令和の日本型学校体育構築支援事業 事例集第3章 学校における水難事故防止対策の強化

研究テーマ

授業情報|江戸川区立大杉東小学校(東京都)第5学年、第6学年

カヌー・スラロームセンターを利用した
ウォーターセーフティプログラムの実施

実践研究のねらいaim

 海や川を想定した流水環境下において、より実践的な安全の知識と対処行動を体験することで、水難事故の未然防止の心構えや、具体的な備え等の行動変容に働きかける。また流れのある環境下における自己保全のための知識と方法を理解することで、万が一事故に遭遇した際の、冷静な対処行動の具体的イメージと、実体験を積むことにより、水難事故件数の減少にも寄与できるものと考える。

指導の工夫devise

■ 施設の活用

 流水環境での授業実施を具体化する上で、「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会」のレガシーであるカヌー・スラロームセンターを利用した。

■ 指導の流れ

 プログラムを安全に、かつ限られた時間の中で円滑に実施するために、4つのエリアを選定し、実施した。更衣室などがある管理棟前で全体ガイダンスを行い、ヘルメット、ライフジャケット、アクアシューズの着用(カヌー・スラロームセンター安全対策のレギュレーション)を行ってもらうエリアとした。

 後に「海編」と「川編」に人数を半数ずつ分け、アクセスプールへ移動し、準備体操とライフジャケット着用の基本指導、水慣れを実施。そこから「海編」と「川編」のプログラムに入っていく段取りとした(各45分ずつで終了後に児童生徒が入れ替わる仕組み)。

 川編は、ウォーミングアップコース(幅約8m)を川の流れに見立てて実施した。川の流れの中で、ラッコポーズで足を下流に向けた流れ方※1、障害物回避の仕方、エディインする体験をしてもらった。

 海編は、フィニッシュプール(全長約160m、幅40m)を「離岸流」に見立て、流されてしまった時の対処法としての浮き方や※2、助けの求め方、さらにはエレメンタリーバックストロークで離岸流を回避する仕方を、落水体験と合わせて体験してもらった。

成果と課題results & tasks

■ 成果

事業の成果については、指導にあたる専門家(河川財団、川に学ぶ体験活動協議会、日本ライフセービング協会)が児童生徒の取り組みに対して、初見で行うことは困難であるため、かつ客観性を担保する上でも、子供一人一人による自己評価をしてもらうこととした。※以下の数値は、カヌー・スラロームセンターで実施した小学5、6年生120名、中学1年生93名の結果。数値の合計が100%に満たないのは「わからない」(見学者)が数名いたため。

Q1 「参加した感想」

楽しかった群が95.8%。体験活動における基本要素ともいえる「楽しさ」は得られた。

Q2 「学習時間の長さはどうだったか」

長い群が13.2%、丁度良い群が39.5%、短い群が46.3% 約半数がもう少し実施したかった様子。

Q3 「主体的に取り組めたか」

できた群が92.1%、できなかった群が5.8%。取り組みにおける主体性は概ね引き出せた。

Q4 「ライフジャケットの正しい着方についての理解」

理解できた群が94.7%、理解できなかった群が4.7%。正しく着ることへの理解は概ね得られた。

Q5 「ライフジャケットを着た状態での浮き方、活用方法は身に付いたか」

身に付いた群が95.8%、理解できなかった群が3.2%。自校プールや、座学のみでの学びの場と比較しても、このカヌー・スラロームセンターでの体験がライフジャケット着用での浮き方や活用方法について、一番身に付いたことがわかった。

Q6 「ライフジャケットの活用が水の事故防止につながると思うか」

思う群が97.9%。この体験的学びが、事故防止への行動変容につながる基礎といえる。

Q7 「実際の海や川の流れの危険を知り、万が一の対処法を学ぶことができたか」

できた群が96.8%。水難事故防止対策を図る上では、自然領域をより意識した中で、その危険認識と対処行動へとつなげることに意義がある。よって、概ねそのねらいは達成できた。

Q8 「実際に海や川で流れに巻き込まれた場合、落ち着いて行動が取れると思うか」

思う群が64.7%、思わない群が31.1%。川の流れや海の離岸流を擬似的に体験したことや、体験授業という安全性が確保された中で実施した背景が起因していると考察。事故の突発性やそのときの状況をより現実的に想像できたことの回答ではないだろうか。その想像力が引き出せたことは大きい。

Q9 「今回の学習は、毎年繰り返し体験することが必要だと思うか」

思う群が92.1%、思わない群が5.3%。この体験学習の効果が実感として存在したことが考察される。

Q10 「今回の学習は、家族や他の学校の児童・生徒にもすすめたいと思うか」

思う群が89.1%、思わない群が9.4%。この体験学習の効果が実感として存在したことが考察される。

水難事故防止対策に掲げられた「自己保全のための学習」の内容の一つである「ライフジャケットの活用の仕方」については、児童生徒における自己評価からも、十分な成果があげられた。 中でも「ライフジャケットを着た状態での浮き方や活用方法」については、教室での座学(身に付いた群76%)や静水域プール(身に付いた群89.1%)での学びよりも、カヌー・スラロームセンターでの学びが最も身に付くことがわかった(身についた群95.8%)。

オリンピックレガシーとしてのカヌー・スラロームセンターが、水辺のスポーツやレジャーに留まらず、ライフジャケットを活用した安全教育を実施する上でも、以下の点で有効であることがわかった。

  1. 常に高い位置から監視することができる
    「児童・生徒の安全を確保しやすい」
  2. 万が一の対処行動の方法や、デモンストレーションの視覚的理解が深まる
    「海や川での想定が伝わりやすい(児童生徒への想像力を引き出すことができる)」
  3. 落水における浮力確保と、流れのある中での対処行動の疑似体験が安全にできる
    「万が一の対処行動やそなえの重要性を実感しやすい」

■ 課題

  • 予算措置が必要となる (人件費、施設利用料、ライフジャケット、ヘルメット等のレンタル料)。
  • 学校からの移動や、給食の時間、下校時間等への配慮を軸としたタイムマネジメントが必要。
  • カヌー・スラロームセンターは屋外のため、熱中症アラートへの対応や悪天候時の変更プログラムの準備が求められる(e-Lifesavingを活用した授業事例の紹介)。
  • 教育委員会や学校長、専門指導団体との連携と人員配置を行う上で、4月からの調整を要する。
  • 今回の教育効果からも、全国にある「流れるプール」の有効活用を模索する価値はある。

PAGE TOP