高度情報化・グロ-バル化時代のス-パキャリアパス

平成16年6月

平成14~15年度
科学技術政策提言
報告書要旨

研究代表者:伊東 誼(東京工業大学名誉教授)
中核機関:日本機械学会

1.調査研究の目的

 わが国では、「技術立国」が標榜されているものの、若い世代の理科離れが進み、社会の維持、発展に必要、不可欠な技術者の不足が顕在化しつつある。また、「21世紀はアジアの時代」と喧伝されているにもかかわらず、欧米重視の風潮が強いこともあり、アジアへ関心を持つ若手技術者が減少しつつある。更に、国際社会を先導できる価値ある研究や技術開発の遂行、並びに成果の提示の大幅な減少も認められる。
 これらの憂うべき状況に対して、あるレベルの資質を有する技術者を一定数確保するため、日本技術者教育認定機構(JABEE:Japan Accreditation Board for Engineering Education)によって認定された教育プログラムを始点として、生涯教育(CPD:Continuing Professional Development)を終点とする、技術者育成の流れが、産官学の密接な協力の下で形成されつつある。このようなわが国の人的資源の育成面を眺めて、大きく欠落しているのは、普遍的なレベルの技術者を超越するエリートと目されるスーパ技術者を計画的に育成できる仕組みである。これは、いわゆるス-パキャリアパス(SCP:Super Career Paths)の構築を意味しており、「技術は人なり」と言われることを考えると、SCPをいかに構築するかは、わが国の今後の技術立国政策を左右する重大事と考えられる。
 しかし、SCPについては、その必要性の有無も含めて、わが国では、これまでになんらの調査研究や議論もなされていない。そこで、本委託調査研究では、スーパ技術者やSCPの在るべき姿について、それらを具現化するための政策を提言することを目的として、様々な側面から調査研究を実施した。
 なお本調査研究では、ス-パ技術者を「本質的に国際レベルで評価される戦略的視野を有し、戦術面でも優れ、当該専門領域で国際的に指導的な役割を果たしている技術者」と定義付けている。

2.調査研究の内容

 一言で「技術立国」と称しても、そこには国としての重点分野が幾つか存在する。そこで、本委託調査研究では、電気・電子技術及び化学工学にも配慮しつつ、「一国の富を生み出す」として重視されている「物つくり」の技術、すなわち生産技術に焦点を絞った。
 具体的には、(1)国際社会で構築されているSCPの比較調査研究、(2)SCP構築上の問題を把握するための「道場」なる仕組みを用いた事例研究調査、(3)SCPの望ましい姿とSCPの修習指針の策定、並びに(4)政策提言に盛り込んだSCPの妥当性評価に関わるアンケート調査を行なった。
 また、これらの諸活動の成果を踏まえて、望ましいスーパ技術者像やSCPの概念を提示し、それらの総括として、SCPに関わる幾つかの政策提言を行った。

(1)国際社会で構築されているSCPの比較調査研究

 わが国を始め、米国、英国、ドイツ、フランス等に於けるSCPの現状について調査を行なった。その結果、まず、政策提言を意図しているSCPに類する仕組みは、調査対象の国では未だなんら具現化されていないことが明らかとなった。
 次いで、SCPの前段階と考えられるグローバル化した技術者教育が、諸外国で修士レベルを主体にかなり試みられていることが判明した。例えば、該当するものとして、英国のSuper PhD SchemeやGlobal Design Pilot ProjectやドイツのGlobal Production Engineeringがあげられる。これらは、世界各国から学生を集めて、文化風土の多様性の理解とともに、Virtual及びReal環境下で特定の研究課題を与えて自己啓発的な能力開発を行ない得る場を設けており、高く評価できる。これらの諸外国の試みから見れば、我が国では真のグロ-バル化を視野に入れた技術者教育が大きく立ち遅れていて、早急な対応策を実行すべきことが指摘できる。

(2)SCP構築上の問題を把握するための「道場」なる仕組みを用いた事例研究調査

 望ましいSCPの姿を浮き彫りにするため事例研究として策定した「道場ユニット」は、わが国に古くからある道場主、師範代、並びに弟子からなる仕組みを流用したものであり、ここでは、道場主が国際的に一流の指導者レベルの技術者であり、弟子がスーパ技術者候補である。
 道場ユニットは、2年間で日本(東京)・ドイツ(ミュンヘン)・シンガポールにおいて4つを設置し、そのいずれでも「人材育成面で非常に有効な概念、あるいは仕組みである」との高い評価を得ている。しかしながら、ボランティア精神による産業界からの弟子への話題提供者の確保、道場の運営に係わる道場主と師範代への報酬を如何に手当てするか等の問題が残った。

(3)SCPの望ましい姿とSCPの修習指針の策定

 望ましいSCPを構築するには、スーパ技術者として望まれる資質を予め定義付けすることが必要であるが、論議の結果、少なくとも次の諸条件を満たす人材をスーパ技術者とした。

(ア)当該専門領域での傑出した資質と能力とともに、専門分野横断的視野に立つ戦略眼を有すること。

(イ)多くの人々に敬愛され、信頼されるとともに、Self-esteemを重んじること。

(ウ)国際的な人的及び情報ネットワークを構築しており、私信レベルの確度の高い、最新の研究・技術開発情報を常に把握していること。

(エ)いまや国際共通言語と化している米語の他に、できうれば第三言語を一つは駆使できること。
 また、「道場ユニット」と「座学ユニット」を柱とするSCPの構想を提示して、これらユニットの内容の詳細化を行なった。

(4)SCPの妥当性評価に関わるアンケート調査

 上記の三つの調査研究活動の成果に基づき、スーパ技術者の望ましい姿や構築すべきSCPを暫定的に提示し、それらの妥当性や実現の可能性に対して、パブッリクコメントの予備的な段階として、アンケート調査を行なった。アンケート調査は、日本機械学会内の主たる関係者に対して実施し、以下のような回答結果を得た。

(a)今後の我が国にとって、「スーパ技術者は必要」とする肯定的な意見が圧倒的であった。

(b)「国際的に超一流の技術者から直接的な薫陶を受ける場や国際的に一流の技術に直接触れる機会として道場ユニット」を高く評価している。

(c)スーパ技術者の必要数は、「全技術者数の5%以内」とする考えが提示されている。

3.政策提言の大前提

 「将来的に、スーパ技術者の資格と地位を国際レベルで保証する体制を構築すること」を念頭に、具体的な政策提言を行なうための大前提として、次のような「SCPの基本的な構成」、並びに「技術者のCPD内に於けるSCPの位置付け」を提案した。

SCPの基本的な構成

 SCPは、「距離と時間の制約を越えて、各弟子の個人的な状況に合わせた個人対応の人材育成が可能な仕組み」として、具体的には「道場ユニット」及び「座学ユニット」から構成される。ここで、道場ユニットは、提案するSCPの核であり、それ自体も「Real部分(Face-to-facemeeting)」と「Virtual部分(メールとWebsiteを用いて議論を遂行)」から構成されている。また、「座学ユニット」は、Virtual環境のみで構成され、「該当する技術分野に適した遠隔教育(Distance Education)」と解釈される。

SCPの位置付け

 提案するSCPの特徴的な様相は、図に示すように、JABEEを始点としてCPDを終点とする普遍化しつつある技術者育成の流れとは一線を画した、エリートと目されるスーパ技術者の育成に相応しい流れとなっていること、並びに普遍化しつつある流れからもSCPを修習できる道を開いていることにある。ちなみに、技術士への流れは、企業の技術者及び主として国内対応とも、また、併行して設けているSCPの流れは、大学や研究機関の人材対応とも解釈でき、これら二つの流れを経た人材をSCP修習者の母集団としている。

図 普遍化しつつある技術者のCPD内に於けるSCPの位置付け

 図 普遍化しつつある技術者のCPD内に於けるSCPの位置付け

4.具体的な政策提言

 政策提言を以下に述べるが、今回の政策提言は、「提言2」が主体である。なお、それを実行する上で、早急に「提言1」を実施せねばならないことに留意したい。

提言1 スーパ技術者候補の母集団の確保(即時実施すべきもの)

 ス―パ技術者を育成する際に大きな問題となるのは、SCPを修習させるべき、30歳代で「しかるべき技術者資格」を有し、真の「国際経験」を経た若い技術者集団、すなわちスーパ技術者候補の母集団の確保である。そこで、

(1)英国、Oxford大学やドイツBerlin工科大学等に既設の「Global Production Course」にわが国の学部卒業生(卒業試験に相当する選抜試験を実施し、その上位合格者のみ)を派遣できる制度をもうけること。

(2)上記英独の大学と同等のGlobal Courseを我が国内の数大学にコンペティション方式で設立すること。

提言2 国際的に展開したSCPの構築

 国際的に分散配置された「道場ユニット」群とそれらに附属する「座学ユニット」群から成るSCPを可及的速やかに構築すること。また、提言するSCPの構築には時間を要すると予測されるので、SCPの構築を加速させるべく、以下の4つの更なる提言を付しておく。

提言2-1 道場ユニットの先行実施

 SCPの核として、評価の高い「道場ユニット」の仕組みを先行実施して、提言の成熟化を図り、スーパ技術者の育成の試みを世界に先駆けて試みるべきである。

提言2-2 国内に試行的なSCPを早急に設置

  わが国に於けるスーパ技術者養成の緊急性、並びに科学技術・学術審議会人材委員会第二次提言に鑑み、世界規模のSCPを構築する前段階として、次のような試行的なSCPを国内に早急に設けること。

コンペティション方式で選定した、数個の道場からなるSCP-大学、研究機関、企業が設置する道場ユニットと座学ユニットから構成して、SCPの統制・管理は専門学会が行なう。

SCPの対象は、「物つくり技術」(機械)、「家電情報技術」(電気・電子・情報)、並びに「新素材技術」(材料・化学)。

提言2-3

 座学ユニットは、弟子が容易にアクセス可能なCPD教材や情報をトータルシステム的に取り込んだものとなるように構築すること。また、弟子の自己革新を支援するものとして、本委託研究調査でも雛型を試作した「SCP選択・修習指針」のようなソフトウェアを整備すべきである。

提言2-4

 道場主とVirtual環境の運用・保全要員(TA及びRA)には、報酬の支払いをできるようにすること。

お問合せ先

科学技術・学術政策局調査調整課科学技術振興調整費室

電話番号:03‐6734‐4017(直通)

(科学技術・学術政策局調査調整課科学技術振興調整費室)

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