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 §4 今後の研究開発推進にあたっての視点・提言 


  地球科学技術は、地球環境問題に対する人類の関心の高まりに示されているように、21世紀においても一層その重要性が高まり、その推進を積極的に図る必要がある。基本計画は、この地球科学技術に関する研究開発を推進するにあたっての基本的な考え方を述べたものであり、今日においても多くの点でその考え方は継続されるべきものと考えられる。  

  しかしながら、地球環境問題が喫緊の課題として社会に強く認識されるようになったこと、科学技術そのものが社会的・経済的ニーズに対応した研究開発等の強力な推進と基礎研究の積極的な振興等を指向するようになっていること、地球環境問題という制約の中で人間活動と自然との共生をどのように図るのかといった将来の望ましい社会像を検討しつつ対応することが求められていること、国民各層との連携・協力を図る必要があること、及び地球科学技術のこれまでの進展等を踏まえると、地球科学技術をより効果的に進めていくにあたって、以下に示すような留意すべき点が見受けられる。  

  なお、地球科学技術を推進するに際して留意すべき点は地球科学技術全般を対象とした指摘である。しかしながら、我が国としての温室効果ガスの総排出量を「2000年から2012年の第1約束期間に1990年レベルから6%削減する」ことが合意されており、温室効果ガスの総排出量削減に対する取組みは社会的に重要な課題となっていることから、地球温暖化問題への取組みについては、地球科学技術全般を対象とした指摘と一部重複する点もあるものの節をおこして指摘する。  

 (1)地球科学技術に関する研究開発への取組み方の基本的考え方について 

1)統合的視点からの研究開発 


  基本計画においては、地球に関する科学技術が各分野ごとに個別的に発展してきたという側面があることから、関連する科学技術を統合的視点で捉えた研究開発を推進する必要性を指摘している。  

  地球科学技術は、基礎的研究、応用的研究にかかわらず、多くの科学技術分野の連携等の重要性がますます認識されてきており、各分野に蓄積された成果を統合化(シンセシス)する方向に向かってきている。しかしながら、未だに気圏、水圏、地圏、生物圏及び人間活動圏という各圏域の統合化は十分な成果を生み出すまでに至っておらず、今後とも統合的な視点を持って研究開発を進めることが重要である。  

  統合化に際しては、今後、我が国としての戦略的な目標を明確にした上で、その目標の達成を目指して広範な科学技術分野を統合化することが重要となっている。例えば、地球科学技術の研究成果は気候変動枠組条約等の国際条約に基づく政府間交渉の重要な科学的基礎として扱われてきている。政府間交渉において重要とされている事項に関連する課題を目標として掲げ、これを解決するための研究を統合化していくといった手法をとることが望まれる。また、戦略を達成するための手法としては、広汎な研究の展開に対応しうる良質な観測を長期的、安定的に継続し、データ等を着実に蓄積するとともに、観測データや研究成果等を共有し、他の目的に広く活用すること(マルチプルユース)が必要である。これにより、例えば、気象や海象について観測を行っている現業部門と地球科学技術に関する研究部門が行った研究成果を政府全体として共通的に利用して、関係省庁が水資源管理や洪水災害等の自然災害対策等を検討する際の基礎資料とすることが可能になると考えられる。  

 2)巨視的な観点と長期的な展望に基づく研究開発 

  基本計画においては、科学的知見が十分でない段階であっても、その時点での知見に基づき対策を講ずべき場合もあるし、その対策に長期間を要する場合があることから、常に地球全体に目を向けた巨視的な観点と、長期的な展望に基づいた研究開発を行うことの必要性を指摘している。  

  巨視的な視点で行われてきた温室効果ガスの増加による地球規模の気候変化の長期的な予測は、空間的な解析精度が向上するに従い、気温変化の状況が地理的に大きく偏在することを明らかにしている。全球的な予測が明らかになるに従い、地球変動への対応のために結局は地域それぞれの対応が必要であることや、全球的な予測のためには全域にわたる情報が必要となってくる。これからは地域の情報の重要性が増してくる方向にあり、同時に全球的視点と地域的視点との統合化が必要となる。  

  また、長期的、巨視的な研究開発や政策策定に向けた統合化のためには、個別事象の予測モデルの強化や、各圏域のモデルの統合化とともに、科学技術分野を横断する統合予測モデルの開発強化が必要とされる。  

  さらに、産業界による取組みは地球環境問題の解決に向け今後ますます大きな役割を果たすことから、産業界の取組みを支援し、地球環境問題に資する産業の創出あるいは活性化を図るよう取組むことが必要である。その際、産学官の密接な連携、技術移転の促進に配慮することが重要である。  

 3)科学的探究と技術開発の融合 

  基本計画においては、科学的探究と技術開発を密接不可分の関係として捉えられる必要性を指摘している。 

  地球環境観測については、各種の人工衛星の打上げにより、宇宙からの全球的な観測が実施され、大型の海洋観測船の配備や大型の海洋観測ブイが展開される等の技術開発の進展とともに、これらにより得られた観測データの利用が科学的探究の手段として活躍している。現在も全球を空間的分解能10kmメッシュで地球変動予測を行うための超高速並列計算機システムの研究開発や、地球深部を海洋底から掘削して地球の歴史を復元しようとする地球深部探査船の建造が進められており、今後の科学的研究に対する大きな貢献が期待される。  

  一方、現状の大型研究設備については、関連するソフトウェアやシステム利用を充実することにより、さらに有意義な成果を抽出することが期待され、これにより設備がより有効に利用されると考えられる。特に、地球観測データについては、データ量が膨大であることからその解析に多くの時間と労力を必要としている現状にあるが、データを利用しようとするニーズは広がってきており、このニーズに応えるべく地球観測データを有効に流通させることが重要である。  

 4)自然を積極的に活用する研究開発 

  基本計画においては、自然環境を保全・改善する技術の開発とともに、自然との調和を図りつつ自然を積極的に活用する研究開発の必要性を指摘している。 

  自然環境を保全・改善することについては、資源劣化の問題を意識し、特に、水、食糧、土壌の資源管理という観点からの取組みが重要となるものと考えられる。 

  自然を積極的に活用することについては、生態系に関する知見とともに自然と共生するとの観点で取組むことが重要となるものと考えられる。その際には、生態系との調和の中で時間をかけて育まれてきた伝統的な自然とつきあう知恵に学ぶ、といった視点での研究が有益である。また、地域の問題に取組むために、地域の自然をより深く理解しワイズ・ユースの基礎情報にするといったことも有益である。その他、極限の環境に棲んでいる生物から学ぶような視点も必要と考えられる。  

 5)人文・社会科学の側面からの検討の重視 

  基本計画においては、社会・経済活動や人口推移を含めた人間活動のあり方についても検討する必要性を指摘している。 

  しかしながら、地球科学技術に取組むにあたり、人文・社会科学の側面からの検討は現状では十分に行われていない。自然科学的な探究で現象を把握し、技術的な対処方法を検討するだけでは、真の人類福祉と人類生存にとって常に望ましいとは言えないことが明らかになってきており、人間活動に関する研究と自然科学を結びつけることや、人間の倫理的側面、国際政治的な側面からの政策的、戦略的な検討は今後一層重要となっていくものと考えられる。  

  このような視点に立ち、自然科学分野の統合化のみならず、人文科学、社会科学を含めた幅広い学問分野をより一層、総合化、統合化し、研究体制の整備をはじめ研究開発を推進することが重要である。その際、地域の文化、国民の生活や習慣等の社会経済的側面を考慮した研究開発や、地球環境問題という制約を踏まえた科学技術の在り方に関する新たな評価手法を確立することが重要である。また、地球環境問題は、不確実性の下での意思決定の手法を応用的に展開するという実践的な事例となるものと考えられる。  

 6)国際的活動の重視 

  基本計画においては、地球に関する科学的知見の取得にあたっては、一国で対応できないものが非常に多く、また、研究開発の実施にあたって高度な科学技術水準を要するものが多いため、各国の協力の下に実施する必要性を指摘している。  

  我が国は、国際的な地球環境問題への関心の高まりの中で、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)やIGBP(地球圏−生物圏国際協同研究計画)等に積極的に参画するとともに、WCRP(気候変動国際協同研究計画)のもとで新たに開始されたCLIVAR(気候変動予測可能性研究計画)、GEWEX(全球エネルギー・水循環実験計画)等の多くの国際プログラムに対しても積極的に参画してきている。また、APN(アジア太平洋地球変動研究ネットワーク)等では、その活動の中心となってリードしてきた。   今後とも、我が国一国で対応できないものが非常に多いとの認識のもと、各国の協力の下に研究開発を進めることは重要である。 

 (2)研究開発の推進方策について 

1)重要研究開発課題に対する取組み 


  基本計画においては、地球科学技術の研究開発は、国が中心となって産学官の特色を踏まえた適切な連携を図りつつ必要な研究開発を積極的に推進する、その際、それぞれの研究開発にあたっては、時間的要因を十分考慮して、目標を明らかにしつつ行うことを指摘している。  

  時間的要因や目標については、地球科学技術の自然の探究という側面と社会的なニーズへの対応という側面を考えることが重要である。 

  自然の探究については、これまで着実に行ってきた観測や研究から、研究開始当初には思いもよらなかったような新事実が発見されるという側面がある。継続的な大気環境の観測はその一例であり、例えば、我が国の南極観測隊により継続的に行われてきたオゾン層の観測結果がオゾン層の減少を捉えていたことが、後に観測結果を見直して解析することによって明らかになった。また、自然の探究はその性格上、個々の研究において一定の成果を得られるものの、その究極的な目標は遥か彼方にある。このような自然の探究の側面を強く持つ基礎的な研究については、短期的に政策に結びつかないとしても、研究者の発意を尊重しボトムアップで今後とも継続的に着実に進めることが必要である。  

  一方、社会的なニーズへの対応については、社会的ニーズそのものが優先順位及び具体的な目標と時間的な長さの概念を有しており、研究開発もまたこれに応えなければ十分な対応とは言えない。例えば、緊急に要求される地球温暖化のための対策技術の確立や、地球変動の観測であっても政策立案から要請される観測はこのような側面が強い。このような社会的なニーズに対応した研究開発は、ひとつのプロジェクトが大型化、複合化してきており、トップダウンで進めていくことが適切である。しかしながら、総体としての地球科学技術は、地域的にも、分野的にも、組織的にも分散された研究者グループが、緩やかなネットワークで共同して研究作業を進めてはじめて効果があがるものである。全体の目標を明確にし方向を示す機能は必要であるが、それぞれの分野や地域の特性を踏まえて行われる研究活動の成果が相互に共有され、活用される「自立分散ネットワーク型」の研究活動の推進が、本分野の研究開発の基盤を強固にし、大きく飛躍するために重要であることに留意しなければならない。  

  一つの研究開発課題を見た場合、自然の探究と社会的ニーズへの対応という側面の両面を併せ持っている。従って、どちらの側面が強い研究開発課題であるかを見極めることは重要である。例えば、社会的なニーズへ対応する研究といっても、結局は基礎的な研究を行わなければならない場合もある。また、自然の探究のためとはいっても、長期的に広範囲に精度を上げていくということでは、人的、資金的資源配分の観点から研究が十分に行われることは期待できない。そのため、どのように研究開発を進めていくかという基本構想をしっかりとすることが重要である。  

  地球科学技術は多くの行政目的に関連することから、関係省庁がそれぞれ指針等を定め計画的に研究開発を進めているが、その指針等を定める際には、各々の行政目的に照らした的確な役割分担の下、これらの諸点を踏まえ、個々の研究開発課題の内容に応じて、目標及び短期的、中期的、長期的なスケジュールを明確にし、互いの連携・協力の下、その実施を効果的に進める必要がある。このような戦略的な取組みを強化することにより、地球科学技術の分野でどの部分を我が国が世界をリードする部分とするかを明確にすることが可能となる。  

  なお、これまで実施されてきた研究開発課題の中には、課題目標とその実施内容との間には大きな乖離がある例が見受けられる。このような場合、当該研究開発課題中の個別のテーマ毎にはそれぞれの目的に沿って研究を実施しているが、最終的な研究開発課題全体の目標から見たら、必ずしも適切に行われていないことになる。研究開発課題を設定するに際しては、適正な評価を行う観点からも、研究内容を明確にし、課題名及び課題目標を適切なものとするよう努めるべきである。  

 2)地球科学技術の長期的・総合的な推進 

  基本計画においては、地球科学技術は、関連する分野が多岐にわたっており、全般的に調和のとれた総合的な取組みの下、学際的・横断的な研究開発を積極的に推進する必要があり、関係省庁、関係研究機関等の活動を長期的・総合的に推進していくための仕組みの確立を図ることを指摘している。  

  地球科学技術は、関係省庁においてはそれぞれの行政目的のもと推進されている。しかしながら、それぞれの行政目的が要求する目標やタイムスケジュールの違い等から、地球科学技術の進捗全体を見た場合にアンバランスなものとなる懸念がある。例えば、地球全体の知見を得ようとする場合、空間的、学問分野的、科学技術分野的に幅広い研究開発が必要となる。産学官それぞれの研究開発能力を活用し、研究開発の成果を共有することにより効率的な研究開発を進める、あるいは、政策的に必要なものに集中的に取組むといったことが必要である。また、政府全体として戦略をもって進める必要があり、関係省庁においては連携、協力を強化することが重要である。その際、関係省庁及びそれぞれの研究機関の役割、能力等を活かした研究開発を行うことが重要であり、これにより同時に研究所の志気が高まり成果が上がることも期待される。  

  また、地球科学技術は、温室効果ガスの総排出量削減等といった社会的な要請に対して、調和のとれた総合的な取組みが必要であり、例えば、温室効果ガスのモニタリング等に要求される観測データの精度等にも的確に応えなければならない。  

 3)人材の育成・確保 

  基本計画においては、地球科学技術に関する教育の充実に配慮するとともに、地球科学技術の普及・開発に努め、研究者・技術者を育成・確保する土壌の醸成を図る旨指摘している。  

  21世紀における地球科学技術分野の研究は、学問的深化とともに統合化が進み、個々のプロジェクトは、大規模化、学際化、国際化が一層必要となるものと考えられる。これに伴い、人材の育成・確保は教育カリキュラム、若手研究者の育成方法等を含め、長期的視点を持って一層の努力が必要である。  

  地球科学技術の分野は多種多様な分野と関連しているが、この分野の研究をさらに進展させるためには、特に生物分野等重要分野の研究者の参画、異分野間の研究交流をこれまで以上に積極的に行い、研究者間の広範なネットワークを構築することが必要である。  

  現在、地球科学技術推進機構においては、研究者の積極的なイニシアチブにより地球科学技術フォーラムが運営されており、我が国の産官学の研究者約600人が幅広い情報交換や将来構想の討議を行っているが、このようなネットワークの拡充が期待される。また、省庁横断的な予算のもとで、この10年間に我が国で分野横断的な研究ネットワークができつつあることは評価される。  

  途上国等の海外のフィールドにおいて観測や調査研究が実施されているが、こうした広大なフィールドにおいて我が国の研究者が長期間にわたり継続的に観測、調査研究を行うことは困難な状況にある。このため、途上国の人材を教育、訓練し、この人材を活用して途上国において効率的な研究活動を行うといった取組みが必要である。  

  さらに、研究を計画的・継続的にコーディネートする機能がこれまで以上に重要になると考えられる。ここでいうコーディネート機能は、自然科学から人文科学、社会科学までの幅広い学問分野における見識を有し、地球科学技術に関する周辺環境や要請を踏まえて、研究開発全体を構想し、分野毎の研究企画を構築し、個別の研究課題をリードする、プロジェクトを管理する、政策立案者と研究者との調整を行うなど、ネットワーク型研究をリードする高度な専門的能力に基づく機能である。研究者が研究コーディネートに携わる場合、研究コーディネート業務を研究者の成果として十分に評価することが望まれる。さらに、こうしたコーディネート機能については、専門的職業として育成することが必要であり制度等の整備が望まれる。  

  人材の育成・確保の方法として、研究者の流動性を高めることによって、国際的連携も含めた幅広い分野の人材の活用あるいは研究機関の能力の向上が図られている。しかしながら、この人材流動化の促進に関しては、地球科学技術分野に固有とは言えない幾つかの問題点が見受けられる。例えば、研究者の流動性確保は研究者の受け入れ側のみの制度整備では不十分であり、現在研究者が所属している研究機関における休職出向、兼業等の制度の整備が必要である。この他、年金制度、個人信用制度等の社会的制度の問題もある。これらの諸点については、科学技術一般に係わる問題として留意することが重要である。  

 4)研究開発資金の確保 

  基本計画においては、研究費はもちろんのこと、観測、情報システムの構築、海外との人的交流、国際活動、施設・設備の整備等のための経費について、今後とも我が国にふさわしい研究開発資金の確保に努める旨指摘している。  

  地球科学技術に関する研究資金は着実に増加しており、人工衛星による地球観測、大型海洋観測船、スーパーコンピュータの各研究機関への導入等、大型の研究設備が整いつつある。一方、研究者の確保に必要な経費、研究費、旅費、研究マネージメントに必要な経費等といった基礎的な研究資金は十分に確保されているとは言い難い。研究設備に対する集中的投資と調査研究に必要な基礎的投資のバランスを念頭において研究資金を確保すべきである。  

  また、地球科学技術が「自立分散ネットワーク型」の研究であるとの特徴から、観測フィールドでの滞在調査や途上国との国際共同研究が多く必要となること、航空機、船舶等のチャーターといった手段が有効であること、ネットワーク構築やデータベースの整備が重要であることが指摘されるが、これらに対応できる柔軟な予算措置が望まれる。予算、研究者数などの研究資源は有限であり、これらをどのような研究あるいは研究機関に集中的に投資するのか、また、如何に有効に活用するのか、が非常に重要である。  

 5)積極的な国際活動の推進 

  基本計画においては、我が国が、アジア・西太平洋地域あるいは、従来取組みが十分でなかった北極及び赤道域での研究の推進、国際的な共同研究を通じた研究交流・研究協力の推進、開発途上国との交流・協力の推進について指摘している。  

  我が国の国際協力については、全球的な取組みとして世界各国との協力の下、具体的な研究課題に関する研究協力については、米国、アジア諸国を中心に研究活動が行われてきた。また、世界の研究者も、アジア、西太平洋地域の研究は日本がサポートすべきと考えている。こうした観点から、我が国がAPN(アジア太平洋地球変動研究ネットワーク)等の取組みをリードし、本地域における国際的な共同研究に対する支援を一層積極的に進めるとともに、今後とも、アジア・西太平洋で観測研究を実施することを有意義なものとするため、他の場所は他の国がカバーするような国際的に連携したプログラムを策定し、データの空白域ということだけではなく、科学的な意味を十分考慮して研究を実施すべきである。  

  外国と共同で研究を行うに際しては、日本と相手国の間にある研究に関する制度、慣習等の違いが問題となることがある。国際的な制度、慣習の違いを克服していくことは、我が国の国際協力の内容を充実させるために貴重な経験となる。  

  一方、地球科学技術分野は、国際協力、外交的な側面がクローズアップされてきていることを念頭におき、日本としての戦略的な取組みが重要となってきている。国際協力という観点からは、相手国の国情を踏まえ、途上国と先進国とは違う配慮が必要である。例えば観測については、国際的に組織的観測の強化が求められているという一般論として捉えるのではなく、我が国にとっての観測データの重要性を念頭において戦略的に捉える、あるいは相手国の地球科学技術に関する全般的な潜在的重要性を戦略的に捉えるべきである。また、途上国との研究協力においては、例えば、国際的に情報交換が進められている気候データ等であっても国防上重要なデータであるとして、相手国よりデータの公開の制限を求められ、その成果を一部国際的に発表できないといった事例も見られる。相手国に対し国際的なルール、慣習等や我が国の考えに対する理解を求めることが重要である。さらに、我が国が戦略的にプロジェクトを推進するに際しては、我が国のそれぞれの研究機関が個別に国際協力関係を構築するのみならず、我が国の関連プロジェクトを一つのものとしてとりまとめて国際協力関係を構築するとともに、相手国にも適切な対応を求めることも重要である。  

  我が国は、これまでも二国間及び多国間の国際協力を通じ研究者のネットワークを構築してきているが、今後ともこのようなネットワークの充実に努めることが重要である。研究協力あるいは技術支援といった方法を活用し、相手国の国情を理解しつつ、また我が国の立場について理解を求めながら取組むことが望まれる。  

  地球環境問題が我が国に及ぼす経済面、安全保障面の影響を考慮すると、途上国の研究や知識啓発を進めることは、我が国にとって非常に重要である。この観点から、アジアを中心に研究能力構築に資するためのODAの活用拡大も検討が必要である。  

 6)研究開発基盤の強化 

  基本計画においては、地球科学技術の研究開発を推進する基盤として、試料採取を含む地球観測の強化と情報システムの構築を図る旨指摘している。 

  地球観測については着実に対応がなされてきているものの、今後は国際的な研究協力の下、我が国の戦略的な取組みを明確にしつつ対応を行うことが重要である。 

  一方、情報システムに関し、データセット数、データベース数は米国の10分の1以下であり、観測設備が着実に整備されてきている状況と整合性がとれているとは言い難い。地球科学技術の成果は、地球科学術の幅広い分野において共通的な財産として活用されることによってより多くの成果を相乗的に生み出すことが期待されるとともに、政策決定者を含め地球科学技術以外の多くの分野においても活用が期待されている状況を認識し、情報システムの構築についてのより一層の努力が望まれる。  

  このため、そのデータの所在を明らかにするとともに使いやすい形で保存し、迅速に公開することが必要である。関係省庁等が保有する既存のデータベースの整備を今後とも着実に促進することが望まれるとともに、特にデータ量の多いリモートセンシングデータについては、公開できる形へのデータの処理を迅速に行える体制の整備が望まれる。また、その他の研究機関や大学においても、データを当該研究機関あるいは研究者に留めるのではなく、品質管理を行った上で電子媒体化し、独自に公開するあるいは公開を行っている機関のデータベースに登録する仕組みを構築することが必要である。  

  なお、データ解析を行う技術者が不足しており、技術者の確保に努める必要がある。 

 7)地球科学技術の推進に向けた普及・啓発活動の充実 

  基本計画においては、生活様式や社会経済活動への配慮が必要であるため、地球科学技術に対する広範な関心を喚起し、その推進について理解を得ることが重要である旨指摘している。  

  地球環境問題は、生活様式や社会経済活動との関係が密接なものとなってきている。また、科学技術の推進自体が地球環境問題の大きな要因となっているとする、科学技術のあまりに急速な進展に対する不安感も見受けられる。科学技術と国民の遊離を埋めていくため、国民の参加を広く求めていくことが必要であり、国民の生活・行動の質的向上に向けた地球科学技術の普及・啓発活動の充実が重要となっている。  

  こうした観点から、地球科学技術においては、例えば、青少年に対して身近な自然現象の調査研究等への参加を促進することや、非政府組織や地域コミュニティによる地球環境の保全・改善に関する取組みへの支援など、国民参加型の施策が重要である。このような活動は、同時に、自然科学的な側面の強かった地球科学技術に対して異なる文化を融合する役割をも果たすことが期待される。  

  また、地球環境問題に取組むにあたっては、国民が理解しやすいあるいは使いやすい科学技術の開発が必要であると同時に、教育、訓練等を通じ、国民の意識や科学技術を活用する能力の向上にも配慮が必要である。教育の観点からは、地域の博物館や学校の果たす役割が大きくなるものと考えられる。  

 (3)地球温暖化問題への取組み 

  人間活動に伴う大気中の二酸化炭素の増加により、将来の地球温暖化が予測され、また、地球温暖化は、食糧問題、エネルギー問題、生物多様性問題など様々な地球環境問題に強く影響を与える普遍的な問題であり、人類が優先的に取組むべき課題として、世界に警告が発せられている。さらに、科学的な警告は、温室効果ガス排出抑制目標の設定という政策に結びつくとともに、温室効果ガス排出抑制のための対策技術の進展、さらには社会システムの変更や個人のライフスタイルの変更を目指した政策にむすびついてきた。具体的には、我が国として温室効果ガスの総排出量を「2008年から2012年の第1約束期間に1990年レベルから6%削減する」ことを内容とする京都議定書の採択に合意したことにより、達成すべき目標とスケジュールが明確にされ、これに対し全力を尽くさなければならない。  

  21世紀の我が国の社会経済動向を踏まえ、各分野の政策全体の整合性を図りつつ、温室効果ガスの排出削減が組み込まれた社会の構築を喫緊の課題として取組む必要がある。今後とも地球温暖化問題に対応した科学技術の成果は、政策や社会に与える影響が特に大きい。  

 1)地球温暖化に係わる現象解明・予測

1)−1)戦略的・組織的な観測 


  地球に関する科学的知見の増加に伴い、地球温暖化が人類の喫緊の課題として理解されるようになった。「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」において各国政府と科学者が共同で策定した報告書は、大気中の温室効果ガス濃度、その気候影響等に関する中位の予測によれば、現時点で、2100年には約2℃の平均気温の上昇、約50cmの海面水位の上昇などの影響を予測している。気候変動枠組条約の国際的な交渉では、このような科学的な知見が重要な役割を果たしている。また、現在も予測の不確実性の減少、土地利用変化及び森林による吸収源の問題等に対し、より一層の科学的な検討が期待されている。  

  今後もIPCC等の国際的な科学的検討の場に対して、より正確な情報を提供し、科学的な根拠を持った議論へと導くことが重要であり、戦略的・組織的に地球観測を進める必要がある。特に、地球変動予測に大きな影響を与える全球的な炭素(二酸化炭素)の吸収・排出の収支およびその変化をより正確に把握し、データベースとして整備することが喫緊の課題となっている。このように重点的に取組むべき観測課題に関し、長期的・継続的な取組みが必要である。  

  更に、最近の研究成果として、過去の長期間の地球の自然変動に関する調査研究は、現在の地球環境が極めて微妙な自然のバランスの下に成り立っており、過去には急激な環境変化が存在したことを示唆している。この急激な環境変化の可能性は大きなインパクトを社会や政策に与える可能性があり、変化の予兆を早期に捉えるような視点での観測も重要である。  

  これらの観測の実施に際しては、国際的協力のもと適切な役割分担を行い、古環境の復元を含め、地球の長期にわたる自然変動を理解するための長期的、継続的な観測・研究を行うとともに、地球観測衛星の活用や、これまで得られていない海洋の中層を含めた海洋変動の全体像に関する全球的な観測の実施が望まれる。  

 1)−2)予測手法の高度化 

  21世紀の人口増加及びこれに伴う食糧問題あるいは自然災害対策の観点を含め、降水量変化及び台風等の自然災害を引き起こす可能性のある温暖化の予測は、種々の対策を考える上で基礎となる重要な情報であり、今後重点的に取組む必要がある。  

  温暖化予測は、自然現象をモデル化しコンピュータによるシミュレーションにより実施されている。これまで、その精度は全球的には500km四方を一点として表示する程度のものであったものが、近年のコンピュータ能力の向上や、より複雑な自然現象の模式化の進展、大気海洋結合モデルの高分解能化等により、現在では100km程度のモデルでの検討が進められており、このような精度の向上は、日本列島上の地域的な違いを明らかにすることを可能としている。また、気候変動に伴う集中豪雨、台風等の現象の予測については、20kmメッシュの数値モデルの改良等により、適切な情報を提供することが可能となってきている。今後さらに全球的気候変動予測の高度化、地球温暖化等の地域気象への影響解明を進めることが必要である。現在、全地球の陸域について1kmメッシュの「地球地図」の整備が進められ、またローカルモデルでは1kmメッシュで気候変動予測モデルを計算処理できる「地球シミュレータ」等の開発が進んでおり、その活用が期待される。  

  他方、観測については、全種類のデータを全球1kmメッシュに合わせて同時に抜けがないように観測データを取得することは現実的ではない。このような観測の制約を乗り越える一つの手法として、代表的な地点における現場の観測値を得るとともに、得られた時間的、空間的に等密度でない観測データを解析して統一的なデータセットを構築するデータ同化手法が世界的に注目されており、この分野の研究を重点的に進めることが重要である。今後、各分野の研究が整合性を持って実施されることが望まれる。  

  自然現象のモデル化に関しては、国際的な科学的検討の場に対して、より正確な情報を提供し、科学的な根拠を持った議論へと導くために、モデルの不確実性を減少させることが指摘されており、最新の知見を速やかにモデルに反映させることが必要である。技術的には、モデルに組み入れるパラメータの精度を向上させるとともに、より高度なモデル化を進めるため、モデルに、より詳細な自然の素過程を組み入れることが望まれる。その際、モデルが全体的に精度が向上するよう調和を図ることに留意が必要である。  

  自然現象の予測手法の高度化が進むにつれ、単に自然変動を予測するだけではなく、自然変動と社会経済活動の予測モデルと組み合わせた研究が注目を集め始めている。このような研究によって、短期的には、人為的な温室効果ガスの削減量を予測モデルに組み入れて削減対策の効果をシミュレーションするといったことや、長期的には、気候や生態系などの自然条件と経済成長やエネルギー需給等の社会経済的条件を結合した予測モデルを構築して温暖化が人間生活に与える影響を総合的にシミュレーションすることが可能になることが考えられる。  

  現状では、このような予測モデルが実社会において十分に利用されている状況にはない。しかしながら、地球環境問題を考える場合には、科学的知見が十分でない段階であっても、その時点での知見に基づき対策を講ずべき場合があり、今後、政策提言能力を向上する観点から、このような研究に力を注ぐことが有益である。  

 2)温暖化対策技術 

  地球環境に関する社会的関心の高まりは、地球温暖化対策技術や環境対策技術の分野において民間における取組みを強く要求するようになっている。これに対し、民間企業も多くの努力をはらっており、今後大きな市場を生み出す可能性を秘めているものの、未だ成熟の途上にある。我が国が地球環境に優しい社会システムの構築に向け進むためには、このような民間の活動を積極的に支援していく必要がある。科学技術の観点からは、民間企業が行う技術開発に対するインセンティブの付与、民間企業が行う技術開発が新しい産業として興っていくための支援、市場の形成を目指した重点的な分野での研究開発、国の技術開発成果を迅速に産業化するための措置等において、国の積極的な役割が期待される。  

  温暖化対策技術は、温室効果ガスの発生源が多様であることから、ひとつの技術を確立することにより抜本的な対応が図られるものではなく、様々な技術により対策を積み上げていくといった取組みが必要な分野である。また、個々の技術あるいは統合化された技術体系が実際に社会で機能するためには、初期の段階から社会的受容性をも考慮に入れた研究開発が必要である。  

  原子力の研究開発・利用、温室効果ガス排出の少ないエネルギーへの転換・開発、エネルギーの有効利用技術、二酸化炭素の固定・回収技術の開発等、代替フロン等の新規代替物質の開発等、交通渋滞の緩和や二酸化炭素の排出が少ない自動車の開発など、取組むべき課題は多い。また、革新的な環境・エネルギー技術に結びつくような基礎的な研究開発を着実に進めることも重要である。  

  これらの研究開発を行うにあたっては、ライフサイクル・アセスメント(LCA)等による最終的なコストやエネルギー収支、あるいはリスク等についての評価手法を積極的に構築・活用し、また、国民の生活や習慣等の社会経済的側面を考慮した評価を行い、効率的に研究開発を進めることが重要である。  

  今後、自然変動と社会経済活動を組み合わせた温暖化予測モデルにより将来に向けた具体的なシナリオが描けるようになれば、政策課題設定のための基礎情報が提供され、温暖化への適応技術を含めた、より効果的な対策技術の選択が可能になると期待される。



 §5 おわりに 


  基本計画策定後の10年間において、地球科学技術に関する研究開発は、幅広く行われようになり活発化してきている。地球環境の変化に関する知識や理解は増大し、また、研究者や政策決定に携わる者の間に社会との関わりに対する認識が深まってきている。基本計画は、「地球に関する総合的な理解を深め、その成果を活用して人類の繁栄に資する」としたその狙いに対し、着実に一定の役割を果たしてきている。  

  しかしながら、我々は地球を十分に理解するには至っておらず、地球科学技術は社会に対し今後の進むべき方向を指し示すとともに、多くの面での貢献が望まれている状況にある。特に、地球科学技術の貢献が期待される社会的な要請は幅広い行政目的にまたがり、また、その内容も短期的に対応できるものから長期的な研究開発が必要なものまで極めて多様である。それぞれの行政機関が、それぞれの行政目的に照らした的確な役割分担の下で、達成すべき具体的な目標を設定し、十分な連携・協力の下に、短期及び中長期的スケジュールを明確にして戦略的に地球科学技術に取組むことが必要である。さらに、国民生活においては環境に優しい合理的な行動を期待したい。  

  地球システムを十分に理解することなしに、地球環境問題を解決することはできない。これまでの10年間という期間は、地球環境問題を解決するには十分ではなく、今後とも地球科学技術を推進し、その成果を社会に還元することを通じて、我が国の社会・経済の発展基盤を構築していく必要がある。21世紀においては、これまでの10年間に進められてきた地球科学技術の基本的考え方及び進め方に、本報告書で指摘した今日的な視点等を盛り込み、多様に変化する社会環境に対応して、本分野の研究開発を飛躍的かつ効果的に進展させることが不可欠である。  

  したがって、当委員会としては、本報告書で指摘した点を反映して、現行の基本計画を改定することが適当であると考える。具体的な進め方については、今後の政策展開も見据えながら科学技術基本計画のフォローアップ作業が進められている状況等も考慮し、今後検討されることが必要と考える。  

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