人とロボットの共生による協創社会の創成(三宅 なほみ)

研究領域名

人とロボットの共生による協創社会の創成

研究期間

平成21年度~平成25年度

領域代表者

三宅 なほみ(東京大学・教育学研究科・教授)

研究領域の概要

 ロボットが日常生活の中に入る時、ロボットはどのように人々とかかわり合い、どんな働きをすべきかを明らかにすることが重要な学術的課題となっている。この研究領域では、ロボット開発を支える工学的研究と、人間の認知過程を理解するための認知科学研究とを融合させ、人々と信頼関係を作り、そのうえで互いに学びあえるようなロボットを実現する。さらには、人間の相互理解がこれまでより格段に進むようになる未来社会の実現を目指す。ロボットは、従来の「人を模した相互作用対象」という限られた役割を超えて、人間社会の中で、高度に知的で創造的な協調活動を誘発し、人々の間の相互作用の質を向上させる新たな役割を担う。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 私たちの提案する「人ロボット共生学」領域の目的は、人と人、人とロボットが互いに相手を育て合う「ヒューマン・ロボット・ラーニング」を共通のテーマとして、ヒューマンロボットインタラクション(HRI)と学習科学、認知科学という三つの研究領域が互いを高め合い融合し合う新学術領域を創成することである。まだ若いが既に力のあるこの三つの既存の領域を統合してより強力に研究を推進し、研究テーマをできるだけ現実に近づけ、研究手法を刷新して、実社会の進展に実質的に貢献できる成果を生み出すことを目指して、5年間実施された。
 本研究は,近未来の人とロボットが共生する社会を、特に「人とロボットとの学び合い」というコンセプトの上に実現しようとした。「学び合い」によって成り立つ社会を実現するため,協調過程を「課題遂行者(話し手)とモニター(聞き手)の役割分担・交代による理解深化過程」と捉える建設的相互作用理論を領域全体が検討すべき基盤コンセプトとし,その実践形としてロボットが「良い聞き手」として介入できる授業実践場面を実現し,聞き手の「良さ」を初めて定量的にも定性的にも分析できることを示した。ロボット工学ならびに人工知能・認知科学研究は、その動きを踏まえつつデータを共有しつつ、それぞれの領域の発展に貢献する新たな研究課題とその解明のための新たな研究成果を提供してきた。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 人とロボットがそれぞれの立場で相手の存在を認識し、互いに学び合い育ちあう新たな協創社会の実現に向けて、人とロボットが学び合える近未来を築くための人ロボット共生学研究基盤を形成した。人とロボットの学び合いの過程を計測・解析する協創センシング技術を確立すると同時に、人とロボットが関わる上での信頼関係の構築を考慮した人々の協創的な学習・発達過程を支援するロボットシステム(協創システムプラットフォーム)を実現した。結果,随伴的・社会的な相互作用を行うエージェントの基本要素など,人とかかわる共生型ロボットの実現に向けて新たな課題が明確になった。
 これらの基盤の上に実際の教室に近い環境で子どもたちが対話を通して学び合う場を作り、そこに遠隔操作型のロボットを参加させ、その動きや発話を制御して学び合いの本質を洗い出す全く新しい手法を開発した。これにより協調学習研究をこれまで以上に理論化するための多くの研究課題が産出され、新しい学習科学の理論を生み出し得るところまで来ている。例えば協調学習において「考えながら話し合う活動が一人ひとりの理解を深化させる」仮説を、ロボットを介入する実験的な手法で検証できるようになった。共生社会が本来持っている多様性とその相互作用が学びを促進、あるいは抑制する実態が明らかになりつつある。

審査部会における所見

A-(研究領域の設定目的に照らして、概ね期待どおりの成果があったが、一部に遅れが認められた)

1.総合所見

 本研究領域は、ヒューマン・ロボット・インターラクションと学習科学という異なる研究領域の研究者が、共にヒューマン・ロボット・ラーニングを解明することを目標とした。人とロボットがインターラクションを通じて、互いに育てあうことができるかという基礎的なテーマに対して、Robovie-Wなど共通の実験用プラットフォームの整備と、それを利用した教育現場で息の長い実証実験を行なった。世界でも端緒の研究分野であり、さらなる国際的な発信によって研究成果の普及を期待する。
 一方、ロボティクスや認知科学の方法論を、学習科学のパラダイムに利用するという協調関係によって、ロボティクスや認知科学へのフィードバックを引き起こし、その結果が当該分野をさらに進展させるといった現象を研究期間の中で生むまでには至らなかった。今後の研究活動の進展に期待する。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 本研究領域は、ヒューマン・ロボット・ラーニングという目標に向かい、ヒューマン・ロボット・インターラクションと学習科学という二つの研究領域の研究者が問題意識を共有し、研究期間を通じて、ロボティクス、認知科学、学習科学の各分野において、ロボット開発とそれを利用した研究推進の協調関係が維持されてきた。その結果、Robovie-Wなど共通実験プラットフォームの整備や、それを利用した教育現場での息の長い実証実験を実現した。
 一方、ロボット等を利用して計測された、人とロボットのインターラクションの結果が、学習科学の中にどの程度生かされているのか、データを解析し定量的な成果を示すところまでの達成が見られなかったのは残念である。

(2)研究成果

 ロボティクス、認知科学、学習科学の各分野で行われたロボット開発と、ロボットを利用した実証実験は優れた研究成果である。ロボティクスを中心とするシステムの協創の研究では、小学校の理科室に1ヶ月以上ロボットを導入して実証研究を行った。認知科学を中心とする関係の協創の研究では、100回を越える授業形式の実践研究を行った。学習科学を中心とする知恵の協創の研究では3~5年目に何度も教育現場での実証研究を行った。また、システム協創の研究で開発されたRobovie-Wなどの成果は、会社から市販されるに至った。
 一方、ロボットを利用した実証実験では、人の動きや会話、人がロボットを観察している時の脳活動等を計測している。この知見が教育や学習の中にどのように生かされていくのか道筋を示すことが望まれる。また、一般に向けての成果の公開が未だ十分ではないように見受けられる。本領域が達成した研究成果の公表や、普及の努力を求む。

(3)研究組織

 本研究領域を通じて、ロボティクス、認知科学、学習科学の各分野から研究者が参加するバランスのいい研究体制を築いた。一方、総括班において、融合的な研究活動が起きるよう運営のさらなる工夫が必要であった。

(4)研究費の使用

 特に問題はなかった。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 本研究領域は、学習科学分野において、ロボットを利用したインターラクションの場の創出に取り組んでいる。この様な手法で研究を行うことで、きわめて新しい知見を得ることができたと思われる。協調学習支援の方法論へと発展するところがまだこれからではあるが、この成果が、今後の教育学で生かされてゆくことを期待する。

(6)若手研究者育成への貢献度

 本研究領域を通じて、ロボットと学習科学の分野を横断して活躍する若手研究者が育ちつつある。本領域で研究キャリアを積んだ若手研究者が就職、昇任するなど実績を残しており、若手研究者の育成に貢献している。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --