有識者インタビュー

GIGAスクール構想×情報モラル教育
(静岡大学 准教授 塩田真吾 氏)



 1人1台端末が全ての公立小中学校に整備されて、活用が進む中、情報活用能力を育む教育の一部として、情報モラル教育の重要性が高まっています。そこで、情報モラル教育について静岡大学の塩田真吾准教授に伺いました。(令和5年5月12日掲載)

 
○ 情報モラルの指導
○ ルールづくりやセキュリティ
○ 保護者との連携
○ 「リスクに対応する力」の育成
○ 参考資料


 

情報モラルの指導

― 情報モラルとは、具体的にはどのようなものか教えてください。
 学習指導要領解説の総則編(例:小学校)では「情報社会で適正な活動を行うための基になる考え方と態度」を「情報モラル」と定め、「他者への影響を考え、人権、知的財産権など自他の権利を尊重し情報社会での行動に責任をもつことや、犯罪被害を含む危険の回避など情報を正しく安全に利用できること、コンピュータなどの情報機器の使用による健康との関わりを理解することなどである。」と具体的に書かれています。自他の権利を尊重することやリスクを回避すること、長時間利用などを含む健康に関することなど、範囲が非常に広いです。面白いのは「将来の新たな機器やサービスあるいは危険の出現にも適切に対応できるような力が必要である」ということが書かれていることです。こういったことが書かれていること自体を知らない方が多いので、まずは学習指導要領解説の総則編をよく確認していただき、情報モラルに関する内容をきちんと理解することが大切であると思います。

― 情報モラルを指導する上で重要なことを教えてください。
 情報モラルを指導する上では、まず情報活用能力を意識する必要があります。学習指導要領では「情報活用能力(情報モラルを含む。)」という表現で書かれていますので、情報を活用するためには、当然モラルもセットで考えなければいけませんし、端末を活用することを前提で情報モラルを育成していく意識が必要だと思います。
 その上で、情報モラルを踏まえた行動変容に結びつけるためには、いかに自分事にしていくかが重要であると思います。私のチームの研究から、自分事として捉えないと行動変容が起きにくいことが分かっています。有害情報の閲覧や著作権に関しては、知識があれば行動に結びつきやすいので、知っていればある程度行動が改善できますが、コミュニケーショントラブルや長時間利用に関しては、知識があってもなかなか行動に結びつきません(図1)。また、従来のようにトラブル事例を紹介するだけでは、「どうせ自分には起きないだろう」と高をくくってしまい自分事にはなりにくくなることも明らかになっています※1

shiota_01
(図1)「知識」と「行動」の関係

 例えば「人の嫌がることを言うのをやめなさい」と注意しても、効果はほとんど期待できません。人によって「嫌な事」の感じ方や考え方は異なります(図2)。自分は嫌だと思っていても、相手は嫌ではないという事もあります。この場合、「自分が嫌じゃないから相手も嫌じゃないだろう」「自分が嫌だから相手も嫌だろう」と考えてしまいます。また、「不適切な写真を公開するな」と言っても「不適切な写真」が何かは、人によって異なります(図3)。他者とコミュニケーションをとる場面では、このような「感覚のズレ」によってトラブルになることが多くあります。そのような「感覚のズレ」を体験して、トラブルを自分事として捉えることのできる教材※2が多くありますので、活用していただければ幸いです。
 
shiota_02
(図2)「嫌な事」の違い

shiota_03
(図3)「不適切な写真」の違い

― 組織的に情報モラル教育を進めていくためにはどうすればよいのか教えてください。
 従来の情報モラル教育は、ICTの得意な先生が中心になって、イベント的に単発で指導することも多かったのですが、組織的に進めるためにはイベントで終わりにしないことがポイントです。情報モラル教育は、道徳や学級活動、総合的な学習の時間の中で実施されることが多いと思います。もちろんそれは引き続き実施していただきながら、各教科等のICTを活用する場面で少しずつ情報モラルを取り入れることを強く勧めています。例えば、端末を使って検索する時には、「調べた情報は本当に正しいのか」などメディアリテラシー的なことを教えられますし、カメラで撮影する時には、上手な撮影の仕方とともに肖像権なども含めて教えることができます(図4)。
 具体的には道徳や学級活動、総合的な学習の時間等である程度時間を取って計画通りに行う場合と、各教科等の端末活用場面で短く行う場合の二つが必要になってくると思っています。45分や50分の授業だけではなく、ICTを活用する場面において10分や15分の短い時間でも情報モラルを指導していくことになれば、全ての先生方が必ず情報モラルを教える必要があります。時には指導内容が重複することもありますが、少しずつ角度を変えたり、先生方の持ち味を活かしたりしながら、繰り返し指導することも大切です。特定の先生がイベント的にやるのではなく、全ての先生方が短い時間でも情報モラルの話をできるようにしておくことが組織的に進めるポイントだと思います。
 

(図4)活用とセットにした情報モラル教育 

― 小学校低学年に対して、情報モラルをどのように教えたらよいでしょうか。
 低学年の子供は、わかっていても行動と結びついてないことが多いです。授業を参観した時に、先生が「端末を大切に使いましょう」と言うと、子供たちは「はいっ」と元気に返事をしたのですが、「終わります」と言った次の瞬間に、一斉に「バタン」と端末を思いっきり閉じているのを見ました。「大切に使う」というのが具体的にどういう行動なのかを子供と一緒に考えることや、「端末を静かに閉じる」「端末をきちんと持つ」「端末をゆっくりと机に置く」などを子供と一緒に行動しながら指導することも必要だと思います(図5)。
 

(図5)低学年での情報モラル

 また、タップやアカウント、チャットなど、端末を使う際の用語や、パスワードの作り方など基礎的なセキュリティも知っておく必要があります。さらに、他人や誰かの持ち物などの写真を撮る際には、撮り方だけではなく「勝手に撮って良いのか」を考えることや、「勝手に写真を撮られたらどのように相手へ伝えれば良いのか」といったトラブル対応なども低学年から学んでおく必要があると思います。
 

ルールづくりやセキュリティ

― 学校や家庭では端末を活用する際のルールをつくっていますが、発達段階に応じたルールづくりについて教えてください。
 ルールづくりについては、学校現場からもよく悩んでいるという話を伺います。結論から言うと、ルールは一度つくって終わりではなくて、状況が変わったら話し合いをして見直していくべきだと思っています。現在、学校現場では、校則の問題が指摘されて、見直しが進んでいます。校則の見直しと同じような流れで、一度つくったルールを改善していく必要があると思っています。ただ、その時に気を付けなければならないのが、スローガンとルールは分けて考えることです。例えば、ある中学校の生徒会で「携帯電話をきちんと使いましょう」「スマホをきちんと使いましょう」という目標を掲げたとします。でも「きちんと使いましょう」というのはルールではありません。「きちんと」は、人によって感じ方や考え方が異なります。私は、「スマホをきちんと使いましょう」のようなルールを「スローガン的ルール」と呼んでいます。ルールをつくっているつもりが「きちんと使いましょう」のような曖昧なものをつくってしまって、意図が伝わらないために、「私はきちんと使っているつもりだけれど、生徒会から見たらきちんと使っていない」のようなトラブルが起こります。「使い過ぎ」や「夜遅く」などの曖昧な言葉がルールに含まれていないか確認した上で、保護者も含めてルールの見直しをしてほしいと思います(図6)。
 
shiota_06
(図6)スローガン的ルールの見直し

― 端末のセキュリティや制限について先生の見解を教えてください。
 どの教育委員会や学校でも悩むところだと思います。極論を言えば「全部使えないようにガチガチに規制をかけなさい」というのも「全部自由に使いなさい」というのも、発達段階に応じて変わってくると思います。最初はある程度の規制は仕方がないですが、いずれは児童生徒の実態に応じて制限を見直していくことが必要だと思います。しかし、管理者側が意識しておかなければならないことは「リスクをゼロにする」ことは難しいということです。何事もそうだと思うのですが、絶対にトラブルが起こらないとは言い切れないので、ある程度のトラブルが起こることを前提で構えておく必要があると思います。その時に大切なのは、全てのトラブルを同じように捉えるのではなくて、「このトラブルは起こっても対処できるトラブル」「このトラブルは絶対に起こってはいけないトラブル」のように、ある程度起こりそうなトラブルを予想した上で、「絶対に起こってはいけないものだけをまずは防ごう」「残りのトラブルについては教育の機会にしよう」という発想をすることです。管理者側の意識を「リスクをゼロにする」から「リスクにグラデーションをつける」イメージへ変えていく必要があると思います※3

   

保護者との連携

― 保護者と連携した情報モラル教育をどのように進めればよいか教えてください。
 保護者と一緒に考える課題を出すなど、授業と家庭学習を連携させることが、まずは基本になると思います。その上で私がお勧めしているのは授業参観です。例えば、使い過ぎや長時間利用の問題を保護者にも一緒に考えてもらって、「使い過ぎってどのくらいの時間なのだろう」とか「使い過ぎってどういう状態なのだろう」ということを保護者と子供や保護者同士で話し合わせるのも良いと思います。また、タイムマネジメントについて学んでもらう事も大切だと思っています。保護者自身の「使い過ぎ」の感覚にもズレがあります。ある保護者は使い過ぎだと思っていても、ある保護者は使い過ぎだと思っていないこともあります(図7)。そのズレを可視化するためにも、授業参観等で情報モラルを扱うことが良いと思っています。ある地区では、毎年1回、情報モラルの内容を扱う授業参観を位置付けているそうです。
 
shiota_07
(図7)保護者との連携

― 保護者と連携した情報モラル教育をどのように進めればよいか教えてください。
 基本的には学校便りや学級通信などで啓発をして、子供にも保護者にもアプローチしていく必要があります。ただ、研究していてわかったのですが、学校側の思いが伝わりづらい保護者に協力をお願いするのは非常に難しいです。だからと言って、学校からの働きかけを止めてよいわけではありません。アクセスはしっかりと保った上で、学校側の思いが伝わりづらい保護者が一定数いるという認識が必要になってきます。そして、授業で情報モラルを扱っても、「学校内で何かしらのトラブルは必ず起こる」という想定でいる必要があります。また、一定数は必ずトラブルが起こるという前提で、トラブルが起きた際にどのように対応するべきかを、授業や保護者会で考えることも必要だと思っています。これまで子供や保護者へ伝える時は「トラブルを起こさないようするにはどうするか」という話が多くなりがちであったと思いますが、むしろ「こういうトラブルが起こる可能性があるので、そういう時にどのように対応しますか」というような問いかけをする事も必要です。学校側の思いが伝わりづらい保護者へのアプローチは続けつつも、それ以外の多くの保護者の力を借りながら全体としてトラブルを解決できるような雰囲気づくりや仕組みづくりをしておくのも一つの方法かと思います。

 

「リスクに対応する力」の育成

― 今後の情報モラル教育について先生のお考えを教えてください。
 情報モラルを育成したとしても、リスクがゼロになることはないと思います。教育にも限界がありますので、情報モラルの授業を実施して、全体のレベルを上げつつも、トラブルが起こることを前提にして、どのように対応すれば良いかを判断できるようにしておくことは大切な視点だと思っています。
 そういう意味では、「リスク教育」という風にまとめて考える視点も有益かも知れません。今までは、情報モラルは情報モラル教育として指導してきましたが、「リスクに対応する力」を育てるというのは、情報モラル固有の話ではありません。例えば、災害や怪我、交通事故、いじめなども同じ枠組みでできるのではないかと思っています。これからは「情報モラル」という枠組みだけではなく「リスクに対応する力」を育てるという発想で、情報モラルで身に付けたことを、防災教育や安全教育に転用すれば、まとめて指導ができるのではないかと思っています。現状では、学校のリスク教育に関する分野は、個別に実施しているので、これからは、情報モラルや防災、安全、いじめなど全部含めて「リスクに対応する力」として育成を目指すと良いのではないでしょうか(図8)。保護者に対しても、情報モラル以外の文脈で話ができるので、そのように考えることで根本的に変わっていく可能性があるかもしれませんね。


shiota_08
(図8)リスクに対応する力
 

参考資料

※1 満下健太・安永太地・酒井郷平・塩田真吾(2022)「情報モラルの知識がトラブル経験頻度に及ぼす影響」,日本教育工学会論文誌46巻(Suppl.),pp.61-64
※2 GIGAワークブック https://line-mirai.org/ja/events/detail/68
※3 リスク診断サービス(令和5年4月~5月に完成予定)
 
※図1~8は塩田真吾氏提供
   
【有識者インタビュー】GIGAスクール構想×情報モラル教育(静岡大学 准教授 塩田真吾 氏)【一括ダウンロード版】