天然変性タンパク質の分子認識機構と機能発現(佐藤 衛)

研究領域名

天然変性タンパク質の分子認識機構と機能発現

研究期間

平成21年度~平成25年度

領域代表者

佐藤 衛(横浜市立大学・国際総合科学研究科・教授)

研究領域の概要

 単独ではポリペプチド鎖が大きく揺らいだ変性状態として存在するがターゲット分子と結合すると規則正しく折れ畳まれて特定の立体構造が形成される天然変性タンパク質は、真核細胞に数多く見られるのが大きな特徴で、細胞内ネットワークにおけるハブ(中核)タンパク質として非常に重要な役割を担っている。本領域では、構造生物学、分子生物学、情報生物学の3分野の研究者が密接に連携して「天然変性タンパク質がどのような機構でターゲット分子を認識・結合して機能を発現するか」について、その構造科学的・機能科学的基盤を理論的・実験的に解明し、次世代の生命科学の礎となる物理学・化学・生物学が真に融合した新しい学際的な研究領域の構築を目指す。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 天然変性タンパク質は単独ではポリペプチド鎖が大きく揺らいだ変性状態として存在するが、ターゲット分子と結合する際に規則正しく折れ畳まれて、固有の立体構造が形成される(結合と連結した折れ畳まり)。このようなタンパク質の分子認識機構は、「アミノ酸配列が立体構造を規定し、立体構造が分子機能を発現させる」という従来型の分子認識機構の枠組みから逸脱しているため、非常に注目を集めている。天然変性タンパク質は原核生物よりも真核生物に、そして細胞質よりも核内に数多く見られ、その多くは細胞内ネットワークにおけるハブタンパク質として働いている。また、翻訳後修飾によって機能が制御されているものが多い。このように天然変性タンパク質は非常に柔らかく、過度的で、非常に広範囲な親和性があり、しかも翻訳後修飾で制御され、それが天然変性タンパク質の分子機能に密接に関わっているという特異な性質をもっている。このようなタンパク質の構造・機能解析は、既存のX線結晶構造解析や電子顕微鏡などの手法だけでは困難で、新規の手法や方法論の開発が不可欠である。本領域では、構造生物学、分子生物学、情報生物学の3分野の研究者が密接に連携し、天然変性タンパク質のもつ様々な特徴や性質、機能を理論的・実験的に探求することを目的としている。こうした研究活動を推進することで、次世代の生命科学の礎を担う若手研究者をコアとした、そして物理学・化学・生物学が真に融合した新しい学際的な研究領域の構築を目指す。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 計画研究および公募研究ともにそれぞれの研究グループ内の研究及び研究グループ間の連携研究が実を結び、この5年間で非常に多くの研究成果が得られた。それらはいずれも学術論文、総説、図書、学会発表の形で公表してきたが、その内容は応募時に研究領域として設定した研究計画をほぼ満足するものでその達成度は非常に高いと判断される。特に、天然変性タンパク質の分子認識の特徴とされるCoupled folding and binding(結合と連結した折り畳まり)機構の研究では、Induced-fitとPopulation-shiftによる分子認識の二面性を示すことが示され、従来の高次構造を形成したタンパク質とは異なった分子認識で機能を発現することが明らかとなった。しかし、それぞれの天然変性タンパク質で分子認識の二面性の度合いが異なることが示唆され、天然変性タンパク質の複雑な分子認識機構が改めて認識された。天然変性タンパク質の情報基盤については、質・量ともに充実したデータベースが確立され、今後の天然変性タンパク質研究に大いに利用されるものと期待される。新学術領域研究のもう1つの大きな役割である若手育成については、講習会(ワークショップ)を期間中4回開催し、多くの若手研究者および大学院生が参加して、今後の天然変性タンパク質研究に必要な科学技術の習得に努めてきた。その結果は、当該領域研究に携わってきた若手研究者の多くが、大学の助教等に採用されたり、大型の研究費を獲得したり、学会賞を受賞したりして、大きな評価を受けており、この点に関しても当該領域研究の初期の目的は十分に達成されたものと確信している。今後は、こうして育った研究者を中心に生命科学の新学術領域「天然変性タンパク質研究」の新しい道を拓き、非常に複雑で高度な機能を発現する天然変性タンパク質を究めていくことを期待したい。

審査部会における所見

A-(研究領域の設定目的に照らして、概ね期待どおりの成果があったが、一部に遅れが認められた)

1.総合所見

 本研究領域は、構造生物学、分子生物学、情報生物学の3分野の研究者が連携し、細胞内ネットワークのハブ (中核) として働くことが多く、単独では決まった立体構造をとらない天然変性タンパク質の分子認識および機能発現機構の解明を目指したものである。MD-SAXS法や、高速原子間力顕微鏡法、各種のNMR関連技術など、天然変性タンパク質を解析するための各種手法の開発と高度化を行い、これらの手法や分子生物学的手法、分子動力学計算などの情報生物学的手法等の併用により、天然変性タンパク質の分子認識および機能発現機構について多数の優れた成果を論文等として発表した点は評価できる。また他分野への波及が期待される天然変性タンパク質データベースを構築したことも評価できる。
 一方、領域設定後に生み出された新しい連携の推進についてはやや不十分であり、共同研究による成果にも、やや物足りない点があった。また天然変性タンパク質に着目して領域設定を行ったことは時宜を得ていたが、本研究領域終了時点で、例えば何故天然変性タンパク質が存在するのかという問題への回答は必ずしも十分ではなかった。また、天然変性タンパク質の個別の構造変化に対する理解は進んだが、これらが生命科学の現象論の理解にどのように結びついているのかについても必ずしも明確にならなかった。本研究領域によって天然変性タンパク質研究の発展の重要な基盤が築かれたことは確かであるが、それがこの研究領域の本当の意味でのブレークスルーや新たな展開につながるのは、この研究領域の今後の発展を待たなければならないと考える。また、関連分野への波及という観点では、創薬や医療への応用という点で、もう少し踏み込んだ研究があればなおよかった。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指す」及び「多様な研究者による新たな視点や手法による共同研究等の推進により、当該研究領域の新たな展開を目指す」という点については、天然変性タンパク質という時宜を得た研究対象について「構造生物学」「分子生物学」「情報生物学」の3分野から領域組織を構成し、異分野連携の共同研究を推進することによって、一定の成果を上げており評価できる。
 一方、「当該領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらす」という点については、本研究領域は創薬や医療への応用など、より幅広い研究分野への波及が十分に期待できたことから、やや物足りない。

(2)研究成果

 天然変性タンパク質の関与する、細胞内における主に核内タンパク質の反応ネットワーク等に関して、様々な手法を組み合わせて応用することにより機構解明を進め、多数の論文や、二回の国際シンポジウムを含む毎年開催したシンポジウム等における学会発表などにより成果を発表した。また、研究を通して開発に成功した手法や、新規物質についての知的財産の権利化を積極的に進めたことや、天然変性タンパク質データベース「IDEAL」を構築したことは評価できる。領域組織内の共同研究については一定の成果を上げているが、やや物足りない。

(3)研究組織

 領域組織内の3つの研究項目は妥当な構成であり、個別研究の厚みを増す効果のある多様な解析手法の共有や、ウェット実験結果に対する計算科学による検証など、いくつもの層で有機的連携が図られた。しかし領域設定後に生み出された新しい連携については、やや物足りない。

(4)研究費の使用

 研究費は概ね有効に使用されていたと評価できる。しかし、一部の高額機器については、より有効な活用が望まれた。その他、特に問題点はなかった。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 本研究領域によって、生物学的、医学的に重要な天然変性タンパク質の関与する、主に核内で起こる反応のネットワークに、「結合と連結した折り畳まり」という概念でとらえるべき現象が多数関与することなど、天然変性タンパク質の分子認識および機能発現機構を解明し、当該学問分野の発展に貢献した。また本研究領域の設定により、構造生物学分野と医学生物学分野の協力の必要性がより強く認識されるようになり、構造生物学分野に対しても、複数の手法を組み合わせることの重要性を示した。これらのことにより、構造生物学の新潮流である、いわゆる「構造生命科学」分野の形成、発展の流れを加速したことは高く評価され、今後、創薬への応用や医学分野へのいっそうの展開が期待できる。また、天然変性タンパク質データベース「IDEAL」の構築も関連学問分野への貢献は大きい。

(6)若手研究者育成への貢献度

 4回の若手育成講習会の開催により、若手が多様な技術を取り入れる機会を提供し、人材育成に貢献した。若手研究者の昇進等の実績においても一定の成果がみられた。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --