戻る

 (別添) 

I. 総論 

  コンピュータやネットワークをはじめとする情報科学技術は、21世紀において、社会システムから、個人の生活、科学の在り方に至るまで大きな影響を及ぼす重要な分野である。特に、情報科学技術は、様々な分野の活動において共通的に必要とされる基盤的技術といった側面を有しており、こうした分野の活動を促進していく観点からも情報科学技術の研究の推進は極めて重要であり、我が国として戦略的に取り組んでいく必要がある。 
  この情報科学技術分野について、科学技術会議第25号答申(平成11年6月2日)においては、社会のニーズを明確に指向した情報科学技術の基礎・基盤の強化という観点から、情報科学技術への取組みの変革・強化を加速するための先導的な取組み(以下「先導プログラム」という。)の創設が提言されており、この先導プログラムの実施に当たっては、基礎・基盤の情報科学技術の中から重点的に取り組むべき研究領域(重点領域)を設定することが重要とされている。以下に、重点領域設定の考え方及び設定した重点領域について述べる。 


  1. 重点領域設定の考え方 

      重点領域の設定に当たっては、戦略としての方向性を明確にするため、情報科学技術に対する社会の要請を、いくつかのまとまりのある技術的な目標として捉え、その目標を目指す上での重要な技術項目と、その技術項目について達成すべき課題という3つの要素の組み合わせとして重点領域を設定することとした。 
      なお、重点領域の設定に当たっては、世界的に見て十分に先端的なレベルに到達することを狙いつつ、概ね10年以内に達成することを念頭に置いた課題を設定している。 


  2. 設定された重点領域 

      上述の考え方により3つの重点領域を設定した。その目標及び技術項目、並びに、その設定の主旨は以下のとおりである。 

    (1)安全で豊かなネットワーク社会の構築 

    【重点技術項目:フレキシブル・ネットワーク技術、モバイル・コンピューティング技術、セキュア・ネットワーク技術、ネットワーク・サービスプラットフォーム基盤技術、先導的ネットワークアプリケーション、ネットワーク社会の経済的・社会的影響に関する総合的研究】 

      インターネットの普及に象徴される今日のネットワーク社会においては、電子情報の流通とその活用による新産業の創出、人の創造的活動の拡大等による豊かな生活をもたらす社会基盤としての安心して利用できるネットワークという要請とともに、ネットワーク上における侵入者による犯罪の防止や安全なネットワーク社会の実現ということが強く要請されている。例えば、数十億の端末をサポート可能なフレキシブル・ネットワーク技術や、耐故障、自己修復、動作監視等に優れた高信頼性のセキュア・ネットワーク技術に、情報科学技術としてのブレークスルーを求める要請が大きい。かかる観点から、「安全で豊かなネットワーク社会の構築」を目標とする重点領域を設定することとする。 

    (2)人にやさしい情報システムの実現 

    【重点技術項目:バリアフリー情報システム技術、人間重視ヒューマンインタフェース技術、人にやさしいソフトウェア開発技術】 

      パーソナルコンピュータやインターネットの急速な普及等様々な情報システムが我々の日常生活に深く根ざしてくる社会においては、子供から高齢者、障害者に至るまで、あらゆる人にとって十分に使いやすい情報システムを実現することが社会の要請となっている。例えば、バリアフリーな情報システムを実現するための様々なデバイス技術や、多言語に拡張可能な日本語対話型コンピュータ技術、人の五感を巧みに活用するマルチモ−ダルインタフェース技術、ユーザがコンピュータを抵抗なく使いこなせるようなユビキタスコンピューティング技術等に対する社会の要請は大きく、将来における情報家電等への技術の波及も期待されている。かかる観点から「人にやさしい情報システムの実現」を目標とする重点領域を設定することとする。 

    (3)先端的計算によるフロンティアの開拓 

    【重点技術項目:統合シミュレーション技術、可視化技術、並列分散ソフトウェア技術、アーキテクチャ技術】 

      近年のコンピュータ技術の急速な発達の結果、従来、理論的なアプローチや、実験的なアプローチでは対応が困難であった複雑な諸問題の解決に当たって先端的な計算科学技術が有効な手法として注目されており、その手法を用いたフロンティアの開拓が様々な分野から要請されているところである。例えば、ものの製作に取りかかるまでの全ての作業をコンピュータ上で行うようなバーチャルエンジニアリングの手法は大規模設計の画期的な効率化、製造コストの削減に大きく資するものであり、また、生命科学分野、地球環境分野等21世紀の国民生活にとって重要な様々な分野で、先端的なシミュレーション手法やデータマインニング手法の確立が求められている。かかる観点から「先端的計算によるフロンティアの開拓」を目標とする重点領域を設定することとする。 


  3. 留意すべき事項 

      以上に加えて、重点領域における具体的な研究プロジェクトの実施に当たっては、以下の点に留意すべきである。 

     −  本文中では必ずしも明記してはいないものの、各研究においては関連するソフトウェア開発が極めて重要であること 
     −  重要技術項目としてとりあげてはいないものの、各種技術が真に社会に役立つものとなっていくためには、コンテンツやデータベースを整備していくことが極めて重要であること 
     −  有機的な産学官の連携により実施することにより、優れた成果を達成するとともに、産業競争力の強化にも資すること 
     −  研究プロジェクトの中で優れた人材を適切に育成すること 
     −  当該研究が社会に与える影響に関する検討等人文社会的な視点を盛り込むこと 
     −  情報科学技術は非常に変化の速い分野であることを踏まえ、技術目標については適宜見直していく必要があること 


 II. 各論 

  1. 安全で豊かなネットワーク社会の構築 

      コンピュータとネットワークを中心とする情報科学技術の発展と社会への浸透は、社会・経済・生活の全般に大きな変革を起こしつつある。例えば、電子商取引や電子マネー等の出現によって、流通や商取引に従来に無かった新しい形態を生み出し、生活スタイルに変化が生じつつあることは、その一つの現れである。また、近年の米国経済の好調ぶりは、情報産業はもとよりその他の産業の多くが情報通信技術を駆使して産業・事業構造を革新している点にあるといわれている。 
    このように通信ネットワークを介した電子的な情報の流通と活用は、新たな産業創出の可能性を秘めており、また既存の産業にあっても大幅な生産性の向上が期待され、競争力強化の鍵である。さらに、世界中で発せられる情報が瞬時に個人レベルでも活用可能となることによって、人の創造的活動が大きく広がり、豊かな生活をもたらすことが期待される。 
      こうしたコンピュータとネットワークの普及に伴って、だれでも、どこでも、手軽にしかも安価に情報を利用でき、だれとでも情報を交換できるネットワーク社会への早急な整備に対する要求が強いユーザ側の声になってきていることから、それを支える情報通信分野の技術の研究の一層の強化が求められている。 
      このようなネットワーク社会の構築のためには、まず、利用しやすく安全で安価な通信ネットワークを社会基盤として整備することが必要である。また、ネットワークを介して流通する情報は、音声や画像、データなど多種多様となり、それに伴って通信に対する要求も、大量情報の高速通信から少量情報の高頻度通信など様々となる。単に高速大容量なネットワークだけではなく、利用料金も含めて多様な要求に柔軟に応え得る通信ネットワークが求められる。 
      また、社会基盤として機能するためには安心して利用できるネットワークであることが要請される。機器の故障やヒューマンエラーに対して高い信頼性を有することは当然であるが、さらに自然災害や侵入者による意図的な攻撃に対しても十分安全で、特にユーザの情報が安全に保護される仕組みが一層重要である。 
      さらに、通信ネットワークは子供から高齢者までが自由に利用でき、教育や医療などの幅広い生活シーンに活用されるものである。だれもが簡単に利用できる情報機器の開発と同時に豊かな生活に貢献するアプリケーションの開拓に努力を傾注すべきである。 
      一方、繰り返し述べているように通信ネットワークは社会・経済・政治・文化など我々の生活に大きなインパクトを与えるものであり、情報科学・工学的立場からのみの検討だけではなく、並行して我々の生活に与える影響とそれへの対策について学際的・総合的な研究も重要である。 

      このような認識の下、「安全で豊かなネットワ−ク社会の構築」という目標を掲げながら、具体的には次のような技術項目に重点的に取り組むことが適当である。 

    (1)フレキシブル・ネットワーク技術 

      1998年における我が国のインターネットユーザは約1700万人であるが、これは今後急速に増加し、現在の電話並みの利用者数に達するのは遠くないと予想される。さらに、将来はセンサや種々の装置に埋め込まれたマイクロプロセッサ等のデバイスがネットワークに接続される可能性がある。このユーザ数とデバイス数、たとえば数十億台を接続できるネットワーク技術が今後必要である。 
      また、通信速度の点からは、ユーザ毎にギガビットオーダ、幹線部分ではペタビットオーダの通信速度が可能な光技術を駆使した超高速ネットワ−ク技術や、トラフィックの状態によらず一定の通信速度や通信品質が保証できるネットワーク管理方式を実現するための技術開発が重要である。このような柔軟なネットワ−ク技術によって、安価で利用し易いネットワ−ク基盤が整備され、多彩なアプリケ−ションが提供可能となる。 

    (2)モバイル・コンピューティング技術 

      いつでも、どこでも情報へのアクセスを可能とするために、モバイル環境での接続性・通信速度・通信品質を大きく向上させる技術の開発が重要である。また、無線周波数の開拓、高度利用技術、無線セル管理方式、衛星利用方式などの技術開発によって、車中速度で移動しながら100Mb/s程度の通信速度と高い通信品質の得られる通信方式の実現に取り組むことが重要である。これにより、移動しながら快適なインターネットアクセスが可能となるなど、いつでも、どこでも高度な情報通信環境が利用可能となり、例えば知的な物流・交通システムや在宅勤務など環境負荷を軽減する社会システムの開発や生活スタイルのシフトを加速することが期待される。 

    (3)セキュア・ネットワーク技術 

      通信ネットワ−クが高い信頼性で運用され、安心して利用できることは社会基盤としての基本的な条件である。ハ−ドウェア、ソフトウェア、ヒュ−マンエラ−や自然災害などによる障害に対して、ますます複雑、大規模になる通信ネットワ−クが高い信頼性を確保するための耐故障ソフトウェア構成技術、バックアップ技術、自己修復技術など高信頼性技術の一層の進展を図ることが重要である。 
    さらに個人情報の保護や意図的な破壊攻撃からの保護のために、より安全で効率の良い暗号方式、個人認証や著作権保護、プライバシー保護のための技術が重要である。計算機能力の急速な向上によって、暗号解読の危険性は常に高まっており、暗号方式の安全性に対しては不断の強化が必要である。 

    (4)ネットワーク・サービスプラットフォ−ム基盤技術 

      狭義の通信ネットワ−クは情報伝達の手段に過ぎない。これを如何に社会、生活に活かされたものとしていくかが重要な鍵になる。 
      この観点からの重要な取組みとして、人々の求める安心と安全を担保するために、コミュニケーションのためのツールとして急速に発展してきた情報通信技術にセンサー機能や制御機能を統合し、ライフラインや交通網を始めとする社会インフラをネットワーク化することによって災害に強い都市機能の確保のための基盤技術の開発を行うことがあげられる。このためには、情報通信技術にセンサー機能や制御機能を統合し、新しいネットワーク技術の活用による安心のできる社会の実現のための技術基盤の構築、センサーネットワーク技術、解析技術、自己修復技術などの技術開発が必要である。 
      また、通信ネットワークを介した情報が円滑に流通し、その中から価値が生み出されていくためには、膨大な情報の中から有効な情報を取り出し活用するための技術の開発が重要である。このためには、大量かつ多様な表現形式の情報を管理するデ−タベ−ス管理やデ−タ間連携などのマルチメディア情報管理技術、情報検索技術、情報要約技術、デ−タマイニング技術、多言語翻訳技術などへの取組みが重要であり、これにより、ユーザは所要の情報を的確に探索でき、要約・分類などの整理された利用し易い形で得ることができる。特に、我が国固有の日本語文書に関するこのような一連の技術についての一層の技術開発が望まれるところである。 

    (5)先導的ネットワークアプリケーション 

      ネットワークインフラを新産業の創出に結び付け、豊かな国民生活をもたらすには、先導的なアプリケ−ションや社会基盤となるアプリケ−ションの開拓が重要である。そのためには、経済、医療、教育、行政、交通、物流など幅広い分野での取組みが必要であり、特に技術先導的であり国民全体の利益につながるような基盤的システムの開発を促進する必要がある。具体例としては、専門医も患者も移動させることなく迅速かつ的確な診断を実現する遠隔医療システム、教育現場である教室と様々な行政施設、研究所、他の学校などとをネットワークでつなげることにより、社会とつながりをもった実践的な教育や、必要な時に自発的に学習できるよう環境を実現する遠隔教育システム、家庭や職場に居ながらにして行政情報を参照したり、各種申請などが電子的にできる電子行政システム、家電製品を知能(ロボット)化、ネットワーク化し家事などを大幅に省力化する情報家電システム、災害時の被害情報をリアルタイムで統合し最適な救助戦略立案を助ける危機管理情報システムなどについて、技術先導的な取組みが重要である。 
      また、センサ−や遠隔操作アクチュエ−タをネットワ−ク化し、高度な情報処理機能と統合することにより、リアルタイムな情報に基づいた高度な交通の誘導や信号制御が可能となり、はるかに効率の高く、環境負荷も少ない物流や交通のシステムを実現できる。 
      さらに、人類の文化遺産である絵画、音楽、文書、映画、テレビ番組などの古典芸術をディジタル保存し利用する社会システム等の可能性も視野に入れるべきである。 

      また、次の(6)は、上述の技術項目(1)〜(5)とはやや趣を異にするものであるが、その取組みの重要性を鑑み、あえて一つの項目として取り上げるものである。 

    (6)ネットワーク社会の経済的・社会的影響に関する総合的研究 

      ネットワークは、社会、経済、政治、文化など広い範囲にわたって大きなインパクトを与える。それは我々の生活に利益をもたらすものばかりではなく、負の影響を与える可能性も当然もっており、従来の制度では律しきれない新しい問題を引き起こすことも予想される。たとえば、ディジタルコンテンツの著作権の問題、電子商取引、ディジタルキャッシュやテレコミューティングなどが従来の市場構造や生産性、雇用に与える影響、その他ネットワーク社会における倫理問題など様々な問題が想定される。 
      このような点についてあらかじめ研究を行い、出来る限り技術面や制度面で対策を準備することが必要であり、経済的・社会的影響に関する総合的研究を行うことにより、安全で豊かなネットワ−ク社会実現のための環境を整備することが重要である。 


  2. 人にやさしい情報システムの実現 

      先にも記述したとおりインターネットのユーザは、我が国でも1700万人を越えるなど、我が国も情報化が急激に進展する兆しを示している。コンピュータが我々の日常生活に深く根ざしてくる社会においては、子供から高齢者、障害者に至るまで、あらゆる人にとって十分に使いやすい情報システムであることが社会的要請となっている。しかしながら、現在のパーソナルコンピュータやインターネットは、まだ特定の人のみが恩恵を受けている状況といえ、あらゆる人々が自由に使いこなせるまでには至っていないというのが現状である。 
      我が国の人口推移を見てみると、2004年をピークに人口が減少に転じ、2025年には、65歳以上の人口が全人口に占める割合が30%にまで達すると予測されている。 このような高齢化社会において経済活動の活力を維持していくためには、これまでの若い世代だけではなく、高齢者を含めたあらゆる人が、労働意欲のある限り仕事に従事できるような環境を提供することが必要である。 
      また、今後、行政の情報化、教育の情報化、医療の情報化、経済の情報化などが進むにつれて、情報システムのユーザの数が急速に増加することが予想されている。ユーザの数が増すと、おのずから高齢者や身体に不自由のある人、子供を含む一般の人々など、さまざまなユーザが使用することになってくるため、こうした多様なユーザが何の困難も感じずに自由に使いこなせるバリアフリーな情報システムが必要であるとの要請が次第に強くなってきている。これを実現するためには、システム側の機能を更に高めて人の情報処理に近付けることが必要になる。 
      システム側に人の情報処理に近付いた機能を持たせるためには、五感の特性を活かしつつ統合するなど五感を巧みに活用するシステム(マルチモーダルインタフェース)を目指した研究開発や、ユーザからはコンピュータを全く意識しないで使うことになるような技術(ユビキタスコンピューティング)の研究開発などを重点的に進めることが適当である。 
      5〜7年前のスーパーコンピュータの性能を最新のパーソナルコンピュータで達成できる現在、これまでのいわゆる計算のみだけでなく、人とのインタフェースにパーソナルコンピュータの処理能力を割くことが可能となってきている。システム側を人の情報処理に近付けるために、機能を高める努力とともに、高性能化が進むコンピュータの能力を効果的に引き出すためのプログラミング技術の開発が急務である。従来のプログラミング手法では複雑になりすぎる高度な機能の実現のためには、新たなプログラミング技術体系を目指した研究開発が必要である。 
      この分野の研究開発にあたっては、実証システムを構築することを介して、技術へのニーズを把握し、また開発すべき新しい課題の発掘に繋げる工夫がなされるべきである。併せてその中で、制度、社会、倫理など社会科学的な側面の検討を実施することが望まれる。 

      このような認識の下、「人にやさしい情報システムの実現」という目標を掲げながら、具体的には次のような技術項目に重点的に取り組むことが適当である。 

    (1)バリアフリー情報システム技術 

      誰もが快適な生活を送ることができる環境と、経済活動の活力を維持していくために若い世代だけではなく高齢者を含めたあらゆる人々が労働意欲のある限り仕事に従事できるような環境を提供することが必要になる。そのためには、あらゆる人々が利用できる情報システムによる経済活動・日常生活のサポートが不可欠であり、情報システムのバリアフリー化及びバリアを解消するための情報システムの開発が重要となる。このため、システムの設計に起因する使用上の困難さ(バリア)を限り無く小さくするための技術の研究開発を行うとともに、バリアフリー情報システムの設計指針を確立し、高齢者ユーザをはじめ多様なユーザへのサービス提供を可能とする情報システムの基盤技術を構築することが重要である。また、ユーザの個人差が利用上の障害にならないインタフェース、視覚や聴覚あるいは運動機能に障害がある場合にも円滑な利用を支援するようなインタフェース、多言語に拡張可能な日本語インタフェース、日本語による対話コンピュータ、情報の可視化等の開発、人の認知的行動特性の分析・モデル化技術等の基礎技術、ジェスチャーによるコミュニケーションシステムの開発、ならびに以上のようなバリアフリー技術に必要な入出力デバイスの開発等を行うことが重要である。これによって、情報技術のバリアフリー化を行い、従来の人がコンピュータに慣れる社会から、コンピュータが人に合わせる新情報社会への変革を図り、あらゆる人々の日常生活の向上、ならびに社会活動への参画の可能性の拡大を図ることが期待される。 

    (2)人間重視ヒューマンインタフェース技術 

      人とコンピュータとの間のギャップを埋め、人とコンピュータの真の対話を可能とするためには、人がコンピュータを理解するのはもちろんのこと、コンピュータが人を理解することが必要である。このため、情報システムとユーザとが交換することのできる情報の種類、量を増やすとともに、情報システムとユーザとのコミュニケーションの質と効率に取り組むことが重要であり、これにより、使いやすいヒューマンインタフェースを備えたアプリケーションプログラムの開発が可能となるものである。こうした技術は、情報システムが人の知的活動のツールとして人を効果的に支援する基盤を提供するものであり、機能個別モダリティ(視覚、聴覚、その他のセンサーなど)の高度化とその統合技術の開発を進めるとともに、人を「知る」、人を「理解する」、人と「対話する」ための一連の基盤技術開発を目標とすることが適当である。 また、膨大な情報を効率的に蓄積し、取り出すための装置やより使いやすい情報の表示装置、情報端末やウェアラブルコンピュータなどの研究も重要である。これにより人がコンピュータに合わせるのではなく、コンピュータが人に合わせるための技術が進み、人にやさしい情報システムの実現が可能となる。また、この分野については、娯楽機器や家電製品、個人携帯情報端末等、世界に先行している我が国の技術を活かし得るところであり、かかる観点からも、その研究開発を一層強化していくことが重要である。 

    (3)人にやさしいソフトウエア開発技術 

      人にやさしい情報システムを提供するには、システム側の機能を高め人の情報処理に近付ける努力が進められなければならない。そのためには、高性能化が進むコンピュータの能力を効果的に引き出す必要があり、それを可能にするソフトウエア技術が必要である。このため、パッケージ化したミドルウェア、複雑なソフトウェアシステムの設計からテストに至る方法論を確立するとともに、スクラッチからソフトウェアを作らず、既存のソフトウェアを進化発展させ適応させる機構の技術開発に取り組むことが重要である。これにより、従来のソフトウエア技術では困難であった大規模なソフトウェアを新しい問題に適用させることが可能になり、大規模ソフトウェアを含めたソフトウェア一般の開発期間短縮が期待される。また、ユーザが個別の目的に合わせて情報システムの機能を直接プログラムできる環境(エンドユーザプログラミング環境)を構築するための技術やエージェント技術の研究開発を推進することも重要である。こうした技術開発は、システム側の機能を高め、人の情報処理に近付ける可能性を高めるものである。 


  3. 先端的計算によるフロンティアの開拓 

      新たな物質材料・医薬品・生体分子等の検索・設計・創製、長期的・短期的な気象変動予測・異常気象対策、遺伝子解読、航空機・自動車産業・電機産業などにおける自動設計等の計算科学技術や、多量のデータから情報、仮説、知見、課題、法則性等を見つけ出すデータマイニングなども含め先端的計算(ハイエンド・コンピューティング)に係る技術の開発が、こうした各種分野で不可欠になっており、更なる技術開発が強く求められている状況にある。 
      ハイエンド・コンピューティングは、21世紀の豊かな国民生活にとってのフロンティアを拓くと同時に、これにより多くの新しい産業が創出され、製造業における製造コストの削減、設計サイクルの短縮、安全性の向上などとともに、金融・証券・流通・サービス等の分野における意思決定への支援などにより、産業競争力の強化の実現に資するという意味で産業界のフロンティアをも拓くものである。 
      このような先端的計算を実現するに当たっては、例えば、より高精度のシミュレーションを行うためには、モデルも線形から非線形、静的解析から動的解析、非粘性から乱流へと次第に複雑になっており、地震等災害時の対策などにおいてはリアルタイムであることが要求される。また、より大量なデータから複雑な因果関係やモデルを発見するためには、膨大なデータに対して多くの演算を施さなくてはならない。かかる観点から、高速大容量のコンピュータ技術が不可欠な状況にある。 
      また、先端的計算は膨大な計算能力を要求するが、これを実現するにはプロセッサレベルの高速化、複数のプロセッサやメモリを結合する相互結合網の高速化、これらを故障なく長時間稼働させる高信頼化技術、これらのハードウェアを調和的に機能させる並列分散ソフトウェアなどの開発が重要である。更に、対象とするシステムの複雑な動きをモデル化しコンピュータに乗せる統合シミュレーション技術、結果を目に見えるようにする可視化技術なども開発しなくてはならない。このような先端的ソフトウェアはわが国が遅れている分野の一つであり、戦略的に推進することが必要である。さらに、長期的な展望に立って、次世代のコンピュータの基礎技術を開発しておくことが重要である。 
      しかし、これらの先端的計算の分野は、世界的に見ても利潤を研究開発投資に回す拡大再生産のメカニズムが成り立ちにくい状況にあり、国の施策として、先端的計算に継続的に取り組み、計算科学技術の発展を促す必要がある。具体的な課題としては、2010年を目途として、ペタフロップス・ペタバイトクラスの計算機システムの実現を目指すことが重要である。 

      このような認識の下、「先端的計算によるフロンティアの開拓」という目標を掲げながら、具体的には次のような技術項目に重点的に取り組むことが適当である。 

    (1)統合シミュレーション技術 

      国民生活に役立ち、また産業界にとって有益な実用的な問題について、信頼性の高いシミュレーションを行うためには、単に大規模であるだけでなく、ミクロとメゾとマクロ、気体と液体、流体と構造、流体と熱・化学反応など、異なる物理法則を連成させ、複雑な系の統合的なシミュレーションを行うことが必要になる。また多くの問題では、異なる時間スケール・空間スケールの現象が共存し、シミュレーションが困難になるが、こうした困難を解決し、統合的な解析を行うためには、膨大な計算速度、記憶容量を実現することが重要であると同時に、モデル化手法・アルゴリズム・計算手法・並列化手法などの開発が重要である。このような技術は、物質科学、生命科学、医療、環境、安全、製造業など多くの分野で必要とされ、社会的な重要性は極めて高いものである。 

    (2)可視化技術 

      21世紀のフロンティアを拓くような先端的計算は膨大な計算結果を生むが、データの羅列だけでは役に立たない。そのデータから意味のある情報を引き出し、有効に活用するためには、先端的な可視化技術の開発が重要である。多くの分野では、最終結果だけではなく計算途中のリアルタイムの可視化が必要とされ、例えば、産業界においては、これにより設計を効率化でき、危険の除去が容易になるものと期待される。また、データマイニングにおいても、直観的な把握と新たな発想を支援するために、可視化が必要である。この技術の波及効果は、設計の高効率化、原子炉・宇宙開発・遠隔医療等におけるテレプレゼンスなどから、教育・教養・娯楽のためのグラッフィックスまで広がるものである。特に、先端的な3次元コンピュータグラフィックス技術は、物質科学、生命科学、医療、安全、環境、製造業のみならずエンターテインメントなど多くの分野で必要とされており、産業の競争力の強化に資することが期待される。 

    (3)並列分散ソフトウェア技術 

      今後必要とされる先端的計算は非常に大規模となるため、単一のプロセッサでは対応が困難で、並列処理・分散処理によってはじめて実現できるものである。また、並列処理・分散処理はこれを支えるソフトウェアがあってはじめて実用化されるものである。このためには、並列オペレーティング・システム、並列言語、通信ソフトウェア、並列入出力、並列ライブラリ、並列処理環境ツール、並列アルゴリズム等の開発が重要である。これらはいずれも膨大なソフトウェアとなるところから、大規模で信頼性の高いソフトウェアを開発する手法を確立することが必要になる。このような技術により、高速ネットワークに結合された様々なコンピュータ群の形態や環境を気にせずに、並列処理により必要とされる計算パワーを引き出すこと (グローバルコンピューティング)を可能にし、誰でも使える並列コンピュータの実現を通して大きな波及効果を持つものである。 

    (4)アーキテクチャ技術 

      高速大容量の処理等の先端的計算を実現するには、その基盤となるコンピュータアーキテクチャ技術の開発が必要であり、先端的な、プロセッサ、相互結合網、データ入出力などの技術を開発し実現することが重要である。プロセッサ技術としては、ペタフロップス級への高速化とともに、新しいアーキテクチャ、特にマルチプロセッサオンチップやメモリ混載型プロセッサなどの技術が重要である。相互結合網技術としては、高速・大容量・低レイテンシであることが必要であり、また、今後は光によるインターコネクション技術、更に、それを制御するソフトウェア技術を開発することが重要である。データ入出力技術としては、得られるデータがテラバイトからペタバイトに及ぶ膨大な量となることから、これを保存し管理することが重要な技術的課題となる。またこれらの先端的計算を安定に実行するためには、高い信頼性を持つシステムである必要がある。これらの技術は、データサーバ、トランザクションサーバ、パーソナルコンピュータ等の要素技術としても応用できるものであり、その技術的波及効果は社会的にも極めて高いものである。 


 戻る