超深度掘削が拓く海溝型巨大地震の新しい描像(木村 学)

研究領域名

超深度掘削が拓く海溝型巨大地震の新しい描像

研究期間

平成21年度~平成25年度

領域代表者

木村 学(東京大学・理学(系)研究科(研究院)・教授)

研究領域の概要

 海溝型巨大地震・津波が繰り返され、今後も起こると想定されている南海トラフにおいて、前人未到の沈み込みプレート境界の巨大地震断層を直接掘削する。断層試料採取・分析を行い、更に掘削孔内の計測・観察を行うことによって、海溝型巨大地震の準備・発生過程の解明に迫る。この目的を達成するために、(1)南海トラフ地震発生帯の大局を把握、海底面変動から断層活動履歴を解明し、(2)断層の分析と実験により、巨大地震断層の静的・動的描像を把握し、(3)地震準備・発生過程のモデルを構築し、観測により検証する。この領域研究の結果は、海溝型巨大地震のこれまでにない姿を描き出すであろう。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 本研究領域の目的は、開始当初は、海溝型巨大地震が想定される南海トラフにおいて沈み込みプレート境界の巨大地震断層を直接掘削し、試料採取・分析を行い、更に掘削孔内で計測・観測を行うことによって、海溝型巨大地震準備・発生過程の解明に迫ることであった。目的達成の研究戦略は、1 南海トラフ地震発生帯の大局を把握し、2 断層の分析と実験によって巨大地震断層の静的描像と動的描像を把握し、3 観測と掘削の結果から地震準備・発生に至るモデルを構築し、観測によって検証することにおいた。
 しかし、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震を受けて、急遽目的を拡大、南海トラフにとどまらず、日本海溝での地震・津波の発生の理解も目的として加えることとした。更に同じ目的で進行中の中米コスタリカ沖海溝研究もデータ分析を一部対象として含めることとした。
 本研究の意義は、地震研究を物理学的な観測、理論研究にとどまらず、地質学的、物質化学的研究と結合することによって、総合科学として発展させることにある。更に日本が世界に先駆けて建造した研究掘削船「ちきゅう」を使い、超深度海溝掘削によって現在活動しているプレート境界断層の直接観測を実施し、刻々と巨大地震の準備が進行している地震津波発生断層の現場で、直接観測を計画した前人未到の計画であり、地球の観測研究のあり方を根底から変える意義がある。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 南海トラフのみならず、2011年東北地方太平洋沖地震の津波発生断層(日本海溝付近のプレート境界断層)の回収に成功した。プレート境界断層のごく浅部において、高速(地震性)滑りの痕跡が発見された。断層は粘土鉱物から構成され、本質的に摩擦抵抗がきわめて小さいことが実験的にも検証された。更に高速滑りにより間隙水が熱圧化し有効摩擦がほとんどなくなり、海溝域まで滑り抜け津波を発生するに至ったことが判明した。
 地球上のどの海溝においても超巨大地震・津波が発生する可能性があることが明らかとなり、日本列島全域、および世界中で最大マグニチュードの見直しが必要、という認識に対する科学的根拠を与えた。
 南海トラフプレート境界断層の上盤孔内物性状態観測により、水平最大応力場の方向がプレートの相対運動方向と平行であり、かつその一部は垂直応力を上回るなど、巨大地震のひずみエネルギーが蓄積されていることが判明した。断層近傍では逆断層型の応力場になると予想される。
 下盤プレートの観察・観測、実験、理論を統合した研究により、プレート境界におけるゆっくりすべりと巨大地震との関連への理解が飛躍的に進んだ。今後の連続観測が一層期待される。
 断層帯は、フラクチャーによって極めて複雑な変形をしていることが物理探査からも予想されるが、陸上化石地震断層の分析から、そこでダイナミックな岩石流体反応が起こり、滑りメカニズムを支配していることが明らかとなった。間隙水圧の変化や間隙水の化学的変化の連続観測などが一層期待される。

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの成果があった)

1.総合所見

 本研究領域は、従来の地震研究の枠を超えて、物理学的な観測・理論研究と地質学的、物質科学的研究を結合させることによって、プレート境界科学と呼ぶべき新領域を拓き、海溝型巨大地震の新しい描像を得るという成果があった。日本の研究掘削船「ちきゅう」を使って超深度海溝掘削をおこない、現在活動しているプレート境界断層を回収するとともに直接観測を実施した。観測、実験、理論、モデルを組み合わせることによって、地震準備・発生過程のモデル構築がおこなわれた。断層におけるダイナミックな岩石流体反応が滑りを支配していることを明らかにすることによって、世界中の海溝において超巨大地震・津波が発生する可能性のあることを示した。このことは防災計画の見直しが必要であることについて科学的根拠を与えた。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 本領域の研究計画は、2011年の東北地方太平洋沖地震によって大幅な変更を余儀なくされたが、中断することなく日本海溝緊急掘削計画などに取り組み、予定されていた海溝型巨大地震の新しい描像を描くことに成功した。従来の構造地質学、地質学、地震学、地球物理学、地球化学、岩石力学、および海洋地質学などの先進的な手法を融合して、プレート境界科学と呼ぶべき新領域を拓いた。そしてその拡がりは、新たな深海掘削科学と、それに基づいたプレート境界の短期〜中期変動の連鎖の理解、さらには防災・減災のための新機軸の科学へと進展しつつある。

(2)研究成果

 フォワードモデルと実証研究、履歴研究の結合によって、南海トラフ沿いの巨大地震の特徴的な連動型および個別型の挙動が理解された。津波発生断層の回収によって、プレート境界断層に高速(地震性)滑りの痕跡が発見され、断層の摩擦抵抗がきわめて小さいことが実験的に検証されることによって、高速滑りが海溝域まで滑り抜けて津波を発生させるに至ったことを明らかにした。高速滑りの起こる原因として摩擦熱による間隙水の熱圧化という、流体と岩石とプレート境界運動の結合した新しいモデルを提案した。これらの成果によって、どの海溝においても超巨大地震・津波が発生する可能性のあることが明らかとなり、防災計画の見直しが必要であることを科学的に示した。

(3)研究組織

 従来は独立な研究組織として互いに疎遠であった、地震発生帯の構造地質学、地球化学、計算科学、地球物理学、掘削科学、物理探査学などが相補的に研究組織のなかで組み合わされ、その中で観測とモデルとの比較、物性との比較、物質科学における熱履歴の解析、流体含有鉱物の同定、巨大地震断層物質の採取と動的物性測定などが行われた。これは研究組織の構築が成功したことを意味する。

(4)研究費の使用

 購入された機器はいずれも研究の遂行に必須のものであった。汎用性の高い機器類については、研究グループを越えて有効に活用した。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 プレート境界科学ともいうべき新展開領域のなかで、その基礎的な断層力学、付加帯地質学、地震科学、地殻水理学、災害科学に対して大きな貢献があった。特に、地震規模・津波規模が巨大なものとなり得ることを明らかにしたことは、災害科学にとって大きな意味を持つ。

(6)若手研究者育成への貢献度

 5年間にわたり、地質学会、日本地球惑星科学連合学会、および全米地球惑星科学連合学会において特別セッションおよびシンポジウムなどを設定し、ここに若手の研究者を結集して、育成と奨励にあたった。その結果、多くの若手が各賞を受賞するとともに、研究者として就職することに成功した。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --