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浜尾 朱美さん(アナウンサー・エッセイスト)

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『半パン・デイズ』
 重松 清 著
浜尾 朱美さん
(アナウンサー・エッセイスト)

 おとなは子どもをやめて、おとなになるわけではありません。こども時代の経験の上に、知恵だとか汚れだとか、好むと好まざるに関わらず、いろんなものをコーティングして「おとな」になっていくわけです。
 だから、一皮むけば、子どもの心に戻ります。ことに、少年少女を主人公にした素敵な物語を紐解いたときなどに。
 重松清の『半パン・デイズ』が好きです。
 お家の都合で東京からお父さんの故郷である瀬戸内の小さな町に引っ越してきたヒロシ君の小学校6年間が描かれています。
 入学当初、「トウキョー」などとあだ名で呼ばれ、オビンタレ(臆病者のことらしい)呼ばわりされます。そりゃ、まあ東京のこばと幼稚園ではビニールプールでぱちゃぱちゃ遊んでいただろう子ですから、歩いて海に行ける所で育った小麦色の子ども達からしたら、ひどくひ弱に見えるのでしょう。勇気を見せてやろうじゃないか、と岩場から飛び込んで何針も縫う怪我をして、まわりを青ざめさせます。
 彼がいつの間にか片仮名の「ヒロシ」と呼ばれるようになっていく過程は、彼と彼を取り巻く子ども達の成長の軌跡です。
 出会った瞬間からからかったり小突いたりと彼をいじり続けたガキ大将・ヨッサンとの関係は、それでもお互いの個性を認めあわざるを得ない、という形で、やはり成長します。どうも彼はできの良い子どもらしい。いつの間にか選挙で支持されて学級委員になるような子になっています。ハンディキャップのあるお友達の世話を焼きながら、内心、野球の練習に行きたいのに、と嘆いていたり、人の目、特に「このええカッコしい」などと平気で口に出すスポーツマンのヨッサンの目に映る自分の姿を気にしていたり、します。
 「嫌いだ、あんな奴。」と言い合いながら、そんな言葉では割り切れない関係は、6年の時間をかけて熟成されていきます。
 「明日のジョー」のジョーと力石徹、「巨人の星」の星飛雄馬と花形満、「仮面ライダー」の本郷猛と一文字隼人・・・何だ、それ、と若い方々は思われるかもしれませんが、1960年代に子どもだった重松清さんや私、にとっては、両雄並び立つ、といったらこういう名前が懐かしさと共に真っ先に浮かんでくるのです。ヒロシとヨッサンが、絵に描いたようなライバルかどうかは分かりませんが、ケンカしたり、そっと助け船を出したり、同じ女の子を好きになりながら、お互いに相手を思いやって告白もできず仕舞いで、結局のところ、「いいコンビだ、お前ら。」。
私には小さな男の子がいます。この息子が小学校に上がるとき、友達百人できるかどうか、えらく不安がっていました。
 できなくて、いい。子どもは子どもなりに善し悪しでも好き嫌いでも語りきれない毎日を葛藤し、いつかおとなになったときに、あそこが自分の原点だった、そんな風に振り返れる時間を過ごして欲しいと思うのです。私は、私のそうした愛おしい時間を『半パン・デイズ』で思い出し、そしてまた、一人息子の成長と重ねて泣き笑いしたのでした。
 
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-- 登録:平成21年以前 --