インタビュー

保護者や地域の方と「願い」を共有し進める
松阪市のGIGAスクール構想

 三重県松阪市教育委員会では、地域や保護者との連携を大切にして、教育活動を行っています。今回は、松阪市教育委員会 脇清人指導主事と松阪市PTA連合会 鈴木寛子会長からお話を伺い、松阪市のGIGAスクール構想推進についての取組を紹介したいと思います。(令和5年12月21日掲載)
 
 
○ 1人1台端末の活用を始めたときの課題
○ 課題に対する市の取組
○ 地域や保護者との連携の具体的な姿
○ これからの松阪市が目指す教育とGIGAスクール構想


 

1人1台端末の活用を始めたときの課題

― 1人1台端末の活用を推進していく上で、最初に課題となったことは何でしたか。

【脇指導主事】
 教師や子供たち、そしてもちろん保護者や地域の人たちが、1人1台端末で行う授業についてイメージをもてないことが一番の課題だったと思います。これまでになかったイメージを共有するという「0(ゼロ)」の状態から「1」を生み出すことの難しさがありました。
 また、端末を運用する学校の不安をどう取り除くのかという課題もありました。端末が故障や破損したときはどうするのかといった不安や、休み時間や家庭に持ち帰った際に、そればかりに集中してしまう子供が増えるのではないかという不安等について、一つ一つ丁寧に対応していく必要がありました。

【鈴木会長】
 保護者としても、やはり始まった時には端末を活用するイメージは「0(ゼロ)」だったと思います。活用のイメージがもてないまま端末を家に持ち帰ってきても、「私は、操作の仕方がわからない。」と保護者自身も不安を感じているという話を聞きました。今思えば、1人1台端末が導入された「目的」に目がいかず、端末の操作自体が「目的」のように思ってしまっていたのだと思います。
 

課題に対する市の取組

―教育委員会としてそれらの課題の解決に向けてどのように取り組んでいったのか教えてください。

【脇指導主事】
 まず、学校に対しては端末の基礎的な使い方や授業での「まずはこう使ってみる」というような活用方法をまとめて、事例を共有することから始めました。国の事業で指定を受け、先行して1人1台端末を活用していた本市の学校の事例を参考にしながら、全ての学校に共有していきました。今振り返ると、「簡単すぎたかな」と思うようなことも、一つ一つ事例として共有していきました。
 また、保護者に対しては、1人1台端末を導入する目的や、端末を使用した授業のイメージをつかんでもらうための体験会や説明会(図1)を積極的に行いました。さらに、地域の方や保護者も参加できる、「まつさかGIGAフェスタ」というイベントを開催しました。そこでは、子供たちと一緒に大人も参加できるプログラミング体験やタイピングコンテスト、体験授業等を行い、地域の方や保護者にも学校での学びの様子を知ってもらう機会となりました。特に、「まつさかGIGAフェスタ」の中で行った「松阪市GIGAスクールフォーラム」では、基調講演や児童生徒・保護者・教師・校長それぞれの代表者が登壇したパネルディスカッションを通して、松阪市におけるGIGAスクール構想の現時点での成果を確認することができました。今年度(令和5年度)も、2月に体験を重視した形で「まつさかGIGAフェスタ」を行い、さらに地域の方や保護者の理解を深めていきたいと考えています。(図2)
 
 
 
【鈴木会長】
 自分が模擬授業を体験して、GIGAスクール構想の目的がよくわかりました。このことをきっかけに、保護者の立場として、松阪市が目指している教育を実現するために1人1台端末が必要であることを、多くの保護者に理解してもらう必要性を感じました。何とかして、自分の立場からも発信ができないかと考えた結果、PTAで「動画」を作成(図3)しWEBページで公開しようということになりました。動画の中では、これからの授業やそれに伴って変化する家庭学習、家庭でできる保護者の取組について模擬授業形式で伝えることとしました。また、松阪市の中田教育長にも出演していただき、GIGAスクール構想とは何かを語っていただくことで、松阪市が目指している教育についても発信(図4)していただきました。保護者や地域の方にも、まずは知ってもらうことで、その先に「理解」があるという思いで動画を作成しました。
 
 
 

地域や保護者との連携の具体的な姿

― 具体的にそのような連携を進めることができたポイントはどこにあったと思われますか。
 
【鈴木会長】
 取組を「進めたい」と思ったきっかけは、二つありました。
 一つ目は、先ほどもお話に出てきた授業体験会です。1人1台の端末を使って授業がどのように変わるのか、子供たちの学びがどのように変わるのかということを、身をもって体験することができました。しかし、コロナ禍だったこともあり、それを体験できた保護者は全員ではありませんでした。もちろん地域の方にも知っていただきたく、なんとかして、新しい学びの様子を多くの方に伝えたいと考えました。
 二つ目は、GIGAスクール構想が始まる前から行われていた、松阪市学力向上推進協議会です。その会の中では、家庭・学校・地域の代表の方が松阪市教育ビジョン(図5)の基本理念である「夢を育み 未来を切り拓く 松阪の人づくり」を実現するべく真剣に話し合っていました。私もそこへ参加する機会をいただき、実際にその様子を見て、なかなかこの基本理念を知らない保護者の方もいるのではないかと思い、目指している教育について広く伝える方法がないかと考えました。また、1人1台端末を活用することで子供たちの未来が広がるということを改めて感じ、市の目指す学びの実現と合わせて端末活用の必要性も広めたいと思いました。子供たちが主体的に学び、様々なことに取り組んでほしいと願っている保護者の一人として、まずは自分が主体的に動いてみようと思いました。こういった思いを教育委員会の方に相談して、お互いにできることを協力し合い、これまでの取組を進めてくることができました。

【脇指導主事】
 教育委員会の立場としても、GIGAスクール構想は、市が目指す大きな目標や子供たちの未来のための取組だということをしっかりと地域や保護者と共有していくことの大切さは感じていました。GIGAフェスタ(図6)やPTAのみなさんが作ってくださった動画のような特徴的な取組だけでなく、コロナ禍のオンライン授業も各家庭で保護者に新しい授業を見てもらうきっかけとなりました。さらに、保護者にアンケートをお願いするときも、スマホからではなく子供の端末から入力していただくような工夫をして、保護者に実際に操作していただき、端末の持ち帰りに対する不安を解消できるようなきっかけを作りました。加えて、教育長の方針が明確でした。保護者説明会には、教育長自ら出向き、小さな不安や疑問についても丁寧に答えていました。例えば、保護者から「端末を使用することによってトラブルに巻き込まれたらどうするのですか。」という問いに対して、「それは、トラブルに対応することを学校で学ぶチャンスです。大人になってからではなく、子供のうちに先生や友達と一緒に経験することが大事です。」と答えるなど、教育長から直接聞けたことで安心した保護者も多かったようです。このような取組を通して、教育長のもと、保護者、地域を含めたチームでGIGAスクール構想を推進できていると感じます。
 
 
 

これからの松阪市が目指す教育とGIGAスクール構想

― 松阪市が目指している教育に対して、GIGAスクール構想はどのように関わっていると感じていますか。

【脇指導主事】
 現在、保護者の理解が進んだことで、端末を学びのツールとしてスムーズに導入できています。端末が導入されたことにより、例えばオンラインで様々な人とつながり、多様な他者と協働しながら学習できたこと等、目指している教育に近づけるような活用も多々出てきました。その多様な他者の中に地域の方や保護者もたくさん入っていただけているという感覚もあります。今後は、自分の学びたいことや自分のペースに合わせて、本市の方だけでなく、市外や日本中、世界中の方と子供たちがつながり、協働的に学ぶような姿を目指していきたいです。
 
【鈴木会長】
 保護者としては、実際に子供たち自身の学びに対する考え方が変わってきているという実感を持っています。自分の子供に聞くと、中学校で端末を使用して学んだことが、「端末を使って授業をした。」という記憶ではなく、「端末を使ってクラスメイトと話し合いながら、探究的に学んだ。」という記憶となっていました。また、「その経験が、高校生になっても活きている。」という言葉も聞くことができました。まさに、1人1台端末があることで、子供たちの未来につながるような教育ができてきているのだと感じています。これからも、保護者や地域の一員として、学校や教育委員会と協力しながら、子供たちの学びを支えていきたいと思います。