内因性リガンドによって誘導される「自然炎症」の分子基盤とその破綻(三宅 健介)

研究領域名

内因性リガンドによって誘導される「自然炎症」の分子基盤とその破綻

研究期間

平成21年度~平成25年度

領域代表者

三宅 健介(東京大学・医科学研究所・教授)

研究領域の概要

 ハエからヒトまですべての多細胞生物で保存されている病原体センサーは、細菌やウイルスなどの病原体の侵入を察知し、感染防御反応を誘導する。この病原体センサーは、病原体成分だけでなく、自己成分(内因性リガンド)にも応答し、動脈硬化、肥満、自己免疫疾患などの原因となっていることが示され、こうした応答の生物的意義が拡張されつつある。本研究領域では、内因性リガンド・病原体センサー間の相互作用を「自然炎症(Homeostatic inflammation)」と表現し、その健常時や疾患の病態における意義とその分子機構の解明を通じ、新たな恒常性維持機構としての「自然炎症」という概念の確立を目指す。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 ショウジョウバエからヒトまで保存されている病原体センサーは、病原体を特異的に認識すると考えられてきたが、自己由来内因性リガンドにも応答している可能性が明らかになりつつある。組織障害に伴って死細胞や細胞外基質から放出される物質が病原体センサーを刺激して炎症を引き起こす事が示されつつあり、Danger Signalという概念で理解されてきた。組織障害がない場合にはDanger Signalは放出されず、病原体センサーも刺激されないとされている。しかしながら、内因性リガンドは、脂肪酸や核酸など代謝産物そのものであり、健常時でも存在していることから、内因性リガンドと病原体センサーの相互作用が生体の恒常性維持にも寄与している可能性が考えられる。そこで、本領域では、Danger Signalも包含したより拡大した概念として、自然炎症: homeostatic inflammationを提唱する。本領域では、病原体センサーと内因性リガンドの相互作用を、健常時から疾患まで連続的にとらえ、生体の恒常性維持における役割、また、炎症や代謝異常の病態における役割を包括的に理解する事を目指す。ショウジョウバエ遺伝学、マウス免疫学、ヒト臨床内科学の、3分野を自然炎症という概念で有機的に連関させて学際的な研究を展開し、自然炎症という新たな視点から非感染性慢性炎症疾患の本質を明らかにすることが本領域提案の狙いである。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 本研究領域では、特に項目は設けずに、全体で研究を推進し、以下の成果を得た。
1.内因性リガンドの検索、同定、解析:Toll様受容体TLR4/MD-2の内因性リガンドとして、脂肪酸、糖脂質Gb4,SAA3,S100A3についての解析を報告した。また、TLR8の構造決定を糸口として、新たなリガンドを発見した。ショウジョウバエにおいても、ストレス応答に関わるアミノ酸代謝産物を内因性リガンドの候補として同定した。
2.病原体センサーのシグナル伝達機構、活性制御機構の解明:ショウジョウバエにおいて、病原体センサーTollによるNF-kB活性化を増強する新規の経路を明らかにした。また、マウスにおいては、核酸認識Toll様受容体のシグナル伝達経路を明らかにするとともに、その活性をToll様受容体の局在を通して制御するというユニークな機序も明らかにした。
3.非感染性炎症病態における自然炎症の役割の解明:シェーグレン症候群の新たなモデルマウスが作成された。病態における自然炎症の分子基盤として、肥満、糖尿病においては脂肪酸とToll様受容体との相互作用が、動脈硬化の病変部位では核酸とToll様受容体の相互作用が、がん転移においてはToll様受容体と内因性リガンドの相互作用がそれぞれ重要である事が示された。
これらの解析を通して、自然炎症の概念を、領域として示すことができた事が最も大きな成果である。

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの成果があった)

1.総合所見

 従来、炎症あるいは組織障害時においてのみ内因性リガンド・病原体センサー相互作用は検討されてきた。本研究領域では、健常時でも代謝産物と病原体センサーの相互作用が機能しており、この全貌を理解する上で、健常時から組織障害時まで連続的なものとして理解する必要性があると考え、「自然炎症」という概念を提唱した。ショウジョウバエ遺伝学、マウス免疫学、ヒト臨床内科学の3分野を自然炎症という観点で有機的に関連させながら展開して、非感染性慢性炎症疾患の本質を明らかにすることを目標とした。中間評価で指摘された内在性リガンドの探索と病態との関連についての研究の補強、およびショウジョウバエなど異分野の研究者との連携については、最後まで十分には達成できなかったが、全体として期待どおりの成果が得られた。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 病原体を認識する病原体センサーが内因性リガンドにも応答すること、内因性リガンドが代謝産物自体であることから、これらを介する相互作用を自然炎症と呼ぶことを提唱し、その生体の恒常性維持における役割や代謝異常病態などにおける役割の包括的理解を目指すという目的の多くが達成されている。特に代謝疾患・がんの転移領域での病原体センサーの役割の解明の分野の成果は優れている。マウスでの解析とショウジョウバエの遺伝子的解析が必ずしも有機的に連携していなかった。

(2)研究成果

 TLR4の内因性リガンド候補として糖脂質、アミノ酸代謝産物、脂肪酸、リゾリン脂質などを同定し、TLR8の構造決定にも成功し、TLR8-RNA複合体の構造から内因性リガンドの解明を進めた。TLRを介するシグナル経路の解明も進み、非感染性炎症病態のモデルとしてシェーグレン症候群モデルマウスの作成など優れた成果を得た。一方で、ショウジョウバエの遺伝学の成果や病原体センサーのシグナル伝達の成果が、ヒトの疾患の解明に有機的に結びついていないように思われる。研究成果の公表については、自然炎症国際シンポジウムの開催などにより、自然炎症の概念を国際的に発信することができた。

(3)研究組織

 計14回の総括班会議、4回の領域会議により、計画研究の構成メンバー間の情報の共有がなされ、領域内の研究連携は多岐にわたっており、数多くの共同研究が十分な成果に繋がった。東日本大震災で計画研究者の2グループがマウス・ショウジョウバエ系統などの損失、研究機器の損壊などの打撃を受けたが、総括班の迅速な支援により研究の継続が可能となったことは評価される。総括班の遺伝子改変マウスの作成支援、解析支援、抗体作成支援がよく活用されていた。

(4)研究費の使用

 特に問題点はなかった。主要設備(セルソーター、フローサイトメーター、冷却遠心機)など有効に使われて、十分な成果に結びついた。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 「自然炎症」の概念がヒト臨床内科学にも定着しヒトの非感染性炎症疾患の病態の理解に大きく貢献をした。特に、代謝疾患(肥満、2型糖尿病)の理解への貢献度が大きい。自然炎症と名付けられた新しい学問体系の構築が進んでいることは、新学術領域に相応しく高く評価できる。日本エンドトキシン学会・生化学会との協賛で開催された国際学会が盛会であったように、関連分野への働きかけができた。

(6)若手研究者育成への貢献度

 2回の若手ワークショップには、それぞれ55名、57名もの参加者があり活発に行われた。また、国際学会において若手の発表の機会を与えるなど、若手育成機会の提供がなされた。11名の若手研究者がPIとなり施設内で昇任した者も15名に上り、本研究領域は若手研究者養成に貢献できた。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --