医用画像に基づく計算解剖学の創成と診断・治療支援の高度化(小畑 秀文)

研究領域名

医用画像に基づく計算解剖学の創成と診断・治療支援の高度化

研究期間

平成21年度~平成25年度

領域代表者

小畑 秀文 (東京農工大学・工学研究院・名誉教授)

研究領域の概要

 本学術領域では、新たな学問体系としての「計算解剖学」の創成、およびその医療応用としての画像診断や治療などの支援技術の開発を主目的とする。解剖構造は個体差が極めて大きい。それを統計数理的に記述できる計算解剖モデルの表現方法や、膨大な個体数の画像データからモデルを構築する方法を開発する。そのモデルに基づき、人体を解剖したときに得られる情報と等価な人体構造情報を医用画像から頑健かつ精密に得られるようにする。さらに、その技術に基づき、診断や治療を高度に支援できる応用技術の開発をめざすのが「計算解剖学」である。これにより、画像診断・治療技術の高度化、基礎医学研究・教育などへの貢献、さらには高次元画像処理の開発を通して情報学にも多大な寄与が期待できる。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

【目的】
 新学術領域「計算解剖学」では、情報学の成果と高精細化した人体イメージング技術に立脚し、主要な対象を個体差が極めて大きな胸部および腹部の臓器とし、
1. 臓器などの解剖学的構造を数理的に記述した“計算解剖モデル”を構築し、
2. その計算解剖モデルを利用し、計算機による“医用画像完全理解”を追究し、
3. 上記1,2に基づいて画像診断・治療支援の高度化をはかる、
 ことを目的としている。いわば、人体を解剖して得られる臓器構造に関する情報と等価なものを、医用画像を計算機で処理して得るための基盤技術を開発し、それに立脚した臨床応用技術を開発することである。

【意義】
 医用画像解析に基づく診断支援・画像誘導治療システム分野における国内外の大型プロジェクトで医用画像の理解に直接つながる技術開発を主眼としたものはなく、一方、医用画像理解を直接的な目的にしている人体解剖・生理機能の計算機モデル分野においては、脳を対象にした取組が中心である。個体差の極めて大きい胸部・腹部を中心に全身をその対象としたものはなく、本研究はこの分野の先駆的なものといえる。
 本領域は、ある意味では単一臓器ともいえる脳に比べて、はるかに複雑でかつ個体差の大きな胸腹部の臓器構造を画像理解する手法を開発し、それに基づき、多様な疾病の診断・治療の飛躍的高度支援を実現するものである。医師による観察・記録に基づく旧来の定性的な解剖学を、情報学の視点から新しい定量化された解剖学として再構築する側面も持つ。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 計算解剖学の5年間の研究で得られた主要な成果を以下に示す。
1.個人差が大きく変動幅の大きな臓器形状を数理統計的に記述する数理的基礎を固め、主要臓器に対する統計的臓器モデルを構築できた。
2.実際の三次元医用画像に対して、臓器モデルに基づいてその撮像部位を自動推定し、その範囲にある主要臓器およびその内部構造を精度よく求める手法と解剖学的名称自動認識手法の開発を当初の目的レベルで実現した。
3.X線CT画像を用いた肺がん、肝臓がん、びまん性肺疾患などの診断支援技術の高レベル化、胸水・胸膜病変などの検出、骨粗鬆症の検出、手術支援に重要なリンパ節の自動認識、眼底写真における緑内障の検出、脳MR画像におけるラクナ梗塞の検出、などの技術開発に成功している。また、超音波エラストグラフィを用いた慢性肝炎による肝線維化の進行度の非侵襲的な診断法を実現した。
4.高い精度で得られる解剖構造情報を活用して、人工股関節自動手術計画立案の高精度化、安全で確度の高い腹腔鏡手術シミュレーション手法や仮想内視鏡と実内視鏡像の連動表示システムなどの開発と臨床応用を行い、それらの有効性も確認した。
5.死亡時画像診断支援においても、死後の臓器変形過程の解析を進め、変形著しい臓器の新しいモデリング手法の開発と、その活用による画像理解・死因推定に大幅な進展をみた。
 これらの成果は、応募時に設定した研究目的に十分にかなうものであり、目標は十二分に達成したと自己評価する。

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの成果があった)

1.総合所見

 本研究領域は、計算解剖モデルの学理構築、医用画像理解のための手法の確立、具体的な臨床応用、の3つを柱とするものであり、それらが全体的にバランス良く実施された結果、計算解剖学という新たな領域への道を拓く意義深い研究成果が多数生み出された。とりわけ、医学、情報学、工学が適切に融合し、死亡時画像診断技術や手術ナビによる低侵襲医療の実現等、具体的な成果物が得られた点も高く評価できる。若手研究者の育成や教科書の発刊といった社会還元にも積極的に寄与しており、今後は、さらなる臨床応用や病理、薬理学等への広範な波及を期待する。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 本研究領域の実施によって得られた成果は、既存の学問分野の枠に収まらない新興・融合領域の創成を目指すという本研究領域の応募時の研究対象に即したものであり、とりわけ、情報学および数学的な知見を導入することにより、旧来の定性的な解剖学を定量的な学問に推し進めた点が高く評価できる。具体的には、本研究領域が当初掲げていた、診断・治療を高度化する計算解剖学の学理構築と医用画像理解のためのプロトタイプとなる手法の確立、およびその臨床応用という目標に対して、そのそれぞれが十分に達成され、最終的に、死亡時画像診断技術や手術ナビといった、従来にない新しいシステムの実現に至った。領域代表者、および総括班を中心とした研究体制が上手く機能化し、中間発表時に指摘を受けた問題点に対しても適切な対処がなされた。今後は、さらなる臨床応用の推進とともに、教科書の発刊やアウトリーチ活動を通じた社会への広範な貢献を期待する。

(2)研究成果

 本研究領域では、計算解剖モデル構築の基礎数理から、それらに基づく医用画像理解のためのシステム開発および臨床応用まで、包括的な研究が実施され、多くの研究成果が得られた。研究代表者のリーダーシップと総括班の役割が適切に機能することにより、各計画研究が明確な指針を持って効率よく推進された点が高く評価できる。近未来の高度医療実現に向けて極めて重要な研究領域であることは間違いなく、本研究領域で得られた成果が、今後の医療分野に具体的に還元されることを期待する。

(3)研究組織

 本研究領域における計算解剖学の創成とその応用技術の確立には、医学者、情報学者、数学者、工学者のそれぞれが協調して研究を推進できる体制が必須であり、計画研究と公募研究の密な連携によりそれが実現された。また、国際的に著名な関係研究者による諮問委員会を設置して意見を求め、本研究領域の研究遂行および運営に積極的に活用した点も高く評価できる。

(4)研究費の使用

 計算解剖モデル構築のために高速計算機などの設備品に重点的に配分されたが、研究実施の上で適切な使用であった。また、各計画研究に配置したポスドクが本研究領域内の融合研究推進に貢献しており、人件費も有効に活用された。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 これまで具体的な対応策が見当たらなかった不連続多様性への対応と医用画像の完全理解、また、患者固有医療、死亡時画像診断支援、手術ナビによる低侵襲治療等といった具体的な成果があり、病理、薬理学等新たな分野との融合研究への可能性も広がったと言える。今後は、メディア等を通して本研究領域の成果をより積極的に発信することが期待できる。

(6)若手研究者育成への貢献度

 領域内ワークショップ、国内外の一流研究者によるセミナー、研究者交換、国際会議の開催等、さまざまな活動の実施を通して、若手研究者の育成を十分に行った。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --