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司書教諭と学校司書、ボランティアとの関係について、なにかしらのガイドラインを示すべき。ボランティアが入ったからといって、学校司書が不要だということにはならない。
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学校司書については専門性が失われないようにしなければ、誤解されてしまう。
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ボランティアについては、あまり入りすぎるのは望ましくない。専門性をもった学校司書などが築き上げた土台の上で、参画して頂くことが望ましい。ただ、逆のパターンで、まずボランティアの取組から学校図書館の活用が盛んになり、専門性をもつ学校司書が必要になったという事例もあると聞いている。それぞれの実情に応じて役割を見極めていくことも重要。
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ボランティアに関しては、様々な問題が生じていると聞く。司書教諭、学校司書がきちんと配置されていない今、この時点でボランティアが入ってくると、学校司書の配置が遅れるのではないかという危惧もある。
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PTAの立場からすると、今、進められている施策は、以前からPTAが担ってきたもので、問題があるということもあろうが、それぞれ純粋な気持ちで協力しようと取り組んでいることである。学校司書などに専門性が必要なことについて、その重要性が浸透していないのではないか。それを浸透させていくのも司書教諭や学校司書、校長などの仕事である。また、ボランティアを訓練する、教育するということが必要。
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ボランティアは自分の出来る仕事を出来る時間にというスタンスなので、学校にとってこれが必要だからこれをしてくれというのは難しい。学校司書にはそれを求めることが出来る。
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司書教諭や学校司書も重要だが、組織としての学校図書館部が必要。発令者以外にも有資格者は多数いて、組織的に学校図書館を経営することが必要。
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学校図書館が活性化してくると、司書教諭と学校司書だけではもたなくなる。それを補うのがボランティア。このボランティアが組織的にしっかりしてくると、学校経営の中にも位置づけられてくる。
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学校司書は職員。職員がいてこそのボランティアである。そして、職員には研修が必要。
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3者のバランスが重要。ボランティアにもそれなりの能力が求められるので、ライセンスのようなものを設けることは出来ないのか。
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一律にこのような能力が必要というものを設けるのは難しいが、博物館の解説ボランティアのように検定といった形をとっているものもある。 |
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ボランティアに頼りすぎる状況は危険。海外では、ボランティアが必要なら職員を雇うという考え方の国もある。有償ボランティアのような、学校司書との線引きが難しい形は問題。
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ボランティアは自由意志に基づいていれば有償でもかまわない。行政がやると公平・平等にしなければいけないが、ボランティアにはそのような責任は伴わないのが利点でもある。 |
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理想は理想としていいが、学校司書の複数配置は難しい。現実的に考えると、読書の重要性を理解してくれる応援団をもつことが有効。リーフレットやポスターはその呼びかけの手段のひとつ。
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ボランティアを受け入れる際には、その内容を示して募集することが有効。
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ある自治体の取組で、公共図書館から学校図書館にボランティアを送り込むというものがあった。それは10年以上も続いており、2000人以上の登録者がいるという事例もある。
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ボランティアに守秘義務にかかるような業務をさせるのは限界がある。ボランティアを職員の代わりにし、安上がりに済まそうという安易な考え方がいけない。言葉を定義づけて意味をはっきりさせる必要がある。都合のいいとこどりだけをされてはいけない。例えば、色々と話題になっている指定管理者制度だが、本来の目的は質の向上。それが、コスト削減にだけ注目が集まっている。
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お金をつけるつけないは、軽視されているかどうかという問題。必要だと思われているところにはきちんとお金はつく。現場の創意工夫というのは精神論で、理想的な業務を期待しているだけ。ボランティアをどう活用するか以前に、ヒトとモノを学校図書館につけることが必須。
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学校図書館には経営マネジメントという観点が足りない。それがあってこそ、家庭の教育力など、外部のチカラを有効に活用できる。
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放課後子どもプランについては、枠を作ることで逆に子どもが遊びにくくなったということを感じている。放課後に学校図書館を開放するのもいいが、単に本を読める場所を提供するだけでいいのか。どのように活用していくのかは課題がある。
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例えば、山梨県では児童館と学校とは立地的にも近接しており、結びつきやすい。実際に連携した活動もしており、管理的な課題はあるが、このような取組は広げていただきたい。
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都会ではなく田舎の話になるが、学校の統廃合が進み、スクールバスによる送迎が広がっている中で、待ち時間をどう過ごすのかという問題もある。そのような中、学校図書館がなにがしかの形で力を提供するということは避けられないのではないか。
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発達障害をもった児童生徒の中には、学校図書館にいくと心が落ち着くという子どもが多い。それは、決められた時間帯の中で管理された教室ではないから。その中で、読書の楽しみや喜びを感じられることが重要。それには、一人一人に目を配ることの出来る学校司書が必要。
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指導要領で求められるものを達成するには、学校図書館の充実が不可欠。それなのに何故学校図書館にヒトがつかないのか理解できない。スクールカウンセラーや学力推進員など、教育環境がどんどん進んできている中で、学校図書館は遅れている。
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学校図書館が遅れるのはその閉鎖性が原因。司書がいても、学級担任と同じ様にここは自分がやっている場所という感じで、他者の意見を受け入れないような状況では変わらない。
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学校図書館は授業プラスアルファ的な位置づけだからこそ、ボランティアでいいという議論になるのではないか。教育の基礎であるという位置づけが重要。
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作者の立場として、作品をテストで細切れにされるよりも、話の続きを子どもたちに考えさせるような授業が行われたことが嬉しかった。このようなことも、学校図書館と授業とが連動しているからこそ出来たことであると感じている。
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学校図書館には教職員のサポートが不可欠だが、教職員へのレファレンスという面もある。そのためには司書や豊富な資料が必要。公共図書館との連携で補える部分もある。
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教員中心主義ではいけない。専門家として働ける人が必要。 |