(はじめに)
第百五十六回国会におきまして各般の課題を御審議いただくに当たり、
私の所信を申し上げます。
我が国の社会経済情勢は、極めて厳しい状況にあり、あらゆる分野で
二十一世紀を見通した抜本的な改革が求められております。小泉内閣の
経済活性化戦略においても、「人間力戦略」、「技術力戦略」が掲げら
れており、我が国が真に豊かで成熟した国として発展し、国際的にも貢
献していくためには、「教育・文化立国」と「科学技術創造立国」の実
現を目指した改革を進めていくことが不可欠です。
昨年八月、私は「人間力戦略ビジョン」を提唱いたしました。資源の
乏しい我が国がこれまで発展してきたのは、教育を重視してきたからで
あり、未来に向け、自ら行動し、新しい時代を切り拓く、心豊かでたく
ましい日本人を育てることが極めて重要であります。また、これからの
「知」の世紀をリードするトップレベルの人材も必要となります。この
ような中にあっては、心豊かな文化と社会の継承・創造の担い手となり、
国際社会を生きる教養を具えた日本人が求められています。そのため、
「人間力戦略」として、教育改革や科学技術・学術の振興、スポーツ、
文化芸術の振興に全力を尽くしてまいる所存です。
昨秋、ノーベル物理学賞を東京大学名誉教授の小柴昌俊氏が、また、
ノーベル化学賞を株式会社島津製作所の田中耕一氏が、それぞれ受賞さ
れました。三年連続で、しかも同じ年に二人の日本人受賞は初めてのこ
とであり、国民に自信と希望を与え、我が国全体にとって大きな誇りと
励みになりました。さらに、昨年はH‐
Aロケット二、三、四号機の
打上げが連続して成功し、世界最高水準の信頼性の確立に向けたステッ
プを着実に歩むとともに、子どもたちに夢を与えることができました。
明るい未来を創造的に力強く切り拓いていく「担い手」である子ども
たちが、将来に夢と希望を持ち、それを実現するためのしっかりした実
力を身につけられるよう、私としても最善の努力をしてまいります。そ
のことが、子どもたち一人ひとりの人生を豊かなものにするだけでなく、
我が国社会の発展基盤を形成する上でも不可欠と考えるからであります。
このような認識に立ち、「教育・文化立国」と「科学技術創造立国」
の実現に向け、以下のような事項についての施策を総合的に展開してま
いります。
(教育改革の推進)
「国家百年の計」である教育は、国政上極めて重要な課題であります。
このため、教育に携わる者は、全ての学校段階を通じて、常に二十一世
紀にふさわしい教育の在り方を見据え、新しい時代を切り拓く、心豊か
でたくましい日本人を育成するとの高い志をもち、真摯に教育改革に取
り組んでいくことが求められております。
小泉内閣発足当初から、「二十一世紀教育新生プラン」に基づき、
「学校が良くなる、教育が変わる」ことが実感できるような教育改革を
実現するため各般の施策を講じてまいりました。今後は、これをより一
層推進するとともに、「人間力戦略ビジョン」に掲げる目標の達成に向
けて、国民的課題である教育改革をさらに加速してまいります。
教育基本法の見直しについては、昨年十一月に中央教育審議会から中
間報告が提出され、その後、国民各層から幅広く御意見をうかがいなが
ら、議論を深めてきたところです。近く取りまとめられる答申を踏まえ、
教育基本法の見直しにしっかりと取り組んでまいります。
構造改革特区については、地域の創意と工夫を生かし、教育の活性化
を図る観点から、これまでも、不登校児童生徒を対象とした学校の設置
に係る教育課程の弾力化などに取り組んできたところでありますが、引
き続き柔軟に対応していきます。
(確かな学力と豊かな心の育成等)
私は、「確かな学力」と「豊かな心」の育成が、初等中等教育段階に
おける教育改革の重要な柱であり、これらは、子どもたち一人ひとりに
新世紀を生き抜く力を育む上で極めて大切であると思います。そして、
国民の教育水準を高めることこそが、日本社会の国際的競争力の基盤と
なると考えます。
昨年四月から実施されている新学習指導要領のねらいは、子どもたち
に基礎・基本をしっかりと身に付けさせ、自ら学び自ら考える力などの
確かな学力を育むことにあります。これによって「画一と受身から自立
と創造へ」と教育の在り方を大きく展開しようとするものであります。
子どもたちの学力については、その低下を懸念する声が聞かれるとこ
ろであります。OECDの実施した国際比較調査などによれば、我が国
の子どもたちの成績はトップクラスに属するものの、今後対応すべき課
題もみられます。また、昨年末に公表した小・中学校における教育課程
実施状況調査の結果については、目下、その詳細を分析中であり、今後
その結果をしっかりと受けとめると同時に、新学習指導要領の実施状況
の検証についても、常設化された中央教育審議会教育課程部会にお願い
し、その検討を踏まえて指導の改善に取り組んでまいります。
また、教職員定数改善計画を着実に実施し、少人数授業や習熟度別指
導などの個に応じたきめ細かな指導を推進するとともに、学習意欲を高
め学力の質を向上させること等をねらいとする「学力向上アクションプ
ラン」の実施など総合的な施策を進めてまいります。さらに、十年経験
者研修制度の新年度からの実施をはじめ、教えるプロとしての教師の育
成を図るとともに、学校施設の耐震補強や改築の推進、学校の安全管理
の徹底等に努めます。
豊かな心を育成することは、確かな学力の育成に劣らず重要なことで
あります。子どもたちに基本的な規範意識と倫理観、公共心や他者を思
いやる心を育むためには、学校において、心に響く道徳教育の充実、奉
仕・体験活動、読書活動の推進を図るとともに、家庭や地域の教育力の
向上を図ることが不可欠であります。また、完全学校週五日制の下での
子どもたちの様々な活動機会や場の拡大などに取り組んでまいる所存で
す。さらに、不登校や子どもたちの問題行動への適切な対応、幼児教育
の振興、障害のある児童生徒に対する教育の充実にも努めてまいります。
義務教育費国庫負担制度については、今国会に義務教育費国庫負担法
等の一部改正法案を提出するなど、必要な見直しを行うこととしており
ますが、国の責任により義務教育水準を確保するという制度の根幹は、
引き続き堅持していきます。
(大学改革)
「知の創造と継承の拠点」である大学が、その期待される役割を十二
分に果たしていけるよう、大学の構造改革をはじめとする様々な大学改
革が進行中であり、我が国の大学制度の歴史の上でも重要な時期を迎え
ております。
国立大学の再編・統合を引き続き積極的に進めるとともに、民間的な
経営手法を導入し、個性豊かで国際競争力ある大学づくりを進めるため、
平成十六年度から新しい「国立大学法人」とするための法律案を今国会
に提出いたしました。また、国公私立大学を通じて優れた研究教育拠点
を重点支援する「二十一世紀COEプログラム」や、教育面での改革の
取組を一層促進するための「特色ある大学教育支援プログラム」を推進
するなど、各大学の自律的な取組を支援しつつ、教育研究基盤の整備や
教育機能の充実に取り組んでまいります。
さらに、昨年の臨時国会における学校教育法の改正を受け、大学の設
置認可制度の弾力化、第三者評価制度の導入など大学の質の向上と保証
に係る新たなシステムや、法科大学院などの専門職大学院制度の円滑な
実施に向けた取組を進めます。あわせて、私立学校の一層の振興や、次
代を担う意欲と能力のある人材を育てるため、奨学金の充実に努めてま
いります。
(科学技術・学術の振興)
冒頭で申し上げたノーベル賞受賞は、我が国の研究水準の高さが世界
的レベルにあることを示すとともに、独創的で多様な基礎研究の振興と、
これを支える科学技術システムの重要性を再認識させるものでした。
科学技術は、日本経済の成長と構造改革を支え、希望ある未来を切り
拓き、人類が直面する地球規模の問題を解決していくための鍵となるも
のです。「知」の世紀といわれる二十一世紀において、高い科学技術水
準は国力の枢要な源泉であり、その成果は、国民の生活や経済活動を持
続的に発展させ、人類共有の財産として蓄積されていくものであります。
文部科学省としては、世界最高水準の「科学技術創造立国」の実現を
目指し、社会経済発展の原動力となる「知」の創造と活用に向け、第二
期「科学技術基本計画」に沿って科学技術及び学術の振興に力を注いで
まいります。
このため、大学共同利用機関等を中心としたニュートリノ研究、加速
器科学、天文学研究等の国際水準の先端的・独創的研究の推進、新たな
「知」を切り拓く基礎研究等を推進するための競争的資金の拡充、科学
技術・学術の優れた人材の育成、「国立大学等施設緊急整備五か年計画」
の着実な実施をはじめ最先端の研究施設・設備といった研究開発基盤の
整備等に一層積極的に取り組みます。
また、経済活性化、安心・安全な国民生活の実現など国家的・社会的
課題に大きく寄与するライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノ
ロジー・材料等の研究開発を戦略的かつ重点的に推進します。大学にお
ける知的財産の戦略的活用等を図るための体制整備や大学発ベンチャー
の創出など産学官連携の推進、大学等を核とする知的クラスターの創成
など地域における科学技術の振興、「科学技術・理科大好きプラン」を
はじめとする科学技術・理科教育、科学技術理解増進活動の充実などを
図ります。
さらに、国の存立基盤となる宇宙、原子力、防災、海洋等の研究開発
についても、積極的に推進することが必要です。宇宙開発については、
三機関を統合した新法人が宇宙・航空分野の中核機関として、本年十月
に万全のスタートをきれるよう準備を進め、我が国のロケット技術の国
際競争力を高めるとともに、幅広い宇宙開発利用を推進します。去る二
月一日、米国においてスペースシャトル事故がありました。犠牲となら
れた搭乗員の方々の御冥福をお祈りするとともに、心より哀悼の意を表
します。私たちは、この事故を厳粛に受け止めつつ、彼らの求めた宇宙
開発の夢に今後とも果敢にチャレンジしていきたいと考えます。
原子力については、国民の信頼と安全の確保を大前提として、原子力
研究開発の推進に最適な体制を構築すべく、原子力二法人統合に向けた
検討を精力的に進めるとともに、高速増殖炉サイクル技術や国際協力に
よるITER計画への取組など研究開発を進めてまいります。また、
「もんじゅ」については、エネルギー資源に乏しい我が国において高速
増殖炉開発を進めることが必要であることに鑑み、地元をはじめ国民の
理解を得るための努力を続けていきます。
(生涯学習の振興)
人々が生涯にわたり自己実現を図っていくためには、生涯のあらゆる
時期に学習機会を選択して学ぶことができ、その学習の成果が適切に評
価される生涯学習社会の構築が重要です。このため、生涯学習の環境整
備や大学・専修学校における社会人のキャリアアップのための教育を推
進します。また、男女共同参画社会の形成、環境教育や人権教育の充実
に努めます。
(スポーツの振興)
昨年のワールドカップ・サッカー大会の成功に象徴されるように、明
るく豊かで活力に満ちた社会を形成する上で、スポーツの振興は欠かす
ことができません。このため、スポーツ振興基本計画に基づき、国民の
誰もが身近にスポーツに親しむことができる生涯スポーツ社会の実現や、
世界で活躍するトップレベルの競技者の育成、学校での体育・スポーツ
活動の充実を図ります。あわせて、体力の低下や子どもの健康に関する
現代的課題に対応し、子どもの体力向上や食に関する指導など健康教育
に積極的に取り組み、健やかな体を育んでまいります。
(文化の振興)
文化芸術は、人々に感動や生きる喜びをもたらし、豊かな人生を送る
上での大きな力になるものであり、我が国の文化芸術の頂点の伸張や裾
野の拡大を図ることが必要不可欠です。このため、文化芸術振興基本法
に基づき、先般策定した政府の基本方針を踏まえ、我が国の「顔」とな
る文化芸術を創造し、世界に発信していくため、「文化芸術創造プラン」
や「『日本文化の魅力』発見・発信プラン」を推進します。また、国民
が文化ボランティアなどにより自ら積極的に文化芸術活動に参加し、文
化芸術を創造できる環境を整備します。文化財の保存・活用、地域文化
の振興、国際文化交流の推進、著作権制度の改善等の施策を推進し、あ
わせて、国語について国民一人ひとりが意識を高め、正しく理解するよ
う取り組んでまいります。
(国際化等への対応)
我が国が、国際社会において積極的な役割と責任を果たし、世界から
信頼される国となることは、極めて重要な課題です。このため、教育、
科学技術・学術、スポーツ、文化芸術など各般にわたり、「日本人の心」
が見える協力・交流に力を入れるとともに、留学生交流については、そ
の一層の推進を図ります。また、「英語が使える日本人」の育成にも努
めてまいります。
(むすび)
以上の他にも、特殊法人改革、公益法人改革、規制改革等の行政改革
や、地方分権、知的財産戦略の推進など、様々な課題が山積しておりま
す。私としましては、国民の強い期待を真摯に受け止め、文部科学行政
全般にわたり誠心誠意取り組んでまいる決意ですので、委員各位におか
れましても、特段の御理解、御協力を賜りますよう心よりお願い申し上
げます。