算数・数学教科書のあり方-国際比較を中心に-

長崎栄三(国立教育政策研究所)

1.アメリカの算数・数学の教科書は厚い

 アメリカの算数・数学の教科書は厚い。日本の教科書だけに見慣れていると、アメリカの教科書を初めて見ると、その厚さに圧倒されてしまう。実際は、この厚さが、アメリカでは非常に大きな問題となっていることが、最近のアメリカの公的な報告書から伺われる。例えば、アメリカの算数・数学教育に関する次の有名な報告書である。いずれもアメリカの算数・数学の学力低下論に対処するための委員会の報告書である。

  • Mathematics Learning Study Committee (2001) “Adding It Up: Helping Children Learn Mathematics” National Research Council.
  • National Mathematics Advisory Panel (2008) “Foundation for Success The Final Report of the National Mathematics Advisory Panel” U.S. Department of Education.

 アメリカの教育省から今年3月に出された後者の報告書には、次のような一節がある。

「アメリカの数学教科書は、非常に長い。教科書の最後に載っている勉強の仕方や解答の頁数を数えなくても、中・高等学校の教科書は、600頁から900頁を超えた範囲にわたることがよくある。勉強の仕方や解答を加えると1,000頁を超える。小学校の算数教科書でさえ700頁を越えることが時々ある。数学教科書は、数十年前はもっと短かったし、アメリカよりも数学成績の高い多くの国々ではもっと短いままである。したがって、とても長いということは、効果的な指導にとって必要なことではない。過度に長いということは、教科書を不必要に高い値段にし、学校と家庭の間を運ぶのを困難にしている。そして、その結果として、学習の道具として効果的であるということを傷つけているであろう。」(p.55)

 そして、次のような勧告をしている。

「教科書の出版と採用に関わるすべての関係者は、幼稚園から8学年以上の児童・生徒が使う算数・数学教科書を、よりコンパクトで、より一貫性があるようにするために努力すべきである。」(p.55)

 これに続き、なぜこのような厚さになってしまうのかを、次のように説明している。

「教科書出版社は、教科書の厚さの大きな原因は、すべての州の数学の基準に含まれるカリキュラムの期待のすべてを含まなければならないことにあると強調する。ある州で6学年に入っている内容が、他の州では7学年に、またある州では8学年に入るというようなものである。このようなことから、それらの内容が3学年の数学教科書すべてに含まれるということが起ってくる。」(p.56)

 アメリカは、各州が独自の教育基準を持っており、それぞれが異なっている。教科書出版社はできるだけ多くの教科書を売るためには、それぞれの州の基準をすべて満たすように作らなければならない。そこで、できるだけ多くの内容を詰め込むために、アメリカの教科書は厚くなってしまう。
 報告書では、教科書を薄くするために、まず、州の間のカリキュラムの合意を模索することを求めている。

2.第3回国際数学・理科教育調査における教科書の国際比較

 第3回国際数学・理科教育調査(1995年調査実施:略称TIMSS1995)においては、数学と理科の教科書の国際比較が意欲的に行われた。数学では、2種類の国際比較が行われた。一つは、国際的に著名な数学教育研究者による単独の教科書分析であり、もう一つは、参加国が共通な基準で教科書分析したものをアメリカの研究者が国際的に集計したものである。

(1)数学教育研究者による教科書分析

 イギリスの数学教育研究者ハウスン教授が、日本を含む8か国の数学教科書を分析した。

  • Geoffrey Howson (1995) “Mathematics Textbooks: A Comparative Study of Grade 8 Texts” Pacific Educational Press.

 ハウスン教授は、8か国の第8学年(日本の中学校2年、TIMSSの調査対象学年の母集団2)の数学教科書を各国1,2冊を選び、それらを自らの視点で分析した。それぞれの教科書の量的な特徴は、表1の通りである。

表1 中学校2年の数学教科書の国際比較(量的側面)

国名 発行年 版型・総頁数 章の数 含まれている内容項目数
算数
(20)
代数
(12)
幾何
(26)
確率・統計
(11)
イギリス 1985年 中型248頁(上下2冊) 27 8 3 10 2
フランス 1992年 大型256頁 17 7 4 13 4
日本 1993年 小型211頁,219頁(2種類) 8 0 6 8 5
オランダ 1990年 中型260頁 13 8 4 10 0
ノルウェー 1988年 中型357頁 14 10 5 9 4
スペイン 1992年 大型286頁 29 10 8 0 0
スイス 1985年 小型128頁 9 11 3 4 4
アメリカ 1991年 大型651頁 14 19 4 13 11

 ハウスン教授は、次のような約20の観点から分析を進めた。教科書作成のアプローチ(教師の役割り、対象の生徒、構造など)、教科書の役割り、教科書の執筆者、試行教科書、教師の選択、教師用指導書、デザイン(カラーなど)、指導の流れ(パターン)、学習活動、学習目的、対象生徒、多様な生徒への対応、単元のあり方や扱い、補助教材(ワークブックなど)、練習問題、復習問題、数学化の過程、数学の応用、テクノロジー、算数・数学の内容(算数、代数、幾何、確率・統計)、数学と社会、など。
 ハウスン教授の分析のうち、日本に関わる部分をいくつか抽出すると次の通りである。

1)日本の教科書は、期待されていることが、教師や生徒が見た目で分かるようにかなり構造化されている。(p.28)しかも、1回の授業では中心的な内容を1つ扱う。(p.29)
2)すべての教科書の際立った特徴は、なぜそれを学ぶのかという説明がほとんどないことである。(p.41)
3)フランスと日本の教科書だけが、明らかに証明を教えようとしている。(p.44)
4)日本、スペイン、スイス、アメリカの教科書は、多様な生徒に対処することは教科書の中に何も書かれていない。(p.47)
5)フランス、日本、スペインは、1つの数学内容当たりの頁数の割合が高い。(p.49)
6)日本の教科書の顕著な特徴は、算数の内容がないことである。例えば、パーセントなど。(p.51)
7)日本の教科書には、電卓に関連した学習が入っていない。(p.61)
8)日本の教科書には、中国の算術という数学の歴史が入っている。(p.80)

 なお、数学の応用、数学と社会に関しては、日本の教科書に関する記述はない。
 そして、結論の中には、次のような言葉がある。「アメリカの教科書のすべてに取り組もうという生徒はいないが、日本では、ほとんどの生徒が教科書の全章を勉強するであろう。」(p.88)

(2)参加国の共通基準による教科書分析

 第3回国際数学・理科教育調査に参加を表明していた約40か国/地域が共通の基準で、自国のカリキュラムや教科書を分析し、それをアメリカがまとめたものである。

  • TIMSS(1996)”Many Visions, Many Aims A Cross-national Investigation of Curricular Intentions in School Mathematics” TIMSS

 この比較分析への参加国は、ナショナルカリキュラム(日本では学習指導要領)、カリキュラムガイド(日本では解説書)、小中高校の算数・数学教科書、について、共通の手引きに従って、その記述部分を細かく分けて、それを、次のような観点で分類した。

文章の性格:
物語的、物語的に関連、グラフに関連、練習・問題、活動、実例
教育目標:
知ること、決まりきった手順、複雑な手順、探究・問題解決、数学的推論、複雑なコミュニケーション
関心・意欲・態度:
数学への態度、数学を含むキャリア、数学で阻害されている集団の参加、数学の関心の向上、数学的な考え方
数学の内容:
(省略)

 中学校2年の数学教科書の文章の性格の分類を7か国についてまとめると、表2の通りである。

表2 中学校2年の数学教科書の文章の分類(Figure 3.1より作成)

国名 物語的 物語に関連 グラフに関連 練習・問題 活動 実例
フランス 10% 6% 17% 48% 1% 9%
日本 20% 1% 22% 48% 2% 8%
オランダ 16% 5% 8% 63% 0% 4%
ノルウェー 15% 11% 10% 57% 0% 4%
スペイン 19% 17% 5% 23% 0% 30%
スイス 9% 2% 5% 74% 3% 6%
アメリカ 12% 2% 8% 65% 2% 10%

 日本に関することは主として次のようである。表2から分かるように、日本の教科書は、物語やグラフに関しては多い方であるが、練習・問題がやや少ないようである。(Figure 3.1)
 教育目標については、日本は、単純な知識や計算問題を除けば、一つの文章に複数の教育目標が含まれていたために、あまり単純明快な特徴が見出せなかった。(Figure 8.4)
 関心・意欲・態度については、日本は、小中学校とも、キャリア(職業意識:数学でのキャリアを促進する)に関することがまったくなかった。ただし、中学校でこれに関してあった国は、オーストリア、カナダ、中国、ルーマニア、スイス、タイだけであった。(Figure 8.8, 8.9)
 数学の内容については、日本の中学校の教科書は、代数の内容が中国に次いで2番目に多い。(Figure 7.3)

3.まとめ

 日本の算数・数学教科書は、国際比較からすると、頁数は少ないが、教師や生徒が使いやすいように構造化されているという特徴がある。そこでは、各章は細切れではなく大単元であり、1時間に1つの中心的な内容を深くすることが長所として指摘されている。他方、数学と社会の関係の記述や多様な生徒への対応があまり見られないなどの課題も見られる。
 また、教科書を作る上では、OECDの生徒の学習到達度調査(PISA)や国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)で明らかにされている日本の生徒の意識の問題点を考慮する必要があろう。すなわち、日本の生徒は、学習目的の意識、数学と生活や他教科が関係しているという意識、数学は将来の職業で役立つという意識などが国際的に低いということも考慮する必要があろう。
 そこで、これまで述べてきたような教科書や児童・生徒の国際比較や国内調査等の結果を参考にしつつ、今後の日本の算数・数学教育の目標に照らして考えると、算数・数学の教科書の分量を増やす際には、次のような点に考慮する必要があると思われる。

(1)算数・数学の学習目的、数学の意義、算数・数学と社会とのつながり、数学の職業での扱いなど、関心・意欲・態度などに関わることを、扱えるようにする。
(2)学習が進んでいる児童・生徒や遅れがちな児童・生徒への配慮をする。前者に対しては、発展的な内容・話題や問題を扱うことによって、後者に対しては、前学年の事項や復習問題、構造が簡単な問題、既習内容の解説を多く扱うことによって対応できると思われる。
(3)算数・数学が実世界で有用であることを実感するとともに、実世界での問題解決能力を高めるために、実世界の問題や話題を取り入れる。なお、このためには、ICT(電卓やコンピュータ)を積極的に取り入れる必要もある。

 なお、直接、教科書に関わることではないが、教科書の解説書(教師用指導書)を各教師が手元において置けるようにすることが大切である。教科書を使いこなすためには教師用指導書を適時参照しながら、教科書の意図や教科書の行間を考えることが求められている。すべての教師が担当の教科の解説書を持てるようにすることが必要であろう。

参考

  • 小学校算数教科書研究会(代表者 藤村和男)(2006)『新しい時代に即した児童の学ぶ意欲や考える力などを一層高めるための小学校算数教科書の研究開発』教科書研究センター.
  • 中学校数学教科書研究会(代表者 藤村和男)(2007)『新しい時代に即した生徒の学ぶ意欲や考える力などを一層高めるための中学校数学教科書の研究開発』教科書研究センター.

付帯資料

1.日本の算数・数学教育の国際的なレベル-算数・数学のカリキュラムの国際比較-

 よく知られている算数・数学の内容の導入学年をまとめると、表1の通りである。

表1 算数・数学の内容の導入学年

  日本(現行) 日本(新) 中国 イングランド 韓国 アメリカ
1.掛け算九九 小2 小2 小2 L4 小2 3~5
2.分数 小4 小3 小3 L4 小3 3~5
3.二次方程式の解の公式 高1 中3 GCE-A 中3 9~12
4.三平方の定理 中3 中3 L7 中3 6~8
5.三角関数(三角比) 高1 - GCE-A 高1 9~12
6.微積分 高2 - GCE-A 高2 9~12

参考文献

  • 国立教育政策研究所編(2005)『算数・数学教育の国際比較 国際数学・理科教育動向調査の2003年調査』ぎょうせい.pp.133~153.
  • 国立教育政策研究所算数・数学に関する調査研究グループ(2005)『PISA2003年調査・TIMSS2003年調査 算数・数学に関する評価・分析レポート』国立教育政策研究所.
  • 長崎栄三ほか(2002)『算数・数学のカリキュラムの改善に関する研究-アメリカ・イギリス・ドイツ・フランスの全国的・全州的な教育課程-』国立教育政策研究所.
  • 瀬沼花子ほか(2005)『算数・数学のカリキュラムの改善に関する研究-諸外国の動向(2)』国立教育政策研究所.http://www.nier.go.jp/kiso/seika2/sansuu.pdf(PDFファイル)(※国立教育政策研究所ホームページへリンク)

 参考までに、1990年代にイギリスのカリキュラム改訂のためにイギリスで作成された報告書における算数・数学の内容の導入年齢の国際比較の表を挙げる。この欄の日本の年齢は、今度の新学習指導要領に近い。

  • Geoffrey Howson(1991) National Curricula in Mathematics. The Mathematical Association.

表2 算数・数学の内容の導入年令

 
ベルギー(フラマン語圏) フランス ドイツ(バーデン・ビルテンブルグ州) イタリア 日本 イングランド
ハウプトシューレ ギムナジウム
内容 算数 小数 9 9~11 11 11 8~11 8 L3
負の数 8 11~12 12 12 11~14 12 L3
負の数の計算 12 12~13 12 12 11~14 12 L5
分数 7 9~11 11 11 8~11 8 L4
分数の計算 8 11~12 11 11 11~14 8 L8
百分率 9 11~12 12 12 11~14 10 L4
比例 13 9~11 12 12 11~14 11 L5
素数 8   11 11 8~11 14 L5
平方根 12 14~15 14 14 11~14 14 L5
最大公約数 8   11 11 11~14 10 L7
科学的表記法 13 13~14 14 15   13 L8
代数 集合の表記法 12   11 11 8~11 15 -
文字の使用 12~13 11~12   12 11~14 10 L5
一次方程式 12 12~13 12 12 11~14 12 L6
二次式 15 14~15 - 14 14~16 14 L6
直線グラフ 14 14~15   13 14~16 13 L7
等式の変形       15 11~14 13 L8
因数分解 13 14~15   14   14 L10
幾何 対称 8 7~9   6 8~11 11 L3
合同 9   12 13 11~14 10 L5
立体の平面での表現 16 7~9 13     9 L6
三平方の定理 14 13~14 14 14 11~14 14 L7
面積公式 10 9~11 13 14 11~14 10 L8
体積公式 11 14~15 14 14   11 L8
直角三角形の三角比 14 14~15 - 15 14~16 15 L8
長さ・面積・体積の相似比   14~15     11~14 14 L9
三角形の合同条件 13     13   12 L9
ベクトル 9 14~15       16 L8
確率・統計 平均 10 14~15 14   8~11 10 L4
簡単な確率 11 14~15   10 11~14 14 L4
円グラフ   11~12 12   11~14 10 L5
独立事象   17~18   17~19 14~16 15 L8
新テク 流れ図         8~11 16 L7
電卓 14 11 14   8~11 10 L3
コンピュータ 15~16 11     14~16 12 L4

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