論を深め,より高次の解決策に至る経験をさせる

  さらに,これらの学習活動の基盤となるものは,数式などを含む広い意味での言語であり,言語を通した学習活動を充実することにより「思考力・判断力・表現力等」の育成が効果的に図られることから,いずれの各教科等においても,記録,要約,説明,論述などの言語活動を発達の段階に応じて行うことが重要だとしている。
  また,先述の通り,我が国の子どもたちにおいては,引き続き解釈,熟考,評価といったプロセスに課題があること(平成21年PISA調査結果)からも,各教科等の目標の実現のために言語活動の充実が必要であることを再確認したい。
  なお,文部科学省においては,総合的な学習の時間を核とした課題発見・解決能力,論理的思考力,コミュニケーション能力等の向上に資する指導の在り方について,『今,求められる力を高める総合的な学習の時間の展開(総合的な学習の時間を核とした課題発見・解決能力,論理的思考力,コミュニケーション能力等向上に関する指導資料)』(平成22年11月)を作成しており,本資料と関連させながら効果的に活用することが望まれる。

(5)学習評価と「言語活動の充実」

  中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会「児童生徒の学習評価の在り方について(報告)」(平成22年3月24日)(以下,「報告」とする。)を受け,文部科学省は,平成22年5月11日付け22文科初第1号「小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校等における児童生徒の学習評価及び指導要録の改善等について(通知)」を発出し,新しい学習指導要領の趣旨等を踏まえた学習評価の在り方を示した。
  上述の通り,新しい学習指導要領においては,思考力・判断力・表現力等を育成するため,基礎的・基本的な知識・技能を活用する学習活動を重視するとともに,知的活動(論理や思考)等の基盤といった言語の果たす役割を踏まえて,言語活動を充実することとしている。
  報告は,これらの能力の実現状況を適切に評価し,一層育成していくために,学習評価についての基本的な考え方を整理し,評価の観点等の具体的な手立てを工夫することを提言した。すなわち,各教科の内容等に即して思考・判断したことを,表現する活動と一体的に評価する観点(以下「思考・判断・表現」とする。)を設定することとし,観点別学習状況の観点については,従来の「思考・判断」を「思考・判断・表現」と改めることとした。そして,この「思考・判断・表現」の観点については,基礎的・基本的な知識・技能を活用しつつ,各教科の内容等に即して思考・判断したことを,説明,論述,討論等といった言語活動等を通じて,思考・判断の過程を含めて評価するものであることに留意する必要があるとしている。
  学習指導の改善や教育課程全体の改善につながる学習評価の意義・目的を踏まえ,言語活動を通して育成する,思考力,判断力,表現力等について,各教科の対応する観点において適切に評価することが求められる。


(※1)Programme for International Student Assessment(PISA:ピザ)の略。生徒の学習到達度調査と訳される。経済協力開発機構(OECD)が実施。主に,読解力,数学的リテラシー,科学的リテラシーの3分野について調査を実施。PISAにおいて,読解力とは「自らの目標を達成し,自らの知識と可能性を発達させ,効果的に社会に参加するために,書かれたテキストを理解し,利用し,熟考し,これに取り組む能力」と定義されており,側面別には,「情報へのアクセス・取り出し」「統合・解釈」「熟考・評価」の3つに分類し,到達度を測定。
(※2)『新成長戦略』「成長戦略実行計画(工程表)」平成22年6月18日閣議決定など 

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-- 登録:平成23年01月 --