災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画の実施状況等のレビューについて(報告)【要旨】

(科学技術・学術審議会 測地学分科会)


 我が国の地震・火山の観測研究は,平成25年11月に科学技術・学術審議会が策定した「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画の推進について(建議)」に基づき,平成26~30年度までの5か年計画として進められている(以下,「現行計画」という。)。
 地震予知計画は,昭和39年に測地学審議会(現科学技術・学術審議会測地学分科会)が建議して以来,平成7年の阪神・淡路大震災を契機とした全体的な見直しを経て,平成20年度まで継続されてきた。一方,火山噴火予知計画は,昭和47年10月以降の桜島火山の噴火活動活発化を受け,昭和48年に同じく測地学審議会が第1次火山噴火予知計画として建議し,以降5年ごとに計画の見直しが行われ,平成20年度まで継続された。平成21年度に両計画を統合し,「地震及び火山噴火予知のための観測研究計画」を実施していたが,平成23年3月に東北地方太平洋沖地震が発生し,超巨大地震に関する当面実施すべき観測研究を推進するため,平成24年11月に観測研究計画を見直した。その後,平成24年10月の「地震及び火山噴火予知のための観測研究計画」の外部評価を受けて,地震・火山噴火の予知に基づいて災害軽減に貢献することを目標としていたそれまでの計画の方針を転換し,地震や火山噴火の予測にとどまらず,それらが引き起こす地震動,津波,火山灰や溶岩の噴出などの災害誘因の予測に基づき災害の軽減に貢献することを最終的な目標とする現行計画を平成26年度から開始した。
本レビューでは,次期計画の策定に向けて,現行計画に係る観測研究の実施状況,成果を把握するとともに,今後の課題等について以下のとおり取りまとめた。

一.前書き

○ 地震予知研究計画は,地震前兆現象の観測に基づく予知の実現を基本的な目標として,昭和40年度に始まり,昭和44年度の第2次計画から平成10年度の第7次計画まで5か年毎の計画として推進された。また,平成7年には兵庫県南部地震を契機として見直しが行われた。

○ 平成11年度に開始した「地震予知のための新たな観測研究計画(第1次新計画)」では,地震発生に至る地殻活動をモデル化し,モニタリングと併せて地殻活動の推移予測を実現することを目標とした観測研究を推進し,平成16年度からの第2次新計画では,地震発生の準備過程の解明を進め,地殻活動予測シミュレーションモデルを開発することを目指した。

○ 昭和49年度に始まった火山噴火予知計画では,年次計画により観測網の整備と実験観測が行われ,活動的火山における観測の多項目化と高密度化,データの高精度化が段階的に進められ,幾つかの火山において,噴火に先行する地震活動や地殻変動などの観測に基づく防災情報の発信が可能になった。

○ 第5次計画からは,制御震源等を用いた構造探査が重点的な研究項目に加えられ,火山体の内部構造に関する理解が進み,GPS,SAR干渉解析などの観測技術・手法の進歩により,複数の火山においてマグマの上昇や貫入,蓄積などの火山噴火準備過程が捉えられるようになった。さらに,総合的な観測が実施された火山では,火山流体の挙動やマグマの発泡・脱ガスなどの噴火過程について多くの知見が得られた。

○ 平成21年度からは,地震・火山現象の相互作用の解明及び地震・火山活動の把握のために必要な観測網とデータの有効利用のため,「地震及び火山噴火予知のための観測研究計画」として両計画が統合された。それにより,沈み込むプレート活動とマグマ上昇径路との関連性,マグマ貫入と地震活動への影響などの新しい成果も得られたほか,プレート境界滑りの多様性の発見,小規模火山爆発の規模予測やマグマ蓄積過程の多様性の発見などの成果があった。

二.基本的考え方

○ 2011年東北地方太平洋沖地震の発生とそれによる震災の経験を踏まえ,地震・火山の観測研究計画は,国民の生命と暮らしを守るための災害科学の一部として推進されることになった。

○ 地震や火山噴火の発生予測ができればおのずと防災に貢献できるという考え方を見直し,災害を引き起こす地震や火山噴火の発生予測とともに,強震動や津波,火山灰や溶岩流などの災害誘因の予測の研究も行い,地震・火山噴火に関連する災害の軽減に貢献するという考えのもとに立案された。

○ 理学だけでなく,防災に関連する工学,人文・社会科学等の関連分野と連携し,災害素因との関係を意識した研究を推進する。また,低頻度大規模地震・火山噴火現象を理解するために,近代観測データに基づく研究だけでなく,過去の事例を調査できる歴史学や考古学などと連携して,歴史災害研究を進める。

○ 災害の根源である地震と火山噴火の仕組みを自然科学的に理解する「地震・火山現象の解明のための研究」,地震や火山噴火を科学的に予測する手法を研究する「地震・火山噴火の予測のための研究」,地震動,津波,火山灰や溶岩の噴出など災害の誘因となる自然現象の事前評価・即時予測を研究する「地震・火山噴火の災害誘因予測のための研究」,長期的な取組で計画を推進し,成果が防災・減災に効果的に利活用される仕組みをつくるための「研究を推進するための体制の整備」を四つの柱として推進した。

三.地震火山観測研究計画の変更について

1.東北地方太平洋沖地震の発生を受けて実施した前計画の見直しと現行計画の策定

 宮城県沖では,プレート境界大地震の発生が危惧され調査・研究が進められていたが,2011年東北地方太平洋沖地震のようなマグニチュード9に達する超巨大地震発生の可能性については十分に追究されていなかった。また,それまでの計画では,地震動や津波など災害誘因の予測の研究は必ずしも十分には行われていなかった。このような問題に対応するため,平成23年10月に科学技術・学術審議会測地学分科会地震火山部会の下に地震及び火山噴火予知のための観測研究計画再検討委員会を設置し,計画の見直しの検討を開始した。

○ 計画の見直しは平成24年11月に科学技術・学術審議会において建議され,超巨大地震に関して当面実施すべき観測研究として,超巨大地震の発生機構や発生サイクルの解明,超巨大地震の長期評価手法や超巨大地震による津波の予測の研究などに取組むことになった。

○ 計画の見直しでは,超巨大地震について緊急に取組むべき研究への対応にとどめ,地震・火山観測研究の抜本的な見直しは,現行計画での実現を目指すことになった。

○ 平成24年11月に地震火山部会の下に次期計画検討委員会を設置し,「地震及び火山噴火予知のための観測研究計画に関する外部評価報告書(平成24年10月)」及び「東日本大震災を踏まえた今後の科学技術・学術政策の在り方について(建議)」(平成25年1月)において指摘された事項を考慮して,検討を開始した。

○ 平成25年11月に科学技術・学術審議会において建議された「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」は,地震発生・火山噴火の予測を目指す研究を継続しつつも,計画の目標を広げ,地震・火山噴火による災害誘因の予測の研究も組織的・体系的に進め,国民の生命と暮らしを守る災害科学の一部として推進することとなった。

2.御嶽山の噴火を受けて実施した観測研究体制の見直しと取組

○ 平成26年9月に発生した御嶽山の火山災害を踏まえ,地震火山部会において議論が行われ,同年11月に「御嶽山の噴火を踏まえた火山観測研究の課題について(報告書)」を取りまとめた。

○ 水蒸気噴火について,火口近傍を含む火山体周辺における地球物理学的観測と,火山ガス等の物質科学的分析を計画当初から進めてきたが,その充実・強化の必要性が確認され,水蒸気噴火前の先行現象に関する研究の強化が図られた。

○ 平成20年に測地学分科会火山部会で選択した,火山噴火予測の高度化に資する研究を進める価値の大きい重点16火山のほか,研究的価値の大きい観測データの蓄積を一層図るため,御嶽山など9火山について,観測施設の強化や臨時観測を実施した。

○ 観測点の維持・管理に携わり,観測を基盤として火山噴火現象の解明や火山噴火予測研究を実施している火山研究者の育成を図るため,九州大学に「実践的火山専門教育拠点」が設置され,文部科学省で「次世代火山研究・人材育成総合プロジェクト」が開始された。

○ 観測研究の成果や火山研究人材が災害軽減に貢献するためには,国の機関,地方公共団体,研究者間で連携した情報の流通と人材の活用が重要である。気象庁は,火山の監視・活動評価・情報提供を強化するため,職員の増員や大学等の火山専門家と連携した技能向上等の具体的取組を実施した。また,大学は,地方自治体等と協力し,避難計画や避難行動の調査や試行を行った。

四.重要な地震・火山現象と拠点間連携共同研究

1.近年発生した地震及び火山現象に関する重要な観測研究

(1)主な地震

○ 2011年東北地方太平洋沖地震では,強震動を作り出す周期10秒以下の波を放射する領域と,大きな津波を生成する大変位の領域が異なることを明らかにした。

○ 2011年東北地方太平洋沖地震では,本震の破壊開始点の近くで2011年2月にMw7.0相当のゆっくり滑りが,3月9日に前震(M7.3)が発生した。これらによる応力集中が本震の発生を促した可能性がある。

○ 2014年11月22日に発生した長野県北部の地震(M6.7)では,発生4日前からM3程度を最大規模とする小さな群発地震活動があった。トレンチ調査によれば,今回の地震に先行する活動は1714年正徳小谷地震の可能性が高いことがわかった。

○ 2016年熊本地震では,震度7を2度記録した熊本県益城町の地震観測点の記録は,周期1秒程度の揺れが極めて強く,1995年兵庫県南部地震で甚大な被害を出したJR鷹取観測点の記録と同程度の激しい揺れであったことがわかった。4月14日の地震(M6.5)は,主に日奈久断層帯の高野-白旗区間の活動,4月16日の地震(M7.3)は,主として布田川断層帯の布田川区間の活動によると考えられる。4月16日の地震の断層は阿蘇カルデラ内に達した。

(2)主な火山噴火

○ 2014年御嶽山の噴火では,噴火後のGNSSデータ解析などから,山頂直下で微弱な膨張が噴火の1か月半前から始まったことが見出された。また,噴火直前には火山性微動や急激な山体膨張が検知された。

○ 2014年口永良部島の噴火は,10年以上前から火山性地震や浅部地熱活動,噴気の活発化などの中で,中期的な活発化なしに直前約1時間前から山体膨張が始まり,噴火が発生した。この噴火に続く2015年のマグマ噴火は,二酸化硫黄の放出や島全体の膨張の継続,地震や地熱の活動の活発化,2015年5月23日の有感地震の発生など,顕著な活動の活発化を経て5月29日に発生したことがわかった。

○ 2013年11月に噴火活動を開始した西之島では,航空機や海洋調査船などによる調査が行われ,離島という観測困難地域における火山活動把握方法の構築が進められた。

○ 阿蘇山では,2014年11月25日に約20年ぶりのマグマ噴火が,2015年9月14日に少量のマグマが関与する爆発的噴火と小規模な火砕流が発生したが,これらの噴火にやや先行して長周期微動の卓越周期やGNSS基線長の変化が観測され,マグマ溜まりの増圧が浅部火道への流体供給に影響を及ぼしていたと推察された。

○ 桜島では,2009年9月以降の噴火活動中,特にブルカノ式噴火活動の活発な時期に火山体が膨張していることが検知され,マグマの貫入と同時に火道最上部までマグマが移動・噴出したと推測された。また,GNSS,SAR干渉解析から,2015年8月15日に発生した群発地震活動とそれに伴う地盤変動は,これまでと全く異なるマグマ貫入であり,昭和火口下深さ1km程度に,北東-南西走向にダイク状にマグマが貫入したものと推定された。

2.優先度の高い地震・火山噴火に対する総合的な取組

(1)東北地方太平洋沖地震

○ 地震発生直後に地震の規模をより正確に推定し,津波の予測を高度化する手法の開発が進められた。地震の規模については,GNSSデータの即時処理により規模を推定する等の手法の開発が進められている。津波予測については,海底津波計データの即時処理により,津波の波動場そのものをモデル化して予測する手法の開発が進んだ。

○ 宮城県沖の海底の観測点の大部分が西に動いていることが判明し,余効滑りだけでなく粘弾性変形も余効変動に大きな影響を及ぼしていることがわかった。

○ 1978年の宮城県沖地震の周囲で余効滑りが活発に生じていることが判明したため,この領域ではひずみエネルギーが急速に増加している可能性がある。巨大地震の発生サイクルだけでなく,M7級の被害地震の予測のためにも,粘弾性変形と余効滑りを正しく評価することが重要である。

(2)南海トラフ地震

○ 海底地殻変動観測と陸域の地殻変動データを合わせて解析することで,震源域におけるプレート境界面の固着状態の分布が推定された。

○ 海域における反射法データと深海掘削データの統合解析から沈み込みに伴う堆積層間隙率の空間変化を推定する新手法が開発され,地震の反射特性から震源域におけるプレート境界面の固着度の空間変化が推定された。

(3)首都直下地震

○ 2014年1月に発生した房総半島沖ゆっくり滑りでは,これまで発生間隔が約6年であったが,2011年東北地方太平洋沖地震以降,その間隔に乱れが生じた。

○ 首都圏の丘陵地帯の造成地にある谷埋め盛土では,地震観測により特定の周波数帯における上下動の顕著な増幅が明らかになり,地滑りの発生に影響を及ぼす可能性がわかった。

○ 史料の分析から1855年の安政江戸地震時には発生の約一週間前から地震活動が活発であったことなどがわかってきた。

(4)桜島火山

○ 火山灰拡散予測のため,GNSS信号やレーダー・ライダー等複数の電磁波帯域を用いて火山灰を検知するリモートセンシング技術を開発した。また,地上降灰量を即時予測する手法の開発など進められている。

○ 噴火の規模と様式に関する桜島の事象系統樹を作成し,1日当たりのマグマ貫入量と地震活動に注目して想定される避難行動を整理した。

○ 降灰量と道路における通行規制の有無の関係をモデル化し,降灰量に対する通行規制の確率分布を表す手法を開発した。

3.拠点間連携共同研究

○ 地震学と火山学を中核とし,防災に関連する工学や人文・社会科学の研究者が参加する総合的な学際研究として推進するため,「地震・火山科学の共同利用・共同研究拠点」である東京大学地震研究所と「自然災害に関する総合防災学の共同利用・共同研究拠点」である京都大学防災研究所による拠点間連携共同研究を開始した。

○ 参加者募集型共同研究として,南海トラフで発生が懸念される巨大地震のリスク評価の精度向上を目指し,多様な分野の連携研究として推進した。

五.災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画の実施状況と今後への課題

1.地震・火山現象の解明のための研究

(1)地震・火山現象に関する史料,考古データ,地質データ等の収集と整理

○ 既刊地震史料集の本文データの構造を検討し,史料集本文データを任意の語句で検索できる「日本歴史地震関連史料データベース」の構築に着手した。

○ 被害規模の判定方法について,家屋倒壊率を算定する従来の方法の妥当性を検討し,被害状況の全体的規模を捉える上でより適切な方法を提案した。

○ 「歴史災害痕跡GISデータベースシステム」を設計し,公開に向けたパイロット版データベースシステムの運用テストを実施した。

(2)低頻度大規模地震・火山現象の解明

○ 最新の津波堆積物調査などに基づき,17世紀に北海道太平洋沖で発生した巨大地震の断層モデルを構築し,海溝軸近傍に大滑り域があり規模はM8.8と推定された。

○ 津波堆積物に基づいて,1454年享徳地震津波の断層モデルを構築し,869年貞観地震と同等の規模であった可能性を示した。また,房総半島九十九里浜において,1677年延宝房総沖地震と1703年元禄関東地震以外に,歴史上知られていない津波が過去約1,500年間で少なくとも2回あったことを明らかにした。

○ 支笏火山の4万年前のカルデラ形成噴火には前駆的な噴火活動がなかったことが明らかになった。一方,屈斜路火山では最大のカルデラ噴火である12万年前の噴火に先立つ火砕流の痕跡を新たに見出した。

(3)地震・火山現象の発生場の解明

○ 2011年東北地方太平洋沖地震の発生に先行して,日本海溝に比較的近いプレート境界浅部において超低周波地震の活動があったことが示された。また,日本海溝沿いのプレート境界では,固着の強さに数年程度の周期の変動があることが見出され,固着が弱くなった時期にプレート境界地震の活動が活発化する傾向が示された。

○ 2011年東北地方太平洋沖地震後に東北地方各地で発生した誘発地震は,地殻深部流体の上部地殻への流入で誘発されたことが示唆された。

○ 西南日本地域のブロック断層モデルから,明瞭な活断層が見られない山陰地方と南九州にひずみ集中帯が存在することが明らかになった。九州地方における非弾性変形の見積もりから別府や熊本で大きなひずみ速度が推定された。

○ 2016年熊本地震後に活発化した熊本-大分の地震活動は,比抵抗構造解析から見出された阿蘇山・九重山・鶴見岳といった活火山下の低比抵抗域を避けて発生していることが明らかにされた。

(4)地震現象のモデル化

○ 構造共通モデルとして,海溝位置と水深モデルが作成・確定されるとともに,構造探査等の既往成果を統合したプレート上面位置データが作成された。

○ 沈み込みプレート境界に存在すると考えられる物質を用いた摩擦実験により,日本海溝では低速でも摩擦強度が小さく地震時に大きな応力降下をもたらさないのに対し,南海トラフでは大きな応力降下が発生する可能性が示された。

(5)火山現象のモデル化

○ マグマ噴火については,観測データに基づく研究成果に,マグマ火道流モデルや噴出物特性の分析結果を合わせることにより,噴火のメカニズムや様式,またその推移について,定量的な検討も行われるようになった。

○ 高精度の地盤変動観測を行うことにより,水蒸気爆発のように規模の小さな噴火でも,噴火の数時間~数分程度前から急激な山体膨張が発現することがわかった。火口付近に複数観測点を設置することにより,噴火の発生直前に山頂付近にいる観光客らに警報情報を発信できる可能性がある。

2.地震・火山現象の予測のための研究

(1)地震発生長期評価手法の高度化

○ 過去に南海トラフで発生した巨大地震の多様な発生様式やゆっくり滑りについて,数値シミュレーションにより,観測事実を説明するモデルが構築された。

○ 南海トラフ沿いでGEONETにより観測されている地殻変動の観測結果から,数値シミュレーションモデルのもっともらしさを確認する手法が開発された。

(2)モニタリングによる地震活動予測

○ 海底地殻変動観測の強化により,2011年東北地方太平洋沖地震後の日本海溝沿いのプレート境界の固着状態や南海トラフ沿いプレート境界の固着状態の空間分布の把握が進んだ。

○ 海溝型のプレート境界地震については,多様なゆっくり滑り現象の解明がさらに進み,ゆっくり滑り現象とプレート境界大地震発生の関係についての研究も進められた。データ同化手法開発による,プレート境界面上の摩擦特性の推定や滑りの推移予測のための研究も着実に行われている。

(3)先行現象に基づく地震活動予測

○ 南アフリカ金鉱山内で発生した地震の震源域では,本震に先行する地震活動がいくつかのクラスターに分かれており,一部のクラスターの活動は本震発生直前に加速したことが明らかとなった。

○ 大地震に先行する中期的な変化としてとりあげられる地震活動の静穏化について,1964年から2012年までの日本列島周辺の海溝沿いを対象に系統的に調べた結果,10年以上継続する長期静穏化は11回発生し,うち3回は巨大地震に先行したことがわかった。

○ 巨大地震の1時間程度前に見られる電離層全電子数の変化の異常が世界の巨大地震8例全てについて検出され,主に太陽活動に起因する平時の電離層異常の発生率を考慮しても,地震に先行する傾向が統計的に有意であることが示された。

(4)事象系統樹の高度化による火山噴火予測

○ 近代観測網により噴火活動が観測されていない蔵王山で,古記録と地質調査による噴火履歴・様式に関するデータを基に初めて噴火事象系統樹を作成した。国内に多くある噴火の観測事例を欠く火山での,噴火事象系統樹作成の指針となった。

○ 浅間山では,活発な噴火活動のため観測データが蓄積し,噴火履歴もよくわかっているため,噴火事象系統樹の事象分岐に確率を付与することができた。加えて,最近の地殻変動観測結果をもとに,前兆現象が観測された後の噴火未遂と噴火発生の分岐確率を示した。

3.地震・火山噴火の災害誘因予測のための研究

(1)地震・火山噴火の災害事例の研究

○ 2004年新潟県中越地震と阪神・淡路大震災の復興過程を被災者の主観的評価から検証したところ,復興の時間変化に共通性が見られることが明らかになった。

(2)地震・火山噴火の災害発生機構の解明

○ 東日本大震災の津波被災地において,歴史的土地利用の変化が被害に及ぼした影響を評価した。

(3)地震・火山噴火の災害誘因の事前評価手法の高度化

○ 2011年東北地方太平洋沖地震の震源モデルを南海トラフ沿いに置いて長周期地震動評価を行った結果,震源距離がほぼ等しい都心で,長周期地震動が2倍程度になることを確認した。

○ 火山地域での地震による地滑り被害を調べたところ,最も甚大な被害は降下火砕物の崩壊性地滑りによるものであることを確認した。

○ 大規模噴火時の降灰予測に気象場の変化が与える影響を調べるため,その日の気象場に基づいた降灰シミュレーションを毎日行っている。桜島大正噴火を対象とした計算では,気象条件によっては東北地方や北海道まで降灰が到達することが予測された。

(4)地震・火山噴火の災害誘因の即時予測手法の高度化

○ GEONETから得られるリアルタイム地殻変動データを用いて断層モデルを推定する手法を,2003年十勝沖地震及び2011年東北地方太平洋沖地震に得られた観測データに適用したところ,地震発生から3分以内に高精度で断層モデルの推定が可能であることを確認した。

○ 波動伝播理論に基づいて震度を予測する手法を開発し,その有効性を検証している。

○ S-netの津波観測データを直接の入力として津波数値計算を実施する新手法の開発を行い,実際のS-net程度の観測点間隔に適用して長周期の大きな津波の再現性などを確認し,S-netの観測点配置でも十分,即時津波予測が可能であることを示した。

○ 降灰の拡散範囲の予測に必要な火山灰粒子密度の推定手法の開発が行われた。

(5)地震・火山噴火の災害軽減のための情報の高度化

○ 地震の長期予測情報が災害軽減に有効に役立つためのリスク・コミュニケーションの方法論を提案するために社会調査を行い,長期評価の発信手法の工夫が重要であることを明らかにした。

○ 北海道内の火山をモデルケースとして,火山の災害軽減のためのリスク・コミュニケーション手法を提案するために各種観測情報などの火山防災情報を収集・統合させてリアルタイムで表示する準リアルタイム火山情報表示システムを開発し,北海道内の地方公共団体に実装して,システムを評価した。

○ 衛星測位を利用した津波災害時避難の分析システムの構築を行い,地域情報と被害想定に関する時系列的分析,住民の避難行動に関するデータの収集と分析などを行い,地域開発と社会脆弱性の関係について考察した。

 4.研究を推進するための体制の整備

○ 本計画の成果が国の地震調査研究に有効に活用されるため,今後,地震に関する調査研究を一元的に推進している地震本部との連携を一層強化する必要がある。

○ 火山に関する調査研究を一元的に推進し,本計画で得られた基礎的な成果を組織的・体系的に社会に還元する仕組みは確立していない。火山調査研究の成果に基づく火山防災施策の高度化は必要不可欠であり,国が責任を持って今後の研究戦略と成果の普及展開について考える火山調査研究の組織・体制を検討する必要がある。

○ 平成28年度から計画に参加する全機関が地震・火山噴火予知協議会に正式参加することになった。

○ 地震・火山噴火の現象解明や予測及び災害誘因予測の研究には,地震や地殻変動の基盤的観測網が大きく貢献してきた。これまでは高精度の観測が難しかった海域についても,地殻活動の正確な把握が可能になりつつある。地震・火山現象の解明・予測のために,現象の推移の把握が重要であり,長期間の安定な観測データの取得が必要である。

○ 火山における多項目観測データは,火山活動の把握及び適切な噴火警戒レベルを運用するために不可欠である。2014年御嶽山噴火発生などを受け火山観測点の整備や拡充も進んでいるものの,一元的推進体制がなく各省庁間での調整が十分ではない。設備だけでなく観測を維持する人的,予算的資源の確保を含めた中長期的な視点を持った,火山の基盤観測体制を,国が責任をもって整備維持する必要がある。

○ 史料や考古データに基づいて近代的観測以前の地震・火山噴火とその災害を研究するため,当該分野において全国の中心的な役割を担っている東京大学史料編纂所と奈良文化財研究所が,平成26年度から本計画の実施機関となった。

○ 各機関において国民や自治体の防災関係者らを対象に,講演会等を開催し,地震・火山噴火予測の研究の現状や,地震・火山災害などについて理解してもらうための活動を行ってきた。必ずしもわかりやすいとは言えない地震学・火山学の成果を理解してもらい防災のために役立ててもらうためには,人文・社会科学研究者の協力を得ることにより,効果的に伝えるための方法を研究する必要がある。

○ 低頻度で大規模な地震・火山噴火の研究に際してより多くの知見を得るため,南米の沈み込み帯の巨大地震やインドネシアのシナブン山の噴火等の海外の事例研究を行った。

○ 各機関は,地球規模課題対応国際科学技術協力プログラムに参加するなど,海外,特にアジア諸国(インドネシア,中国,ネパール等)に地震・火山・津波災害の軽減技術を移転する取組を行った。また,各大学はアジア諸国を含む海外からの学生を受け入れ,地震・火山災害に関する最新の研究成果を反映した教育を行っている。

六.まとめ

○ 国民の生命と暮らしを守る災害科学の一部として推進するという方針転換が行われて最初の5年と位置付けられている現行計画では,近代観測以前の地震・火山現象の解明のため新たに歴史学,考古学研究者が,また,地震学,火山学の成果を災害軽減につなげるために防災に関する工学や人文・社会科学の研究者が参加するようになった。そのため,新たな機関の計画への参加があったほか,地震・火山噴火予知協議会の改革や,東京大学地震研究所と京都大学防災研究所による拠点間連携共同研究の実施など,推進体制においても大きな変革があった。

○ 新たな推進体制のもと,地震学,火山学の成果を災害軽減につなげるための新たな取り組みが関連研究分野の連携のもと進められ,着実に進展している。今後も,関連研究分野の研究者間の連携を一層強固なものとして,この方向で進めていくべきであり,地震・火山噴火の予知を目的とした観測研究計画からの方針の転換は適切であったと考える。

○ 現行計画実施期間中に発生した地震・火山噴火(2014年御嶽山噴火,2014年長野県北部の地震,2014年・2015年口永良部島噴火,2016年熊本地震)により,比較的規模の小さな水蒸気爆発の予測,活断層における地震の評価,複雑な地震活動の推移予測など,自然現象の解明・予測の面で新たな課題が明らかになった。同時に2016年熊本地震のように大きな地震が続発した時の建造物の被害や,地震活動が長期化した際の被害や復興の問題のように,災害軽減のための分野連携で取組むべき課題も示した。


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研究開発局地震・防災研究課

(研究開発局地震・防災研究課)