動く細胞と場のクロストークによる秩序の生成 (宮田 卓樹)

研究領域名

動く細胞と場のクロストークによる秩序の生成

研究期間

平成22年度~平成26年度

領域代表者

宮田 卓樹(名古屋大学・大学院医学系研究科・教授)

領域代表者からの報告

1.研究領域の目的及び意義

 大は天体・気象から小は素粒子に至るまで、「動き」の熟知が現代の科学ひいては社会を支えている。バイオメディカル分野における「動く細胞」の知は、いかに細胞が「場」(微小環境)と対峙し作用し合うか、生来的に細胞が示すランダムな動き(細胞のゆらぎ)にはどんな意義があるかなどに関して、依然不十分である。当領域「動く細胞と秩序」は、これまでに蓄積されてきた細胞の動き(の存在)自体についての国内外の研究成果を踏まえつつ、既存概念を超える新しい理解境地を得るべく、越境的交流・相互反応の意図のもと、粘菌、免疫、神経、表皮、管腔、初期胚、幹細胞、腫瘍、血管、創傷、再生など多様な多細胞システムを対象としてさまざまな方法論を有する研究者がヘテロ度高く構成し、どのようにして「動き」から形態的・機能的な「秩序」が細胞集団・組織・器官にもたらされるのかを問う。研究は、(1)細胞の「動き」の様態を、高い時間空間分解能のライブ観察により定量的に把握、(2)「動く細胞」と「場」との「対話」の実体を、化学的・物理的な種々の要因に注目して解明、(3)どのように動きから多細胞系の秩序が生成するかを、数理モデル化を通じて理解、という3つの軸に沿って進められる。抽出された生物学的原理は、細胞制御を通じての治療・予防・再生など医学的な貢献への期待ができ、また、群衆、交通、情報の制御という社会的事象に関する求めに対してもヒントを与える可能性がある。

2.研究の進展状況及び成果の概要

 A01「分子から細胞」、A02「細胞から組織」、A03「組織から器官」、それぞれの研究項目で、「動き」の様態(方向転換、他者接触、群への加入、離脱、重積、並び替え、突起リモデリングなど)についての観察・解析(研究軸1)が行なわれ、定量的把握が着実に進んだ。また、「動く細胞」と「場」がどう「対話」する(液性因子、細胞表面分子、細胞外基質、力学的刺激などがいかに「場」から供給され、それがどう受容され、シグナル伝達やタンパク質局在化を通じた内的な、また細胞外に向けた反応性発揮に至る)かについての解析(研究軸2)も、大きく進展した。数理モデル化(研究軸3)が、粘菌、ニューロン、初期胚、上皮細胞、血管、管腔ですでに発表段階に達しており、他の系においても展開中である。総括班サポートのもと、領域内での相互補完的議論、技術支援(イメージング、細胞追跡、統計手法)など、連携的取り組みが進み、共同研究成果が学会発表・出版に至ったケースも出始めた。合宿式「若手の会」、領域会議での学生ポスター発表など、若い層の交流、育成をめざした取り組みに加え、一般向けアウトリーチ活動(サイエンスカフェ、公開発表会)も積極的に行なっている。定量解析、数理モデル化についての領域外からの学び・吸収を意図し、専門家の多い関連学術研究会等で共催や企画提出を行なうとともに、新学術領域間での交流・連携(合同シンポジウム、ワークショップ)も進めている。

審査部会における所見

 A (研究領域の設定目的に照らして、期待どおりの進展が認められる)

1.総合所見

 本研究領域は、「動く細胞」が微小環境「場」といかに対峙し作用し合うことで、形態的・機能的な「秩序」が細胞集団・組織・器官にもたらせるかという問題に対し、細胞の「ゆらぎ」を新たな視点として、イメージングなどの技術や、数理モデル等を確立することにより解決しようとする提案である。動く細胞として、粘菌・リンパ球・ニューロン・癌細胞・生殖巣細胞・血管細胞・管腔形成上皮・初期胚など多様な生物種/細胞を扱っている点が、ユニークであると評価される一方で、全体としての方向性の点で懸念が残るとの指摘もあったが、実際の問題設定が明確で、優れた連携の事例が生まれてきている。また、若手育成のワークショップやシンポジウムを活発に開催するなど領域運営についても高く評価できる。今後、数理的モデル化を通じた秩序形成の理解がどこまで進むか期待したい。

2.評価の着目点毎の所見

(1)研究の進展状況

 「既存の学問分野の枠に収まらない新興・融合領域の創成等を目指すもの」としては、「細胞の動き」と「場」をキーワードにして、多様な研究を統合した研究班を構成している。「非常に多様な」生物システムを対象としているため、個別研究の寄せ集めになるのではないか、という指摘に対して、融合・連携を進めようとしている領域代表者の姿勢が評価された。細胞の動きという解析の困難な問題に真正面から挑戦し、最新技術を用いて新しい基礎研究を展開して、新学術領域の名にふさわしい実績を積み上げている。
 また、「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指すもの」及び「多様な研究者による新たな視野や手法による共同研究等の推進により、当該研究領域の新たな展開を目指すもの」としては、領域内での共同研究が進み、着実に成果を上げている。全体的にイメージング技術に足場を置いた研究が多く、その部分では連携が進んでいるが、何か共通のプラットフォームになるような新規解析技術があり、それを班員が共有すればより効率的に研究の進展を図ることができるのではないか、という意見もあり、特に数理モデルの共有化、浸透により一層の研究の進展を期待したい。
 「当該領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらすもの」としては、個別の研究についての進捗は見られており、粘菌、免疫系などで、他領域に波及効果のある展開がなされつつある。
 「学術の国際的趨勢などの観点から見て重要であるが、我が国において立ち遅れており、当該領域の進展に格段の配慮を必要とするもの」としては、この分野の研究で日本が特に遅れをとっている印象はないが、数理モデルと実際の実験データ、特に膨大なbig dataをもとにシミュレーションを行うような部分についてより実際的な共同研究の展開を期待したい。

(2)研究成果

 「既存の学問分野の枠に収まらない新興・融合領域の創成等を目指すもの」としては、本研究領域発足以前から展開されてきた個々の研究について成果が出てきているものであり、この研究領域ならではの成果はこれから出てくるものと期待したい。
 「異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等の推進により、当該研究領域の発展を目指すもの」及び「多様な研究者による新たな視野や手法による共同研究等の推進により、当該研究領域の新たな展開を目指すもの」としては、現在進行している共同研究の成果がこれから論文の形になるものと期待している。
 また、「当該領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらすもの」としては、粘菌や免疫系について他領域への波及効果が期待できそうな新しいコンセプトを提示する成果が生まれつつあり、「学術の国際的趨勢等の観点から見て重要であるが、我が国において立ち遅れており、当該領域の進展に格段の配慮を必要とするもの」としては、まだ発表に至っていないが、数理モデルの共有化などに向けての努力はなされており、今後の展開に期待したい。

(3)研究組織

 領域内での連携がよく図られており、若手研究者育成などにおいて、総括班がきちんと機能している。

(4)研究費の使用

 適切に使用されており、特に問題点はなかった。

(5)今後の研究領域の推進方策

 「ゆらぎ」の新しい側面を示す成果が出ており、基礎生物学として極めて面白い状況にある。問題も集約されてきており、確実な成果が期待される。個々の現象の説明に終始するのではなく、領域内でのコンセプトの共有化を図り、いかに目標達成にむけてメンバーの意識を高めるか、領域代表者のリーダーシップに更に期待したい。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成24年12月 --