身体・脳・環境の相互作用による適応的運動機能の発現-移動知の構成論的理解-(淺間 一)

研究領域名

身体・脳・環境の相互作用による適応的運動機能の発現-移動知の構成論的理解-

研究期間

平成17年度~平成21年度

領域代表者

淺間 一(東京大学・大学院工学系研究科・教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 ヒト,動物,昆虫など,あらゆる生物は,様々な環境において適応的に行動することができる.この適応的行動能力は,脳や身体の損傷によって損なわれるが,そのメカニズムはまだ明らかになっていない.本領域研究では,このような適応的行動能力は,生物が動くことで生じる脳,身体,環境の動的な相互作用によって発現するものと考え,その概念を「移動知」(Mobiligence)と呼んでいる.
 本特定領域研究では,神経生理学,生態学などの生物学の方法論と,システム工学,ロボティクスなどの工学の方法論を融合させ,動的な生体システムモデルを構成するという,生工融合による構成論的・システム論的アプローチによって,その解明に迫る.
 特に,適応的行動能力の中でも,(A:環境適応)環境の変化を認知し情報を生成するメカニズム,(B:身体適応)環境に対して身体を適応させ制御するメカニズム,(C:社会適応)他者ならびにその集合体としての社会に適応させるメカニズム,という三つの適応機能に注目し,それぞれ班を組織し,具体的な適応行動の発現メカニズムの解明に関する研究を実施するとともに,(D:共通原理)それらの適応的行動のメカニズムの背後にある,移動知生成の力学的共通原理を明らかにする.
 これらの研究活動を通じて,「移動知」という新しい研究分野を開拓し,移動知という新学術領域の創成と,生工融合の学際的知識を有する若手研究者の育成を図る.

(2)研究成果の概要

 A班研究では,予測不可能な未知環境下で適応的な行動を獲得するメカニズムの解明を目指し,上肢到達運動課題を対象とした他者の模倣や動機づけの意味,脳波と機能的電機刺激を用いた感覚フィードバックによる機能修復の意義を検証した.B班研究では,システム・バイオメカニクスと呼ぶ生工融合の方法論に基づき,神経生理学において,神経生理学的研究で明らかにされた各神経部位で処理される情報のシステム論的な役割を明らかにするとともに,工学において,環境の変化に対して適応的な行動をとる機能を持った柔らかな機械の設計原理の導出を行った.C班研究では,総合的神経行動学やブレイン・マシン・インテグレーションと呼ぶ生工融合の方法論に基づき,個体間相互作用に伴う多重フィードバック・フィードフォワード構造の情報処理と情報伝搬の曖昧さが社会適応行動の発現と社会構造の構築・維持に重要であることを示した.D班研究では,移動知の力学的共通原理の一つの候補として,身体と場との相互作用によって表出する第二の制御則とでも呼ぶべき,陰的制御則という考え方を提案,特解例を示し,様々な生物の運動制御系を陰的制御という観点で解釈できることを示唆した.
 生工融合の共同研究が多数実施され,原著論文英語556編,日本語29編,受賞78件の業績を達成した.若手の会を組織,様々な育成のプログラムを実施し,学際的知識を有する若手研究者数を数多く輩出した.以上,移動知という新学術分野の創出に多大な貢献を果たした。

審査部会における評価結果及び所見

A (研究領域の設定目的に照らして、十分な成果があった)

 本研究領域では、脳と身体の相互作用による生物の適応的行動メカニズムの解明を目的とした工学と生物、医学を結びつける開拓的な試みが、移動知という新しい学問分野を形成しつつあり、特定領域研究として高く評価できる。非常に新しい分野であるが、多くの論文発表や特集号などによって成果の公表がなされており、Mobiligenceという新語を関連分野に定着させるなど、研究領域の設定目的に照らして十分な研究業績をあげている。教科書の出版などを通して若手研究者の育成にも貢献し、今後の医工学の発展に大きく寄与すると期待される。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年01月 --