量子サイバネティクス - 量子制御の融合的研究と量子計算への展開(蔡 兆申)

研究領域名

量子サイバネティクス - 量子制御の融合的研究と量子計算への展開

研究期間

平成21年度~平成25年度

領域代表者

蔡 兆申(独立行政法人理化学研究所・巨視的量子コヒーレンス研究チーム・チームリーダー)

研究領域の概要

 量子サイバネティックスは、多様な物理系において、量子状態のコヒーレントな制御/保持/転送、そして検出の研究を、統一的視野に立ち横断的な連携研究を行う。固体素子の超伝導や半導体デバイスや、微視的系の分子、原子/イオン、光などでのコヒーレント操作の研究を進める。微視的と巨視的量子系などが融合した混合量子系の研究を多分野の研究者の連携により進める。量子サイバネティックスは、情報処理に利用でき、古典計算機の原理的限界にはとらわれない画期的な性能を有する次世代の科学技術として期待されている。本研究領域では、量子計算を大きな目標とし、同時に量子限界を超える各種量子ディテクターや量子光源、量子限界を超える時計同期化など、幅広い応用分野も視野に入れ研究する。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 近年、量子重ね合わせやエンタングルメントのようなコヒーレント状態を、人工的に制御・操作できる技術が生まれ始めた。本領域の目的は、このような量子状態操作の更なる高度化、複雑化である。より複雑な量子系を、さらに高精度で、高速に、量子状態の制御や観測を行うことを目指している。本領域は、古典論と量子論の境界にあるデコヒーレンス現象の詳細な研究や、超伝導の巨視的な系で生ずる量子コヒーレンス現象のより深い理解を可能とする、科学的に大変重要なものである。本新領域は、複数の科学上の概念を、融合・連携した新学術領域である。本領域の一つの大きな特徴は、原子、光、分子(所謂AOM)の微視的量子系から、半導体、超伝導体の固体素子までを含める、極めて幅広い物理系を研究対象としていることである。人工量子と自然量子のコヒーレントに融合した混合量子系は、自然量子の普遍的均一性や長いコヒーレンス状態の寿命、そして人工量子の幅広い設計性と豊富な制御手段、集積性などの長所を生かし、その逆である短所を補うことが可能になる。したがって多種多様な新規発展につながることが期待され、また幅広い分野での量子制御の研究を通して、統一的視点に立った、新たな物理的見地を得ることを目指す。社会貢献に関しては、例えば量子エンタングルメントを応用した各種計測装置は、計測器本来の量子限界を超える性能を発揮できる。同様に、エンタングルした光子を使い、本来の回折限界を超える光学機器が実現など幅広い応用分野が可能となる。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 5年の研究の結果、領域内の全ての物理系で、量子状態制御の科学技術が大きく進展し、設定目標はほぼ達成された。超伝導人工原子での高忠実度状態制御や量子非破壊・単事象観測などをはじめ、すべての物理系で目覚ましく進展を遂げた。このたび実現した超伝導人工原子量子光学と、従来の自然原子の量子光学との比較より、特に「単原子」量子光学に関する新規な知見を得、より包括的な理解を確立した。また他の多くの新規な混合量子系を実現し、より包括的な理学が生まれた。新規な量子効果である超伝導細線でのコヒーレント量子位相滑りの実現などの成果も達成した。全論文数370件以上、内トップ1%引用論文は20件あることから、遥かに標準を超えた成果が生み出されたことが分かる。(2014年6月集計、全て謝辞あり)
 また既存の学問分野の枠に収まらない新興・融合領域を創成した:光学と固体素子を融合した超伝導人工原子量子光学(Science 2010, PRL 4編など);原子と固体素子を融合したハイブリッド量子メモリ(Nature 2011);固体素子と機械振動を融合した表面弾性波による単電子伝送制御(Nature 2011, Nature Nanotech 2012);光学と数学の融合による適応量子推定(PRL 2012);光学と固体素子を融合した量子ドットハイブリッド単光子源(Nano Lett. 2011);光学と原子を融合したNVセンターハイブリッド単光子源(Opt. Exp. 2012);量子物理と有機合成を融合した室温長偏極技術(PNAS 2014)など新領域創出の目的を達成した。

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの成果があった)

1.総合所見

 本研究領域は、固体素子系、原子・イオン・分子系、光系のそれぞれの系、或いはそれらを組み合わせた混合量子系において高度で複雑な量子状態の制御を行い、量子コンピューターの実現を目標とするものである。本研究領域が量子情報に関わる研究分野において、量的にも質的にも比肩する例が無い程の成果を挙げたことは非常に高く評価できる。ただし、研究領域全体としての理念や方向性、および最終目標の設定とそれに対する達成度が少し見えにくい印象が残った。さらに、本研究領域を基礎としてその先に何を目指すべきかという次の視点を最終報告に盛り込むことができれば、今後の体系化の強力な指針になったであろう。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 量子計算や量子情報処理を実現する上で問題になるデコヒーレンス等の現象を克服する方法を多方面の研究者を巻き込んで開拓し、トップクラスの成果を挙げた。それぞれの系や混合量子系での量子状態制御技術は大きく進展し、個々の計画研究における研究成果は当初の目的を達成している。また、従来の枠組みでは連携の薄かった分野の研究者を糾合することにより、新規の混合量子系の実現に成功するなど新学術領域研究ならではの波及効果を生み出している。

(2)研究成果

 当該分野における我が国の第一人者を網羅した組織であり、領域全体で372編の論文を出し、20編がトップ1%引用論文に挙げられるなど、領域全体として高い成果を挙げている。トップクラスの研究者が個別の研究をしているという中間評価時に指摘された問題も最終的には大いに改善され、固体中スピンと巨視的電磁場との結合や光情報の推定法などの融合研究において特筆すべき成果が得られた。また、出前授業などのアウトリーチ活動に積極的に取り組んでいる点も高く評価できる。

(3)研究組織

 「領域融合ワークショップ」を十数回開催するなど領域内の有機的な連携を促す工夫がなされた。各計画研究の間で成果に結びつく共同研究が多数実現したことは、意識的な運営方針の結果であると推察される。また、公募研究と計画研究の連携も活発に行われ、多くの研究成果が生まれたことも評価できる。ただし、組織全体としての融合が図られていたにもかかわらず、融合研究が必ずしも組織全体に拡がっていたとは言えず、やや限定的であったように感じられる。

(4)研究費の使用

 経費は必要な装置の購入や人的ネットワークの形成などに充てられており、適正である。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 量子情報処理を実行する際に必要となる技術的裏付けや理論的基礎に関して、我が国の研究レベルを格段に引き上げた。特に、大きな研究グループが近隣のサブフィールドを巻き込み、分野の底上げをした功績は大きい。また、本研究領域で開発された増幅器やデバイスは幅広く科学技術に応用される可能性を秘めており、量子計測方法や量子シミュレーションなどは生命科学や材料科学、多体量子系を扱う計算物理などへの波及効果が期待できる。しかしながら、より広範囲な科学一般への貢献については明示されていない。本研究領域が基礎研究に軸足を据えたものであるとは言え、一般の科学者にも分かり易い応用面での成果について明確に示すことが望まれる。

(6)若手研究者育成への貢献度

 若手研究者が多く、かつ急速に成長しつつある研究分野であるという優位性を有効に活かし、若手人材のキャリアアップにつながる実績を多く残した。「領域融合インターンシップ」により学生が領域内・外の他機関で研究できるようにしたことや、量子情報に関係した学生・PDの集まりである「量子情報学生チャプター」への支援を行った点も高く評価できる。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --