植物生態学・分子生理学コンソーシアムによる陸上植物の高CO2応答の包括的解明(寺島 一郎)

研究領域名

植物生態学・分子生理学コンソーシアムによる陸上植物の高CO2応答の包括的解明

研究期間

平成21年度~平成25年度

領域代表者

寺島 一郎(東京大学・理学系研究科・教授)

研究領域の概要

 大気CO2濃度の急増が地球環境や食糧生産におよぼす影響を予測し、適切な対策を講ずるためには、まず、植物の高CO2応答をよく理解しなければならない。本領域研究では、生態学・農学と分子生理学の研究者が緊密なコンソーシアムを形成し、この課題に取り組む。モデル植物、主要作物、樹木を含む生態系の代表種を対象に、高CO2環境下の植物のふるまいの計測と、高CO2への環境応答の分子機構の解析とを同時に行い、植物の高CO2応答の全貌を解明する。得られた知見は、地球環境変化予測の精度向上に直結する。また、高CO2環境下で良好な成長を示す好CO2植物創出のための基礎となる。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 大気CO2濃度の急増が地球環境や食糧生産におよぼす影響を予測し、適切な対策を講ずるためには、まず、植物の高CO2応答をよく理解しなければならない。本領域研究では、生態学・農学レベルと分子生理学レベルの研究に見られるギャップを埋めるべく、生態学・農学と分子生理学の研究者が緊密なコンソーシアムを形成し、植物高 CO2応答の徹底的解明に取り組む。ゲノム情報が豊富なモデル植物、生態系を代表する植物種を、統一的なCO2条件で栽培し、植物の成長を規定する光合成速度、呼吸速度、葉面積展開などの重要項目の測定と、高CO2環境応答分子機構のオミックスによる解析とを同時に行う。特にモデル植物における解析を徹底的に行い、その知見をその他の種の解析に応用することを通して、植物の高CO2応答を、分子から生態系に至るレベルで包括的に解明する。
 本研究によって得られる高CO2応答の包括的理解は、高CO2環境下で良好な成長を示す好CO2作物や樹木創出のための基礎となる。包括的理解に基づく植物個体の高CO2応答モデルは、直ちに生態系モデルに組み込まれ、地球環境変化予測の精度向上に大きく寄与する。また、本領域研究は、植物の環境応答を、分子から個体、生態系に至るレベルで包括的に理解する方法論の確立の意味でも重要である。学際的なコンソーシアム研究を通して、今後の植物科学研究の各局面において活躍できる、分野間のギャップをものともしない若手研究者を育成する。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 CO2応答経路ならびにCO2/Nバランス応答経路の主要因子を多数同定し、その機能を精査した。また、葉肉組織から孔辺細胞への気孔開閉シグナルの存在を示した。光合成炭酸固定酵素Rubiscoの量的制御機構を明らかにした。転流において重要な役割を果たす細胞間連絡(原形質連絡)の形成因子の機能解析を進めた。高CO2による葉の形態変化、地上部/地下部の重量比の変化のメカニズムを解析した。
 モデル植物であるシロイヌナズナの世界各地のエコタイプや明治以来育種されて来た多数のイネ品種の表現型を比較し、高CO2応答にエコタイプ間や品種間で差がもたらされる原因を明らかにした。多数の草本種、木本種の高CO2応答の比較も進んだ。グローバルなレベルで、高CO2応答をシミュレートする生態系モデルを高度化し、地球環境変動によるガス交換や水利用効率の変化を予測し、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新版にも大きく貢献した。
 高CO2濃度下でダウンレギュレーションを受けずに光合成を行い成長する植物を創出しなければ、100億人の食と環境とを確保することは不可能である。本領域研究の成果は、地球環境変化の予測のためだけではなく、今後100億人の食と環境とを確保するために必須となる、好CO2植物を創出するための研究の基盤となるものである。

審査部会における所見

A-(研究領域の設定目的に照らして、概ね期待どおりの成果があったが、一部に遅れが認められた)

1.総合所見

 本研究領域は、高濃度CO2の植物への影響を包括的に理解するために組織された。この目的を達成するため、Free Air CO2 Enrichment (FACE) 栽培施設やメタボローム、ホルモノーム解析などの解析プラットフォームを構築し、生理学的研究と農学・生態学研究のように視点・手法を異にする研究者による融合研究の遂行を目指した。各計画研究が高いレベルの成果をあげている点は評価できる。一方、十分な融合から当該テーマの包括的理解に至ったとは言い難い。また、当初の計画にあった高CO2応答を検知するマーカー因子群の選抜について、理由を付して途中で停止したが、評価者の間でそれについての十分な理解が得られたかどうかは疑問である。ただ、植物のCO2応答を記述する予測モデルが本領域の研究者により作成され、それがIPCC(政府間パネル)に大きく貢献したことは評価できる。また、本領域が人類の解決するべき不可避的な問題を研究対象にしたこと自体に大きな意味があった。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 高CO2環境にさらされた植物がどのような応答を示すかを、分子生理学と生態学、あるいはシミュレーション分野など広い分野の研究者の融合研究によって包括的に明らかにする目的で、共通の植物育成環境の設置や、種々の解析プラットフォームの共有などの努力を行った。これら施策は領域の目的達成のために有効に機能したと思われる。一方、本領域では、植物の生理的状態(遺伝子発現、代謝、ホルモン状態)を検定する「高CO2応答マーカー因子」を選抜することを目標にあげたが、その試みは、途中で中止されている。マーカー因子一覧表(案)のような形でも良いので、まとめることを検討すべきであった。

(2)研究成果

 高CO2応答モデリングについては個体レベルのみならず群落レベル、生態系レベルまで含めた優れたモデルを構築した。これはIPCCレポートにも引用された重要な成果である。生理・分子生物・生化学の分野でも、孔辺細胞のCO2応答における分子機能、アクアポリンの役割、C/Nバランスの新規制御の発見などは評価できる。このように個々の研究は極めて高い成果をだしたと言える。これらの成果が領域の目指した高CO2環境にさらされた植物の包括的理解にどのようにつながるかは、今後の重要な課題であろう。

(3)研究組織

 本領域は、これまで研究交流がほとんどなかった分子生理学者から生態学者までを集めて、領域代表の強いリーダーシップの基に組織され、それがうまく機能した。公募研究にも、多様な分野の研究者が参画し、その意味では領域の目的である異分野融合は十分に達成された。一方、総括班が、計画研究と公募研究の間の共同研究の推進など、コンソーシアムでなければできない活動をより積極的に果たすべきであった。

(4)研究費の使用

 共通の研究条件を維持するために、複数の研究室に同じ培養庫の設置や分析技術の共通化などの工夫がなされており、研究費は効率的に使用されたと考えられる。一方、最終年度に多額の研究費を繰り越した計画研究が複数あり、事前に立案した予算と実施した研究内容との関係を明瞭にするべきであった。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 高CO2化が、人類の産業構造に根ざした不可避的な問題であるという認識が広がり、この領域を進めること自身に、歴史的社会的意味があった。個別的には、植物分子生物学分野へインパクトを与えうる大きな成果が得られている。これらが、よりマクロな研究分野へどのようにフィードバックされるかは今後の課題である。また、数理モデルを用いた解析により、高CO2応答を記述するモデルが作られ、IPCC報告にも取り入れられたということで、十分な社会貢献があった。

(6)若手研究者育成への貢献度

 若手ワークショップを毎年開催して、毎回80名をこえる若手が参加し領域内の若手研究者の意志疎通を図ったことは良かったと思われる。事後報告書からは、20人近い博士研究員の多くが、大学や研究所に職を得ているようであり、十分な貢献があった。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --