哺乳類初期発生の細胞コミュニティー(藤森 俊彦)

研究領域名

哺乳類初期発生の細胞コミュニティー

研究期間

平成21年度~平成25年度

領域代表者

藤森 俊彦(基礎生物学研究所・初期発生研究部門・教授)

研究領域の概要

 受精から体軸形成に至る哺乳類初期発生を対象に、個体発生というダイナミックな現象を包括的に理解し、その基本原理を解明する。哺乳類の初期胚は、調節性に富み、着床を経るなど特徴的な発生様式をとるが、その基盤は、胚内の細胞の挙動が細胞間の相互作用により胚全体で統制されることにある。胚を時間的・空間的に連続した「細胞コミュニティー」として捉え、現象を総体として理解する。
 学問分野を超えたアプローチにより、将来の体軸などに関する情報がどのように生じ、胚の形に具現化されるか、また胚の中での細胞や遺伝子群の動的挙動を理解し、個々の細胞の持つ極性などの要素が、時間的・空間的にどのように組み合わされることにより胚を作るかを明らかにする。

専門用語の解説
 体軸:頭尾、背腹、左右といった、体に存在する軸
 調節性に富む:哺乳類初期胚は、変化に対して柔軟に対処できる性質をもっており、胚の一部が失われたり、胚の融合が起こったりしても、正常な体を作り上げることができる。カエル、魚などの動物では、このような調節能力は発揮されにくい。
 細胞コミュニティー:細胞集団が作り上げる社会。胚という細胞集団の中では、個々の細胞や分子の挙動は細胞間相互作用によって胚全体で統制されている。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 哺乳類の初期胚発生は、他の脊椎動物とは異なり調節性に富んでおり、その基盤は胚全体が一つの「細胞コミュニティー」を形成し、細胞間の相互作用により個々の細胞の挙動を胚全体で統制していることにある。個体発生というダイナミックに変動する細胞集団の十分な理解には、これまでの遺伝子を中心とした局所的・静的な理解だけでなく、細胞集団としての胚を時間的、空間的に連続的に変化する「細胞コミュニティー」として捉えなおし、現象を総体として連続的に理解する必要がある。
 本領域で研究対象とする受精から体軸形成にいたる哺乳類初期胚発生には、短い期間に、将来の体の基本構造を作り出す多くの重要なイベントがみられる。受精卵から始まる哺乳類の初期発生において胚の中において細胞がどのように個性を獲得し、それがどのように細胞の配置に反映され、体軸や胚の形態が形成されるか、その際に個々の分子や細胞が何を行っているかといった根本的な問題を連続的・包括的に解明することを目標とした。本領域では、従来の方法に加えて、ES細胞分化誘導法、遺伝子操作による細胞標識法、ライブイメージング法、画像解析、数理解析など新規の手法を取り入れると共に、胚内において個々の細胞を細胞生物学的な理解、現象に潜む法則性の抽出することをめざした。これによって、哺乳類の発生に特徴的である偏った情報を持たない受精卵から確実に「からだ」を作り上げるしくみについて、その分子基盤の理解を進めることができる。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 時空間的に連続した理解に必要な、細胞のオルガネラや遺伝子発現を可視化するためのレポーターマウス、着床前後の胚の培養法、顕微鏡開発を含む経時観察方法、取得した画像から特徴量を抽出する画像解析技術を開発し、共同研究に活用した。ES細胞やEpiSCなどの初期胚由来株幹細胞における遺伝子ネットワークを解明し、更に発生生物学の知見を活用した幹細胞からの組織形成の再現を可能とした。
 上皮細胞の細胞極性、細胞骨格制御の基盤となる分子メカニズムを解明し、初期胚における細胞の挙動の理解につなげた。細胞集団における不均質性と細胞間相互作用を時空間的に解明し、細胞極性、細胞間接着の組合せによる胚内の位置に依存した細胞分化の分子的基盤、細胞分化の階層性を明らかにした。初期胚においては、従来考えられていたものに比べて遺伝子の発現や細胞の分化形質はよりダイナミックに制御されていた。胚や細胞への物理的拘束・機械的な力が、胚の体軸形成や細胞極性形成に強く関与することが示された。マウス胚における細胞外シグナルの細胞外修飾の実体を解明し、細胞死による細胞外シグナル産生細胞の除去、細胞外シグナルを負に制御する機構としてエンドサイトーシスが発見され、胚の中での細胞外シグナルの新たな活性調節機構についての細胞生物学的な理解が進んだ。
 以上のように、哺乳類初期発生おける諸過程について細胞及び分子レベルの解析を行い、初期胚における細胞コミュニティーの連続的・包括的な理解が進んだ。

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの成果があった)

1.総合所見

 本研究領域は、哺乳類初期胚発生を時空間的に連続した細胞集団のふるまいとして捉え、“胚作り”の理解を目的として、可視化された初期胚の連続的観察や数理モデル解析等を基盤に展開した。独自に開発したレポーター動物や4Dイメージング画像データ、解析アルゴリズムを駆使し、胚発生における細胞レベルのシグナル、細胞間接触情報、細胞個性と形態形成との相関などの基本概念を深めることにより、研究領域全体の力強い発展が認められた。その実は、高い質の学術論文発表、独自性かつ汎用性の高い胚発生研究技術およびデバイスの開発などにおいて判断できる。本領域研究での成果から、今後の着床前後、胎盤形成期における研究展開の技術的理論的基盤となること、また哺乳類以外の初期胚発生研究にも本領域で開発された技術が応用されることなどが予想され、種固有の特徴を細かくとらえることが可能になると思われる。若手研究者の育成に関して、当該領域の若手研究者を主力となるよう積極的に育成し、研究分野の継続性を担保したことは評価できる。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指すもの」「多様な研究者による新たな視点や手法による共同研究等の推進により、当該研究領域の新たな展開を目指すもの」に関して、哺乳類初期発生の諸過程の解析のエキスパートが結集し、細胞生物学・発生生物学で従来から用いられている方法に加えて、ES細胞分化誘導法、細胞標識法、ライブイメージング法、画像解析および現象の数理化モデルを駆使した結果、哺乳類初期発生の細胞動態に関する多くの知見が集積し、新たな分子機構も数多く解明された。また、研究期間内に、広範な細胞生物学分野との連携、哺乳類初期胚の解析用マイクロデバイスの開発、画像解析のアルゴリズムの技術応用等が成されており、本研究領域が先導的な役割を果たした実績といえる。

(2)研究成果

 初期胚後端部に位置する体軸幹細胞様の細胞集団が腎臓の起源であるという発見から、ES細胞・iPS細胞からの腎臓組織の作製方法の確立につながるなど、当初の想定を越える発見を含む成果が導かれた。本研究領域からの質の高い100余編の論文発表は秀逸である。技術提供や材料共有などにもとづいた領域組織内の盛んな共同研究によって先導的な意義をもつ知見が積み重ねられ、それによって初期胚発生一般に通じる基盤概念が提唱された。

(3)研究組織

 領域代表を中心にレポーターマウスなどの研究材料の提供、技術指導などの円滑なコミュニケーションが図られた結果、2つの研究項目の有機的連携が進んだ。計画研究と公募研究に留まらず、領域外研究者との調和もよく保たれていた。その結果、自発的な共同研究が数多く生まれたのみならず、予想外の研究成果が得られることにつながった。

(4)研究費の使用

 特に問題点はなかった。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 上皮細胞の細胞極性・細胞骨格の制御・細胞間接着など、細胞生物学的視点や力学的視点を取り入れることによって、初期胚における細胞挙動の理解が飛躍的に進んでおり、当該学問分野への貢献は大きいと言える。これらの知見は初期発生のみならず、様々な生命現象に適応可能なものである。本領域の研究成果は、受精卵の品質評価に役立つ可能性も示唆されており、関連した他の分野への貢献も大きい。

(6)若手研究者育成への貢献度

 若手研究者の領域内共同研究への積極的参画等、次世代研究者の育成・成長に十分な配慮がなされており、この点への高い貢献が認められる。本研究領域の成果をもとに、複数の若手研究者が研究主宰者となっており、若手研究者によるこの分野への貢献が持続的に生じると期待できる。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --