教える授業から生徒自らが考える授業へ

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東京都立園芸高等学校

実証データを使って自ら考え取り組む「主体的な学び」へ誘う

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食品科1年生では、専門科目「農業と環境」の授業を週4時間設け、校内の圃場で栽培実習を行っています。2022年度より、栽培をサポートするための営農支援ツール「アグリノート」を導入し、作物の様子を写真やメモに記して全員で共有し、翌年度に栽培する際の参考データとして蓄積しています。食品科主幹教諭の齋藤道生先生は「ICT活用は教員の業務改善だけでなく、全員がデータを共有することで、生徒自身の発見を促し、自ら工夫を考えて実行する学びへと変わってきた」と成果を話しています。

導入を検討している先生へ

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齋藤 道生 先生 食品科

これまでのような教員の経験による指導ではなく、さまざまな実証データをもとに生徒自身が考えて実行し、成功や失敗を体験する環境をつくったことで、生徒が主体的に学ぶ意識の変化を実感することができました。「経験よりデータ」で、生徒自身が計画を立てるプロジェクトを行ってみるのも、ひとつの効果的な方法だと思います。

授業資料

事例概要

実践している学校

東京都立園芸高等学校

実践している学科

食品科

活用する場面・授業

「農業と環境」

デジタル教材等を導入したねらい

栽培の記録をデータ化し共有することで生徒の「生産者」としての意識向上をうながす。

デジタル教材等を活用した指導内容

食品の材料となる加工用農作物を栽培する際の記録として、営農支援ツール「アグリノート」を導入。圃場・作物を撮影した写真や、授業で行った栽培の記録、発見等を、授業ごとにアグリノートに全員が記録する。教員が行っている栽培の記録もふくめて全員で栽培データをリアルタイムで共有することで、栽培の工夫などを考えるヒントとした。また、今年度の栽培計画を立てる際には、一般的な作物のデータだけでなく、昨年度までの栽培の記録や、圃場モニタリングシステム「みどりクラウドPRO」のデータを参考にすることで、圃場の状態を踏まえた考察を行った。評価については、アグリノートのメモは対象とせず、別途、「栽培実習レポート」をまとめさせた。

・使用機材:Surface Go 2、プロジェクター、個人所有のスマートフォン、WiFi環境

・使用教材:Microsoft 365 Education(Teams、Formsなど)、営農支援ツール「アグリノート」、圃場モニタリングシステム「みどりクラウドPRO」など

学習効果等

生徒が圃場に行かない間も、教員の栽培記録を見ることで、リアルタイムで日々の栽培の様子や過程を知り、作物に対しての関心を高め、生産者としての自覚を養ううえでも大きな効果を得られた。実際に使用している圃場の昨年度までのデータをもとに考察することで、栽培経験のなかった生徒でも、新たな気付きや、より深い考察につなげることができた。

先生の感想

機種を問わず利用可能な「アグリノート」のメモを活用したことで記録することへのハードルが下がり、成績の対象となるレポートよりも気軽にメモをとるようになった。教員も、生徒一人ひとりが観察した細かい栽培の過程や考察を知ることができ、指導の気付きも得られた。2年目以降は、昨年度の実証データを活用し、生徒自身の考察につなげられたことは大きい。

どんな授業を実践したのか

食品科1年生の「農業と環境」の授業は、毎週月曜と木曜に2時間ずつ、計4時間行っています。年間を通じて、食品の材料となる加工用作物の栽培実習を、校内の圃場で少量多品目の栽培をします。実習や実体験を通して、生産者としての意識の向上を目指しています。

季節ごとに適した作物を栽培しており、最初に栽培計画を立てるところから始まります。食品科の1年生の多くは、畑で作物を栽培した経験がなく、この「農業と環境」の実習で初めて種まきから収穫までの管理を体験します。

「アグリノート」のデータベースには、「高校生が、同じ圃場で栽培した生のメモ」が残っていますので、初めて栽培を行う生徒でも、一般的な作物のデータだけでなく、それらのデータを参照して、栽培計画を考えることができます。

圃場で種まきを行う食品科の生徒

圃場で種まきを行う食品科の生徒。トマトや玉ねぎ、にんにくなど、食品の加工を目的とした作物を栽培している。2年生はその収穫物を使って、「100%園芸高校産トマトケチャップ」の製造に挑戦する。(写真提供:東京都立園芸高等学校)

授業では毎時圃場に行き、作物の様子を観察するほか、害虫対策や肥料散布なども生徒自身が行います。圃場にはメモ帳と個人所有のスマートフォンを持参し、必要に応じてメモをとり、作物や畑の様子を撮影します。

授業の最後に10分間時間をとり、1人1台のタブレット端末を使って、今日の作業記録や気付いたことなどをアグリノートに一言メモとして記録します。スマートフォンで撮影した写真は、「Teams」経由でアップロードをし、アグリノートのメモに添付しています。

アグリノートは、GAP(Good Agricultural Practices)推奨の農作業管理ツールとして、農業法人でも活用されている

アグリノートは、GAP(Good Agricultural Practices)推奨の農作業管理ツールとして、農業法人でも活用されている。食品科では、メモ欄を活用し、生徒全員がメモを記録する。

圃場は管理が必要ですが、そのうち農薬の散布等は生徒でなく教員が行います。それらの記録も生徒全員と共有しています。実際の農家では毎日圃場の様子を見て管理し、良好な状態に保つ必要がありますが、生徒が作業できない部分は、教員が臨機応変に管理を行っています。

どのような工夫をしたのか

圃場に出る際は、写真撮影用に、生徒の個人所有のスマートフォンの使用を許可しています。タブレットは教室で入力するためのツールとして使い分けています。スマートフォンで撮影した写真を、すぐにアプリ版アグリノートで投稿できる利便性を実感しています。

生徒が記入したアグリノートの作業内容とメモ。

生徒が記入したアグリノートの作業内容とメモ。全員で共有しているため、いつ、どんな作業を行ったかがひと目でわかる。

生徒に対する評価という点では、「栽培実習レポート」という課題を出しています。生徒はアグリノートのメモなどをもとに、授業で学んだことのまとめ、実際にできたこと、実習中に頑張ったところ、今後学習してみたいこと、反省点などを記入します。

どのような苦労を、どのように乗り越えたのか

アグリノートは、2021年度にさまざまなEdTech教材やICTサービスを試したことがきっかけで導入に至りました。

導入についての苦労はありませんでしたが、段階的に2021年度は教員のみで試用をし、2022年度の夏から実際の授業で使うようになりました。2023年度からは、毎時間、生徒が記録しています。

食品科の生徒が播種したネギの発芽の様子

食品科の生徒が播種したネギの発芽の様子(写真提供:東京都立園芸高等学校)

生徒にどのような学びの効果があったのか

食品科では、1年生が栽培した作物を、2年生が加工製造し、3年生が分析して保健所の指導のもと、販売までを行う、「種まきから、加工して、販売して、消費して、ご馳走様でした」を学科の教育目標としています。こうして生産者の苦労を知ることは、卒業後にどんな食品関係の現場に進んだ場合でも、それぞれの分野で生かしてもらえると期待しています。

1年生が栽培したナスを使い、3年生の加工コースの「食品製造」で、園芸高校オリジナルカレーパンを製造した

1年生が栽培したナスを使い、3年生の加工コースの「食品製造」で、園芸高校オリジナルカレーパンを製造した。(写真提供:東京都立園芸高等学校)

「農業と環境」という科目では、なによりも、自分たちが育てている作物の管理は授業の時間だけで事足りるわけではないということを学んでほしいと考えています。

生徒には圃場に通うよう強制しているわけではないため、生徒が自主的に圃場に出て、栽培の苦労のすべてを理解してもらうのは難しいかもしれません。しかし、アグリノートをみれば、生徒が見ていない、知らないところでも、圃場で実施されている栽培管理が共有されています。

これは、生産者としての意識を高めるうえでも効果があると感じています。常に自分が栽培管理しているものを気にかけ、生産者としての意識になってほしいと思っています。

圃場で、ナスの栽培を行う1年生

圃場で、ナスの栽培を行う1年生(写真提供:東京都立園芸高等学校)

アグリノートでメモをつけることを習慣化したことで、生徒の表現力が伸びたとまではいきませんが、メモの表現力が的確で上手にまとめている生徒は、レポート課題の感想や考察も上手に書けています。

また、各々の考察の面でも、例えば、害虫を防ぐ方法を考えた際に先輩たちのメモを見ることで、プロジェクトを実践する選択肢の幅が非常に増えました。生徒の意見も広がり、高度な考えにまで及ぶようになったことを感じています。

先生にはどのような意識の変化があったか

わたし自身、指導の仕方が変化したと感じます。これまで自分の経験から生徒に多く助言していた指導を、改めて見直しています。生徒が自発的に、「先輩がこうだったから、自分はこうしてみよう」と考え実践することは、自分の思いを持って圃場に接することにつながっていきます。学びもアクティブなものになり、今求められている“主体的な学び”“深い学び”にもなっていくと考えています。

そこで得られた経験は、2年での実践や、3年の「課題研究」(卒業研究)で仮説を立てるときにも生きてきますし、3年間の学科で指導してきた甲斐も感じられます。

キュウリの支柱建てと、ネット張り。全員で協力し、実際の圃場で、様々な栽培の過程を体験する。

キュウリの支柱建てと、ネット張り。全員で協力し、実際の圃場で、様々な栽培の過程を体験する。(写真提供:東京都立園芸高等学校)

アグリノートの具体的な効果は、始めて間もないため、まだ検証できていませんが、少なくとも生徒が自発的に、自分の考えでもって、「こうしよう」と実践するようになってきたことを実感しています。

 

(取材・文:相川いずみ 写真:前田立 編集:CINRA)

※本記事は実践事例を広く紹介することを目的としており、記事内において一般に販売している商品、機器等に言及している部分がありますが、特定の商品等の活用を勧めるものではありません。学校が一般に販売されているものを活用する場合は、活動内容や各学校の状況等に応じて選択してください。