プラズマ処理によりリチウムイオン電池の充放電効率がアップ ‐電気化学デバイスの開発に新手法登場‐[第236号]

‐第236号‐
平成15年4月22日

 独立行政法人物質・材料研究機構(理事長:岸 輝雄)の石垣隆正(物質研究所プラズマプロセスグループ・アソシエートディレクター)とTDK株式会社(社長:澤部 肇)の丸山 哲(開発研究所・主幹研究員)らのグループは、科学技術振興調整費総合研究課題「協奏反応場の増幅制御を利用した新材料創製に関する研究」(平成10年度~平成14年度、研究リーダー:北澤宏一・科学技術振興事業団・専務理事[前東京大学大学院新領域創成科学研究科・教授])の一環として、高周波誘導熱プラズマを用いた粉末材料への新しい粒子表面修飾法を炭素粉末に応用し、人造黒鉛粉末にリチウムイオン二次電池の負極として極めて高い充放電効率を付与することに成功した。
 携帯機器端末の電源として、高エネルギー密度(すなわち、小型・軽量)のリチウムイオン二次電池は広く利用されており、今後も飛躍的な需要の伸びが期待されている。
 当機構では、ガス組成を変化させた高周波誘導熱プラズマ(ICP)中に炭素粉末を供給して、粉末の表面形態、結晶性、化学組成を改質した。さらに、プラズマ処理後の粉末を大気暴露なしに不活性雰囲気中で回収することにより、高い充放電効率をもち、安定界面が形成される炭素粉末をつくることに成功した。
 今回示された新しい電極表面修飾法は、リチウムイオン二次電池の利用拡大に大いに寄与することが期待される。

問い合わせ先
 研究振興局 基礎基盤研究課 材料開発推進室長 奈良 哲
 電話:03‐5253‐4101(直通)

プラズマ処理によりリチウムイオン電池の充放電効率がアップ ‐ 電気化学デバイスの開発に新手法登場 ‐

平成15年4月22日
独立行政法人物質・材料研究機構

概要

 独立行政法人物質・材料研究機構(理事長:岸 輝雄)の石垣隆正(物質研究所プラズマプロセスグループ・アソシエートディレクター)とTDK株式会社(社長:澤部 肇)の丸山 哲(開発研究所・主幹研究員)らのグループは、科学技術振興調整費総合研究課題「協奏反応場の増幅制御を利用した新材料創製に関する研究」(平成10年度~平成14年度、研究リーダー:北澤宏一・科学技術振興事業団・専務理事[前東京大学大学院新領域創成科学研究科・教授])の一環として、高周波誘導熱プラズマ1)を用いた粉末材料への新しい粒子表面修飾法2)を炭素粉末に応用し、人造黒鉛粉末にリチウムイオン二次電池の負極として極めて高い充放電効率を付与することに成功した。
 携帯機器端末の電源として、高エネルギー密度(すなわち、小型・軽量)のリチウムイオン二次電池は広く利用されており、今後も飛躍的な需要の伸びが期待されている。炭素粉末は、このリチウムイオン二次電池の負極材3)として使用されているが、さらなる高エネルギー密度化、異常時に想定される熱暴走の抑制には、電解液と電極表面の安定界面(Solid Electrolyte Interface:SEI)4)形成が有効であることが判明し、炭素電極表面の改質を行う手法の開発が急務であった。
 当機構では、ガス組成を変化させた高周波誘導熱プラズマ(ICP)中に炭素粉末を供給して、粉末の表面形態、結晶性、化学組成を改質した。さらに、プラズマ処理後の粉末を大気暴露なしに不活性雰囲気中で回収することにより、高い充放電効率をもち(図1(PDF:32KB)PDF)、安定界面が形成される炭素粉末をつくることに成功した。
 今回示された新しい電極表面修飾法は、リチウムイオン二次電池の利用拡大に大いに寄与することが期待される。

1.研究の背景と目的

 携帯機器端末の電源として、高エネルギー密度(すなわち、小型・軽量)のリチウムイオン二次電池は広く利用されており、今後も飛躍的な需要の伸びが期待されている。そのためには、高容量化、安全性の向上が、継続的に重要な技術的課題となっている。
 炭素粉末は、このリチウムイオン二次電池の負極材として使用されている。炭素材料を負極活物質として評価するとき、重要な因子である充放電電位、可逆容量、サイクル特性、および熱安定性は、炭素材料の結晶化度、表面形態、表面組成、内部粒子構造、組成、粒子サイズなどに依存する。
 この炭素負極材の高エネルギー効率化、充放電効率の上昇、異常時に想定される熱暴走の抑制には、電解液と電極表面の安定界面を形成する必要があり、そのためには、炭素粒子表面組成、結晶性の制御が重要である。したがって、炭素電極表面の改質を行う手法の開発が急務であった

2.今回の研究成果

 黒鉛系炭素材料の表面改質は、通常の黒鉛化温度(2,000℃~3,000℃)より高温で、雰囲気組成を制御した環境で行うことが必要である。従来、炭素粉末の表面改質は機械的な粉砕処理による微粒化と表面の非晶質化、CVD法によるヘテロ元素含有層形成が行われてきた。表面改質により、リチウムイオン二次電池負極材としての充放電容量の増加が達成されたが、充放電効率は減少するなどの欠点があり、新たな表面処理法が望まれていた。当機構では、炭素粉末を反応性ICP中で処理することにより、従来技術ではできなかった表面特性をもつ炭素材料をつくることに成功した。
 大気圧付近で発生するICPは、10,000℃以上の高温状態にあり、また雰囲気制御した高化学活性な高温反応場を提供する。このICP中に人造黒鉛の1種であるメソカーボンマイクロビーズ(MCMB)粉末5)を供給してプラズマ処理した。プラズマ処理MCMB粉末には、10%近い充放電容量の増加が付与された。さらに、プラズマ処理粉末を不活性雰囲気で回収して、空気中への暴露をしないで電極を作製すると、充放電効率も大幅に上昇することを見いだした。また、電極液との界面の安定性上昇も確認された。

3.今後の展開と波及効果

 現在、リチウムイオン二次電池は、携帯機器端末の電源とともに、自動車搭載電源、電力貯蔵などの用途に使用することが見込まれている。これらの用途では、より高電流密度の使用が想定され、高い充放電効率、電極表面の安定性が重要な課題になる。今回示された新しい電極表面修飾法は、リチウムイオン二次電池の利用拡大に大いに寄与することが期待される。
 ここで示された粉末表面修飾法は、さらに、熱プラズマプロセッシングの応用分野の拡大にも寄与する。現在、熱プラズマを利用した材料プロセッシングでもっとも広く使われている(実用化されている)のは、熱プラズマの熱的側面を有効に利用した微粒子合成とプラズマ溶射の分野である。一方、熱プラズマ中には高濃度の活性化学種が含まれることから、化学的側面を顕在化させて有効に使うと従来にないナノ構造をもった材料合成が可能となる。熱プラズマプロセスの高度化《熱プラズマのもつ高化学反応性を顕在化させる》により高機能、新機能材料を創製する展開が活発化することも大いに期待される。

(問い合わせ先)
 独立行政法人物質・材料研究機構
 広報室(〒305‐0047 茨城県つくば市千現1‐2‐1)
 電話:029‐859‐2026 FAX:029‐859‐2017

(研究内容に関する問い合わせ)
独立行政法人物質・材料研究機構
物質研究所プラズマプロセスグループ
 アソシエートディレクター 石垣 隆正
 電話:029‐860‐4306 e‐mail:ISHIGAKI.Takamasa@nims.go.jp

補足説明

 MCMB粉末の熱プラズマ処理に用いたプラズマ反応装置およびプラズマ処理条件を補足説明図1(PDF:189KB)PDFに示した。また処理の様子を、補足説明図2(PDF:27KB)PDFに示した。炭素は、熱プラズマの高温領域を飛行中、10~20ミリ秒間の加熱で微量の蒸発とその凝縮した微粉の生成が起こる。
 プラズマ活性種との反応により、表面層が除去され、化学組成、構造が変化した新しい表面層が形成される。熱プラズマ処理では、通常の黒鉛化温度である、2,000℃~3,000℃と比較して非常に高い温度で、アルゴン‐水素、アルゴン‐水素‐二酸化炭素といった、いろいろな反応性雰囲気で処理することにより、表面近傍が乱層構造化し、微量の酸素、水素が溶解して新たな官能基が導入された。
 空気中には水蒸気が含まれ、プラズマ処理粉末を大気に曝すと粉末表面に水蒸気が吸着する。したがって水蒸気吸着が電極表面特性に寄与することも示唆された。

用語説明

1)高周波誘導熱プラズマ(ICP)

 大気圧付近で発生する熱プラズマは、10,000℃以上の超高温を持ち、化学的に活性な化学種を有している。プラズマ密度が高いために、プラズマ中の粒子のエネルギー交換が十分であり、原子・イオンといった重い粒子の温度と電子温度がほぼ等しいので、平衡プラズマと呼ばれる。
 代表的な熱プラズマ発生法の一つである高周波誘導法では、高周波コイルを通して、周波数・数MHz、入力・数十kWの高周波を供給して大気圧付近でのプラズマを発生する。高周波熱プラズマの特徴は、酸化、還元、反応といった各種雰囲気のプラズマが発生できるところにあり、材料プロセッシングへの利用に適している。

2)粒子表面修飾法

 電極反応のおこる炭素粒子の表面積増大、表面特性の向上をめざして、従来、炭素粉末の表面改質は機械的な粉砕処理による微粒化と表面の非晶質化、CVD法によるヘテロ元素含有層形成が行われてきた。表面改質により、リチウムイオン二次電池負極材としての充放電容量の増加が達成されたが、充放電効率は減少するなどの欠点があり、新たな表面処理法が望まれていた。
 炭素材料を黒鉛化させる通常の熱処理温度はたかだか3,000℃である。今回採用したICPによる炭素表面修飾法の特徴は、10,000℃以上の非常に高い温度をもった高化学反応性の熱プラズマ中を炭素粒子が10~20ミリ秒という短時間のうちに通過して、表面形態、表面結晶性、表面化学組成が変化する点にある。

3)リチウムイオン二次電池負極材としての炭素粉末

 炭素材料のなかでも高い結晶性を有する黒鉛は、炭素原子で構成される6角形網目構造の2次元平面がファンデルワールス力により幾層にも積層した構造を有しており、その層間にリチウム、カリウム、ナトリウムなどのアルカリ金属を収容した黒鉛化合物を形成することが知られていた。
 リチウムを吸蔵する能力を有し、リチウムの挿入・脱離反応が可逆であることから、安全性に問題がある金属リチウム負極の代替材料として、黒鉛のリチウム二次電池負極への応用が行われるようになった。結晶性の高い炭素材料である黒鉛ばかりでなく、結晶性の乱れた炭素材料にもリチウムが吸蔵されることが明らかとなり、炭素材料を負極として用いたリチウム二次電池は、リチウムイオン二次電池と呼ばれるようになり、高エネルギー密度電池の主流となるまでに至った。
 更なる高機能化が引き続き求められており、高容量化のための炭素材料の構造制御、炭素材料に特有の初回充電時の大きな不可逆容量の低減のための表面改質、電池の熱安定性を左右する電解液と炭素粉末表面の間における安定界面の改質などの検討が進められている。

4)安定界面(Solid Electrolyte Interface:SEI)

 炭素材料負極では、非水電解液中での初回充電時に炭素材料と電解液の間で不可逆な反応が起こり、電解液と炭素粉末表面の間にリチウムイオン伝導性はあるが電子導電性のない安定界面(Solid Electrolyte Interface:SEI)が形成されることで、はじめて電解液から炭素材料の層間へSEIを介してリチウムイオンが挿入・脱離できるようになる。このSEIの性状が、初期充放電効率、負極のインピーダンス、熱安定性などの負極特性に影響を与えており、良好なSEI形成が負極特性改善の鍵であると考えられている。

5)メソカーボンマイクロビーズ(MCMB)粉末

 人造黒鉛粉末の一種。コールタールや石油系重質油を400℃前後の温度で溶融すると小球体が生ずる。この小球体を不活性雰囲気で熱処理して得られる。黒鉛構造の炭素6角形網目構造が一方向に積層した層状配向をしているため、リチウムイオンの取り込みに有利であり、リチウムイオン二次電池の負極材として有望である。本研究では、2,800℃で熱処理した平均粒径10ミクロンのものを用いた。また、MCMBは球状であるので、プラズマ中への試料供給が容易で、均質にプラズマ処理された。

お問合せ先

研究振興局基礎基盤研究課材料開発推進室

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