非コードRNA作用マシナリー(泊 幸秀)

研究領域名

非コードRNA作用マシナリー

研究期間

平成21年度~平成25年度

領域代表者

泊 幸秀(東京大学・分子細胞生物学研究所・教授)

研究領域の概要

 私たちの細胞の中では、遺伝情報であるDNAから数多くのRNAが転写されている。最近の研究により、これらのうちの多くはタンパク質をコードしない非コードRNAであることが知られるようになったが、非コードRNAが細胞内でどのような役割を果たしているか、またどのようなしくみで働いているのかはほとんど分かっていない。非コードRNAの多くは単独で機能するわけではなく、タンパク質と複合体を作ることにより、その機能を発揮すると考えられているが、本研究領域では、そのような非コードRNAが作る複合体と作用メカニズムとを総称して『非コードRNA作用マシナリー』と名付け、それがどのように機能しているかを詳細に調べることにより、非コードRNAの動作原理を明らかにする。同時に、非コードRNAの動作原理にもとづいた医薬分野への応用を推進する。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 近年の研究により、ヒトを含む高等真核生物には膨大な数の非コードRNAが存在しており、発生や老化、さらには行動や記憶など、生物の高次機能に深く関与していることが指摘されている。これらの非コードRNAは、ゲノムのエピジェネティックな修飾や、転写・翻訳、RNAの安定性など、遺伝子発現の様々な段階で重要な役割を果たしていることが明らかにされている。このような状況にもかかわらず、「非コードRNAがどのような分子メカニズムで働くのか」という動作原理に対する我々の理解は、驚くほど進んでいない。その大きな理由として、非コードRNAはそれ単独では機能する事が出来ず、タンパク質をはじめとした複数の相互作用因子と「エフェクター複合体」を形成して初めて機能を発揮するにもかかわらず、これまでの研究が網羅的な非コードRNAの同定と細胞レベルでの機能解析を中心に展開されてきたことにある。
 非コードRNAの役割を理解するためには、エフェクター複合体の構成因子やその関連因子を中心とした研究を、非コードRNAが関与する様々な局面・段階において展開することが必要不可欠である。本領域では、エフェクター複合体や関連因子の作用機序を総称して「非コードRNA作用マシナリー」と名付け、その分子基盤および調節機構、さらには高次生命現象で果たす生理的役割の詳細な理解を通じて非コードRNAの動作原理を明らかにすることを目的とする。同時に、動作原理の確たる理解に立脚した医薬応用研究を有機連携的に推進する。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 本研究領域では、非コードRNAの動作原理理解の基盤となる4つの大きな要素、すなわち非コードRNA作用マシナリーの「分子基盤」「調節機構」「生理機能」「医薬応用」の各カテゴリーにおいて、当初の目的を達成するに十分な、あるいはそれを大きく超える研究成果が生み出された。一例を挙げると、小分子RNAのエフェクター複合体であるRISCの形成過程において、泊らは、二本鎖RNAのAGOタンパク質への取り込みがATP依存的な分子シャペロンの働きを介して行われること、さらに引き続く一本鎖RNAへの解離は、AGOタンパク質のNドメインが二重鎖に対して「くさび」として働くことで、化学エネルギーの消費なしに行われることを示した。この一連の研究により、泊らが提唱した「ラバーバンドモデル」は、単にRISC形成という特異的な反応にとどまらず、RNAとタンパク質の相互作用という、古典的な生化学の命題について一つの回答を示したものと言え、大きなインパクトを与えた。この他にも、領域内共同研究を含む重要な研究成果が一流紙に数多く報告され、当該研究分野のみならず、周辺研究分野に対しても大きな波及効果を及ぼした。さらには、世界に向けた情報発信や若手研究者の育成を積極的に行い、多くの班員の昇進や研究に参画した学生の受賞など、大きな成果を上げた。
 これらの研究成果は、我が国のみならず世界的なRNA研究や周辺領域の学術水準の向上につながるものであり、RNAが関わる生命現象についてのこれまでの観念を根本的に変革するものであると同時に、RNA創薬が抱える諸問題の突破口になることが期待される。

審査部会における所見

A+(研究領域の設定目的に照らして、期待以上の成果があった)

1.総合所見

 本研究領域は、非コードRNAとその作用機序を総称して「非コードRNA作用マシナリー」と名付け、その分子基盤・調節機構、高次生命現象で果たす生理的役割の理解を通じて非コードRNAの動作原理を明らかにすることを目的としている。小分子RNAマシナリーの素過程の解析や非コードRNAの医薬応用に向けた研究基盤の確立など、領域代表者が中心となり世界的な評価を得る研究成果を数多く生み出すことができた。また、本研究領域は主に若手研究者によって研究組織が構成されており、多数の優れた論文の公表が、多数の研究代表者のプロモーションにもつながり、若手育成という点で優れた実績を残した。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 非コードRNA作用マシナリーの分子基盤、調節機構、生理機能、医薬応用の4つのカテゴリーにおいて、周辺生命科学にも大きなインパクトを与える高いレベルの研究成果を上げており、当初の目的を十分達成した。本研究領域では研究項目をあえて設けず個別研究の有機的連携を目指したが、このことが基礎研究から応用研究に向けての学術連鎖を引き起こすことに成功している。中間評価において、個別研究の成果は出ているが、異分野の連携や共同研究の成果が限定的であるという指摘があったが、共著論文の出版費用を総括班で支援するなどの工夫があり、共著論文が増加するなどの効果があった。

(2)研究成果

 領域代表者の研究室をはじめ極めてインパクトの高い研究成果を出している。領域全体としてトップジャーナルを含む合計313報の論文を発表した。新聞報道や雑誌の特集企画なども多く、積極的な成果の公表普及に努めたといえる。非コードRNA作用マシナリーの4つのカテゴリーの研究項目はいずれも順調に研究が進展し、特に、小分子RNAの複合体研究の目覚ましい進展を介した貢献度の高さは大きく評価できる。

(3)研究組織

 小分子RNAあるいは高分子非コードRNA作用マシナリーの分子基盤、生理機能、医薬応用についての研究を、あえて研究項目を設けずに、同時並行的・有機的に進める体制を整えている。領域の立ち上げ後に新たに生まれた連携や共同研究およびその成果はやや限定的であったが、強力な領域代表者のリーダーシップのもとに「新学術領域」にふさわしい研究組織の構築と運営が行われた。

(4)研究費の使用

 ニュースレターを印刷して配布する代わりにインターネット上で公式ブログを開設し十分な広報活動を行った。国際シンポジウムの開催に際して計画研究代表者の所属機関の設備を使うなどの工夫によって、限られた予算の中で充実した活動を行った。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 世界的に競争の激しい非コードRNA作用マシナリーの分子基盤の研究分野において、本領域は重要な研究成果を挙げ、泊らの提唱する「ラバーバンドモデル」など、周辺生命科学分野へも大きなインパクトを与えたものが多い。国際的にも競争の激しい「非コードRNA」研究の分野で、5年間という限られた期間の中で、本領域研究の進めた多くの成果は評価できる内容である。医薬応用の実用化研究も含めて、幅広い研究進展に向けての多くの可能性を示した。

(6)若手研究者育成への貢献度

 本研究領域への参加研究者は、特に若手が多く、多くの国際学会やシンポジウムを通して高いレベルの発表や討論の実績は評価できる。これらの多面的な研究活動を通じた若手育成に対して、多大な貢献が行われた。その結果、若手を中心とする多くの研究代表者の昇進のみならず、領域研究に参画した学生等も多くの受賞を得るという、大きな成果を上げた。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --