スーパークリーン物質で実現する新しい量子相の物理(福山 寛)

研究領域名

スーパークリーン物質で実現する新しい量子相の物理

研究期間

平成17年度~平成21年度

領域代表者

福山 寛(東京大学・大学院理学系研究科・教授)

領域代表者からの報告

(1)研究領域の目的及び意義

 液体・固体ヘリウム、アルカリ原子気体、ルテニウム酸化物などに代表される超純粋(スーパークリーン)試料が得られる物質系において、低温極限で見られる新奇な量子相や量子多体現象の解明を通じて、それらの背後で共通する新しい物理概念を創出し、21世紀の物理学や物質科学の発展に資することを目的とする。絶対零度付近では、熱ゆらぎだけではなく量子ゆらぎが支配する新奇な量子相転移が生じるが、問題となるエネルギースケールが小さいため、わずかな乱れや不純物によって系本来の量子状態は容易に破壊されてしまう。スーパークリーン物質では、温度、磁場、圧力などの環境だけでなく、さまざまな媒質中への閉じ込めなどを通じて、系の空間次元、幾何学構造、粒子相関を精密制御して量子現象の本質に切り込むことができる。従来、これらの物質系は異なる学問分野で研究されてきたが、量子スピン液体、モット転移、量子臨界現象、フラストレーション、位相欠陥と超流動乱流、スピン三重項超伝導・超流動など共通する新概念は多い。低温物理学だけでなく多様な分野で世界的に活躍する実験及び理論研究者を結集して領域研究を一体的に進めることで、異分野融合による独創的な研究を生み出し、基礎学問における国際的イニシアティブを維持発展させる。また、それを通して広い視点をもつ若手研究者を育成する。

(2)研究成果の概要

 個別の研究成果だけでなく、異分野融合型の顕著な研究成果が多数挙がった。例えば、2次元ヘリウム3(3He)、有機物、遷移金属酸化物など多彩なスーパークリーン物質で新奇な量子相を多数実験的に見出し、それらを2次元強相関フェルミ粒子系の局在転移近傍に共通の概念(ギャップレススピン液体、フェルミ面のトポロジカル転移など)で説明する理論を展開した(A01)。種々の次元や幾何学構造をもつナノ多孔体中の4Heで新奇な超流動転移や量子相転移を見出し、局所ボース・アインシュタイン凝縮(BEC)の概念を確立した(A02班)。超流動4Heの乱流遷移や渦生成で新現象を見出すと共に、原子気体BECも含めた量子乱流現象を量子渦(位相欠陥)の概念で理論的に説明し、新たな学問分野として進展させた。スピン自由度をもつ原子気体BECの理論・実験を精力的に進め、新奇な励起や位相欠陥を多数予言した(A03班)。Sr2RuO4超伝導相で、空間及び時間反転対称性の破れを示す多くの実験的証拠やスピン秩序変数の異方性や集団運動に関する知見が得られた。超流動3Heでも、マイノリティスピン凝縮の発見、単一量子渦の観測、アンドレーエフ表面束縛状態の観測などが相次ぎ、スピン三重項超伝導・超流動の理解が深化した。また、奇周波数ペアの新概念のもとで、異方的超伝導・超流動に共通する界面・近接効果の研究が進んだ(A04班)。理論グループが予言した2次元3Heの磁化プラトーの観測に成功し、A01班とも連携しつつ、隠れた磁気秩序や新奇な磁気励起などリング交換やフラストレーションが生む新磁性の研究を進めた。固体Heの結晶成長や核生成で新奇な現象が観測され、量子結晶のダイナミクスの理解が進んだ(A05班)。以上すべての研究で、若手研究者の目覚ましい寄与があった。

審査部会における評価結果及び所見

A (研究領域の設定目的に照らして、十分な成果があった)

 本研究領域は、液体・固体ヘリウムなど理想的な物質群を極低温の環境下に置くことで、これまで明らかにされていない物理現象を抽出し、その解明を通じて、新しい物理概念の創出を目指すものであった。研究期間内に、グラファイト表面における単原子層ヘリウム3の新流体相発見という特筆すべき成果をはじめとして、優れた業績が数多く挙がっている。多くの論文発表とともに、本研究領域での成果を基礎とした新たな「新学術領域」がすでに誕生していることは、当該学術分野への大きな波及効果を示すものであり、領域設定の目的は達成されたと評価できる。

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課

-- 登録:平成23年01月 --