配位プログラミング ― 分子超構造体の科学と化学素子の創製(西原 寛)

研究領域名

配位プログラミング ―分子超構造体の科学と化学素子の創製

研究期間

平成21年度~平成25年度

領域代表者

西原 寛(東京大学・大学院理学系研究科・教授)

研究領域の概要

 本領域では、化学結合を自由度高く可逆に制御できる配位化学を利用して、金属原子や金属イオンを自在にかつ精密に配置し、特異な物理・化学特性を有する機能階層的な超構造体を設計通りに組み上げる方法、すなわち「配位プログラミング」を探求する。
 具体的には
 1.「界面プログラミング」による分子回路システムの構築
 2.「クラスタープログラミング」による電子・磁気機能システムの構築
 3.「超分子プログラミング」によるエネルギー・化学変換システムの構築
 4.「生体化学プログラミング」による化学空間機能システムの構築
を推進し、革新的な化学素子の創製へと展開する。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 本領域では、「配位プログラミング」を“化学結合を自由度高くかつ可逆に制御できるという特徴を武器として、特異な物理・化学特性を持つ機能階層的な超構造体を設計通り、精密に組み上げる方法”と定義し、単純な小分子や均一分子集合体を超越して生体分子に迫り匹敵するような精密な超構造体を、様々な「配位プログラミング」法を駆使して作り上げ、創出する超構造体ならではの物理的、化学的新現象を見つけ、解き明かし、応用する新しい学問分野を創出することを目的とする。
 具体的には第1段階で、多機能を集約したヘテロ分子組織体を構築する界面ボトムアップ合成、金属間電子・磁気相互作用等を操作する分子集積・階層構造をつくり出すクラスタリゼーション、規則的な化学ポテンシャル制御構造をつくる精密超分子合成、高次の分子集合体間の機能応答・連動・連鎖系をつくるバイオインスパイアード分子組織化の各方法論を先鋭化し、単純な自己集合でできる均一物質系では達成できないインテリジェントな性質を備えている精密超構造体をナノからメゾ領域にわたる広範な物質群として自在につくるところまで展開する。さらに第2段階で、様々な物性、化学現象や動き等を総合的に含む機能をもつ「化学素子」の創製へ展開する。
 本領域で生まれる新現象や新機能の探求、さらに化学素子の開発まで展開する新しい学問分野は、高次構造=機能物質の基礎科学を深化させるだけでなく、電子工学、光科学、材料科学、情報科学および生命科学へ幅広く波及する日本発の新しい科学技術分野である。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 配位プログラミングを用いて多彩な超構造を持つ新物質を創製し、化学素子に応用する数多くの研究成果が生まれた。界面プログラミングでは、分子エレクトロニクスに資する多彩な物性・機能を持つレドックス界面固定分子ワイヤの精密創製と電子移動解析が著しく進展するとともに、初の導電性錯体ナノシートや生体コンポーネントPSI を分子配線した光検出系を創製した。クラスタープログラミングでは「多重双安定性金属錯体分子の概念」を創り、これに基づきシアン化物イオン架橋一次元混合原子価[FeCo]錯体による磁性-電気伝導性の連動変換や、混合原子価スピン平衡に基づく光による選択的スピン状態変換を実現した。超分子プログラミングではポテンシャル勾配をプログラムした独自デンドリマー超構造体における金属集積体バリエーションの拡張、ならびに逆電子移動を抑制した長寿命電荷分離状態をもつ新型電子輸送材料・整流素子の開発と光電効果を20倍以上増幅することに成功した。バイオインスパイアード系では、プログラムした配列・空間配置で組織化した錯体ユニット間に動的コミュニケーションを創出する分子組織化学として、酸塩基による可逆的スピン間相互作用変換可能なマルチインターロック超分子ポルフィリン-フタロシアニン組織などを構築した。その他の成果も含めて、1000報を超える論文が「配位プログラミング」特集号も含めた高質のジャーナルに掲載されて数多く引用され、本領域のインパクトや波及効果を示した。

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの成果があった)

1.総合所見

 本研究領域は、配位化学を基盤として、金属原子や金属イオンを自在かつ精緻に配置し、特異な物理・化学的特性を有する機能階層的な超構造体を設計どおりに組み上げるコンセプトを「配位プログラミング」と定義して、その合成にいたる方法論を確立し、多様な物性・機能を有する「化学素子」を創製することを目指したものである。分子回路、磁気機能、光機能、生体機能、分子システムなどにつながる多彩な新規超構造体が数多く創出され、その結果として領域全体で1000報を越す原著論文が発表されるなど、非常に多くの成果が得られており、研究領域の設定目的に照らして期待どおりの成果が得られている。一方、実用的な応用展開を見据えると、得られた超構造体は「素子」として捉えることが尚早であるものも散見され、その点においては設定された目標の達成度は期待を上回るとまでは言えない。当該分野における、今後のさらなる学術の発展と新しい機能応用が期待される。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 本研究領域では、異分野の研究者の連携による当該研究領域の発展が目的の一つとして設定されており、幅広い学問分野の有力な研究者の協同によって強力に推進され、突出した成果が得られていることから、その目的は十分に達成されたものと評価できる。また、本研究領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらすという目的においては、「配位プログラミング」というコンセプトの普及のための多様な活動が実施されたことで、今後、磁気機能、光機能、生体機能などを活かした応用展開が期待されることから、その達成度は高いと判断できる。一方、本研究領域はシーズ側からのアプローチで推進されてきたが、産業界からのニーズに実際に対応できるかについては、若干の疑問が残る。

(2)研究成果

 本研究領域は、化学素子の構築を見据え、化学素子に関する先導的な成果を獲得することができている。新規な超構造体の合成に関する報告が数多くなされ、著名な論文誌に注目すべき論文が多数発表されたことは高く評価できる。また、複数の二国間会議の開催を通じて、相手国との相互理解を深めることにより、本研究領域の概念の普及、成果の公表、さらには研究レベルの向上に成功している。3つの国際論文誌において特集号を編集、出版したことについても、本研究領域の成果の普及に有効であったと考えられる。一方、化学素子としての初期特性については複数の萌芽的研究が行われたものの、全体として素子創製の実用レベルへの展開が不明確であった。今後、本研究領域に参画した研究者が実用化を目指して、さらなる情報発信と産業界との連携を推進することを期待したい。また、公募研究も目覚ましい成果を創出しているが、一方で本研究領域の基本概念との関係が必ずしも明確でないものも含まれていると見受けられる。

(3)研究組織

 領域代表者の強力なリーダーシップとマネージメント力によって、本研究領域に参画した研究者間のネットワークが着実に構築されたことで計画研究と公募研究の調和が生まれ、多くの共同研究が実施された。また、「配位プログラミング」という新概念の普及についても精力的に取り組まれたと認められる。計画研究代表者の体調不良等による離脱があったことを問題点とする指摘もあったが、領域組織がカバーするなどして問題を解決したことは評価できる。

(4)研究費の使用

 購入した設備のリストをホームページに掲載して共同利用を促す工夫がなされるなど、有効に活用されたと認められ、特に問題点はなかった。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 配位化学を基盤として、機能階層分子システムを人工的に構築する道筋を示し、分子回路、磁気機能、光機能、生体機能、分子システムに関連する幅広い学問分野の進展に大きく貢献している。また、国際論文誌における特集号の編集も配位化学分野から関連分野への成果・情報発信として重要な意義を有すると評価できる。

(6)若手研究者育成への貢献度

 複数回の若手国際シンポジウムを開催するなど、若手研究者の育成に積極的に取り組んでいた。その成果として、参画した若手研究者において多数の受賞や昇進があったことから、本研究領域の独創的な概念と研究支援に対する工夫が若手研究者の資質向上に大きく貢献したと評価できる。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --