環太平洋の環境文明史(青山 和夫)

研究領域名

環太平洋の環境文明史

研究期間

平成21年度~平成25年度

領域代表者

青山 和夫(茨城大学・人文学部・教授)

研究領域の概要

 既存の学問分野の枠に収まらない新興・融合領域である環太平洋の環境文明史の創成を目指す。つまり世界に類例のない、全く新しい歴史的知の枠組みを構築していく。研究の目的は、1 環太平洋の非西洋型諸文明(メソアメリカ、アンデス、太平洋の島嶼、東南アジアなど)の盛衰に関する通時的比較研究、2 環境史の精緻な記録である湖沼年縞堆積物(1年に1つ形成される「土の年輪」)を用いた環太平洋の環境システムの変遷史と諸文明史の因果関係の解明、3 その歴史的教訓と今日的意義の探求である。本領域が革新的・創造的な研究を推進することで、従来の西洋中心的な人類史を再構成する上で大きく貢献すると共に、当該領域の学術水準を国際的に向上・強化し、革新的な人材育成に繋がると期待される。この貢献は現代地球社会の諸問題解決の糸口を見出し、持続可能な発展を遂げていくための科学的知見に資するものである。

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 本新学術領域研究は、既存の学問分野の枠に収まらない新興・融合領域である環太平洋の環境文明史の創成を目指す。つまり文化系でもない、理科系でもない全く新しい歴史的知の枠組みを構築していく。本領域は、人文科学・自然科学の有機的連携のもと計画された領域融合的な共同研究である。本領域研究の目的は、1 環太平洋の非西洋型諸文明(中米メソアメリカ文明、南米アンデス文明、西太平洋の島嶼文明など)の盛衰に関する通時的比較研究を行う、2 環境史の精緻な記録である湖沼年縞堆積物を用いた環太平洋の環境システムの変遷史と諸文明史の因果関係を詳細に明らかにする、3 その歴史的教訓と今日的意義を探求する、ことである。本領域研究は、従来の世界史研究で軽視されてきた環太平洋の諸文明史と環境史のアーカイブ作成、両者の統合解析によって、よりバランスの取れた「真の世界史」の構築に大きく貢献し、文明とは何か、人間社会の共通性と多様性について、旧大陸のいわゆる「四大文明」及び西洋中心的な人類史観では得られない文明史観・視点・知見を提供する。その歴史的教訓を学ぶことは、現代社会の持続可能な発展及び大惨事回避の鍵となり得る。本領域研究に参加した大部分の研究者は、中堅・若手である。本領域研究の推進は、21世紀の環境文明史研究の学術水準を国際的に向上・強化させ、革新的な人材育成につながると期待される。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 本領域研究では、各研究項目の連携を強化し、効率的な領域運営を実現した結果、湖沼堆積物を用いて復元した高精度で時間分解の高い環境史と編年を軸として、メソアメリカ、アンデス、琉球列島といった各地域における文明の実態を通時比較研究し、環境文明史という、文系でも理系でもない新たな学問領域を確立する土台を築くことができた。顕著な成果としては、メソアメリカ、アンデス、先史・原史時代の琉球列島といった環太平洋の諸社会が、変動する自然環境によってインパクトを受けて単純に「勃興」し「崩壊」するのではなく、自然環境と共生し、あるいは自然環境を破壊しながらも、2000年以上にわたって持続可能な社会を築いたことが実証的に明らかにされた。たとえばマヤ文明では、周辺の文明・社会との地域間ネットワークを巧みに変化させながら社会の多様性を保って、社会のレジリアンス(回復力)を高めた。アンデス文明では、湿潤化や乾燥化といった環境変動に適応するために居住地を変えると共に水路などの新しい技術を導入して社会インフラを整備し、ナスカ社会を継続させた。先史・原史時代の琉球列島では、自然環境を破壊し尽くすことなく、環境調和型の生業を展開した。このように、新たな選択肢を見出して社会のレジリアンス(回復力)を高め、戦争、自然災害や人口問題など、社会が被る可能性がある問題を連鎖させないことが、現代社会にとって極めて貴重な歴史的教訓である。

審査部会における所見

A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの成果があった)

1.総合所見

 本研究領域は、考古学、民俗動物学、歴史学、地理学、文化人類学、認知心理学、古環境科学などの幅広い研究分野を統合し、環太平洋の環境文明史の創成を目指すものである。特にメソアメリカ・アンデス・琉球における実証的な通時データを含む数多くの研究知見が報告されており、当初の目的に照らして、期待どおりの成果が得られたと考える。その一方、環太平洋全体を視野に入れた比較研究のための理論的枠組みには改善の余地があり、今後の学術のさらなる発展を期待する。

2.評価の着目点ごとの所見

(1)研究領域の設定目的の達成度

 年縞堆積物を用いて復元した高精度な編年を軸として、環境史と文明史を結びつける道を開いたことは画期的である。また、既存の学問分野の枠に収まらない新興・融合領域の創成等を目指して多分野の専門家が優れた研究成果を数多く発表しており、目的の達成度は高い。環境史と文明史の因果関係をめぐる課題、環太平洋全体を統合的に把握する際に留意すべき新しい課題などを明らかにしたことにより、新学術領域の形成に至る重要な前進があったと評価できる。

(2)研究成果

 遺跡や土壌の高精度な年代測定により、幾つかの文明が通説よりも古いことを解明し、通時的比較研究に新しい基礎を与えた。太平洋を挟んだ環境史の共時的変化や、文明の盛衰と環境変動の因果関係に関する新しい発見もあり、社会的・学問的なインパクトは大きい。また、研究成果を国際的・専門的な学術雑誌などで公表するだけではなく、国内における社会還元と普及のために一般書も積極的に出版しており、高く評価できる。

(3)研究組織

 研究対象地域の広大さと研究項目の多様さから、計画研究間の相互連関に向けた工夫が必要となるが、おおむね成功であったと判断できる。研究項目A01(年縞環境史)において年縞による高精度年代軸がつくられ、これを共通の参照枠組みとして全体の有機的な連携が可能となったといえる。

(4)研究費の使用

 特に問題点はなかった。

(5)当該学問分野、関連学問分野への貢献度

 年縞による高精度年代軸が国際的に提供された点、メソアメリカ・アンデス・琉球の環境史的・考古学的な実証データを蓄積した点などが高く評価できる。また、環境科学や地理学などの理学的分析結果と考古学者の真の連携、ナスカの地上絵の認知論的解釈、地球規模の気候変動と太平洋を挟む環境変遷のシンクロ性の研究など、関連学問分野への貢献および新しい学問分野への途を開く成果があった。

(6)若手研究者育成への貢献度

 参画した若手研究者の多くが研究職に就いており、本プロジェクト若手研究者育成の貢献を示している。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成26年11月 --