地殻流体: その実態と沈み込み変動への役割(高橋 栄一)

研究領域名

地殻流体:その実態と沈み込み変動への役割

研究期間

平成21年度~平成25年度

領域代表者

高橋 栄一 (東京工業大学・理工学研究科・教授)

研究領域の概要

 日本列島は2つの海洋プレートが沈み込む『地球上で最も激しい変動帯』に位置する。「地震・火山活動」など沈み込み変動の多くに「地殻流体」(岩石鉱物の粒界に存在するH2Oなどの流体)が深くかかわっている。本領域では、沈み込むプレートに由来する「地殻流体」の発生から地表に至るまで、「地殻流体」の実態とそれが沈み込み変動に果たす役割の全貌解明を目指す。精密な地震波観測と電磁気観測を共同で実施し、観測結果を高温高圧実験に基づいて解釈し、地殻流体の分布を3次元的に示す、“Geofluid Map”を作成する。また地殻流体の移動様式・流速・流量を制約する“Geofluid Dynamics”の確立を目指す。地震・火山活動に加えて、温泉・鉱床・変成岩などの成因解明も目指している。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 複数のプレートがせめぎ合う場所に位置する日本列島は、沈み込み変動を研究する上で、地球上でもっとも恵まれたフィールドといえる。沈み込むプレート由来のH2Oがマグマ発生に重要な役割を担っていることはよく知られていたが、プレート境界型地震や内陸地震の発生メカニズムへの流体相の関与を示す証拠も急速に蓄積されつつある。本研究領域の目的は、沈み込み帯の各場所に存在する流体相の実態とそれが沈み込み変動に果たす役割を、水溶液の分子構造から日本列島の水循環までのマルチスケールで解明することにある。そのため、地震波観測、電磁気観測、高圧物性、高圧実験、地球化学分析、分子シミュレーション、流体ダイナミクスの学際研究チームで領域を組織した。本領域は、地殻流体の起源・実態・役割を解明するために、観測・実験・数値計算・化学分析等を有機的に結び付けることにより、沈み込み帯における流体分布図Geofluid Mapを作成し、流体の移動過程とその役割を明らかにするGeofluid Dynamics の創生を目指している。2011年3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震の解析によって、巨大地震発生にH2Oなどの流体が極めて重要な役割を果たすことが改めて認識された。巨大地震により活性化された日本列島の地殻変動は予断を許さない状況にあり、地震発生・火山活動における地殻流体の役割解明を目指す本研究領域の推進は極めて重大な急務である。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 学際融合研究の推進に向け総括班は、全体研究会、融合研究セミナー等を開催し、異分野間コミュニケーションによる新たな学術創出を図った。また、サマースクールを毎年開催するなど若手育成に勤めた。研究項目A01は鳴子火山周辺で地震および電磁気同時観測を行い、3㎞の解像度で地震波速度および比抵抗の3次元構造を求めることに成功した。さらに、M9地震およびその後の内陸地震の発生に地殻流体が深く関わっていることを明らかにした。研究項目A02は地殻流体を含む岩石の標準モデルPROM構築を目指し、高温高圧での水・塩水の分子シミュレーション、水・塩水を含む岩石の物性測定に成功した。さらに流体-メルト間の微量元素分配係数のその場決定、変成岩およびマントル捕獲岩中の流体組成分析など多くの成果をあげた。研究項目A03は流体の移動過程解明を目指し、温泉水・火山岩・鉱床の組成・同位体比の分析を行い、スラブ由来流体成分の検出、流体量と組成の系統的変化を明らかにし、流体循環ダイナミクスの数値計算を行うなど、多くの成果をあげた。総括班は研究項目を横断する融合研究チームを組織し、A01の観測結果をA02の作成するPROMを用いて翻訳し、A03の研究結果を用いて地下深部の流体分布を示すGeofluid Mapを描いた。融合研究の結果、沈み込むプレートの脱水ゾーンからマントル、地殻を経て有馬型塩水(濃厚塩水)として湧出する地殻流体の循環過程が解明された。Springerの英文国際誌EPS(Earth Planets & Space)でGeofluid特集号を刊行するなど、本領域は5年間に678編の論文(内652編は査読付き)を公表した。

審査部会における所見

A+(研究領域の設定目的に照らして、期待以上の成果があった)

1.総合所見

 本研究領域では、複数プレートの沈み込み変動により地球上で最も激しい変動帯に位置する日本列島の地学現象に深く関わる地殻流体の起源や実態、およびその役割を解明するために、地震波や比抵抗測定など地震・電磁気観測の結果と高温高圧下の物性・化学実験の結果、および分子動力学シミュレーションの結果を組み合わせ、地殻流体分布を3次元的に表すGeofluid Mapの作成に世界で初めて取り組んだ。さらに、地殻流体の移動と化学反応モデルを結合することで、沈み込み帯における流体発生と移動を定式化したGeofluid Dynamicsの創生にも取り組んだ。その結果、地震発生や火山活動などに地殻流体が果たす役割が解明され、ミクロスケールからマクロスケールまで非常に幅広い科学が融合した新しい地殻流体研究分野が創成された。以上の点から、期待以上の成果が十分にあったと判断できる。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 本研究領域が目的に設定していた沈み込み帯全域にわたる地殻流体の3次元分布図(Geofluid Map)の作成に成功すると共に、地球化学的分析や物性測定結果との融合により、地殻流体の移動循環過程の解明に成功した。さらに、地殻からマントルにおける幾何学とダイナミクス、および固体地球における諸現象の統合的理解に向けた基礎固めの結果、多結晶体中を流れる流体の微視的ダイナミクスから上部マントル、プレート、そして島弧全体のダイナミクスに至る階層的関係について、新しい理解の枠組みを提案することに成功した。以上の点から、設定目的の達成度は極めて高いと評価できる。

(2)研究成果

 東北地方の島弧において地殻からマントルにいたるGeofluid Mapを作成できた点が高く評価できる。この成果により、海水起源の高塩濃度流体がスラブから発してマントルを浸透し地殻へ流入する、地殻流体の3次元移動過程を解明した。
 新学術領域研究の特色でもある融合研究については、研究項目のA01とA03の共同研究により、東北弧と西南日本弧との違いがスラブの温度構造により形成される深部流体の分布に起因することが理解された点、および研究項目A01とA02の共同研究により、純粋な塩水の電気伝導と塩水を含む岩石の電気伝導の不一致を明らかにした点などが高く評価される。さらに、当初の研究目標に加え、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震の原因調査に関する研究も実施して、興味深い研究成果を上げた点も高く評価できる。

(3)研究組織

 研究代表者と総括班のリーダーシップが十二分に発揮され、多様な分野を融合した研究の実施と新概念の形成が進んだ。その結果、沈み込み帯のダイナミクスや素過程に関する理解が深まるなど大きな成果を得た。本研究領域における融合的新分野の創成は、融合研究の模範に位置付けられる事例であり、今後、大いに参考にされるものと評価できる。

(4)研究費の使用

 購入した機器類は研究の遂行に必須であり、すべて有効に活用された。また、若手研究者の育成に関しても研究費は効果的に使用されたものと評価できる。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 地球科学および惑星科学に対する貢献が大きい。特に島弧活動の基本過程である、地震・津波、火山噴火、プレート沈み込み過程、マントル融解過程、地球内部の水理学、などの多くの現象に新機軸の研究テーマとその方法論を展開した功績は高く評価できる。

(6)若手研究者育成への貢献度

 毎年、Geofluidに関する国際シンポジウムを開催し、若手研究者を中心にした講演の集約により、若手研究者の育成に大きく貢献した。公募研究でも積極的に若手研究者の研究テーマを採用した結果、本研究領域において多くの若手が研究成果を上げることができた。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --