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1 JSLカリキュラム開発の基本構想

「学校教育におけるJSLカリキュラムの開発について」

1.JSLカリキュラムとは

学習に参加するための学ぶ力の育成

 外国人児童生徒教育はいま転換期を迎えている。1990年に「出入国管理及び難民認定法」が改正されたことなどにより、日系人を含む外国人の滞日の増加とこれらの外国人に同伴される子どもが増加したため、日本の学校は、日本語教育という課題に直面している。これまでも、各学校は日本語を母語としない子どもたちの教育に大きな関心を払い、日本語指導については一定の成果の蓄積がみられた。しかし、滞在の長期化とともに、学習に参加できない子どもたちの増加という新しい事態に直面することになった。日常生活では流暢に日本語を操っている子どもたちも、いったん、学校の授業に参加するとその授業内容が理解できないことが多い。ここに、単に日常的な会話の力ではなく、学習に参加するための力、たとえば、違いを見つける力、関連づけて見る力などの「学ぶ力」の育成が大きな課題になってきたのである。しかも、こうした「学ぶ力」を基礎にして、各教科の授業に日本語で参加できる力を育成することが重要な課題になっている。

教育現場での対応

 学習に参加するための力を育成するために教育現場では、さまざまな取り組みが行われている。特に、日本語指導と教科指導の関係をみると大きく次の3つのタイプに分けることができる。第1は、日常会話ができるようになるとすぐに教科の学習を行うという「順次型」である。第2は、日常会話ができるようになった後も、特別に取り出しをして日本語指導を行いつつ、教科指導も行うという「並行型」である。第3は、特別に取り出しをして国語、社会科など日本語に依存する教科の補充をしつつ、他教科は所属学級で学習していく「補充型」である。
 こうした対応が、教育現場で行われる背景には次のような前提がある。第1は、日本語ができるようになれば学習活動に参加するための力も習得できるというもの、第2に、日本の子どもたちと一緒に学習した方が学習活動に参加できるというもの、そして第3に、教科の中でも特に重要な語彙を習得すれば学習活動に参加するための力が育成できるというものである。
 しかし、こうした前提を改めて見直していく必要がある。学習活動に参加するには日本語は不可欠だが、日本語を習得すれば自ずと学習に参加するための力が身に付くとはいえない。また、子どもたちは教材、友だち、教師・指導者との出会いを通して多くのことを学習しており、日本語を母語にする子どもたちと一緒に学習していくことは重要だが、そのためには適切な教材や教師・指導者の支えなどが不可欠である。さらに、教科の学習にとって、教科特有の語彙の習得は必要だが、文脈から切り離した単なる辞書的理解では学習活動に参加するための力は育っていかない。

日本語指導と教科指導をいかに統合するか

 日本語を母語としない子どもたちの教育は、これまで日本語指導を優先させ、まず日本語指導を行い、その上で教科指導を進めようという考え方が強かった。すなわち、日本語指導と教科指導が切り離されて行われていたのである。言葉だけを取り出した日本語指導では、子どもたちが学習活動に参加できる力を育成するには十分ではない。そうした学ぶ力の育成には、日本語指導と教科指導とを統合的にとらえていく必要があり、そのためのさまざまな支援のあり方を模索しなければならない。その一つの手だてとして、日本語指導と教科指導を統合し、学習活動に参加するための力の育成を目指したカリキュラム開発を行うことにした。これがJSL(Japanese as a second language)、すなわち「第二言語としての日本語」カリキュラム(以下、JSLカリキュラムとする)と呼ぶものである。ただし、JSLカリキュラムは従来型のカリキュラムのように学習項目を固定した順序で配置するものではなく、教師自身が柔軟にカリキュラムを組み立てていくことをねらいとしている。JSLカリキュラムがもつこのような特徴については以下で詳しく説明する。
 JSLカリキュラムは、初期指導を終えた後に、日本語指導と並行して実施するためのカリキュラムであり、文型や語彙などを中心にした日本語指導とこのJSLカリキュラムとを有機的に組み合わせることにより、子どもたちを学習活動に参加させていくことをねらっている。それを図示すると以下のようになる。

JSLカリキュラム

日本語による「学ぶ力」の育成

 JSLカリキュラムは、日本語の力が不十分なため、日常の学習活動に支障が生じている子どもたちに対して、学習活動に参加するための力の育成を図るためのカリキュラムである。そのねらいを簡潔に表現するならば、日本語の習得を通して学校での学習活動に参加するための力の育成を目指したものである。これを実現するために、子どもたちの体験を日本語で表現したり、学習の過程やその結果を日本語でまとめたり、さらには学習したことを他の子どもたちに向けて日本語で表現したりといったように、日本語による「学ぶ力」の獲得を目指した。日本語で表現させるのは、「少し分かる」「何となく分かる」といった曖昧な理解ではなく、他者に向けて自分の理解を日本語で発信していくことにより、「よく分かる」というレベルにまで理解を深めていくことをねらいとしている。理解を深めるためには、日本語による他の子どもたちとのやりとりの場を授業で保障し、自分が理解したことを日本語で産出する力を付ていくことが前提になる。

具体物、直接体験に支えられた学び

 また、JSLカリキュラムにおいては、具体物や直接的体験にもとづいて学習内容の理解を図るようにしている。教科の学習は、一般的に言えば抽象的、概念的な一般命題の学習が中心である。日本語が十分でない子どもたちにとっては、こうした命題理解よりも、具体物や直接体験から学ぶ方が理解しやすい。命題理解を学習の中心に据えると、どうしても語彙や辞書的な言葉理解が先行し、子どもたちの理解を深めることが難しくなる場合が多い。特に、学習活動に参加するための力が十分でない子どもたちにとって、新しい課題を理解するには、自分の既存の認識構造にそれを組み入れたり、あるいは子どもたちのもつ既有知識を活性化させたりしていくことが必要である。学習活動に参加するための力を育成する上では、可能な限り具体物や直接体験を通した学習が重要であり、母語や母文化の支えも必要になる。また、子どもたちを現実の学習場面から切り離し日本語指導という枠組みにとどめるのではなく、学習活動に参加させることがJSLカリキュラムの主要なねらいである。

学習内容の理解を促すための日本語の工夫

 JSLカリキュラムでは、子どもたちの日本語の力と認知発達を切り離さずにとらえることを目指している。たとえば、学年相当の授業内容が理解できない場合、授業内容のレベルはそのままにして、子どもたちが理解しやすい日本語を使うことで学習内容の理解を促進できる。子どもたちが学年相当の学習に参加したり、学習内容を理解できるようにしたりするには、定型的な日本語表現ではなく、子どもたちが理解しやすい日本語表現のバリエーションを考慮していく必要がある。つまり、一つの日本語表現ではなく、さまざまな日本語の表現を工夫することにより、子どもたちの理解を促進させていくという方法である。学校では、これまでそうした日本語表現についての情報が十分ではなかった。そこでJSLカリキュラムでは、子どもたちの活動に即したさまざまな日本語表現とそのバリエーションを用意した。ただ、それでも学習内容が理解できない場合は、学習内容や活動のレベルを下の学年レベルにおとす必要があることはいうまでもない。
 このように、JSLカリキュラムでは、日本語を固定せずに、子どもたちの理解に応じてさまざまなバリエーションを用意している。しかも、子どもたちに学習させたい内容や学習の基礎となる活動を促すために、その内容や活動に埋め込まれた日本語表現のバリエーションを用意することで、学習内容の理解の促進を図ることをねらっている。

日本語の力と学習内容の理解度をどう評価するか

 教師・指導者は、学習を進めていく過程で、子どもたちの日本語の力と学習内容の理解度を常に把握しなければならない。あらかじめ、明確な到達目標を設定し、それをもとに子どもたちを評価するのではなく、一人一人の子どもたちの実態に応じて次の学習課題を提示するための評価、すなわち形成的な評価が必要になる。あくまでも一人一人の子どもたちの実態に応じて、日本語表現を工夫し、学習活動を展開させていくことが重要である。だが、このことは、学習内容の到達度をまったく無視するというものではない。各授業の後に、その学習に準拠したワークシート等を用意することで、必ず子どもたちの学習内容の理解度をみるということも必要になる。したがって、各実践事例を示すとともに、それに準拠したワークシートの作成などの仕方も提案している。これまで、日本語力テストの結果や日本語学級の在籍期間といった基準で所属学級へ移行するという考え方が非常に強かった。しかし、この一見客観的にみえる方法も、子どもたちの個々の実情を把握したものではない。子どもたちの学習状況によって柔軟に対応することが大切になる。

個々の子どもに応じたカリキュラムづくり

 現在、日本語を母語としない子どもたちは、その生育背景、学習歴、日本語の力、認知発達などにおいて非常に多様になっており、画一的な内容や定型的な日本語のカリキュラムだけでは対応できない。これまで、日本語指導に関する教材が数多く作成されているにも関わらず、それが共有できないのは、子どもたちの多様性に対応できないためである。
 このため、JSLカリキュラムでは、固定した内容を一定の順序性をもとに配列するのではなく、一人一人の子どもの実態に応じて教師・指導者自らがカリキュラムを作るためのツールという意味合いを持たせている。これは、教師・指導者の実践的力量に依存するとともに、実践を通して力量形成を図ることをねらっている。これまで、日本語を母語としない子どもたちの教育にかかわる教師・指導者は、その専門性が問われることなく、数年単位で異動する例が多かった。だが、このJSLカリキュラムは、一人一人の子どもたちをとらえる視点、子どもたちの実態に応じた教材づくり、学習内容の理解度の把握など、教師・指導者の実践的力量を高めていくことができるようになっている。ただ、教師・指導者にとって負荷の高いカリキュラムは、ごく一部でしか使えない可能性がある。このため、JSLカリキュラムでは、教師・指導者の日々の実践をサポートするシステムを構想し、指導に役立つようなさまざまな工夫を取り入れている。

実践を共有する仕掛けづくり

 以上のように、JSLカリキュラムは固定的なものではなく、教師・指導者が子どもたちの実態に応じてカリキュラムをデザインするための支援ツールを提供している。教育現場でも是非、このことを理解してほしい。日本語を母語としない子どもたちの学習歴、日本語の力、認知発達などは多様化しており、すべての子どもにあてはまるような一般化したモデルを作ることはできない。実際には、そうした定型的なカリキュラム作成の要望が強いことも承知している。しかし、実際の子どもたちを前にしたときに、固定的な内容からなるカリキュラムでは対応できず、結局のところ使えないものになってしまうか、子どもたちの実状を考慮せずに定型的な内容を一方的に教え込むという結果になってしまう。
 JSLカリキュラムの目的は、日本語による学ぶ力の育成にある。一定の学習目標を設定し、子どもたちをその目標に到達させる努力は必要だが、その目標に到達するための学びの道筋は個々の子どもによって大きく異なる。子どもたちの理解度を実践の中で評価しつつ、日本語の表現、教材の提示、指導法などを工夫していくことが何よりも大切である。
 しかし、このような工夫を教師・指導者一人一人の努力に押し付けることはできない。誰でも利用できる実践事例、教材やワークシートなどに関する情報を提供するサポート・システムが必要である。さらに、サポート・システムでは、こうした情報提供に加え、教師・指導者が実践の過程で生じるさまざまな悩みや困難を共有し、その解決を共に考えていけるような場が提供されていく必要もある。JSLカリキュラムは、それを使う人たちが共同で育てていく「成長型カリキュラム」なのである。
 具体的内容については、4.サポート・システムで詳しく説明する。

2.「トピック型」JSLカリキュラムと「教科志向型」JSLカリキュラム

「トピック型」JSLカリキュラム

 JSLカリキュラムでは、大きく2つのタイプを想定している。一つは、「トピック型」JSLカリキュラムであり、もう一つは「教科志向型」JSLカリキュラムである。「トピック型」JSLカリキュラムとは、具体物や直接体験という活動を通して、しかも他の子どもとの関わりを通しながら、日本語で学ぶ力を育成することが主目的である。つまり、特定の教科というよりも、各教科に共通の学ぶ力の育成を目指す。そこでは、「体験」「探求」「発信」という3つの局面を組織し、その中で観察、情報の収集、思考、推測、類推、統合、評価といった教科学習の基礎となる活動を組み立て、そしてその成果を日本語で表現できるようにすることがねらいである。このため、特定の教科の枠組みにしばられないテーマを設定し、それを学習課題として追究し、そこでの成果を日本語として産出していくことをねらっている。このテーマについては、子どもたちが所属している学級で学習している内容から設定することもできる。特定のテーマを中心にしてそこから生ずる課題が「トピック」であり、この「トピック」について、具体物や体験、あるいは既有知識を支えにして子どもたちの学習活動が展開する。こうした学習活動へ日本語を用いて参加することが、学ぶ力の育成につながるのである。

「教科志向型」JSLカリキュラム

 これに対して、「教科志向型」JSLカリキュラムは、各教科固有の学ぶ力の育成を目指すものである。各教科には特有の学び方があり、教科の学習のためにはその学び方を具体物や体験を支えにして習得していく必要がある。ここで「教科志向型」と呼ぶのは、このカリキュラムを教科学習の前提として位置づけ、かつその学習過程に特徴を持たせたいためである。教科の学習では、多くの場合、言葉や記号を通して抽象的な概念を理解することが目標となる。だが、日本語の力が十分でない子どもたちは、こうした言葉や記号をすぐには理解できない。抽象的な概念と具象を結びつける作業にも困難を伴うことが多い。このため体験を重視し、実態や具体物に触れながら抽象化するという学習の過程をとる方が効果的であり、そうした学習の過程を通して教科の知識、概念の理解の促進を図ることが大切になる。
 「教科志向型」JSLカリキュラムは、各教科の学習活動への参加を通して「学ぶ力」の育成を目指すものである。したがって、基本的には「トピック型」JSLカリキュラム同様に、各教科において特徴的な授業と局面を組織し、その中で教科を学習していく上で必要な活動(例えば、観察、情報の収集、思考、推測など)を組み立て、そしてその成果を日本語で表現できるようにすることがねらいである。ただ、その活動は教科の内容と密接に関連している。したがって、教科の学習で必要な力を育成する上で適切な単元、領域、内容を選択し、その内容について学習を展開していくことになるが、その際、具体物や体験、あるいは既有知識を支えにして子どもたちの追求が行われる。その追求が学習活動への参加につながり、しかも、追求過程で子どもたちの理解の度合いを日本語で表現することが学習活動に参加するための学ぶ力の育成につながる。
 また、「教科志向型」JSLカリキュラムで重要なことは、直接体験や既有知識から、教科の知識・概念・考え方の理解に至る段階において、実際の学習の中で一人一人の子どもの理解に応じたきめ細かな支援(学習支援、日本語支援)や指導を行うことである。この際、あまりにも性急に指導を進めようとするのではなく、子どもたちの実態に合わせて、最も適した方法を選択し、学習の成果が上がるように努めるようにすることが大切である。

2つのカリキュラムの関連

 「トピック型」JSLカリキュラムと「教科志向型」JSLカリキュラムには、一方が他方の準備となるような「積み上げ」的な関係はない。この2つを併行して実施したり、相互乗り入れしたりすることも可能である。いずれのカリキュラムも、基本的には初期指導を終え、ある程度日本語の力をもった子どもたちを対象にして、学習活動に参加するための学ぶ力の育成を図ることをねらっているが、当然、初期指導の段階でも「トピック型」カリキュラムを利用することもできる。また、両方のカリキュラムとも取り出し指導や個別指導という特別の指導を想定しているが、それにとどまらずに所属学級で他の子どもたちと一緒に学習することも念頭に置いている。所属学級での実践を想定した事例をサポート・システムに用意し取り組みの参考になるようにしてある。各学校は、子どもたちの実態にあわせてどのような方法が可能か、あるいは効果的かを決めて取り組んでほしい。

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総合教育政策局国際教育課

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