付録4

光衛星間通信実験衛星(OICETS(オイセッツ))プロジェクトの事後評価 評価票ご意見に対する説明

平成20年3月11日
宇宙航空研究開発機構

【本資料の位置付け】

 本資料は、光衛星間通信実験衛星(OICETS(オイセッツ))の評価票でいただいたご意見の中で、独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA(ジャクサ))から説明が必要と事務局が判断されたものについてJAXA(ジャクサ)から追加の説明をまとめたものである。

●プロジェクトの成果(アウトカム)に関するコメント

1 技術試験衛星である限り、次なるプロジェクトおよび衛星にどのように生かされるか。

●プロジェクトの成果(インパクト)に関するコメント

2 1μrad(マイクロラジアン)は5キロメートル先の5ミリメートルの目標に相当する精度であり、測地・測距に適用した場合に現状の精度を大幅に上回る可能性がある。地殻変動などによる地表面の変化などへの応用が可能ではないか。

●プロジェクトの成否の原因に対する分析に関するコメント

3 プロジェクトの成果について以下のような意見がある。JAXA(ジャクサ)あるいはメーカ内にどの様な形でまとめられており、継承されているのかを説明して頂きたい。
  • OICETS(オイセッツ)開発終了(平成14年3月)から打上げ(平成17年8月)までの約2年半、光学機器の保管にあたり様々な問題を解決しノウハウを蓄積したと思われる。この点を是非JAXA(ジャクサ)、あるいはメーカ内に資産として残して欲しい。
  • 熱歪の影響、衛星微小振動等、抽出された課題に関して外部有識者の意見も取り入れて事前解決を図って衛星設計を行い成果を挙げたことは評価出来る。ただしその成果および更に改善を要する点等がどのように纏められており、またどのように生かされているか具体論が乏しいように思われる。

1.プロジェクトの成果(アウトカム)8

【委員コメント】

 技術試験衛星である限り、次なるプロジェクトおよび衛星にどのように生かされるか。

【JAXA(ジャクサ)回答】

1.衛星間通信よる光通信及び電波通信の最適な適用範囲

 現在はALOS及びJEM運用のために、Ka帯が使用されているが、光通信は今後のデータ量の増大に伴い必須となる。

  • (1)電波は有限な資源であり、新たな周波数帯域の開拓・活用である光衛星間通信技術は宇宙における周波数資源の有効利用に寄与するとともに、次のようなメリットがある。
    • ギガビットオーダーの大容量通信が可能
    • 小型・軽量化が可能
    • 他の通信との干渉が少なく、技術的にも法的にも周波数帯域割当てに関する国内外の調整が不要
    • 通信妨害及び受信傍受に強く秘匿性に有利
  • (2)一方、Ka帯通信は確立された技術として中容量通信には有効であるとともに、現在運用されているALOS及びJEMとのデータ中継、地球観測衛星等とのデータ中継の継続のために当面必要である。

2.衛星開発及び軌道上実験から得られた課題等

 OICETS(オイセッツ)の開発・軌道上実験で得られた成果(高精度光学性能維持技術、レーザ光の高精度捕捉・追尾・指向技術、開発・検証に必要な測定・試験技術)を踏まえ、次の課題は以下の通りである。

2.1 小型・軽量化

 観測に影響を与えない衛星間通信機器の低擾乱化、及び小型衛星への搭載の実現を目指す。

  • (1)OICETS(オイセッツ)では実験衛星ということでマージンを十分にもたせた設計とした。軌道上の通信結果より、光アンテナには十分にマージンがあることが確認されたため、小型・軽量化は可能と考えている。
  • (2)OICETS(オイセッツ)で得られた成果・知見及び経験(特に宇宙用高精度光学技術、高精度捕捉・追尾・指向技術)を生かし、以下に示す方策等により質量50キログラム以下のユーザ衛星搭載用光通信機器(OICETS(オイセッツ)では150キログラム)の開発を目指す。
    • OICETS(オイセッツ)により得た知見・経験を生かした最適設計の採用による小型・軽量化
    • 特に全ガラス製で重量増を招いた光アンテナについては、構造部材、主鏡の材質の見直しによる軽量化・低コスト化・開発期間短縮が可能
2.2 通信方式/通信容量(ギガビットクラスの大容量通信を目指す。)
  • (1)OICETS(オイセッツ)では、ARTEMIS(アルテミス)で設定した2〜50Mbps(メガビットパーセカンド)規格を採用したため、現時点でKa帯により実現されている通信速度に比べて低くなっており、また、通信方式も光増幅器を用いない単純なOn/Off keyingとなった。
  • (2)今後、高出力光増幅器や低雑音光増幅器の採用、あるいは高感度受信方式である光コヒーレント通信方式を採用することにより通信回線の大容量化が実現可能である。
  • (3)そのため、現在下記のようなキーデバイスに関する研究(JAXA(ジャクサ)/NICT共同研究)を行なっている。
    • 光増幅器
      光ファイバ増幅器の高出力化、光ファイバ増幅器の耐放射線性評価研究
    • 光コヒーレント通信方式用キーデバイス
      周波数安定レーザ、高速デジタル・アナログ変換器
      デジタル信号処理演算回路(DSP)及び信号処理アルゴリズム
  • (4)現在行なっている海外諸機関との共同検討・調整及び国内における研究(JAXA(ジャクサ)/NICT共同研究)を通して最適な通信方式を検討している。
2.3 光通信実験機器のハードウェアに関する今後に向けての課題は以下の通りである。
2.3.1 送信レーザ光指向バイアス誤差

 OICETS(オイセッツ)の送信レーザ光は、光衛星間通信機器内の光学ベンチの熱歪み等により指向バイアス誤差が発生するため、地上の熱真空試験結果から推定した「補正値」を用いて補正し軌道上実験を行なう計画であった。
 しかし、軌道上実験の際、この補正値を超える指向バイアス誤差の残差が見つかった。
 (その後、指向バイアス補正実験を実施することにより、最適な補正値として「マイナスX軸方向:2.5μradian,プラスY軸方向:1.8μradian」を推定し、通信品質の改善等を実施)

課題等

 指向バイアス補正実験により、補正はできたもののバイアス誤差の原因(打上げ時の振動・衝撃、軌道上での熱歪み等によるものと考えられる)の特定までには至らなかった。
 今後に向けては、温度変化に対してクリティカルなポイントに対しては、分解能が高い温度センサを多数装着する等の軌道上で発生する現象の原因推定に寄与できるような設計上の配慮が必要である。

2.3.2 光アンテナ開発の難航さと結果としての過剰設計

 光衛星間通信機器に使用している光アンテナ(カセグレン方式の反射光学系)は、熱歪みを極力抑えるために、光アンテナを構成する部材(主鏡・副鏡・副鏡・副鏡支持部)を全て低熱膨張ガラスで構成した。
 ガラスのみによる構造体は初めての経験であり、そのため、打上時の荷重等に耐えうる設計及び製造品の微細亀裂等の検証を必要とし、開発期間が延びた一因にもなった。

課題等
  • 軌道上において、出射レーザ光の分布(ファーフィールドパターン)に乱れ等は発生しない結果を得られたが、ガラスのみで構造体を構成したことは、結果的に過剰な設計であり、重量増、コスト増も招いた。
  • 次世代の光衛星間通信機器開発においては、主鏡材質の検討等も含め、より軽量化・低コスト化・開発期間の短縮となるような設計アプローチを踏む必要がある。
2.3.3 送信レーザの長寿命化
OICETS(オイセッツ)の現状
  • (1)送信用半導体レーザについては、実験ミッションとしてのミッション要求(1年のミッション期間とARTEMIS(アルテミス)との実験が可能な時間を考慮)により、設計寿命を2千時間と決定した。
  • (2)後期利用段階では、将来のデータ中継衛星での使用も考慮し、1万時間以上の点灯を行なったが、劣化の傾向は見られなかった。
課題等
  • 実用ミッション(データ中継衛星搭載で10年間を想定)では4万時間程度の点灯時間が必要であり、半導体レーザの寿命確保は依然として重要な課題である。
  • 一方、地上における高出力半導体レーザの利用拡大に伴い、OICETS(オイセッツ)開発着手以降、長寿命化は着実に進んでいる。
  • また、高出力半導体レーザーの寿命評価についても、同様に評価に関する知見・手法が大幅に進歩しており、このような知見・手法と今回のOICETS(オイセッツ)の軌道上評価における実験結果と合わせることで、今後予測精度の向上が可能と考えている。

2.プロジェクトの成果(インパクト)1

【委員コメント】

 1μrad(マイクロラジアン)は5キロメートル先の5ミリメートルの目標に相当する精度であり、測地・測距に適用した場合に現状の精度を大幅に上回る可能性がある。地殻変動などによる地表面の変化などへの応用が可能ではないか。

【JAXA(ジャクサ)回答】

 OICETS(オイセッツ)で実現した高精度指向技術(1μrad(マイクロラジアン))は以下のような観測系将来ミッションへの応用が期待できるが、この技術の具体的な応用については、今後研究者及びユーザを交えた議論により、具体化の可能性について検討していく必要がある。
 現在JAXA(ジャクサ)において、大型ミラーの焦点面調整への使用の可能性については検討中である。

3.プロジェクトの成否の原因に対する分析6

【委員コメント】

 プロジェクトの成果について以下のような意見がある。JAXA(ジャクサ)あるいはメーカ内にどの様な形でまとめられており、継承されているのかを説明して頂きたい。

  • OICETS(オイセッツ)開発終了(平成14年3月)から打上げ(平成17年8月)までの約2年半、光学機器の保管にあたり様々な問題を解決しノウハウを蓄積したと思われる。この点を是非JAXA(ジャクサ)、あるいはメーカ内に資産として残して欲しい。
  • 熱歪の影響、衛星微小振動等、抽出された課題に関して外部有識者の意見も取り入れて事前解決を図って衛星設計を行い成果を挙げたことは評価出来る。ただしその成果および更に改善を要する点等がどのように纏められており、またどのように生かされているか具体論が乏しいように思われる。

【JAXA(ジャクサ)回答】

1.課題の解決と他衛星への技術応用

 JAXA(ジャクサ)衛星プロジェクトにおける成果の継承は以下の様に行われている。

  • (1)プロジェクトとして成果・技術のとりまとめ・蓄積
    • プロジェクトとしてのフェーズ毎の報告書(開発完了審査会報告書、運用結果報告書(実験結果を含む)等)の作成
    • 各種技術資料
  • (2)他のプロジェクト及び将来プロジェクトへの技術的水平展開(『lessons and learned』の継承)
    • 技術標準作成の際のインプット:OICETS(オイセッツ)では、「擾乱管理標準」や「コンタミネーション標準」
    • 共通技術データベースへの登録(注1)
    • 不具合情報の展開
  • (3)開発により見出された長期的技術課題への取組み
    • 総合技術研究本部等における研究活動の例として、微小振動の測定・解析手法の更なる改善を目指した研究の実施
  • (注1):共通データベース「衛星技術情報共有システム(STAR)」:各衛星プロジェクトにおいて発生した設計情報等の技術情報について、各プロジェクト間の情報の共有を促進し、衛星開発の効率化、確実化を目指し整備したデータベース。

2.衛星の長期地上保管に関するノウハウ

2.1 保管条件の整理

 OICETS(オイセッツ)保管にあたって、構成品目毎に保管条件を以下のように整理した。

  • (1)温度、湿度を管理する部品;金属、CFRP等で製作された部品
  • (2)特別な管理を要する部品;光学部品
  • (3)潤滑:液体潤滑については光アンテナ、リアクションホイール等可動物を動作させた(固着を防ぐため)。固体潤滑については湿度を管理し、潤滑剤の剥離を防止
  • (4)機能性能を管理するシステム、推進系については、定期的(3ヶ月及び6ヶ月毎)に機能確認を実施
    • 電気性能試験(搭載機器にコマンドを送り、テレメトリを確認)
    • 特性値管理項目に関する測定・確認
  • (5)化学的に劣化する部品、コンポーネント
    • バッテリ、火工品;製造中止の部品を予め調達し、再製作の準備
    • プラスチック;寿命評価試験を実施

     これにより、OICETS(オイセッツ)の保管寿命を制限する要素は、以下となった。

    • 安全上動作回数が制限されている推進系のバルブ(再製作・試験に多額の費用を要する)
    • 部品の故障(製造中止等により入手できない場合、設計の変更に波及し、再製作・試験に多額の費用を要する)

      上記の評価、管理については報告書にまとめられている。

2.2 コンタミネーション防止

 光学機器に関し、最も配慮したことは、鏡面の腐食とコンタミネーション(汚染)防止(注2)であった。
 通常の管理で腐食が懸念される測距のためのレーザ反射体については、衛星から取り外し、保管容器内で保管した。
 また、OICETS(オイセッツ)では、粒子状/分子状コンタミネーションの両方による汚染防止を図る防止カバーの採用、光学素子の性能劣化につながり汚染後の除去が困難な、不揮発性残渣(NVR)のモニタリング等の活動を行なった。(事後評価資料 p.20)

  • OICETS(オイセッツ)で実施したコンタミネーション管理に関するノウハウについては、JAXA(ジャクサ)のプログラム管理要求文書である「コンタミネーション管理標準」に取り入れられ、GOSATなどの光学機器を搭載する衛星のコンタミネーションの測定及び管理手法に活用されている。
  • (注2):コンタミネーション(汚染)が人工衛星に対し悪影響を及ぼし種々の不具合を誘発する原因であることは、以前より宇宙開発関係者の間では認識されている。人工衛星に搭載された光学機器の表面汚染にともなう光学性能の劣化や 太陽電池の劣化等はミッションの成功、寿命に直接的に影響を及ぼすものとして問題視されている。

3.課題の解決と他衛星への技術応用例

3.1 衛星擾乱(注3)管理技術
  • (1)リアクションホイール、太陽電池パドル駆動機構等から生じる衛星の微小な振動を地上で測定し、ミッション機器への影響を評価する手法を開発。
    • 「かぐや(SELENE)」へ応用され、SELENEの地上試験の効率化に寄与
    • JAXA(ジャクサ)の技術標準(「擾乱管理標準(JAXA(ジャクサ)-SC-10-52)及び同マニュアル」:(現在作成中)に記載され、今後のJAXA(ジャクサ)の衛星開発に反映される。
  • (2)JAXA(ジャクサ)総合技術研究本部において、衛星の初期設計へ反映を行うため、微小振動の測定・解析手法の更なる改善を目指した研究を行なっている。
  • (注3):衛星における擾乱:人工衛星には、姿勢制御に用いるリアクションホイール(1分当たり数千回転)、太陽電池パドル駆動機構等の微小な振動を発生する擾乱源が搭載されている。光通信機器や高精度の観測センサでは、指向誤差への影響が懸念されるため、事前に評価し、対策を取る必要がある。
3.2 光学機器の熱歪対策

 OICETS(オイセッツ)では宇宙環境下で、レンズ、ミラー等の光学機器の熱歪による性能劣化を抑えることは重要であり、低熱歪み光学ベンチ、高精度な熱制御及びキネマティックマウント(熱歪みを伝導させない特別な構造)により、光学性能が劣化しないような対策を講じた。

  • (1)熱歪対策についてはその経緯・成果が製造業者により資料としてまとめられており、特に、キネマティックマウントについては、その後の大型光学センサ「だいち」搭載PRISM、GOSAT搭載TANSO、GCOM-C1搭載予定のSGLIに活用されている。
  • (2)OICETS(オイセッツ)プロジェクトとしても、重要な経験として上記資料を利用本部の共通データベースに登録し、衛星開発に携わるJAXA(ジャクサ)職員が参照できるようにしている。

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