2025年に東京都を中心に開催された第25回夏季デフリンピック競技大会 東京2025(以下、東京2025デフリンピック)は成功裏に終わった。関係者からは「想定以上」といった声も上がるほど連日大きな盛り上がりを見せた東京2025デフリンピックについて、大会の運営を担った東京都スポーツ文化事業団の塩見清仁理事長に、大会について詳しくお話を伺った。

【国際スポーツ大会の新たな運営の形】
東京2025デフリンピックは、全日本ろうあ連盟と東京都とが協定を結び、全日本ろうあ連盟内に設置されたデフリンピック運営委員会、東京都の政策連携団体である東京都スポーツ文化事業団内に立ち上げたデフリンピック準備運営本部及び国内デフ競技団体等が連携することによって準備・運営が進められた大会であり、東京2020大会や東京2025世界陸上とは異なる座組みによって運営された。通常、国際スポーツ大会は1つの団体による運営が基本だが、今回は複数の団体で連携が必要なこともあり、当初は調整に苦慮するであろうことが想定されていたが、都内の気運醸成は東京都、全国の気運醸成や手話言語通訳者の育成等は全日本ろうあ連盟、国際スポーツ大会の運営知見が必要な競技会場運営や宿泊・輸送等のオペレーション等は東京都スポーツ文化事業団が担当し、3者それぞれの役割分担により、大会の準備が円滑に進められた。
また、予算にも限りがあったことから、他の国際スポーツ大会に比べ内製できるものは可能な限り内製し、内製する際には職員の意見を積極的に取り入れたのも特徴である。特筆すべきは会場装飾である。これまでのスポーツ大会では広告代理店やプロデザイナーが担うことが多かった部分ではあるが、東京2025デフリンピックでは、会場を彩ったバナーやのぼり等の会場装飾デザインは、東京都スポーツ文化事業団の職員が担当した。また、きこえる・きこえない、または使用する言語が異なる人同士でも、簡単かつ迅速にコミュニケーションができる「ユニバーサル・チャットボード」も職員の発案から生まれたものだ。使用頻度が高い単語や数字、記号をイラスト付きで1枚のボードにまとめることによって、簡単な意思疎通をタイムラグなく行えるように制作した。


職員が作成したユニバーサル・チャットボート
©(公財)東京都スポーツ文化事業団
【協賛者や大会関係者と一体となった大会運営】
東京2025デフリンピックでは、従来の国際スポーツ大会では多く見受けられた、広告代理店を通じたスポンサー獲得手法ではなく、協賛者を広く募集するとともに、大会運営組織が企業・団体に直接営業を行う方式をとった。営業の当初はノウハウがなく苦労したが、大会意義等を相手側に理解してもらうための活動を地道に行い、「少しでも大会を応援したい」という気持ちを可能な限り拾い上げる導線を敷いたことで、結果として160者から協賛いただいた。
中でも特筆すべきは協賛者の大会運営への参画である。協賛者の社員等約600人が大会サポートスタッフとして、各会場等での案内や誘導の場面で大会運営をサポートした。また、社内報等で東京2025デフリンピックの特集を組み、現場の熱量を社内で共有してくれる企業もあり、金銭、役務及び物品の提供にとどまらない、大会を応援する文化が形成されたことも東京2025デフリンピックの特徴である。
加えて約3,000人のボランティアも大会運営を力強く支えてくれた。東京2025デフリンピックの特徴的な取組としては、ボランティアに対して、手話言語研修・ろう者の文化等理解研修を行っていたことである。
そして大会運営には事業団と連携協定を結んだ筑波技術大学の学生も参画しており、デフリンピックスクエアにおける来場者対応等で大いに活躍していた。きこえない・きこえにくい人ときこえる人が協働して大会運営に取り組んだことは、東京2025デフリンピックの大きな成果のひとつである。
【デフリンピックを介した共生社会の浸透】
「想定以上だった。」と塩見氏が述べたのは、大会への来場者数である。各会場は連日多くの観客で溢れ、入場制限が必要になるほどの賑わいとなった。さらには約50,000人の小中高等学校等の子供たちに学校観戦として会場にご来場いただくことができた。東京2020大会では、新型コロナウイルス感染症の影響で、残念ながら学校観戦は限定的な実施となったが、東京2025デフリンピックは、学校の年間スケジュールに学校観戦を組み込むべく、早期から調整を始めることで、より多くの子供たちに共生社会への理解を深める機会を提供することができた。
またユニバーサルコミュニケーションの促進も積極的に行われた。全競技会場で多言語テキストによる案内や、ビジョンやモニターを用いた場内アナウンスのテキスト表示を行うことで、きこえない・きこえにくい方にやさしい観戦体験を提供した。加えて、デフリンピックスクエアでは、様々なデジタル技術を体験できる「みるTech」を開催。一例として、きこえない状況を体験する「Deaf VR」コンテンツを通じて、障害への理解が進む一助となった。
デフリンピックスクエアは、大会本部機能と文化発信機能を有し、なおかつ大会出場選手とも交流できる場であり、「みるTech」の他にも、デフスポーツ体験やスタンプラリー企画、着付け体験など、江戸東京の芸術文化に触れる機会の提供といった、多種多様なコンテンツを取り揃え、会期中に約57,000人の来場があった。デフリンピックスクエアのような機能の設置は、国際スポーツ大会を「実施する」だけに終わらせない工夫が詰まった一企画なのである。

【今後の展望】
「今回の最大のレガシーは人の記憶ではないか。携わった人々が「仕事で本気で感動できた」体験を持ち帰ったこと、その記憶を持っていることが、次の挑戦につながると感じている。」と塩見氏は力を込める。東京2025デフリンピックは他の国際スポーツ大会と比較して運営のプロトコルが厳格ではなかった。そのため大会運営組織側で創意工夫しながら大会を作り上げる場面も多くあったことで、運営ノウハウが大会運営組織側に多く残っており、今後うまく活かすことができれば大きな資産となると塩見氏は語る。東京2025デフリンピックで養われた、国際スポーツ大会の運営のノウハウの蓄積、そして共生社会の実現への種まきは大いに行われた。あとは、この経験を散逸させずに束ね直し、全日本ろうあ連盟、東京都、東京都スポーツ文化事業団から次の大会へ、そして日本の日常へ手渡していくことが重要である。
(聞き手:EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社=神野・中山)
【インタビュー協力者】

塩見 清仁
東京都スポーツ文化事業団 理事長
1983年4月に東京都に入都。その後、交通局次長、交通局長を経て、2016年4月にオリンピック・パラリンピック準備局長に就任。その後は生活文化局長、主税局長を歴任し、2020年には民間会社の代表取締役社長となる。
2023年に公益財団法人東京都スポーツ文化事業団理事長に就任。現在は東京都スポーツ文化事業団の他、公益財団法人東京都スポーツ協会の理事長、一般社団法人東京都レクリエーション協会会長を兼任している。