五.災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画の実施状況と今後への課題

1.地震・火山現象の解明のための研究

(1)地震・火山現象に関する史料,考古データ,地質データ等の収集と整理

あ.目的

 地震学,火山学,歴史学,考古学,地質学の研究機関が連携して,近代的な観測データが存在する以前の地震・火山現象に関する情報を把握する。地震や火山噴火について記した文献史料,考古遺跡の発掘調査資料,津波堆積物や火山噴出物などの地質調査データなどから,近代以前にさかのぼる地震・火山現象に関する情報を収集して,解読・分析する。そして,これまでそれぞれの分野において独立に研究されてきた史料・考古・地質データを整理し,相互に参照できる仕組みとともに,近代的な観測データと統合しやすいデータベースを構築する。

い.実施状況

ア.史料の収集とデータベース化

 大学では『増訂大日本地震史料』『新収日本地震史料』『日本の歴史地震史料拾遺』など,既刊の地震史料集35冊に収録された史料の検索,検証の利便性を向上させるために,史料本文の電子情報化を進めた。この取り組みでは,本文中の地名に緯度・経度による位置情報を付与することによって検索結果を地図上に表示させるとともに,考古データとの統合検索を可能とする仕組みをつくることを目指している。
 現存する近世史料の膨大さを考えると,既刊の地震史料に収録されていない地震史料は相当に存在することが予想されるため,それらの情報収集と分析に努めた。特に日本海側では,19世紀前半に連続して大規模な地震が発生しているため,これらに関する史料を調査し,地震の被害像を明らかにした。
 南海トラフ地震に関しては,明治12年内務省通達により作成された高知県,和歌山県の寺院明細帳,神社明細帳に基づいて,宝永と安政の南海トラフ地震の被害状況をデータベース化し,広範囲にわたる被害の全体像を分析した。
 地震研究において史料を活用する場合の質を向上させるために,史料の記述から地震被害の規模を判定するための方法を再検討した。
 火山活動については,大学は,1741年の噴火と1792年の山体崩壊を起こした渡島大島火山の活動に関する史料を収集した。気象庁は,地震観測,GNSS繰り返し観測などの観測で得られた記録をデータベース化し,『活火山総覧』の改訂に活用できるようにした。
 2016年熊本地震で被災した史料の救出や緊急調査も実施した。

イ.考古データの収集・整理・集成とデータベース化

 奈良文化財研究所(以下,「奈文研」)では,全国の考古学的歴史災害痕跡について,奈文研が所蔵する52,600冊以上の遺跡発掘調査報告書,ならびに現在,奈文研や各地の地方公共団体等が実施している発掘調査現場から情報を収集・整理し,データベース化を進めた。
 発掘調査報告書からの情報収集では,都道府県ごとに悉皆的に報告書を検索して災害痕跡に関する記録を抽出し,遺跡情報・災害情報・表層地質情報を整理・集成した。
 これらの情報を地理情報システム(GIS)に搭載して,災害の痕跡種類・発生年代などが発掘調査地点の緯度・経度に基づく位置情報とともに地図上に表示される仕組みを構想した。さらに,年代や位置情報の相互参照等によって,史料データベースとの連動を可能にするシステム構築を目指している。
大学は,1751年高田地震をはじめ,たびたび地震に見舞われている新潟県上越市の高田平野において,地質調査の分析を行った。

ウ.地質データ等の収集と整理

 大学は,主に北海道沿岸の地質調査で確認された津波堆積物などの試料を収集・分析し,データベース化に向けた整理を行うとともに,ロシアでの文献資料収集や地質調査などを行った。
 産業技術総合研究所は,地形・地質調査などによって得られた活断層や津波堆積物,火山に関する基礎データなどの情報について収集と整理を行い,データベース化及びその更新・維持を行うとともに,活動的火山の地質図整備を進めた。
 大学は,マグマ噴火が想定される火山について,主に姶良カルデラ噴火や富士山を対象に火山ガスの成分量に関する分析を進め,データの蓄積を行った。

う.成果

ア.史料の収集とデータベース化

 既刊地震史料集の本文データの構造を検討し,「日本歴史地震関連史料データベース」を設計した。これは史料集本文データを任意の語句で検索できるデータベースである。また既刊地震史料集の本文データの電子化に取り組み,XMLテキストの作成と位置情報を付与すべき地名の抽出を行った。また,既刊地震史料集から,地震の発生した年月日,典拠史料名を抽出したデータベースを構築し,資料を検索できるWEBサイトを公開した。
 宇津徳治が作成した「世界の被害地震の表」より中国宋代までのデータを抽出し,「中国地震史料データベース」を作成した。その過程で「表」に記載されていない地震史料が多く存在することが判明し,適宜データベースに入れ込んだ。
 既刊の地震史料集に収録されてない新たな歴史地震・火山活動史料の収集のため,各地の史料所蔵機関で調査を行った。愛知県田原市立博物館では安政東海地震に関する史料,新潟県長岡市立中央図書館,秋田県公文書館ほかでは三条地震,飛越地震など19世紀に日本海側で発生した地震に関する史料,京都大学文学部では1847年の善光寺地震,天明浅間山噴火に関する史料を調査し,それぞれの史料本文や図の翻刻,公開を行った。愛媛県愛南町では安政南海地震に関する史料を調査し,既刊史料集収載の翻刻の誤りを正し,当該地域における津波被害の状況を訂正した。岡山市立中央図書館,福山市立博物館では安政江戸地震に関する史料を調査し,安政江戸地震による揺れの西限とされていた史料の誤読を明らかにした。2011年東北地方太平洋沖地震の津波被災地域である岩手県海岸部で史料調査を行い,1856年の八戸沖地震に関する新たな史料を見つけた。
 高知県,和歌山県の寺院明細帳,神社明細帳を調査し,宝永と安政の南海トラフ地震の被害状況をデータベース化した。その結果,高知県内では宝永地震による土砂崩れや津波による被害が大きいのに対し,安政南海地震ではほとんど被災の記述がないことを明らかにした。また,名古屋大学,徳川林政史研究所,佐賀県立図書館,唐津図書館などの所蔵する史料を調査して,従来知られていなかった安政東海地震に関する史料を発見し,名古屋地域での被害状況の詳細を明らかにした。さらに,名古屋大学図書館春季特別展「古文書にみる地震災害」を開催して,研究成果を一般に公開した。
被害規模の判定方法については,1828年越後三条地震を例に,家屋倒壊率を算定する従来の方法の妥当性を検討し,被害状況の全体的規模を捉える上でより適切な方法を提案した。火山活動に関しては,北海道立図書館,国立国会図書館,国立公文書館などで渡島大島火山の活動に関する史料を収集し,1741年以後1790年に至るまでの期間,北海道本島や青森県地域で降灰や異臭などの現象が断続的に発生していたことを明らかにした。

イ.考古データの収集・整理・集成とデータベース化

 北海道と沖縄県を除く全国45都府県について,発掘調査報告書を中心として情報の収集・整理・集成を実施し,新潟県で約11,700件,熊本・大分・福岡県で約220件,その他41都府県で約1,100件の災害痕跡考古データを収集した。また,現在発掘調査中の奈良県の平城京跡・都塚古墳,鳥取県の青谷上寺地遺跡・青谷横木遺跡,山口県の竹久川下流条里遺跡などで,これまで認識されていなかった複数時期の大地震によると見られる噴砂痕跡を確認した。
 「歴史災害痕跡GISデータベースシステム」を設計し,公開に向けたパイロット版データベースシステムの運用テストを実施した。また,東京大学史料編纂所(以下,「史料編纂所」)の構築した「日本歴史地震関連史料データベース」との連動や,国土地理院ならびに産業技術総合研究所から公開されている日本地図のデータ利用,地質情報システムとの連携を視野に入れた開発について具体的に検討した。
 新潟県上越市の高田平野はたびたび地震に見舞われている地域でありながら考古的な液状化痕跡が乏しいことに注目して地質調査データを分析し,この地域は段丘化による地下水位の低下と厚い粘土層の存在によって噴砂の起きにくい地層であることを明らかにした。

ウ.地質データ等の収集と整理

 主に北海道の津波堆積物に関して,既存資料のデータベース化を進めるとともに,論文等で記載されている津波堆積物の信頼性について,堆積構造や微化石,地球化学的性質など,津波由来である可能性を示す上での認定項目を設け,評価を行った。
 公開中の活断層データベースについて,最新の研究成果に基づき,活動セグメントや調査地点データ,文献の追加及び活動セグメントの形状やパラメータの見直しを行った。また津波堆積物に関する調査地点の情報を整理し,web上で閲覧できる津波堆積物データベースを公開した。特に青森県,宮城県,福島県と茨城県の一部地域に関しては,地質柱状図の情報と869年貞観地震の津波浸水シミュレーション結果を表示できるように整備した。火山に関しては,蔵王山,九重山,富士山の火山地質図を作成し,刊行した。また,公開中の火山データベースについて,鳥海山,蔵王山,沼沢,新島,神津島,九重山,池田・山川,開聞岳の活火山に関する詳細データを追加した。
 姶良カルデラ噴火の噴出物の分析を行い,噴火前のマグマ溜りの上部は100MPa程度の圧力下(深さ4-5kmに相当)に置かれており,従来の推定よりも浅いことを明らかにした。
 富士山については1707年宝永噴火など最近の噴出物を分析し,その噴火プロセスを明らかにするとともに,マグマ溜まりの構造についても推定した。

え.今後の展望

 近代的観測データが存在しない時代の地震・火山活動を把握するためには,地震学,火山学,歴史学,考古学,地質学が連携して,史料,考古,地質データによって必要な情報を収集することが欠かせない。それぞれの分野において,この3年間に継続してきたデータの基礎的蓄積と電子情報化を進めていくが,既刊の地震史料集や発掘調査報告書,地質調査データだけでも膨大な量にのぼる。さらに新たな地震関連史料の発見,新たな遺跡発掘や地質調査も続いている。史料と考古データを統合検索する仕組みは現行計画中に構築するが,十分な情報を蓄積していくためには今後も継続的な取り組みが必要である。
 津波堆積物データベースについては,現在は複数の機関で作業が進められていることから,相互で情報共有を行うとともに,将来的な統合も視野に体制を整えていくことが望ましい。さらには,史料・考古データと地質調査データとを統合的に把握できる仕組みを考えていくことも必要である。

(2)低頻度大規模地震・火山現象の解明

あ.目的

 過去の低頻度・大規模な地震・火山現象について,観測データのある近代以降の現象の発生機構などを参考に,史料,考古学的な発掘痕跡調査,地形・地質調査などのデータを収集,解析を行うことで,具体像を明らかにする。特にプレート境界における低頻度大規模地震については,2011年東北地方太平洋沖地震の震源域や日本海溝及び南海トラフ域において海底での地震・地殻変動観測,地下構造・地形調査などを行い,発生様式及び発生場を理解する。またプレート境界での掘削試料を用いて摩擦実験などを行い,プレート境界巨大地震の多様な滑り現象を明らかにする。

い.実施状況

ア.史料,考古データ,地質データ及び近代的観測データ等に基づく低頻度大規模地震・火山現象の解明

 大学は,千島−日本海溝沿いで過去に発生したプレート境界型巨大地震の震源過程を解明するため,北海道太平洋沿岸の津波堆積物の面的分布を得るための現地調査を実施した。また1611年慶長三陸地震に関する津波の数値モデリングを行った。プレート境界型巨大地震の発生が懸念される南海トラフ沿いの東海・南海地域や首都直下地震の発生が懸念される関東地方などを対象地域として,史料,考古データ,地形・地質データなどの収集を行い,データベース化や地図上での表示を行った。
 産業技術総合研究所は,糸魚川―静岡構造線活断層系などにおいて,断層セグメントの連動履歴を解明するため,同断層系北部及び中部においてトレンチ調査を実施した。また同断層系北部で発生した2014年長野県北部の地震に関する地表地震断層調査及びトレンチ調査を行った。海溝型地震については,過去約3,000年間の巨大地震・巨大津波の履歴と規模を解明するため,千島海溝から日本海溝,相模トラフ・南海トラフ沿いで,津波堆積物調査や過去の地殻変動の調査を実施し,これら地震の断層モデル構築のため,津波シミュレーションを実施した。
 大学は,形成年代が新しく,VEIが6以上の規模の噴火を起こした北海道の支笏及び屈斜路・摩周火山,九州の姶良及び鬼界カルデラについて,地表踏査を行い,先行噴火の有無とその様式・規模の検討,カルデラ噴火の噴火様式と規模の推移を検討した。同時に高密度に試料採取を行い,噴火推移に伴うマグマ特性の変化を調べた。鬼界カルデラについてはカルデラ噴火の先行活動とされる,長浜溶岩を流出した活動の全体像を明らかにするために,掘削深度140mのボーリングを実施した。
 大学は,磐梯山1888年噴火に伴う山体崩壊について,崩壊直後の調査研究論文,福島県庁文書,そしてそれらを総括した論文,解説書等の文書記録の収集を行った。また,現地調査により,岩屑なだれの堆積物の岩石学的記載を行い,岩屑なだれ岩塊の崩壊前の山体への復元を試みた。また,上記噴火について既存の研究や記録を再検討し,最初の噴火発生位置や噴火プロセスを検証した。噴火以外の要因で生じたと考えられる火山体の崩壊の事例として,南西北海道奥尻島の神威山の山体崩壊について,その発生時期を明らかにする目的で現地調査と放射性炭素年代測定を行った。
 大学は,気象庁と共同して1914年桜島大正噴火時の鹿児島測候所の地震記象紙を調査した。

イ.プレート境界巨大地震

 大学及び気象庁は,2011年東北地方太平洋沖地震の震源域や日本海溝域において,臨時海底地震観測を継続して実施することにより,長期にわたる地震活動の推移を調べた。大学及び海上保安庁は,2011年東北地方太平洋沖地震の震源域や日本海溝及び南海トラフ域において,繰り返し海底地殻変動観測を実施した。海洋研究開発機構は,高分解能地下構造調査により,日本海溝の海溝軸付近及び南海トラフ前縁断層周辺の変形構造を調べた。大学は,深海掘削で得られた日本海溝に沈み込む太平洋プレートの試料等を用いて,プレート境界の状態を再現した摩擦実験を行った。さらに,これらの実験により得られた摩擦構成則に基づき数値モデリングを行い,プレート境界で起こる滑り現象の多様性を説明できるモデルの構築を試みた。
大学は,南海トラフの熊野灘において詳細な海底地形調査を実施し,海底活断層の分布等に関する検討を行った。

う.成果

ア.史料,考古データ,地質データ及び近代的観測データ等に基づく低頻度大規模地震・火山現象の解明

 北海道太平洋沿岸の面的津波堆積物分布を得るための現地調査から,標津町で白頭山火山灰(10世紀)の直下に砂層を確認した。また,北方四島の国後島において火山灰層や広域に分布する薄い砂層を確認し,千島海溝沿いの津波履歴と規模の解明に資するデータを得た。これまでの津波堆積物調査から17世紀に北海道太平洋沖で巨大地震が発生したことが明らかになっており,十勝沖と根室沖の連動型のプレート境界地震(M8.5)と推定されていた。最新の津波堆積物調査結果を含む北海道太平洋沿岸の11地域での津波到達範囲・地点をデータとし,それらを全て説明できる断層モデルを推定した結果,従来の断層モデルで推定された滑りに加えて,海溝軸近傍のプレート境界浅部の幅30kmの断層で,25mにも及ぶ滑りが生じていたとすればデータを説明できることがわかった。この巨大地震の規模はM8.8と推定され,2011年東北地方太平洋沖地震と同様に,17世紀の北海道太平洋沖の巨大地震により,海溝近傍浅部のプレート境界が非常に大きく滑った可能性を示す結果である。このほか1611年慶長三陸津波地震について,1896年明治三陸地震の断層モデルを参考に,史料データを説明しうる断層モデルを推定した結果,明治三陸地震断層より南側のプレート境界も破壊している可能性が高いことがわかった。
 関東地方で江戸時代に発生した1855年安政江戸地震について,『安政見聞誌』(全3巻)などを用いて被害発生場所を特定し,地震発生の12年前の天保十四年(1843)に作成された「江戸大絵図」を用いて地図上に図示した。また遠地での信憑性の高い日記史料に基づいた有感記録について,位置情報(緯度経度)を導き出し,地理情報システムの試作版を作成した。
 糸魚川-静岡構造線活断層系沿いの古地震調査から,同断層系中部の諏訪湖周辺のセグメント境界の連動性について検討した結果,約3,000年前の活動では連動して活動したが,約1,200年前の活動では連動せず活動時期が異なっていたことを解明した。また同断層系北部の神城断層と松本盆地東縁断層北部のセグメント境界付近は,最新の活動で約2mの変位を生じたことを明らかにした。
 三陸海岸広田湾海域で高解像度の音波探査記録を参考に海底掘削を行った結果,2011年の津波痕跡及びそれより前の津波の可能性を示す痕跡を検出することに成功した。仙台平野で検出した津波堆積物に基づいて,1454年享徳地震津波の断層モデルを構築し,869年貞観地震と同等の規模であった可能性を示した。房総半島九十九里浜において,1677年延宝房総沖地震と1703年元禄関東地震以外に,歴史上知られていない津波が過去約1,500年間で少なくとも2回あったことを明らかにした。静岡県沿岸及び高知県沿岸では,それぞれ過去の津波と思われる複数枚の砂層を検出し,各地での南海トラフ沿い大地震による津波履歴を明らかにした。
 大学は,大規模噴火について以下の成果をあげた。まず支笏火山の4万年前のカルデラ形成噴火には前駆的な噴火活動がなかったことが明らかになった。一方で,屈斜路火山では最大のカルデラ噴火である12万年前のKpIV噴火に先立つ爆発的噴火を新たに見出した。さらにKpIV噴火の詳細な推移を明らかにして,噴火初期に複数火道が形成されたことがわかった。これらカルデラ形成噴火であるKpIVと鬼界アカホヤのマグマと,これらに先行した噴火によるマグマをそれぞれの火山で比較したところ,両者は区別できることがわかった。そのことから少なくともマグマ溜りとしては,両者は分離して独立に存在していたと考えられる。さらに支笏,KpIV及び鬼界アカホヤのカルデラ形成噴火のマグマシステムについて検討した結果,これらのカルデラ噴火では,これまで大規模・均質な珪長質マグマが主体であると考えられていたが,実際には珪長質マグマは均質ではなく,複数マグマの混合により形成されていること,その混合珪長質マグマに苦鉄質マグマが貫入してカルデラ噴火が発生したことがわかった。
 火山体崩壊現象については以下の進展があった。磐梯山1888年噴火の山体崩壊は,爆発開始前の異常現象は1週間前以降の鳴動・地震程度であったこと,山体崩壊は爆発開始の約1時間半後に発生した可能性があることが明らかになった。さらに,この噴火の最初の噴火位置は小磐梯山ではなく,沼ノ平であったことを明らかにした。また,小磐梯山の山体崩壊とそれに伴う岩屑なだれは,沼ノ平の最初の噴火の後に起こったことが明らかとなった。奥尻島神威山の崩壊物である岩屑なだれ堆積物中から,新たに10世紀の年代を示す白頭山テフラ(B-Tm)を含む未固結堆積岩と多数の生木を含む土石流ブロックを見出した。テフラと生木の年代から山体崩壊が13~14世紀に発生したと推定された。
 大学は,桜島で2015年8月に発生した群発地震のエネルギーは,大正噴火時に前駆した地震のエネルギーに比べ5桁小さいことを明らかにした。また,1914年桜島地震(M7.1)について,その初動の粒子軌跡方向及びS-P時刻のデータから震源位置を再評価した。

イ.プレート境界巨大地震

 2011年東北地方太平洋沖地震の震源域において,自己浮上式の海底地震計や海底圧力計の設置・回収を繰り返し行うことにより,広域の地殻活動の時空間変化を捉えた。海底地震観測によれば,余震数は時間とともに減少していたが,陸側プレート内での余震活動は引き続き活発であること,本震の前には北部震源域下のマントル内で地震活動が確認されていたが,本震後はほとんど地震が発生していないことなどがわかった。また,海底圧力計の記録は,本震発生前から本震に至るまでの震源域におけるゆっくり滑り発生の挙動を明らかにした。一方,2011年東北地方太平洋沖地震の震源域最浅部と昭和三陸地震震源域における高分解能地下構造調査からは,太平洋プレートの沈み込みに伴うアウターライズ上の折れ曲がり断層の分布・比高などが海溝軸付近の断層の変形構造の発達に関連していることがわかった。
 日本海溝に沈み込む太平洋プレート表層部の岩石試料等を用いてプレート境界での状態を模した環境下で摩擦実験を行い,摩擦強度と断層運動の特性について調べた。海域観測データと物理モデルを用いて,2011年東北地方太平洋沖地震の前震,前震の余効滑り,本震初期破壊過程など一連の破壊過程を再現するモデルを作成し,余効滑り域に動的破壊が進展する様子を定性的に再現することができた。
 南海トラフ沿いの海底地殻変動観測の結果,震源域におけるプレート境界の滑り欠損分布の地域性を推定することができ,滑り欠損速度の小さい領域は超低周波地震発生や海山の沈み込みに関連していることを示した。

え.今後の展望

 低頻度大規模地震・火山現象の解明には,実際に過去に発生した現象を精査し,できるだけ過去に遡って復元していくことが重要である。したがって,史料・考古遺跡や地形・地質に残された記録を調査し,解読していくことが最も有効な手法である。
 プレート境界で発生する巨大地震・津波に関しては,津波浸水シミュレーションなどの手法も合わせて,過去に発生した大規模地震・津波の実態を分析し,断層モデルを構築することで強震動・津波の発生予測などの検討に資することが望まれる。千島−日本海溝沿いの17世紀巨大地震や,相模トラフ,南海トラフ沿いにおける過去の地震の規模と多様性などの解明のため,引き続き歴史地震に関わる各種資料の収集,解析とともに,地形・地質の痕跡に関する検出精度,識別技術の向上も今後は重要になってくる。このほか変動地形学的観点から,詳細な海底地形データを利用し,地震学・測地学的視点とは異なる観点から巨大地震断層モデルを検討することもまた重要である。
 プレート境界巨大地震の発生機構解明のための各種海底観測については,2011年東北地方太平洋沖地震の震源域で現在も進行中の諸現象の観測を継続することにより,これまでに観測されたことのない巨大地震後のプレート間滑りの多様性や時空間変化が捉えられ,粘弾性変形を考慮した余効変動の解明に大きく貢献できると期待される。また,日本海溝及び南海トラフ域の海底地殻変動観測においては,プレート間固着状態の空間分布の不均質性を捉えることが可能となってきており,今後は観測の空白域である地震時に大きく滑った海溝軸付近や沈み込む直前のプレート上での観測が必要である。また,測定精度を上げるとともに,既設のケーブル式海底観測網への接続などを検討し,連続観測手法も加えることで,時間変化を検出することが重要である。さらにこれらの海底観測や深海掘削で得られた結果を制約条件として,摩擦実験や数値シミュレーションを継続して進めることにより,プレート境界での多様な滑り現象が起こる条件・要因を明らかにし,より現実的なプレート境界巨大地震モデルの推定が可能となる。
 糸魚川―静岡構造線活断層系に代表される長大な活断層の連動性については,内陸活断層帯において,過去の地震に伴う複数セグメントの連動履歴を地質学的・古地震学的な調査から解明していく必要がある。そこから,最近数回の地震サイクルにおける古地震シナリオを構築することで,地震規模予測及び長期予測の高度化につながっていくものと期待される。
 低頻度大規模噴火としてはカルデラ噴火と山体崩壊現象を対象とする。まずカルデラ噴火については噴火推移の詳細と先行噴火を解明するため,摩周火山と鬼界アカホヤ噴火についてボーリング掘削を含め調査を行う予定である。さらにカルデラ噴火とその先行噴火について物質科学的解析を加える。その際には,それぞれのカルデラ噴火でマグマ供給系の基本的な構造は明らかになっているので,複数存在するマグマシステムにおいてそれぞれの構造,温度,圧力などの情報と内部プロセスについて明らかにし,異なるマグマシステムの相互作用を明らかにする。その際には,鉱物内の元素移動の検討などにより,時間軸を考慮することに留意する。これらの情報から,カルデラ火山におけるマグマ溜りの深度や,そこでのマグマ滞留時間などが明らかになり,カルデラ火山の深部構造の解明やその観測について重要な指針を与えることが期待できる。
 山体崩壊現象については,噴火に関連した事例や地震に関連した事例のそれぞれについて古文書や地質調査によって現象の復元を行うことで,崩壊現象のメカニズムの共通点と相違点を示すことが重要である。そしてこれらの結果をもとに,マグマ及び熱水系がどのように火山体を変質させるのか,またその過程をどのように観測で検知するかを検討する必要がある。

(3)地震・火山噴火の発生場の解明

あ.目的

 地震や火山噴火が発生する場の構造や応力・ひずみの時空間変動などを把握し,プレート境界,海洋プレート内部,内陸の地学的性質の異なるそれぞれの場の特徴を明らかにするため,地震・地殻変動観測や電磁探査などの観測研究を実施する。室内実験や数値シミュレーションから得られる情報を組み込み,プレート境界での地震性滑りや非地震性滑りが発生する場の摩擦特性や,アウターライズ地震やスラブ内地震が発生する海洋プレート内部の物理特性を調べる。内陸地震発生のモデル化を目指し,内陸地殻の非弾性変形や応力場と構造や地殻流体の関係から応力集中機構について調べる。火山噴火発生場の構造や応力・ひずみの時空間変化を調べるとともに,2011年東北地方太平洋沖地震及びその余効変動による応力場の擾乱などを明らかにし,地震活動や火山活動への影響や,それらの相互作用について調べる。

い.実施状況

ア.プレート境界地震

 大学,気象庁,防災科学技術研究所,海洋研究開発機構は,海域の構造探査や海陸の地震観測点で得られた自然地震の波形及び走時データを用いた解析を行い,日本海溝や南海トラフ沿い及びニュージーランドなどの沈み込み帯におけるプレート境界断層近傍の地震波速度及び地震波減衰率の空間変化を推定するとともに,陸域の地震・地殻変動観測点で取得されたデータとの総合的な解析からプレート境界断層に沿った地震性・非地震性滑りの分布を明らかにした。得られた地下構造モデルと滑り分布の対応関係を明らかにすることで,プレート境界における滑り特性を規定する環境要因に関する検討を進めた。これと並行して,海底下科学掘削により得られた地震発生帯の構成物質の分析及び試料を用いた室内実験から,プレート境界断層上での摩擦特性を推定した。
 海上保安庁は,和歌山県下里水路観測所において人工衛星レーザー測距(SLR)観測を1982年より継続して実施し,日本周辺のプレート相対運動決定の高精度化に貢献している。
 防災科学技術研究所は,プレート境界型地震の震源モデルの精度向上のため,海洋音響波・地震波・津波の連成シミュレーション手法及び断層破壊と地震動・津波の連成シミュレーション手法を開発した。

イ.海洋プレート内部の地震

 大学及び海洋研究開発機構は,日本海溝の海側斜面における地震・地殻変動観測と構造探査により,2011年東北地方太平洋沖地震の影響により進行している太平洋プレート内の変形とそれに伴う応力変化を明らかにした。また,プレート内地震の震源分布と発生領域の地下構造の空間分解能向上を図った。さらに,沈み込み帯下の3次元的な温度構造モデルを構築した。
 大学は,南関東(首都圏)に展開された高密度な地震観測網のデータを解析し,その下に沈み込んでいるフィリピン海プレートの詳細な地震波速度・減衰構造の推定を行うことにより,プレート内地震の発生域に対応する地下構造について検討を行った。

ウ.内陸地震と火山噴火(火山・地震火山相互作用)

 大学は,2011年東北地方太平洋沖地震後のひずみ速度場の変動を観測・解析し,これをシミュレーションにより再現することで,東北日本弧の粘弾性構造の推定を行った。また,誘発地震域で見られる地震活動の移動現象と地殻流体との関係を明らかにした。
 大学は,高密度な地震や地殻変動観測,比抵抗構造探査を九州や西日本,中部日本で実施し,応力やひずみ場の推定やレシーバー関数解析,S波反射強度マッピングを行ったほか,応力集中機構解明のための数値シミュレーションや地震発生ポテンシャル評価手法の開発を行った。
 大学は,列島規模及び特定地域の地震波速度構造解析や比抵抗構造探査を実施した。また,地下水に溶け込んだガスの成分比等を準連続的に観測する装置を開発し,地殻活動に関連する変動の検出を目指して試験運用を開始した。さらに,火山噴火発生場における地震学的構造,比抵抗構造,変形場,応力場,温度構造を推定するために九州,本州,北海道域の活動的火山において高密度な地震,地殻変動,電磁気,重力などの観測を実施して応力やひずみの時空間変化を検出したほか,地下構造の推定やマグマ供給系に関する研究を行った。
 国土地理院は,GEONETやSARにより,日本列島全域の地殻変動モニタリングを着実に行うとともに,ひずみ集中帯などにおいて,GNSS繰り返し観測やSAR干渉解析等による高密度な地殻変動観測を実施した。

う.成果

ア.プレート境界地震

 2011年東北地方太平洋沖地震のプレート境界断層近傍において,地震波速度が平均より高速である領域で地震時滑り量が大きい傾向があることが明らかとなった。ただし,日本海溝軸近傍の領域に関しては,プレート境界上盤の地震波速度が極めて低速である範囲で50mを越えるような巨大な地震時滑りが発生している。この地震の震源域北部においては,構造探査で検知されるプレート境界断層からの反射波の強度が,この地震の発生前後で変化したことが示され,大規模な地震時滑りによる断層の状態変化が捉えられた。
 フィリピン海プレートが沈み込む南海トラフ・南西諸島(琉球)海溝沈み込み帯においても,プレート境界での滑り特性に対比可能な地下構造の変化が明らかになってきた。四国地域の長期的ゆっくり滑り発生域では,プレート境界上盤側の地殻内でのP波減衰率の空間変化と深部低周波微動活動のセグメント構造との間に対応関係があることが判明した。紀伊半島の深部低周波微動発生域で認められた地震波低速度異常と高Vp/Vs異常は,巨大地震発生領域よりもさらに深い位置において,沈み込む海洋性地殻から脱水が起こっていることを示唆する。南九州のウエッジマントルの最前縁部には,沈み込む海洋性地殻との相互作用による含水化を示すと考えられる地震波低速度異常があり,その直下のプレート境界は蛇紋岩化により安定滑り特性をもつ可能性がある。
 日本海溝に比較的近いプレート境界浅部において超低周波地震の活動があったことが示された。さらに,日本海溝沿いのプレート境界では,プレート間固着の強さに数年程度の周期の変動があることが見出され,固着が弱くなった時期にプレート境界地震の活動が活発化する傾向が示された。   

イ.海洋プレート内部の地震

 2011年東北地方太平洋沖地震の発生後に活発化している太平洋プレート内の地震の発震機構の解析から,巨大地震後の応力場の推定が行われた。2011年東北地方太平洋沖地震は太平洋プレート内の応力場と地震活動に影響を及ぼしたが,その様相は地域によって異なる。海溝海側では地震前に比べてより深部にまで正断層型地震が発生していることから,引張応力の高まりが指摘された。一方で,2011年7月10日に2011年東北地方太平洋沖地震の震源近くで発生した横ずれ型地震(M7.3)に関する解析から,この領域での太平洋プレート内の引張応力の高まりは海溝海側ほど大きくなかったことが示唆された。また,2011年4月7日に宮城県沖の太平洋プレート内で発生した逆断層型の地震(M7.2)は,地震波低速度異常域を震源として発生した。震源域の低速度異常は,アウターライズで形成された正断層が含水化された状態にあるためと解釈され,周囲より摩擦強度が低いところに2011年東北地方太平洋沖地震による応力擾乱が加わったため,その断層が再活動したものと解釈される。
 北海道東部下に沈み込む海洋性地殻の地震波速度構造を推定したところ,含水中央海嶺玄武岩から期待されるP波速度よりも低い値を示す領域が見出されたが,そこでは含水鉱物と水が共存し,その水がスラブ内の地震発生に寄与していることが示唆される。沈み込む海洋性地殻の脱水により地震波速度が周囲より大きくなっていると考えられる領域は,紀伊半島下や南九州下でも認められ,脱水により放出された水はその直上のプレート境界断層の摩擦特性にも影響を及ぼしている可能性がある。
 また,東北・北海道と関東におけるスラブ形状を取り入れた3次元シミュレーションにより,千島・日本海溝下の温度構造とスラブ上盤におけるマントル対流パターンを推定した。得られた対流パターンは火山配列やS波異方性パターンと整合する。北海道下での太平洋プレート内の地震波速度構造や地震活動は,東北地方下とは異なる特徴を示すことが知られていたが,北海道下の温度構造が太平洋プレートの斜め沈み込みの影響により,2次元モデルでほぼ説明可能な東北地方下と異なっていることがその原因であることが示唆された。
南関東(首都圏)下のフィリピン海プレートについては,マントル東端部に地震波高減衰域が見出され,その西縁で1921年と1987年に発生した2つのスラブ内地震(それぞれ,M7.1とM6.7)が発生していることから,スラブ内地震の発生には構造の不均質が密接に関係していることが示唆された。

ウ.内陸地震と火山噴火

 内陸地震発生のモデル化へ向けて地殻深部から上部マントルに至る広域の地震波速度や比抵抗の構造が推定された。特に,濃尾断層帯周辺での集中観測により推定された地震波速度構造から,断層直下の下部地殻に地震波低速度異常や不連続構造の存在が認められた。さらに,電磁探査により,濃尾地震断層に沿った3次元比抵抗構造が求められ,上記の下部地殻低速度異常に対応する低比抵抗域や,太平洋スラブ起源の流体と考えられる低比抵抗域が上部マントルに存在することが明らかになった。その他の地域についても,流体分布や温度構造,震源モデルとの比較から,多くの場合,規模の大きな内陸地震発生域の直下には低速度域や低比抵抗域が存在し,大滑り域は対照的に高速度,高比抵抗であることがわかった。また,近年発生した内陸地震震源域での高密度な地震観測データから,応力の主軸方向は大きくばらつき絶対応力値は必ずしも大きくないことが示唆された。さらに,微小地震の発震機構解から列島規模の応力場が推定され,多くの活断層が現在の応力場に対して滑り易い方向に形成されていることがわかった。
 横ずれ断層への応力集中機構のモデル化に向けた取り組みの中では,高密度な地震観測が西南日本地域で実施され,大量の波形データから,詳細な地震波速度構造や応力場が明らかになった。地殻変動データに基づく西南日本地域のブロック断層モデルからは,明瞭な活断層が見られない山陰地方と南九州にひずみ集中帯が存在することが明らかになった。地震活動データに基づく九州地方における非弾性変形の見積もりからは,別府や熊本で大きなひずみ速度が推定された。発震機構解を用いた地震発生ポテンシャル評価手法を開発し,福岡県・警固断層で試行した結果からは断層近傍での応力集中は見られなかった。近畿地方での詳細なモホ面深度分布の推定からは,内陸の活断層周辺はモホ面が変形していないことが明らかになった。地殻流体に関する理解の進展としては,地震波反射面の分布からマントル起源の流体が活断層の深部へ到達していることを示唆するイメージが得られた。化学分析により,兵庫県・有馬温泉の深部由来流体はフィリピン海プレート起源で有馬高槻構造線沿いに上昇している可能性が示された。
 伊豆大島では,火山性地震の地震活動度と深部からのマグマ供給に伴う山体変形の関係を,揮発性成分増加による断層面の流体圧の増減の効果と岩石の摩擦構成則を組み合わせることでモデル化することができた。富士山では,その山麓部で発生した2011年静岡県東部の地震(M6.4)の震源域に流体の通路を示唆する低比抵抗域が見出された。また,岩石空隙中の気体が2011年東北地方太平洋沖地震による震動で離脱上昇した結果,間隙水圧を高め地震を誘発したとするモデルが提案された。御嶽山では,2014年の噴火の2週間前から,山頂直下の応力場が変化していたことが多数の地震の発震機構解の解析から明らかにされた。噴火前に火山ガスや熱水が上昇して間隙圧が増大し,地下浅部で開口割れ目が形成された可能性がある。
 阿蘇山では,山体下の中部~下部地殻に,マグマの存在を示唆する地震波低速度域が検出された。九重山では,電磁探査から高比抵抗域が検出され,過去の貫入マグマもしくは高温ガス通路である可能性が示された。2016年熊本地震の震源域を含む九州中部の地殻構造や応力場が詳しく調査され,本震後に活発化した熊本―大分の地震活動は,阿蘇山・九重山・鶴見岳といった活火山下の低比抵抗域を避けて発生していることが明らかにされた。
 2011年東北地方太平洋沖地震後に行われたGNSS繰り返し観測から,余効変動により広域的には伸長ひずみが卓越する東北日本の中で,越後平野のひずみ集中帯では短縮変形が進んでいることが明らかになり,遠方からの外力に影響されることなくひずみ集中が進行していることが明らかにされた。また,2011年東北地方太平洋沖地震による列島規模の余効変動の時空間特性が明らかにされた。東北地方の火山フロントでは,2011年東北地方太平洋沖地震後の余効変動として短縮ひずみが観測され,数値シミュレーションから地殻深部の粘性構造が影響を与えていることが示唆された。2011年東北地方太平洋沖地震後に東北地方各地で発生した誘発地震は,地震波速度構造及び比抵抗構造の特徴から,大きな応力変化により地殻深部流体が上部地殻へ流入したために誘発されたことが示唆された。

え.今後の展望

 2011年東北地方太平洋沖地震の震源域でみられた地震時滑り量と地震波速度の空間的な相関は,構造不均質が断層面上での滑り特性を規定する要因となっていることを示唆する。また,プレート境界断層で発生する多様な滑り現象の間には相互作用があることから,高頻度のゆっくり滑りの活動特性をもとに,将来の巨大地震の破壊域を予測できる可能性がある。滑り現象の多様性とそれらの相互作用といった断層滑りの特性を規定する要因を特定するために,構造モデルの空間分解能のさらなる向上が必要である。さらに,海洋プレート内地震の震源近傍には,プレート変成過程の一部である含水・脱水に伴う構造不均質が存在し,地震発生に関与する可能性があると考えている。このような構造不均質から海洋プレート内での含水と脱水状況を推定することを通して,海洋プレート内大地震の発生ポテンシャル評価の実現が近づくものと期待される。内陸大地震の震源域においても,地殻流体の分布などを反映した構造不均質と大滑り域の範囲や震源近傍の応力場との相関に関する検討が進みつつある。内陸地震断層で検出されている断層スケールの不均一応力場や地殻非弾性変形は,断層の応力載荷を規定し,構造を通して断層への応力集中により地震発生に至る過程を支配する要因である。そのため,精度の高い観測によって地下構造や応力情報のさらなる蓄積を図り,シミュレーション等を用いた応力集中機構に関する物理モデルの構築につなげることが望まれる。火山周辺では,阿蘇山で得られた中部~下部地殻の構造不均質とマグマ溜まりの関係を示すような観測事例を増やすなどによって,詳細な地下構造をもとに深部から浅部に至るマグマ供給系の実態の解明とモデル化を進めることが必要である。
 構造不均質と断層挙動の関係を理解するには,断層構成物質の物性の違いが摩擦特性に及ぼす影響を調べることが必要であり,断層から採取された岩石試料を用いた室内実験の成果が期待される。封圧が高い地下深部で発生する海洋プレート内地震の発生機構の理解には,地震発生域の温度・圧力条件下における海洋プレート構成物質の脱水反応やそれに伴う変形特性に関する基礎的な研究が重要である。また,海洋プレート内地震の発生場を理解するため,スラブ及びウエッジマントルにおける温度分布と水の移動過程のモデルを,室内実験や数値シミュレーションを通して高度化することも推進すべきである。
 火山近傍での高密度地震観測は,噴火前後の応力場の時間変化の検出を可能とするもので,火山活動の活発化に伴う場の変化を定量的にモデル化する上で有効である。こうした観測の成果を活用して,火山活動の活発化や噴火に伴う応力場の変化が地震活動に与える影響を継続して検討するべきである。さらに,地震活動や地殻変動データからマグマ内の揮発性物質の挙動を推定するモデルの構築のような,観測で得られる力学データから噴火様式を規定するパラメータを抽出する手法の開発を様々な火山についても継続することが重要である。これにより,火山噴火事象分岐系統樹の構築に対して重要なデータの提供が可能となるとともに,噴火災害誘因予測の高度化も期待される。
 長期広域的な変動場にある日本列島では,海溝型地震や内陸地震,火山噴火などの過渡的な現象が時空間的に重畳し,相互に作用して地殻活動が起きている。2011年東北地方太平洋沖地震の余効変動は現在も継続中であり,今我々は,巨大地震による内陸地震や火山噴火の誘発の有無や,その機構を解明する上で極めて重要な時期を迎えている。2011年東北地方太平洋沖地震後の地震活動と地殻変動の精力的な観測研究から,地震活動への流体の関与や日本列島の詳細な粘弾性構造などが解明されつつある。いずれも,地震発生域への応力集中機構の理解に不可欠なものであり,継続した観測をもとにプレート境界巨大地震に対する長期的な応答を定量的に把握するとともに,こうした知見を活用して地震発生ポテンシャル評価手法の開発と試行も引き続き行うことが必要である。地震と火山噴火の相互作用については,短期的な因果関係のみにとらわれず,数十年スケールの影響も視野に入れた仮説の提案やその検証に向けた観測が,地震火山相互作用のさらなる理解に新たな道を開く可能性がある。また,火山の存在による地殻構造の不均質が,周辺の地震活動をどのように規定するのかという視点からのモデル化も,引き続き取り組むべき重要課題である。

(4)地震現象のモデル化

あ.目的

 地震発生予測のためのシミュレーションや高精度の地震動・津波のシミュレーションを効率的に行い,地震発生機構の定量的な理解や,プレート境界での多様な滑りを再現するためには,プレート境界面形状や地震波速度などの構造モデル,地殻やマントルの変形特性やプレート境界面の摩擦特性の推定が必要である。このため,これまでに得られたデータや,新たな観測データを統合して,多様な研究において共通して利用可能な日本列島域の構造共通モデルを構築する。さらに,摩擦構成則や複雑な破壊現象を考慮した現実をよりよく説明できる断層物理モデルを構築する。

い.実施状況

ア.構造共通モデルの構築

 構造共通モデルとは,震源断層モデルの構築やシミュレーション研究などでの活用を目指し,これまでに得られているさまざまな情報から作成される統一的な構造モデルである。
 大学及び海洋研究開発機構は,既往の成果を可能な限り収集・整理し,地形・海溝軸モデル,プレート境界モデル,日本列島及びその周辺の震源断層モデル,日本列島下のモホ面及び脆性・延性域境界モデル,リソスフェア・アセノスフェア境界,日本列島下の岩石モデル・レオロジーモデルの6つの要素について,デジタルモデルの構築に着手した。

イ.断層滑りと破壊の物理モデルの構築

 摩擦構成則や複雑な破壊現象を取り入れたより現実に近い断層物理モデルを構築するためには,様々な野外観察,室内実験や数値シミュレーションが必要となる。
大学は,プレート境界,活断層,その他の地震発生域における地球物理及び地球化学観測や野外観察,室内実験や数値シミュレーションなどを通じて,断層帯の微細構造や間隙流体の存在が断層強度や破壊過程に及ぼす物理・化学的影響を明らかにする研究を実施した。
 大学及び防災科学技術研究所は,摩擦構成則の改良や,摩擦滑り時の複数の素過程の相互作用を考慮した各種実験に着手した。

う.成果

ア.構造共通モデルの構築

 日本列島全体及びその周辺域を対象領域とする構造共通モデルの構築に向けて,地形・海溝軸モデル,プレート境界モデル,日本列島及びその周辺の震源断層モデルの構築が推進された。海溝位置と水深モデルが作成・確定されるとともに,構造探査等の既往成果を統合したプレート上面位置データが作成された。

イ.断層滑りと破壊の物理モデルの構築

 断層滑りと破壊の物理モデル構築のためには,断層周辺の応力や強度の振る舞いを知る必要がある。野外観察,室内実験や数値シミュレーションにおいてこれらの基本的な挙動の解明が進展した。
 野外観察に関しては,地震発生帯における地殻流体の熱力学情報の精密化とフィールドでの検証に向けて,断層の温度を計測する手法を開発した。また,地震時滑り量分布が良く調査されている世界の純粋な横ずれ地表地震断層の形態を調べ,発達様式をまとめた結果,自然の断層帯も階層的な自己相似性を保って進化している証拠が得られた。さらに,断層周辺の流体挙動に関しては,野島断層におけるこれまでの注水実験やアクロス連続運転データの解析を進め,断層近傍でのクラック密度の減少による長期的な地震波速度の増加(強度回復)を示唆する結果が得られた。
 室内実験に関しては,沈み込みプレート境界に多量に存在するスメクタイトと石英を様々な割合で混合した模擬物質を用いて,スメクタイト量比が摩擦挙動に与える影響を調べた。スメクタイト量比が比較的大きな日本海溝では低速でも摩擦強度が小さく地震時に大きな応力降下をもたらさないのに対し,スメクタイト量比が比較的小さい南海トラフでは,大きな応力降下が発生する可能性が示された。脆性-塑性遷移領域における断層のせん断強度への間隙水圧の影響について調べるため,温度・封圧・間隙水圧それぞれを独立に変えて岩塩ガウジを用いた実験を行った。有効法線応力としては,真実接触面積に無関係に,封圧から間隙圧を減じたものを使うべきであると結論され,その物理的解釈も提示した。また,防災科学技術研究所の大型振動台を利用した岩石の二軸摩擦実験を実施し,断層面上で生成・成長する応力の空間的不均質に起因して摩擦滑り特性が変化することを明らかにした。
 数値シミュレーションに関しては,プレート境界の起伏の影響が地震サイクルにどのように影響するのか,法線応力の変化を考慮した地震サイクルシミュレーションを行った。モデル化したプレート境界に凸部を設けると局所的に法線応力が低下し,強度が下がって破壊しやすくなり,地震の繰り返し間隔が短くなることがわかった。また,2011年東北地方太平洋沖地震の震源域を念頭に凸部のあるプレート境界モデルを設定し,数値シミュレーションを実施した結果,この地震について推定された地震時の滑り分布と同様に海溝付近における大きな滑りが再現された。
 地震サイクルにおけるプレート境界の固着の程度の変化を,プレート境界面からの弾性反射波の観測から検知できるかについて,岩石の摩擦構成則に基づいて理論的検討を行った。その結果によると,地震発生前の低速の滑りにより固着の程度が低下するが,これに伴う地震波の反射率の増加は少なくとも5%,大きい場合は50%程度となり,反射法地震探査により検知可能な変化であると予測された。
 潮汐等による応力変化が地震やゆっくり滑りの発生に及ぼす影響を評価するため,簡単な物理モデルによって周期的外力の応答を数値シミュレーションにより調べた。その結果,ゆっくり滑りに伴う応力変化は数10~100kPa程度と小さいため,数kPa程度の地球・海洋潮汐による応力変化によっても滑りの発生と外力の位相がそろう可能性があることがわかった。これらは,地球・海洋潮汐などの周期的外力及び単独の繰り返し間隔を持つアスペリティの相互作用より生じる同期現象を示唆する。
 高温高圧下での塩水の電気伝導度は,実験データが存在しないため,分子動力学シミュレーションによって調べた。求められた塩水の電気伝導度を,地殻の地震発生域や断層帯の電気伝導度構造を比較することで,断層帯や地震発生域にどの程度の流体が存在するかについて定量的に議論することが可能となった。

え.今後の展望

 構造共通モデルの構築に関しては,これまでの研究で得られた日本列島周辺のプレート境界面の形状や,地震波速度構造,地震発生層の下限深度などの構造情報を整理し,多くの研究者が利用できる標準的な構造共通モデルが作成されつつある。また,構造についての情報が不足している領域での観測や,現時点で未推定の粘弾性などの物理パラメータを得るための観測を実施し,構造共通モデルを補う必要がある。構造共通モデルは,様々な解析やシミュレーションの基盤情報である。観測等に基づき構造共通モデルを改良するとともに,シミュレーション研究等で構造共通モデルを使用した結果なども参考にしながら,モデルを高度化することが研究推進に不可欠である。
 断層滑りと破壊の物理モデルの構築に関しては,摩擦構成則を用いた数値シミュレーションやデータ同化において,余効滑りやゆっくり滑り及びこれらの同期現象を対象にした研究が行われた。また,実験及び観測・観察に関しても,断層物理モデル構築に必要な破壊・摩擦素過程に関する理解が着実に蓄積されている。ただし,地震発生メカニズムの断層物理モデル構築には,個々の素過程を統合してモデル化を行い,観測事実等との比較により検証することが必要である。断層物質の摩擦特性のさらなる解明を進めるとともに,それらを統合した断層破壊過程のモデル化が重要と考えられる。
 今後,これらの構造共通モデルと断層物理モデルを利用して,地震発生機構の定量的な理解を進め,地震やプレート境界での滑り過程の数値シミュレーションがより定量的に再現されるようになれば,予測問題への本格的応用が期待される。

(5)火山現象のモデル化

あ.目的

 本項目では,各種観測や火山噴出物の解析から,噴火に先行する異常現象とその後の火山活動を捉え,先行現象の発生機構や,各現象の相関・因果関係を明らかにする。その際,火山の性質や噴火様式に着目し,火山ごとの類似点・相違点を比較検討する。さらに,マグマの挙動に関する理論及び実験的研究の成果も取り入れて,観測された火山現象の物理・化学過程を明らかにし,そのモデル化を進めることを目的としている。火山噴火は,規模・様式・発生機構が多様であるため,本項目では,マグマ噴火を主体とする火山と,熱水系が卓越し水蒸気噴火をしばしば伴う火山とに大別して研究を進めている。

い.実施状況

ア.マグマ噴火を主体とする火山

 大学は,有珠山,浅間山,伊豆大島,桜島等で,火山性地震,地盤変動,火山体の地震波速度や比抵抗の構造とその時間変化,固形噴出物・火山ガスの成分変化を総合的に理解し火山現象の定量的把握を行うための多項目観測を実施した。特に,活発な噴火を続ける桜島と,2015年にごく小規模な噴火が発生した浅間山では,マグマの蓄積・上昇・発泡・破砕などの過程に関する理解を深め,そのモデル化も行った。霧島山(新燃岳)と口永良部島については,噴火中の入山規制の下で,無人ヘリを利用した空中磁気測量や臨時地震観測点の展開,火山ガス観測などを繰り返し実施した。また,海外の火山との比較研究として,米国・イタリア・インドネシアにおいて,地震・傾斜の臨時観測や噴出物調査等を相手国と共同で展開した。さらに,新たなモニタリング手法の一つとして,地震波干渉法による地震波速度変化検出システムを試作し,気象庁が配信する連続データを用いて,熱水系が卓越する火山も含めた国内の20火山に適用した。
 防災科学技術研究所は,SAR干渉解析の高度化及び火山活動評価への応用を進めるとともに,火山噴火数値シミュレーション手法を開発した。
 産業技術総合研究所は,桜島,阿蘇山,浅間山,口永良部島,御嶽山において,火山ガスや固形噴出物の分析・解析を行った。また,伊豆大島と薩摩硫黄島では自然電位観測を行い,数値計算を通じてマグマ—熱水系の定量的モデル化を進めた。
 国土地理院は,桜島・伊豆大島の地殻変動に対して時間依存インバージョンを用いた地殻変動解析を行い,マグマ供給系とその時間変化のモデリングを行うとともに,解析手法の高度化も並行して進めた。
 気象庁は,桜島や口永良部島などにおいて,傾斜計,GNSS及びSAR干渉解析を通じて,火  山活動に伴う地殻変動源のモデル化及び即時推定と変動予測の研究を進めた。また,大学と  共同して桜島の反復人工地震探査を行った。
 海上保安庁は,南方諸島及び南西諸島の海域火山において,航空機を使用した目視観測,熱画像撮影や磁気測量などの定期巡回監視を実施した。西之島については,海域火山基礎情報図調査を行った。伊豆諸島海域においては,通年のGNSS連続観測を実施した。

イ.熱水系の卓越する火山

 大学は,熱水系の卓越する十勝岳・吾妻山・草津白根山・阿蘇山・口永良部島等で,火口近傍を含む火山体周辺において地震・地殻変動・電磁気・化学観測を行った。十勝岳・吾妻山・草津白根山については,臨時連続観測点の増強を行い,火山体浅部熱水系の物理・化学的特性や状態の時空間変化の検知能力を向上させた。十勝岳と吾妻山では,地質・岩石学的調査と鉱物学的分析とを組み合わせて過去の噴火堆積物の調査・解析を進めた。さらに,他火山の過去の噴火事例や文献も参照しつつ,発生機構を意識した水蒸気噴火の分類体系を整理し,熱水系が卓越する火山の地下構造やその中長期的変遷について概念モデルを提案した。大学は,上記5火山以外にも,2015年にごく小規模な噴火を起こした箱根山で火山ガス観測(採取試料の成分比や元素同位体比の分析)を高頻度で行った。焼岳については,2015年より地震観測・地殻変動観測を増強し,地磁気観測を開始した。蔵王山においては,人工地震探査の他,多項目の連続・反復観測網を整備した。
 大学と産業技術総合研究所は,2014年9月に水蒸気噴火を起こした御嶽山も比較研究の対象に加えて,各種物理・化学観測や噴出物の分析を行った。
 大学と海上保安庁は,海域火山の活動を評価する新手法の開発を目指して,特に西之島周辺域の海水の化学分析を行った。
 気象庁は,雌阿寒岳,草津白根山などにおいて,地磁気の連続観測及び繰り返し測量を実施し,火山活動の消長に応じた時空間的な磁場変動とその原因を客観的に評価する手法の開発を進めた。
 産業技術総合研究所と大学は,薩摩硫黄島,雌阿寒岳,十勝岳,草津白根山,弥陀ヶ原などにおいて,電磁気・熱及び化学的手法に基づき熱水系の実態を明らかにするための観測を行った。また,いくつかの火山については数値計算を活用して定量的モデルを提案した。
北海道立総合研究機構環境・地質研究本部地質研究所は,北海道内の主要火山において物理・化学観測と地質調査を行った。特に,十勝岳については大学及び気象庁と共同して調査を行い,熱水系を含む火山体内部構造のモデル化を行った。

う.成果

ア.マグマ噴火を主体とする火山

 数理的アプローチによる研究では,ブルカノ式噴火の火道流モデルに基づく山体変形の特徴が数値計算により調べられ,桜島で噴火時に観測された傾斜変動の基本的な特徴が再現された。これにより,マグマ破砕面の降下速度や破砕時の発泡度といった火道内過程を,力学的観測から推定できる可能性が示された。
 霧島山(新燃岳)では,2011年の一連の噴火に関連する様々な研究(観測・数値計算・室内実験・噴出物解析)により,爆発的マグマ噴火のモデル化が進んだ。例えば,GNSS観測からは,深さ約10kmの推定マグマ溜まりでは,準プリニー式噴火に同期した収縮だけでなく,その後の再膨張が捉えられた。SAR干渉解析からは,主要な噴火活動が終息した後も火口内にマグマが僅かずつ供給されていたことが明らかにされた。空振データと地震データの相互相関をとることで,一地点の観測でも空振信号を簡便に抽出する手法が開発され,地震信号と合わせて霧島山(新燃岳)噴火のモデル化に役立てられた。また,非定常火道流モデルの数値計算により,実際に起こった噴火様式遷移の原因について定量的な検討が加えられた。
 室内実験では,マグマが減圧開始よりも遅れて爆発する遅延破砕という現象が確認され,霧島山(新燃岳)の準プリニー式噴火の開始過程のモデル化に適用された。また,最新の観察技術を用いてブルカノ式噴火と準プリニー式噴火の噴出物を比較解析することで,結晶サイズ分布のサブミクロンスケールにおいて明瞭な違いを検出することに成功した。これは,火道浅部においてマグマが受ける減圧過程が噴火様式によって異なることを意味し,噴出物解析から噴火様式を判別できる可能性を開く成果である。
 霧島山(新燃岳)や口永良部島の噴火では,無人ヘリの活用や簡易型SO2放出率測定装置の実用化が進み,噴火に伴う入山規制時における遠隔地からの状態把握に威力を発揮した。また,宇宙線ミューオンを利用した火山体内部の透視技術は着実な進展を続けており,薩摩硫黄島では噴火によるマグマ放出により火道の平均密度が低下した様子が捉えられた。
 浅間山では,2000年代の噴火活動に伴う地殻変動とSO2放出率変化の関係が再検討され,マグマの蓄積や輸送過程の議論において脱ガスの効果を考慮することの重要性が示された。
 海外との共同研究では,インドネシアのロコン山における臨時地震・空振・傾斜観測網の展開を通じて,ブルカノ式噴火に伴う火道内力学過程のモデル化と我が国の火山との比較が行われた。一方,典型的なストロンボリ式噴火の発生機構とされる火道内スラグ流モデルに基づいた山体変形の数値計算コードが開発され,現象の特徴が明らかにされた。ところが,実際にイタリアのストロンボリ山で臨時展開した傾斜観測のデータは,従来のモデルから想定されるものとは特徴が異なっており,ストロンボリ式噴火の発生機構の解明には力学的観測とモデルの両面から調べる必要があることが示された。

イ.熱水系の卓越する火山

 大学や気象庁等により火口近傍の多項目観測が行われてきた火山のうち,過去に水蒸気噴火を繰り返している火山を選定して比較した。その結果,浅部に熱水系が卓越するとされる火山では,非噴火時にも各種観測項目に明瞭な変動が確認できた。特に,口永良部島・吾妻山・十勝岳では,非噴火時にもごく浅部の山体膨張と岩石の磁化消失(消磁)が長期間続いている点が共通していた。また,この変化は単調ではなく,群発地震や間欠的な膨張・消磁の加速を伴いつつ,一方向的に進行していた。
 草津白根山や阿蘇山では,上記3火山との共通点も認められるものの,地盤変動と地磁気変化の対応関係や,変化の反復性といった点で一部異なる面があった。活動的火口湖を有し熱水系が地表に顕在化しているこの2火山では,数値モデルと放熱率観測に基づいて火口湖の熱収支が検討された。九重山では,1995年の(マグマ)水蒸気噴火以後,一貫して地盤の収縮と冷却帯磁が継続していたが,2014年頃からその傾向が停滞もしくは反転を始めたことが明らかにされた。蔵王山では,御釜火口地下浅部の消磁や長周期微動の増加などが見られ,人工地震構造探査で御釜火口から噴気活動域にかけての地震波減衰域が推定された。これらの特徴は,他の熱水系卓越型火山(特に阿蘇山)とも共通性があり,比較研究の基礎情報として重要な知見である。
 有珠山では,2000年火口近傍に掘削した孔井により,マグマ水蒸気噴火発生場となった地下構造の直接的検証が行われた。500mの孔井は2000年噴火の貫入マグマには到達せず,最深部の温度勾配も周辺地域と大きな差は認められなかった。このことから,地盤変動や地磁気変化から従来推定されていた変動源の位置には,マグマは貫入していなかった可能性が高いことが示された。孔井コアの解析からは,数百m以深は変質作用で生成された粘土鉱物に富むことが明らかとなり,水蒸気爆発を繰り返した2000年噴火では,難透水性の粘土層が圧力を蓄える役割を果たしていたことが裏付けられた。
 箱根山・草津白根山・十勝岳では,噴気や温泉水等の化学的調査も精力的に行われた。特に,箱根山では高頻度で噴気の採取・分析が行われ,2015年6月の微噴火直前もしくは噴火に同期した化学組成や安定同位体比の変化は,難透水層の形成と部分破壊に伴ってマグマ性ガスが上昇した結果であるとするモデルが提案された。
 これらの事実を総合すると,熱水系卓越型の火山では,各種観測データの長期変動は,(マグマ)水蒸気噴火の切迫性を把握する上で重要な背景情報といえる。また,現象の一方向性や間欠性は,浅部熱水系の変質鉱物の沈積に伴う難透水層の形成と部分破壊を示唆している。

え.今後の展望

 マグマ噴火中の火山については,噴出物の化学分析や組織解析に物理観測データを組み合わせることによって,火道内のマグマ上昇過程に関してより詳しい情報(例えば,上昇速度や滞留時間)を引き出すことも可能になってきた。今後は,こうした推定値を火道流モデルなどの数値計算に取り入れることにより,モデルの妥当性を検証しつつ現象の全体像の理解をさらに進めるべきである。また,地震・地盤変動観測との比較は,モデルの検証にも利用できる。現在噴火していない火山についても,観測的手法と物質分析的手法の連携は有効である。例えば,過去の水蒸気噴火堆積物に含まれる鉱物組成を詳細に解析し,鉱床学で提唱されている一般的モデルと対比することで,堆積物が噴火前に置かれていた温度・圧力等の条件を推定する試みがなされている。また,過去のマグマ噴火堆積物に含まれるメルト包有物分析と鉱物組成の条件から,マグマ溜まりにおける含水量を簡便に測定することが可能となったため,現計画ではいくつかの火山について多量の分析データが得られた。こうした物質科学的手法から得られる山体内部の描像を地下構造探査で検証することでモデルの精度を高めたり,マグマ溜まりの条件を与えた数値計算により,想定される噴火のバリエーションを確率的に評価したりすることが,今後の研究課題として想定される。
 熱水系卓越型火山については,今後,難透水層の実体や形成過程を個々の火山で解明するとともに,静穏期に山体内で進行する現象を理解する鍵となる観測項目については,長期的変動の把握を継続することが望ましい。多くの場合,未だ概念的解釈の段階にある熱水系卓越型火山のモデルを,将来的に噴火事象系統樹の分岐判断の根拠として利用できるまでに一般化するためには,海外の事例も参照しながら比較研究の対象火山を広げる努力や,検証のための継続的観測とともに,様々な条件を検討できる数値計算の援用も有効であろう。
 マグマ噴火を主体とする火山,熱水系の卓越する火山のいずれに対しても,多項目観測データの同一時間軸上での比較や,噴火様式の類似した火山間の比較は,噴火時における火道内のマグマの振る舞いや,噴火準備期におけるマグマ供給系や熱水系の時間発展の理解を深める上で有効性が高いことがあらためて認識された。今後のさらなる発展が望まれる課題の一つとして,噴煙量・放熱量の定量的モニタリングの精度を高めることが挙げられる。これらは,噴火規模の即時的把握や噴火ダイナミクスの解明に効果的であるだけでなく,非噴火時における準定常的な熱エネルギー輸送や,数10年の時間スケールで繰り返す噴火のサイクル全体を俯瞰的に理解する上でも重要である。

2.地震・火山噴火の予測のための研究

(1)地震発生長期評価手法の高度化

あ.目的

 地震発生の長期評価は,計画的に地震災害に備えるために有用であり,その信頼性や精度の向上は重要である。史料,考古データ,地質データなどに基づき推定された長期間の地震の繰り返し特性や,変動地形の精査による活断層の特性などを理解し,さらに,近年の観測データや高性能計算機による数値シミュレーションなどを利用する手法を開発して,地震発生の長期評価の高度化を行う。

い.実施内容

 大学と海洋研究開発機構は,数値シミュレーションにより,過去に南海トラフで発生した巨大地震の多様な発生サイクルや日本海溝域の巨大地震発生サイクルの再現を試み,観測事実等との整合性を検討した。
 大学は,航空レーザー測量や自律飛行可能な無人航空機(UAV,ドローン)による空中写真撮影と3次元計測技術を利用して,数値標高モデル(DEM)から活断層とずれの量をマッピングする手法を検討した。

う.成果

 過去に南海トラフで発生した巨大地震の多様な発生様式やゆっくり滑りについて,数値シミュレーションにより,観測事実を説明するモデルが構築された。さらに南海トラフ沿いの陸域でGEONETにより観測されている地殻変動の観測結果から,数値シミュレーションモデルの尤もらしさを確認する手法も開発された。
 阿寺断層においてUAVによる空中写真撮影と3次元計測技術を用いることにより,変動地形学的議論に耐え得る3次元地表データの取得が可能であることが明らかになった。さらに2014年長野県北部の地震による地表地震断層について,UAVなどによる最新測量技術を用いた高密度の変位量分布と既存活断層の平均変位速度分布との比較を試みた結果,最近発生し た何回かの地震は,今回の地震と同様に破壊域が北方へ拡がる地震であった可能性が示された。砺波平野を対象に,DEMを用いた詳細な変位地形の抽出を試行し,ステレオ画像により,高岡市街地を横切る断層変位地形や法林寺断層の北延長に僅かな背斜状の変動地形が新たに見出された。いずれも平野部を横切る長波長の変形であり,空中写真や地形図などの地形資料からは抽出困難な変動地形であった。

え.今後の展望

 地震発生の長期評価手法の高度化は,地震現象の理解を災害軽減への貢献につなげる重要な出口の一つである。2011年東北地方太平洋沖地震の発生を受け,あらためて,プレート境界で発生する巨大地震の多様性をモデル化しその結果を長期評価につなげる手法を開発する重要性が認識された。その過程で,過去の南海トラフ沿いの巨大地震の発生様式とゆっくり滑りを統一的に説明できる多数の数値シミュレーションモデルが構築されてきた。数値シミュレーションが長期評価に使える可能性を示した一方で,発生様式を説明可能な物理モデルやパラメータ分布は非常に多いため,実際に次の地震の評価につなげることは現時点で難しい。海域を含む地殻変動の観測データを同化することで,シミュレーションをより現実に近づけていくことができると期待される。ただし,これらの結果を確率評価とどのように結びつけるかについての検討が必要であろう。さらに,上述のようなシミュレーションを用いた高度化に限らず,従来の長期評価の枠組みの中での活用を含めて,史料,考古データ,地質データ等から推定される長期的な地震活動履歴のさらなる利用が今後も望まれる。
 プレート境界型巨大地震の長期評価手法の高度化には,長期の陸上地殻変動データや海底地殻変動データの解析による滑り欠損の蓄積やゆっくり滑りを定量化して,次に起こり得る地震の規模や滑り分布を評価する手法を開発していけば,道が開ける可能性がある。
 一方,プレート境界型巨大地震と違い,繰り返し間隔の長い内陸地震の長期評価の高度化には,まず,詳細な変動地形の解析による活断層の認定と活動性評価の高精度化が不可欠である。航空レーザー測量やUAVなどによる最新測量技術を用いることにより,高精度で活断層の位置とその変位量分布を明らかにする手法が開発されており,変動地形の理解において今後も活用していくことが望まれる。一方,2014年長野県北部の地震における神代断層のように,想定よりも規模が小さく,短い区間での断層活動の可能性や,2016年熊本地震における日奈久断層帯と布田川断層帯との関係のように,断層帯を跨いだ活動の可能性など,新たに課題が顕在化してきている。今後は,内陸地震についても発生様式の多様性を明らかにし,そのモデル化を進め,長期評価の高度化につなげる必要がある。

(2)モニタリングによる地震活動予測

あ.目的

 物理モデルに基づく数値シミュレーションと地震活動や測地データ等の観測データを比較することにより,プレート境界滑りの時空間発展機構の包括的理解を目指す。さらに,プレート境界滑りを予測する手法を開発する。また,地殻ひずみ・応力の変動を,断層滑りや広域応力場を基に推定し,地震・火山現象に及ぼす影響を評価する。統計的モデルを用いて,地震活動の予測実験を行うとともに,その予測性能を評価する。

い.実施状況

ア.プレート境界滑りの時空間発展

 国土地理院は,ブロック断層モデルを用いて日本を構成するマイクロプレートの動きを考慮し,陸上地殻変動だけでなく海底地殻変動のデータも取り入れて日本周辺のプレート境界の滑りの時空間発展を明らかにする手法を開発し,ブロック間の固着状態の推定を行った。
 大学は,日本列島及び世界で発生した小・中規模相似地震活動の空間分布・時間変化の特徴及び各プレート境界における滑りの特徴を調べ,それらを利用したプレート間固着状態のモニタリングが可能であることを示した。
 海洋研究開発機構は,海底ケーブルネットワークを中心としたリアルタイムモニタリングシステムを構築し,即時解析に向けた取り組みを実施した。
 海上保安庁は,海底地殻変動の観測を強化し,日本海溝沿いや南海トラフ沿いのプレート境界の固着状態,特に固着の強さの空間的不均一性とゆっくり滑りの発生域との関連を明らかにした。
 大学,気象庁及び産業技術総合研究所は,北海道太平洋沿岸から九州・南西諸島まで日本各地で発生する各種ゆっくり滑りとそれに誘発される群発地震,低周波地震,低周波微動の活動を観測し,それらの時空間発展を明らかにし,ゆっくり滑りを含む多様な滑り現象との間の相互作用を理解するモデルを提案した。さらに過去のデータの再解析を行い,ゆっくり滑りの発生履歴を長期にわたって調査した。
 大学,気象庁,防災科学技術研究所,産業技術総合研究所及び海洋研究開発機構は,様々な滑り現象について数値シミュレーションに基づくモデル構築を行い,地震発生予測につながる知見を得た。
 大学及び海洋研究開発機構は,数値シミュレーションと地殻活動データとの比較により,摩擦パラメータ等を推定するデータ同化手法を開発した。さらに,観測される地殻変動場を,データ同化手法に準即時的に適用する技術開発を進めた。また,豊後水道のゆっくり滑りを対象として予測への適用可能性を探った。
 気象庁,防災科学技術研究所及び海洋研究開発機構は,海陸の地震・地殻変動観測網から得られるデータなどを逐次的に解析することによりプレート境界の滑りの異常を検知するための技術の開発を進めた。

イ.地殻ひずみ・応力の変動

 大学は,高密度な地震観測によるデータを利用して,内陸で発生する地震の高精度な震源位置を求め,発震機構解のカタログから地震活動と応力場との関係を明らかにした。
 産業技術総合研究所は,微小地震の発震機構解から応力の時空間変化を推定する手法を開発した。
 大学は,南アフリカ鉱山において,震源ごく近傍で地震発生前後の絶対応力を測定し,解析した。

ウ.地震活動評価に基づく地震発生予測・検証実験

 大学は,統計モデルや物理モデルに基づいて現在と過去の地震活動を評価し,また,将来の地震活動を予測する手法を開発しつつ,観測データに基づいて予測の可能性・妥当性を評価・検証した。
 大学は,地球規模の広域な地震活動や,世界の様々な地域の地震活動の予測・検証実験を行うために,国際的な地震活動予測可能性共同実験(Collaboratory for the Study of Earthquake Predictability: CSEP)に参加し,地震発生予測モデルの開発や検証方法の改善,実験方法の改善に貢献した。
 大学は,地震活動履歴や余震活動などを考慮して,地震サイクル中の地震活動の特徴の変化を明らかにした。また,世界の巨大地震前後の地震活動を再解析して,各地域の地震発生場の違いを見出した。

う.成果

ア.プレート境界滑りの時空間発展

 ブロック断層モデルを用い,GNSSデータに加えて海底地殻変動のデータも取り入れて日本のプレート境界の滑りの時空間変化を解析できる手法が開発され,2011年東北地方太平洋沖地震前の日本列島の解析が行われた。その結果,2003年(平成15年)十勝沖地震(以下,「2003年十勝沖地震」)の余効滑りとその北側,南側のプレート境界で生じた滑り欠損,さらに西南日本では,豊後水道の長期的なゆっくり滑りや東海の長期的なゆっくり滑りなど様々なゆっくり滑り現象が統一的に理解された。
 世界で発生した小・中規模の相似地震活動について,その空間分布・時間変化及びプレート境界における非地震性滑りの特徴を調べた結果,プレート境界型巨大地震発生後,その余震発生域では相似地震の再来間隔が短くなり,余効滑りの発生が示唆された。また,ほとんどの領域では,プレート間の相対速度と同じ,もしくは,より小さい滑り速度が推定され,背弧拡大域ではプレートの沈み込みから想定される速度よりも速い滑り速度が推定された。相似地震を広い領域で抽出し,活用することにより,世界各地のプレート間固着状態がモニタリング可能となることが検証された。
 海底地殻変動観測の強化により,日本海溝沿いの2011年東北地方太平洋地震後のプレート境界の固着状態や,南海トラフ沿いプレート境界の固着状態の空間的不均一の把握が進んだ。特に南海トラフ沿いにおいて,内閣府による南海トラフ巨大地震の想定震源域の全体が固着していることがわかった。また,足摺沖では1940年代の東南海・南海地震の震源域よりもプレート境界浅部側に滑り欠損速度の大きい領域が広がっていることも示された。逆に滑り欠損速度の小さい領域は低周波地震の分布と整合的であることが初めて示された。
 北海道千島海溝沿いの沈み込みプレート境界で,GNSSデータを用いた短期的ゆっくり滑りの網羅的検出を行ったところ,検出できたイベント数は約20年間で2回だけであり,この領域では短期的ゆっくり滑りは珍しい現象であることが示された。
 2011年東北地方太平洋沖地震発生前の相似地震カタログから東北沖プレート境界上の準静的滑りの時空間的変化を推定した結果,福島県沖における2008 年からの長期的ゆっくり滑りの時間推移,2011年東北地方太平洋沖地震の半年程前から震源より北側で発生した滑りの加速とその南への伝播が捉えられた。
 フィリピン海プレート上面における滑りの時空間発展をGNSSデータを用いた時間依存インバージョン解析により推定するとともに,波形相関を利用した解析手法によりプレート境界地震の検出を行った。その結果,ゆっくり滑りの滑り速度と地震の発生個数及びゆっくり滑りの伝播と地震の震源の移動の間には強い相関が見られ,群発地震活動がゆっくり滑りによる応力変化によってトリガーされたことが示された。また,房総半島沖では2011年東北地方太平洋沖地震の直後にゆっくり滑りが発生していたこともわかった。房総半島ではこれまで群発地震を伴うゆっくり滑りが約6年間隔で発生してきたが,2011年東北地方太平洋沖地震後,その発生間隔は一旦7か月まで短くなってから少しずつ延びており,この地域の準静的滑り速度の時間変化を示唆する。
 相似地震及び地殻変動データから,北海道~関東地方の沖合のプレート境界断層の広い範囲で,周期的なゆっくり滑りが発生していることを発見した。このゆっくり滑りの発生間隔は地域によって異なり,1~6年の場所が多かった。また,その発生に同期してその地域のM5以上の地震の活動が活発化しており,2011年東北地方太平洋沖地震が発生した時期にも,三陸沖ではゆっくり滑りが発生していた。周期的なゆっくり滑りが発生しているときに大地震が起こりやすくなる傾向を活用すれば,それを地震・地殻変動観測で検知することによって,大地震発生時期の予測の高度化に貢献できる可能性がある。 
 広帯域地震観測網で得られた地震波形の相関から,南海トラフ及び南西諸島海溝の近傍で発生する浅部の超低周波地震を検出した。その結果,その発生頻度は紀伊半島沖~四国沖で低く,日向灘・南西諸島と南西に向かうにしたがって高くなることがわかった。この傾向は,相似地震から推定される準静的滑り速度の地域性と高い相関があり,大きな滑り速度が浅部超低周波地震活動を活発化させている可能性を示す。
 2003年及び2010年に発生した豊後水道長期的ゆっくり滑りに伴う微動活動の活発化を詳細に調べたところ,微動活動域は約25 km/年の非常にゆっくりした速度で豊後水道から内陸方向に伝播したことが明らかになり,長期的ゆっくり滑りがその深部側で発生する微動活動に影響を及ぼしたことがわかった。
 GNSS データを用い,九州から南西諸島における短期的ゆっくり滑りの発生状況を系統的に明らかにした。九州では四国のゆっくり滑り発生域の南西部延長(深さ 30~40km)で発生しているが,その数は南西ほど少なくなること,また,琉球海溝沿いでは,種子島沖,喜界島沖,沖縄本島南部沖,八重山諸島において短期的ゆっくり滑りの活発な領域が見られ,八重山諸島を除いた3領域の発生深度は 10~30kmと浅いことがわかった。
 過去に南海トラフで発生した巨大地震の多様な発生様式やゆっくり滑りについて,数値シミュレーションにより観測事実を説明するモデルが構築された。また,南海トラフ全域について,地震サイクル間におけるゆっくり滑りの発生を再現する数値シミュレーションを行った結果,地震サイクル前半から中盤にかけては短期的ゆっくり滑りの発生間隔が減少するが,サイクル後半では,長期的ゆっくり滑り発生により短期的ゆっくり滑りの発生間隔は大きな擾乱を受ける結果が得られた。
 日本海溝域に関しては,2011年東北地方太平洋沖地震だけでなく,それまでに発生したM7クラスの宮城県沖地震を含む過去の大地震,2011年東北地方太平洋沖地震の前震・最大余震・余効滑りを再現できる様々な摩擦パラメータのモデル群を構築し,次の宮城県沖地震の発生が平均の繰り返し間隔から予測されるよりも早くなる可能性が示された。
 東北地方太平洋沖地震の余効滑り発生領域では,データ同化実験のための3次元物理モデルの構築や断層摩擦特性推定手法の開発を行った。余効滑りに適合するプレート境界面の摩擦特性を計算したところ,摩擦特性の空間変化や滑り速度依存性を考慮する必要性が示唆された。摩擦構成則に基づく断層滑りのシミュレーションにおいて,データ同化法を用いて摩擦パラメータを推定する手法を,摩擦パラメータが空間的に不均一である場合にも適用可能な手法に拡張し,2003年十勝沖地震後にGNSSで推定された地震後の余効滑り速度に適用した。得られた摩擦パラメータの空間分布を用いて,その後の余効滑りの時空間発展を予測した。さらに,摩擦パラメータと初期条件を同時推定する手法として,データ同化手法をゆっくり滑りに対して適用するための数値実験を実施し,精度の良い推定に必要な地殻変動観測点分布やデータ量を求めた。
 気象庁による南海トラフ沿いの面的監視処理では,2011年東北地方太平洋沖地震の余効変動を除去したGNSS観測データを用い,監視範囲を変更して,東海の長期的ゆっくり滑りを検出しやすくした。また,体積ひずみ計の降水補正についての改善手法を開発した。 

イ.地殻ひずみ・応力の変動

 微小地震の発震機構解に基づき上町断層帯周辺における詳細な応力場推定を行った。推定された応力場と断層深部形状を考慮すると,断層帯中央部や南部に比べ,北部の活動性が低いと推定された。
 南アフリカの鉱山で起こったMw2.2地震の発生前後に断層周辺で採取したボーリングコアを新しい応力測定法で解析し,地震前後や断層と地質構造との位置関係によって有意に異なる応力値を得た。

ウ.地震活動評価に基づく地震発生予測・検証実験 

 これまでの発生履歴と統計モデルに基づいて,日本海溝沿いの小繰り返し地震の予測可能性を調査したところ,2010年までに限れば良好な予測成績が得られることがわかった。地震活動の特徴から前震である可能性の高いものを選別する手法を群発活動が特徴的な伊豆地域に適用し,予測性能が検討された。2011年東北地方太平洋沖地震の滑り域での地震活動の時間変化を見ると,地震後しばらく高くなっていたb値がほぼ平常値に近いレベルまで戻っていることがわかった。
 地震活動予測手法の比較検証を目的とするCSEPと連携し,検証に用いる地震活動データベースなどの共通基盤を整備し,地震発生の統計モデル・物理モデルに基づく地震活動予測手法の開発や,異なる予測手法間の比較実験が実施された。2011年東北地方太平洋沖地震後は,どのモデルでも総地震数の予測成績が相当低下し,統計モデルにまだ改善の余地があることが明らかになった。モデルの優劣を客観的に評価する体制を構築するという目的はほぼ達成された。
 地震活動度を定量的に評価するためにETASモデルでは余震の影響を取り除くことが標準的に行われているが,そのモデルパラメータの時空間的な変化を推定することは難しい。そこで,地震活動の特徴に基づき日本列島域を多数の区域に分割し,それぞれの区域で適切なパラメータを統計的手法により推定した。また,余震活動に関して,応力変化と摩擦構成則に基づく物理的なモデルが提唱されているが,実際の余震への適応においてはETASのような経験的な統計モデルに及ばないとされてきた。この物理的モデルを,「全ての地震が余震を引き起こす」という仮定を取り入れ改良したところ,余震の観測事実の説明では,ETASには及ばないまでも大幅な改善がみられた。

え.今後の展望

 これまでに,巨大地震の震源域近傍で発生した様々なプレート境界の滑り現象を包括的に説明できるモデルが構築され,プレート境界の摩擦特性の不均一性に関する研究が進んだ。一方,新しく北海道から関東にかけた広い範囲で周期的なゆっくり滑り現象が観測され,地震活動の活発化との相関も見られている。今後,広範囲な周期的ゆっくり滑り現象が定常的プレート運動の周期的擾乱としてモデル化され,複雑なプレート運動の理解が進めば,地震発生予測につながる可能性がある。
 上記のように発生域や時定数が異なる様々な滑り現象が観測されているが,これら多様な滑り現象の理解を滑りの予測につなげることを目指している。その際には,データから推定された様々なプレート境界滑り現象を包括的に説明できる摩擦パラメータの分布モデルを観測誤差に応じた幅をもって推定し,そのような摩擦パラメータ分布モデル群を用いて将来のプレート境界の滑りを予測する必要がある。2011年東北地方太平洋沖地震の震源域近傍で観測された様々な滑り現象を数値シミュレーションで再現できる摩擦パラメータモデル群を作成し,これらから次の宮城県沖地震の発生時期の予測分布を得た成果は,今後の予測の方向性を示した。一方で,地殻変動観測データを数値シミュレーションに同化させ,摩擦パラメータや初期条件を推定し,プレート境界での滑りを予測し,その予測精度を評価する手法の開発も進んだ。今後,シミュレーションと観測データの比較から物理量やモデルパラメータを適切に推定し現実的な予測を目指すためには,数値シミュレーションのデータ同化手法の高度化だけでなく,数値実験により,海溝軸からどの程度の距離でどの程度の観測点間隔で地殻変動観測・地震観測等を実施し,どの程度の観測精度が必要であるかを明らかにしなければならない。また,それに応じた観測点配置や観測量を得るためには,どのような技術を開発しどのような調査観測を実施すべきかを総合的に考えながら研究を進めることが必要となる。そのためには,これらに関係する研究者間またはグループ間で最新の研究に関する情報交換ができる体制を構築する必要がある。
 また,過去の地震活動の評価から地震活動を予測するための研究にも進展があった。余震活動の物理モデルが改良され,余震の発生系列を統計的モデルとほぼ同程度に説明できるようになってきた。統計的モデル間の優劣を客観的に評価する手法もととのった。今後,さらに地震活動の物理的理解を取り込みながら統計的モデルを高度化する研究を発展させていく必要がある。

(3)先行現象に基づく地震活動予測

あ.目的

 地震・火山噴火の予測のための研究の一環として,地震に先行すると報告されている現象の統計学的検証と発現過程理解に基づき地震発生の中短期予測を目指す「先行現象に基づく地震活動予測」の研究を行う。これまで地震の先行現象を観測したとの報告は多いが,内容は非常に多様であり,それらの系統性は必ずしも明瞭ではない。ここでは先行現象の捕捉を目指した観測を行い,これまでに得られているデータも含めて,観測された現象と地震の関係の統計的有意性を評価し,その物理・化学過程を研究する。

い.実施状況

 大学は,地震活動や電磁気現象,地球化学現象などの大地震に先行すると報告されている種々の現象の観測を行い,それらと地震発生の相関を客観的に評価した。また,衛星データを利用して,電磁気現象と地震発生の関係を統計的に検証した。さらに,室内実験や数値シミュレーションなどのモデリングを通じて,前震や地震発生に先行する電磁気現象の発生メカニズムを研究した。
 気象庁は,様々な地域の地震活動から客観的な異常を抽出し,本震発生予測の性能を評価した。

う.成果

 本震の震源近傍で数日前から先行して発生する微小繰り返し地震を,国内の複数の内陸地震で見出した。国内の複数の地域において,地震活動のクラスタリングに着目した前震の事前識別を行い,その予測性能を評価した。南アフリカ金鉱山内で発生した地震の震源域では,本震に先行する地震活動がいくつかのクラスターに分かれており,一部のクラスターの活動は本震発生直前に加速したことが明らかとなった。また,南アフリカ金鉱山では,微小地震発生域の準静的拡大が明瞭に観測され,岩石実験やシミュレーションで確認されている破壊核形成過程に相当する現象である可能性がある。さらに,大きなアスペリティの内部に小さなアスペリティが存在する場合の破壊過程を数値シミュレーションにより調べ,前駆滑りの規模と本震の規模の関係の多様性を明らかにした。
 大地震に先行する中期的な変化としてよくとりあげられるものに,地震活動の静穏化がある。この現象を系統的に評価するために,1964年から2012年までの日本列島周辺の海溝沿いにおいて,客観的基準により網羅的に静穏化現象を検出した。10年以上継続する長期静穏化は11回発生し,うち3回は巨大地震に先行した。特に,2011年東北地方太平洋沖地震の震源域では,2002年頃開始した長期的ゆっくり滑りと1989年から2000年にかけての静穏化領域がほぼ同じ場所であることから,両者が密接に関連している可能性がある。また,国内の大地震を対象に地震活動の静穏化・活発化解析手法を適用した結果,静穏化事例の約8割で地震発生前までに静穏化領域が破壊領域を囲む現象が見られた。この他,1984年から2011年東北地方太平洋沖地震直前までの日本列島周辺の地震活動に対して,臨界現象の時系列解析を行ったところ,対象期間中に6回発生したM7.6以上の浅発地震すべてに対するものを含め9回の異常が検出された。地震活動の異常は本震に数か月先行して発生した。
 電磁気先行現象に関しては,局所的な地電位の異常が地震に先行する傾向の統計的有意性を,神津島の1997年から2000年の活動に対して示した。また,三宅島の火口付近で繰り返し発生したパルス状の超長周期地震波に同期して全島で観測された地電位の変化が,地震に伴うひずみが起こす水流による界面動電現象で定量的に説明できることが示された。
 電離層に現れる先行現象に関しては,日高山脈を挟んだVHF電波の伝播異常について客観的基準を用いた網羅的検出を行い,地震発生に数日先行する傾向の有意性を示した。また,先行時間の短さから,本震破壊の開始への密接な関与が推察される現象の一つに,巨大地震の一時間程度前に見られる電離層全電子数の変化がある。この現象について,津波による擾乱を受ける地震後のデータを用いない手法でも,解析を行った世界のM8.2以上の巨大地震8例全てについて同様の異常が検出され,主に太陽活動に起因する平時の電離層異常の発生率を考慮しても,地震に先行する傾向が統計的に有意であることが示された。さらに,本震が大きいほど,異常の振幅が大きいことがわかった。また,電離層異常のメカニズムとしてよく使われる正孔電荷による電流について,圧縮によって岩石中の正孔濃度が激増することを岩石実験により直接的に示した。
 大気中ラドン濃度について,全国のモニタリングネットワークを構築し,気象要素による変動を補正する手法を開発した。また,地下水中の様々な化学種の濃度を自動連続観測する装置を開発した。また,中伊豆観測点の地下水中ラドン濃度について,2011年東北地方太平洋沖地震に数か月先行する顕著な増加を捉えた。

え.今後の展望

 確率表現を用いて地震発生予測を定量化することは世界的な流れであり,本計画でも強く意識されている。様々な先行現象候補が検討されており,多くの課題で観測事象と地震発生の関係が,否定的な結果も含めて定量的に表現された。系統だった網羅的な検証はまだ一部に限られているため,今後,先行現象の対象を拡げていくことが重要である。また,先行現象のメカニズムの解明においては,先行現象が反映するものが,本震破壊の準静的な開始によるものか,地震発生の準備が整ったことを示すのか,あるいは,本震のトリガーとして働いているのかを峻別することが望ましい。
 先行現象に関しても予測の試行を通じた確率論の枠組みでの評価が浸透してきており,地震発生予測を確率化する方向性が示されている。当該情報の社会的価値を冷静に議論するためにも,地震発生予測の定量化及び予測成績の定量的な評価を充実していく必要がある。

(4)事象系統樹の高度化による火山噴火予測

あ.目的

 これまでに作成されてきた噴火事象系統樹と同様に,過去の噴火履歴とマグマ系の変遷の情報をもとに,近年も火山活動が活発であり,噴火が発生した場合の社会的影響が大きいと考えられる複数の火山を選択し,新たに噴火事象系統樹を作成する。また既存の噴火事象系統樹を高度化するために,噴火履歴やマグマ進化データ,地震や地殻変動データに関する新たなデータを収集し,噴火事象系統樹の高度化を目指す。さらに事象の分岐点について,過去の観測データによる経験,理論・実験的な予測等に基づき,事象分岐の判断方法をまとめる。

い.実施状況

 本研究計画開始時点から蔵王山の地震活動や地殻変動が活発になり,噴火の可能性が指摘されるようになった。そのため大学は当初の計画にはなかった蔵王山の噴火事象系統樹を作成することとした。まず,噴火履歴,噴火様式,古記録から見た噴火活動,マグマ変遷及び最近の地球物理学的観測に関して,関係機関による研究集会を開き,その後に大学・産業技術総合研究所・気象庁からなるコアメンバーにより,噴火事象系統樹を作成した。また,当初計画した火山では,有珠山,浅間山及び十勝岳に関して大学,気象庁,産業技術総合研究所及び北海道立総合研究機構による研究集会を実施し,噴火事象系統樹作成に必要なデータを蓄積し,有珠山と浅間山について噴火事象系統樹を作成した。
 大学は,雲仙岳,モンセラート島(スーフリエール・ヒルズ),シナブン山,伊豆大島,三宅島,霧島山(新燃岳),御嶽山,口永良部島,雌阿寒岳,ストロンボリ山,エトナ山などについて調査した。地震・地殻変動観測,電磁気学的観測,火山ガス観測の結果を過去の文献等(論文,報告書など)をもとに,噴火事象・観測量の時系列を作成し,電子ファイルとしてまとめた。
 防災科学技術研究所は,16火山において基盤的火山観測網やリモートセンシング技術によって得たデータを国際データベースWOVOdatに蓄積し,他の火山との比較を行った。また,火山の噴火様式や推移予測,火山活動分岐判断に必要なパラメータとなる地震活動や地殻変動の解析を霧島山,口永良部島,箱根山等で行った。また,火道内のマグマ挙動の数値シミュレーションをおこない,噴火の過程を検討するとともに,2011年東北地方太平洋沖地震やその誘発地震を事例とした巨大地震発生に伴うマグマへの影響評価に関する数値シミュレーションを実施した。

う.成果

 蔵王山は近代観測網により噴火活動が観測されていない火山であり,噴火事象系統樹を古記録と地質調査による噴火履歴・様式に関するデータを基に作成した初めての事例である。そのため事象分岐に確率を付与することはできなかったが,これまでの噴火活動事例を整理し,発生の可能性の大小を示した事象系統樹を試作した。現在,火山活動は低下しており,試作した噴火事象系統樹を現場で試用することはなかったが,国内に多くある噴火の観測事例を欠く火山での,噴火事象系統樹作成の指針となった点は評価できる。
 一方,有珠山及び浅間山は近代的観測が始まった20世紀入って以降も噴火活動が頻発しており,その観測網も日本で最も高性能・高密度である火山の一つであり,噴火事例だけではなく,浅間山では噴火未遂事例も複数観測されている。さらに地質学的な研究も進んでおり,完新世あるいはそれより古い時期からの噴火履歴がよくわかっている。このような恵まれた条件の中で作成された噴火事象系統樹は,分岐での確率を示すことができた。加えて特筆すべきことは,浅間山では最近の地殻変動観測結果をもとに,前兆現象が観測された後の噴火未遂と噴火発生の分岐確率を示したことである。その意味で,現時点では最も高度な噴火事象系統樹が作成されたと考えられる。
 国内外の活動的火山の噴火事象・観測量の時系列データベースを検討した結果,より大きな規模の噴火に分岐する前やマグマ噴火の開始前には,山体膨張の発現,地震活動やガス放出の活発化,全磁力の変化などが多くの場合に見られ,このような観測量のモニタリングが分岐判断に有効であることが確かめられた。一方で,観測項目によっては,噴火直前に変化しない例があることもわかった。この結果を踏まえ,重要な分岐現象と噴火予測の判断基準を考えるために,これまで国内外で作成されてきた噴火の事象系統樹をレビューした。
火山活動分岐判断に関しては,マグマ噴出率変化とマグマ溜まり圧力変化の同時観測によって,爆発的噴火への遷移過程を直前予測できる可能性があることを示した。また,静岡県東部地震の影響による富士山のマグマ溜まりの変動量を評価し,応力変化として0.1~1.0MPa程度,変位量として数㎝程度であることを明らかにした。

え.今後の展望

 噴火履歴を基にした従来型の噴火事象系統樹は,分岐判断基準に欠けるという問題点はあるが,自治体や住民が火山活動を俯瞰的に理解するという点では必要不可欠な情報である。今後も噴火履歴データ等の蓄積に応じて,新たな火山での系統樹の作成や既存の系統樹の改訂を進めていくべきである。一方で,本研究成果を含めた火山学的知見を活用して,事象分岐の条件や論理を明らかにすること,さらに理論的あるいはシミュレーションによって予測を行うことに今後は重点を置くべきであろう。そのためには,噴火活動の観測事例の豊富な複数の火山で,観測データの特徴や噴出物の解析などを進め,事象分岐基準について議論を進めることが重要である。

3.地震・火山噴火の災害誘因予測のための研究 

(1)地震・火山噴火の災害事例の研究 

あ.目的 

 強震動,津波,火山灰・溶岩の噴出などといった自然現象としての災害誘因が,地形・地盤など災害の自然素因のみでなく,災害への曝露人口,建造物の脆ぜい弱性,社会の回復力などの社会素因とどう結び付いて災害を出現させたかを,近代的な観測や調査データ,近代観測開始以前の史料に残る地震・津波・噴火の記載に基づき長期的視野をもって明らかにする。近代的な観測・調査データや史料より,地震・火山災害の特性や地域性を明らかにし,データベース化を図るとともに,地震・火山噴火による災害と社会環境の関係を明らかにする。さらに,国内外の事例研究により社会の地域的特性と地震・火山災害との関係を明らかにする。

い.実施状況 

(史料データベースによる災害と社会環境の関係解明)

 大学は,史料データベースの構築・解析を行いながら,過去の災害事例をモデルケースとして,当時の人々の対応や教訓などを分析した。その際,史料が多く存在し,当日の地震対応の様子を総合的に描くことができる江戸時代の1703年元禄関東地震と1855年安政江戸地震の災害対応を分析対象とした。

(社会の地域的特性に基づく地震・火山災害事例の知見集約・発信化)

 大学は,新潟県を事例に,地域特性を持つ過去の災害事例について,焼山火山災害,新潟地震,平成16年(2004年)新潟県中越地震(以下,「2004年新潟県中越地震」),平成19年(2007年)新潟県中越沖地震等の評価・検証を行った。特に研究初年度の平成26年度は,新潟震50周年,焼山火山災害40周年,2004年新潟県中越地震10周年という契機の年であったために,火山・地震災害の被害やその後の復旧状況を評価・検証した。
 大学は,イタリア,アメリカ,イギリスなどにおいて現地調査を行い,当地における地震動の長期予測情報のリスク・コミュニケーション手法について検討を行った。特にイタリアの2009年ラクイラ地震についての現地調査では,地震発生に際して地震学者の情報発信のあり方と市民とのリスク・コミュニケーション事例について分析を行った。

う.成果 

(史料データベースによる災害と社会環境の関係解明)

 大学は,元禄関東地震と安政江戸地震についての史料から,当時の幕府の災害対応においては,日光東照宮への地震伺いといったような幕藩体制の維持に重きが置かれており,また多元的な権力構造が江戸城中心の災害対応に何らかの支障を来していたことが考えられ,現代のような被災者の救済とは異なる優先度が付けられていたことが推定された。

(社会の地域的特性に基づく地震・火山災害事例の知見集約・発信化)

 大学は,新潟県と共同で,2004年新潟県中越地震における経験と教訓を科学的な知見とするための活動を実施し,その成果として得られた災害知見を「次代の災害復興モデルの構築を目指して~にいがたからの知見の教訓と発信~」として,(1)中山間地域の住宅再建,(2)農業を中心とした産業復興,(3)経済の活性化,(4)中山間地域を含む被災地における生活再建,(5)他地域への効果的な普及方策の検討,(6)広域的なコミュニティーの創造,の観点でまとめて発信した。2004年新潟県中越地震と1995年兵庫県南部地震の復興過程を被災者の主観的評価から検証したところ,中山間地と都市という違いがありながら復興の時間変化に共通性が見られるなど日本社会における復興の構造に一般性があることが明らかになった。
 大学は,2009年ラクイラ地震について分析を行ったところ情報を発信する地震学者と市民とのリスク・コミュニケーションの手段が限定的であったことと,情報を統括・整理・更新する公的機関の脆弱性がリスク・コミュニケーションに影響を与えていたことがわかった。

え.今後の展望

 これまでの計画では,自然科学を中心に災害誘因の解明に焦点をあてた地震・火山研究が行われてきたが,本計画を災害科学の一部としてとらえた場合,これに加えて,人文・社会科学を巻き込んだ災害誘因・災害素因の双方の観点から地震・火山災害研究も視野に入れて進めていく必要がある。特に,過去の地震・火山噴火の理学的側面の現象解明は多く行われているものの,過去の災害事例の人文社会科学的な側面については現象解明がほとんどなされておらず,過去の災害事例を温故知新として,自然現象の発生過程だけでなく,社会現象としての災害について明らかにする必要がある。
 具体的には,前近代の地震・災害については史料の分析により,最近の地震・火山災害については被災者への質問紙調査などの社会調査によって,災害誘因が災害素因とどのように結びついて災害を引き起こしたかを解明する。そのために,例えば,災害時の市民の心理・行動や政府の災害対応などを調べることが必要である。また,2016年熊本地震の例などから示唆されるように,地震・火山災害からの復旧過程の研究では,災害を引き起こした地震・火山噴火発生後に引き続く中・長期的な地殻活動(余震や継続する噴火など)の影響を検討することも重要である。
 本研究計画実施中にも,2014年御嶽山噴火や2016年熊本地震など,人的被害を伴う地震・火山災害が発生している。これらの新しい災害事例の研究も含めながら,これまでの災害事例の検証を丁寧に行い,知見の集約化と効果的な発信手法を提案することが望まれる。そして本研究計画によって導出・提案された知見・発信手法をもとに,一般市民,行政の災害担当者の防災リテラシー(災害に立ち向かうために必要な能力)を向上させるための防災教育や,災害研究者を目指す大学院学生などの教育カリキュラムの構築,災害科学の体系化へと昇華させていくことが望まれる。

(2)地震・火山噴火の災害発生機構の解明 

あ.目的 

 地震・火山噴火による災害誘因が災害素因に与える作用力だけでなく,自然環境や社会が受ける損傷,破壊などの影響,災害による経済機能の低下,被害拡大,社会混乱などの社会・経済的影響の波及効果を検証し,災害発生機構を解明し,誘因と素因の関係において,防災・減災に資するための誘因研究の新たなモデルを構築する。具体的には,1.人口密度が高い堆積平野・堆積盆地を対象にして,地震災害発生機構を多面的に分析する,2.地域防災対策への貢献のために,火山災害発生機構を解明する,3.歴史的に繰り返す災害による社会的な要因の変化を災害発生機構から検証する,等の調査研究による成果を導出する。

い.実施状況 

 大学は,「人口密度が高い堆積平野・堆積盆地を対象にした地震災害発生機構の多面的解明」について,国内外の堆積平野・堆積盆地における強震記録データベースの増強を開始し,特に国内では諏訪盆地,国外ではカトマンズ(ネパール)を対象として,地震波の増幅特性の地形等の効果を調べることにより,地震災害発生機構の多面的な分析を実現した。「地域防災対策への貢献に資する火山災害発機構の解明」については,火山の前駆活動及び噴火推移の事象の発現に沿った避難計画策定の可能性について検討し,また降灰の長期的影響について交通ネットワークの復旧分析を実施した。「歴史的に繰り返す災害による社会的な要因の変化による災害発生機構の検証」では,東日本大震災の被災地において,被害から明らかとなる脆弱性に規定された長期的土地利用の変化を検証し,南海トラフ巨大地震の被災想定地域における脆弱性と事前復興対策について分析した。

う.成果 

 「人口密度が高い堆積平野・堆積盆地を対象にした地震災害発生機構の多面的解明」について,国内では,諏訪盆地で観測される地震波解析の結果として,地震動増幅特性の把握に効果的な盆地端部のペア観測点を見出した。また,国外では,ネパール国カトマンズ盆地において,マグニチュード5程度の地震動記録を収集・解析することで,既往の距離減衰式と調和的であることが確認できた。
 「地域防災対策への貢献に資する火山災害発機構の解明」については,2011年霧島山(新燃岳)噴火の降灰を事例として,降灰量と道路通行規制の有無の関係を機能的フラジリティ曲線で近似し,降灰量に対する通行規制の確率分布を求めた。このモデルでは,目的関数を道路の清掃時間,交通量,交通量の低下率の積を対象とするすべての道路について和を取ったものとして最適解を求めた。また,桜島噴火を事例として,地盤変動から推定されるマグマの貫入速度に応じた噴火規模や様式を想定し避難計画案を策定した。
 「歴史的に繰り返す災害による社会的な要因の変化による災害発生機構の検証」においては,津波の被災地において,歴史的土地利用の変化パターン(暴露性の高まり)と土地利用の変化メカニズム(脆弱性の進展)に着目し,農村的土地利用の都市的土地利用への転換(都市化),未利用地の都市的土地利用への転換(高度化)を空間形態に基づいて可視化・解明した。

え.今後の展望 

 地震・火山災害発生機構の解明のためには,災害誘因だけではなく災害素因についても研究し,誘因と素因の相互作用を理解する必要がある。例えば,震源での地震波の発生や複雑な地殻構造での地震波の伝播,地形・地盤等の自然素因が地震動や地滑りに及ぼす影響などの理学的研究に加え,建造物等への影響や構造物被害等による経済的損失を考慮して,総合的に災害を予測する際に,地震学の成果がどのように貢献するかを検討することは,災害予測の高精度化に資する研究につながると考えられる。
 火山噴火による降灰が道路交通に及ぼす影響の評価や,桜島火山の噴火予測に基づく避難計画の検討は,災害誘因と災害素因をともに考慮して災害軽減の方策を検討するうえでは重要な成果である。これらの手法を他の火山に適用することを検討するとともに,降灰や噴火の予測精度の向上が災害軽減にもたらす効果の評価なども研究すべきである。

(3)地震・火山噴火の災害誘因の事前評価手法の高度化 

あ.目的

 地震・火山噴火による災害軽減に資するため,地震や火山噴火に伴う地震動,津波,地滑り,山体崩壊などを,地震や火山噴火前に高精度に評価する手法を開発する。そして,本計画で得られる地震発生や火山噴火の理解や,地下構造モデルなどの最新の研究成果を利用して,災害誘因の事前評価を行う。

い.実施状況

(地震動予測)

 大学は,プレート境界地震及び内陸地震やスラブ内地震において,地震波を強く発生する場所の事前推定を目指し,地震波形逆解析などの震源過程解析手法を用いてアスペリティ領域(大滑り域)や,強震動生成域の高精度マッピングを行い,過去の大地震の解析事例を増やした。
 大学は,地震動の増幅に大きな影響を持つ堆積層地盤を調べるため,探査や観測を行った。また,平野や盆地の堆積層構造や,スラブの不均質構造を含む3次元不均質構造モデルについて,地震波伝播の数値シミュレーションを実施し,複雑な地下構造内を伝播する特徴的な地震波の再現や,観測との比較に基づく地下構造モデルの検証・更新,過去の大地震の地震動の再現や将来発生する可能性のある大地震による地震動予測を行った。

(地滑り予測)

 大学は,地滑りを起こし得る斜面や人工盛土で地震動や間隙水圧などの観測を行い,土質や地形に応じた地震応答特性を調べた。さらに,地滑りの調査を行い,発生状況や地滑り面の地層を明らかにした。

(火山灰や溶岩噴出の予測)

 気象庁は,火山の大規模噴火時の降灰予測において,日々変化する気象場の影響を検討した。

う.成果

(地震動予測)

 2011年東北地方太平洋沖地震の震源解析では,近地強震動,遠地実体波,地殻変動,津波等の単独の観測データ,または,それらの統合データによる解析が行われた。周期10秒以上の長周期地震波形や津波波形データの解析からは,破壊開始点付近から海溝よりの浅部に大きな滑りをもつ,広大な滑り域が推定された。
 その他,震源破壊過程解析により,国内外で発生した大地震の断層面上の大滑り域や強震動生成域のマッピングを継続的に進めた結果,これらと地震の規模の関係が高精度化された。加えて,断層破壊伝播速度がS波速度を超え強い加速度を生み出す地震や,強い揺れを伴わない津波地震,高周波数の地震波放射が極めて小さい地震など,断層破壊現象の多様性についても知見が蓄積された。
 関東平野の地震基盤の非対称な形状が地震動にもたらす影響を調べるため,同規模の地震が新潟県中越地方で発生した場合と,福島県東部で発生した場合について地震波伝播の数値シミュレーションを行った。その結果,福島県東部に設定した地震の地震波は基盤深度の変化が緩やかな北東方向から入射するため長周期地震動の振幅は小さく,新潟県中越地方に設定した地震の場合の3分の1以下になることが確認された。
 大阪堆積盆地北西部の観測点における中小地震記録に見られる孤立的な後続波群の特徴を波形解析と地震動シミュレーションにより調べた。後続波群は地表と堆積層/地震基盤の境界間の多重反射S波であり,基盤の3次元的形状の影響で震動卓越方向が変化していくことを明らかにした。また,大阪堆積盆地を伝播する中小地震の地震動シミュレーションにより,盆地内を伝播する後続波の評価に重要な堆積層減衰定数の推定や,現状では地下構造モデルの不十分な区域の把握を行った。
 異常震域の原因となるスラブ内のラミナ状不均質構造とその起源を調べるため,太平洋プレートを伝播する地震波を調べ,年代が古く厚いプレートほど高周波数地震動の散乱が強いこと,ラミナ構造は海洋プレートが海嶺で生成される際に既に形作られているがプレート年代が古くなるとともにその厚さが増すことがわかった。
 大地震の地震動や津波の発生過程の理解と,強震動・津波の事前予測に有効なシミュレーション技術にも大きな進展があった。京コンピュータを用いて2011年東北地方太平洋沖地震の強震動,水中音波,地殻変動の同時シミュレーションが行われ,複雑な断層運動に伴う強震動と津波の生成過程の評価が進められた。2015年小笠原諸島西方沖の地震の3次元構造モデルによる日本列島の地震動のシミュレーションでは,同地域の過去に発生した深発地震より震源が深かったために従来とは異なる異常震域分布となったことを再現することができた。

(地滑り予測)

 首都圏の丘陵地帯の人工盛土における地震観測により,地山に比べて揺れの大きさが増幅され,特にS波の上下動成分において特定の周期帯の地震波が顕著に増幅するなど,特徴的な地震応答特性が確認された。2011年東北地方太平洋沖地震など過去の地震でも,排水設備が不十分だったり,締固めの悪かったりした盛土が,大振幅地震動により地盤崩壊や液状化を起こしており,人工盛土の地震動応答の解明は崩壊予測の高精度化に資するものである。
 火山地域での地震による地滑り被害研究のレビューを行い,最も甚大な被害は降下火砕物の崩壊性地滑りによるものであることを確認した。そのような地滑りの例として,1949年今市地震による火山地域の崩壊性地滑りの調査を行った結果,この地震及びこの地震以前の多数の崩壊性地滑りを確認した。また,深い地滑りの滑り面は自然含水量が高い火山礫層に当たり,地震によって地滑りが始まると滑り面付近に高い過剰間隙水圧が発生し,高速長距離地滑りになりやすいことがわかった。

(火山灰や溶岩噴出の予測)

 大規模噴火時の降灰予測に気象場の変化が与える影響を調べるため,1707年富士山宝永噴火及び1914年桜島大正噴火を想定した降灰シミュレーションを毎日行い,その日の気象場に基づいた計算結果を蓄積している。桜島大正噴火を対象とした計算では,気象条件によっては東北地方や北海道まで降灰が到達することが予測された。

え.今後の展望

 地震・火山噴火の災害誘因である,地震動,地殻変動,津波,火山灰降下,地滑り現象の事前予測のアウトプットは,観測体制の強化,事例解析の深化や増大,数値シミュレーション技術の高精度化により,非常に高度化している。また,工学研究が増強されたことにより,事前予測のアウトプットがどのような災害につながるのかについても具体像が示されるようになりつつある。しかし,地震も火山噴火も複雑な地殻構造の中で起こる非線形現象であり,発生時や発生過程の詳細など,予測精度を上げるのが難しい要素も多い。そのため,現状の事前予測には大きな不確定要素が内在し,それが事前予測結果を利用しづらい原因にもなっている。不確定要素の中でも,災害誘因の予測結果への影響が大きく,かつ,現状に鑑みて次のステップとして妥当な要素をターゲットに据え,予測結果の幅を狭める努力を積み上げていく必要がある。例えば,地震動の事前予測では,地下構造のより詳細なモデル化や,強震動を特に強く発生する強震動生成域の形成要因などがターゲットになる可能性がある。一方で,このような予測の現状を踏まえ,いつ,どこへ,どのような情報を発信すべきか,災害への適確な備えに役立つ予測情報の形とその社会実装への具体的なロードマップを考えていく必要がある。

(4)地震・火山噴火の災害誘因の即時予測手法の高度化

あ.目的

 地震発生後の地震波・津波などの観測データや,それらから速やかに推定される震源特性などを用いて,強震動と津波の即時予測手法の高度化を行う。また,火山噴火の特性の即時推定や,それらによる様々な災害の予知につながる方法を検討するとともに,火山灰の監視技術の向上と,数値シミュレーションを用いた予測方法の高度化を図る。

い.実施状況

(震源特性の即時推定と地震動の即時予測)

 大学は,数日以内の時定数を持つ地殻変動場を精密に捉えるため,GNSS解析の高精度化に関する研究開発を進めた。キネマティックGNSS解析(kGNSS)における対流圏遅延と座標推定値の分離能力の向上を試みるとともに,精密可動台の開発を開始し,リアルタイムキネマティック(RTK)GNSSの精度評価を行った。
 大学は,輻射伝達理論に基づく解析手法を用いて,九州地方の地殻における地震波の散乱減衰と内部減衰とを定量的に分離推定し,その結果を使用して,モンテカルロシミュレーションによる地震動エネルギー伝播の予測を行った。
 国土地理院は,GEONETリアルタイム解析から得られる地殻変動データを用いて,矩形断層モデルまたはプレート境界面上の小断層モデル(滑り分布モデル)等を即時推定する技術の開発を行った。
 気象庁は,地盤の増幅特性のリアルタイム補正,データ同化手法による震度分布の実況把握及びその実況分布から波動伝播の物理に則って震度を予測する手法を組み合わせて実波形データに適用した。また,実波形データを用いた地盤の増幅特性を全国の観測点で推定した。
 気象庁は,国土地理院と共同して,GNSSで観測された長周期地震動の解析によりモーメントテンソルを推定し,さらにそのモーメトンテンソル解と地殻変動に整合的な断層面を推定する手法を開発した。また,データ同化手法を取り入れた,地震動の時間履歴推定法,粒子フィルターや波形相関を用いた震源決定法,3次元速度構造を用いて高速に震源計算を行う手法等を開発した。

(津波の即時予測)

 大学は,リアルタイム浸水予測手法の高度化のために,GNSS観測データのリアルタイム解析による震源モデルの推定手法の利用や,沖合で観測された津波波形の逆解析に基づく津波の即時予測手法を遠洋津波波形観測データに適用することで,予測精度の向上を図った。また,防災科学技術研究所で整備されつつあるS-netの津波観測データを入力として津波数値計算を実施する新しい数値計算手法の開発に取り組んだ。
 気象庁は,房総沖の気象庁ケーブル式海底水圧計の近くに,高精度自己浮上式海底水圧計を設置して観測を実施し,期間中に発生した福島県沖の地震(M7.0)に伴う地震動や津波による圧力変化を観測し,得られた海底圧力データの周波数解析を行った。また,沖合で観測された津波波形の逆解析に基づく津波の即時予測手法システムについて,2011 年東北地方太平洋沖地震の津波観測データを用い,その手法の改良を検討した。さらに,同システムの予測結果を円滑に活用できるよう,統計的手法等に基づいて予測精度をリアルタイムに評価する指標の開発を進めた。津波エネルギーの伝達過程を基に組み立てられた,津波の成長過程を含めた全期間の振幅時間変化を説明するための数理モデルを用いて,各パラメータが津波の挙動にもたらす効果の検討を行った。

(火山噴火の特性の即時推定や火山灰の監視と予測の高度化)

 大学は,桜島で噴火によって放出され,大気中を浮遊する火山灰の粒子密度の測定を実施した。また,火山灰の粒子密度の連続測定を桜島の地上において実施した。噴煙粒子の形状と落下速度の関係を明らかにすることを目的として,桜島で採取した噴煙粒子のサンプルを,防災科学技術研究所の大型降雨実験施設内で自由落下させ,落下速度,形状,落下姿勢などの噴煙パラメータを求めた。火山灰の量的把握を目的として,桜島噴火のレーダー画像を解析し,反射されるレーダー電波の強さの時空間分布と降灰量を比較した。
 大学は,噴火発生時にその情報をすばやく収集して解析する手法を開発するため,桜島において噴火直後の降灰を収集し,その画像データを取得して実験室におけるデータと比較し,火山灰の単位面積当たりの質量や粒度と画像から得られる情報の関係を調べた。
 気象庁は,御嶽山噴火時の降灰域について,気象レーダーで抽出された噴煙高度の時間推移を活用し,解像度の高い数値予報モデルを用いた領域移流拡散モデル(RATM)による予測を行った。大規模噴火の過去事例として,1914年桜島大正噴火について,当時の噴煙高度や降灰分布を整理し,RATM による火山灰拡散・降灰予測実験を行った。大規模噴火時に成層圏に達した火山灰の輸送を予測する際に問題となる,高層で空気が希薄になることによる落下速度の変化について,RATMを用いた検討を行った。3次元噴煙モデルによる計算結果をもとに,2011年霧島山(新燃岳)噴火に特化した新しい噴煙柱モデルを構築した。

う.成果

(震源特性の即時推定と地震動の即時予測)

 GNSS解析の高精度化のために,全球数値気象モデルから期待される6時間ごとの天頂湿潤大気遅延量の予測値を用いた場合と,用いない場合についてkGNSSを多数の観測点において実施し,推定される湿潤大気遅延量に明瞭なオフセットが生じ得ることがわかった。これによって,全球数値気象モデルを用いることにより,kGNSSにおける座標値と対流圏遅延量パラメータの分離能力を向上させ得ることがわかった。また,精密可動台を用いてkGNSSの精度評価を行った結果,10mm 以下の精度で与えた動きを再現できることがわかった。
 輻射伝達理論に基づく地震波の分析により,九州地方の地殻では,散乱減衰及び内部減衰が強い水平不均質を示すこと,特に火山体周辺で散乱減衰及び内部減衰が大きいことが明らかになった。また,この分析によって得られた不均質減衰構造を使用したモンテカルロシミュレーションによる地震動エネルギー伝播の予測は,均質構造を仮定した時よりも観測データの再現性が良いことが確かめられた。
 GEONETから得られるリアルタイム地殻変動データを用いて断層モデルを推定する手法を,2003年十勝沖地震時及び2011年東北地方太平洋沖地震時に得られた観測データと,南海トラフ地震のシミュレーションデータに対して適用した結果,地震発生から3分以内に高精度で断層モデルの推定が可能であることを確認した。
 震源決定を行わず,地震動の観測結果と波動伝播理論に基づいて震度を予測する手法を,2011 年東北地方太平洋沖地震,2004年新潟県中越地震,2014年長野県北部の地震で観測された実波形データに適用した結果,10~20秒後程度の近い未来の予測ならば,ほぼ実時間で誤差1以内で震度予測が可能であることを確認した。
 粒子フィルターに基づく震源決定手法,波形相関を用いたイベント検出法の評価試験を行った結果,内陸地震については,一元化震源と比較して検知能力や震源決定精度が十分であることが確認され,さらに海域の地震についても多くの地震の震源決定が可能であることが確認された。

(津波の即時予測)

 防災科学技術研究所のS-netの津波観測データを直接の入力として津波数値計算を実施する新手法の開発を行い,実際のS-net程度の観測点間隔に適用して長周期の大きな津波の再現性などを確認し,S-netの観測点配置でも十分,即時津波予測が可能であることを示した。
 沖合で観測された津波波形の逆解析に基づく津波の即時予測手法システムについて,海溝付近の急峻な海底地形の水平変位によって生じる見かけの上下変位を考慮できるように逆解析手法の改良を行い,実データへの適用を通してその有効性を確認した。津波エネルギーの伝達過程を基に組み立てられた数理モデルを用いて検討した結果,減衰定数などのパラメータによって津波の第一波到着から最大波出現までの時間に違いを生じることを確認した。

(火山噴火の特性の即時推定や火山灰の監視と予測の高度化) 

 大型実験施設内で噴煙粒子を自由落下させる実験で,噴煙粒子の落下速度は,粒径と形状,落下姿勢に依存することが確かめられた。これらの結果は噴煙のレーダー観測結果の分析に役立つと考えられる。
 噴煙高度が5000mに達した2013年8月18日の桜島噴火のレーダー画像を解析し,反射される電波の強さの時間積算と地上時間降灰量との関係を調べた結果,まだ,一例ではあるが,反射される電波強度から降灰量を求めることが可能であることが示された。
 ライダー装置により,微弱な火山ガス放出時でも南岳火口上において火山ガスが冷却されて形成された水滴及び硫酸ミストを検出することができた。散乱強度は火口から離れるにつれて低下するという空間分布から,約2km 付近まで微小粒子を追跡可能であることがわかった。少数ではあるが,火山灰も検出することもできた。
 桜島において,噴火直後の降灰の採取と,その画像データの分析及び実験室での再現実験などにより,粒度がそろった状態の火山灰であれば,画像解析から火山灰の単位面積当たりの重量を推測できる可能性が示唆された。
 火山灰の落下速度の変化についてRATMを用いた検討を行った結果,ミクロンオーダーの火山灰の落下過程や広域に長期間浮遊する火山灰の輸送予測には,高層で空気濃度が影響することを確認した。
 3次元噴煙モデルによる計算結果をもとに,2011年霧島山(新燃岳)噴火に特化した新しい噴煙柱モデルを構築し,数値予報モデルを組み込んだ火山灰輸送実験を行ったところ,従来に比べ火山灰雲分布の再現性が向上することを確認した。

え.今後の展望

 地震・火山噴火の災害誘因の即時予測においては,地震動,津波,火山灰の予測のいずれの分野においても,現象の発生源,現象の伝播あるいは拡散の過程,そして,それぞれの場での災害誘因としての発現のそれぞれにおいて観測あるいは予測の技術を高度化させることが課題となる。従来は,これらの一連の流れで予測を行うことが基本であり,各段階での技術を高度化することが,災害誘因の予測の高度化に不可欠であった。しかし,近年の観測技術や観測網の高度化により,必ずしも現象の発生源を精緻に把握しなくても,現象の伝播あるいは拡散の過程での現象の把握と予測の技術を進化させることで,予測精度を向上できるようになった。
 例えば,現在,実際に運用されている緊急地震速報は,地震計データを用いて即時に震源を決定し,その震源からの地震波の伝播を距離減衰式で予測し,各地点の震度を地盤増幅度を用いて算出している。しかし,近年の研究では,2011年東北地方太平洋沖地震での課題を踏まえ,震源位置の推定を必ずしも必要とせず,伝播途中の地震動の観測結果に基づき実況把握を行い,それに基づいて波動伝播の法則にしたがってその後の地震動を予測するという手法の研究が進められている。このような手法の利点は,震源域の広い巨大地震でも精度の良い予測ができることであるが,一方で,即時予測の観点では,現象の途中経過から予測することから,時間的な猶予がとりにくい不利な点もある。
 このように,今後の地震・火山噴火の災害誘因の即時予測の高度化のためには,それぞれの分野において,従来の発生源からの予測と,近年開発された実況把握からの予測を組み合わせて,それぞれの利点を生かしていくことが重要となる。

(5)地震・火山噴火の災害軽減のための情報の高度化 

あ.目的 

 平常時における「災害啓発情報(特に,地震・火山噴火に関わる科学的情報)」,発災直前の「災害予測情報」,発災直後の「災害情報(特に,地震・火山噴火がもたらす二次自然災害の可能性)」,復旧・復興期の「災害関連情報(特に,当該災害を受けて今後の災害発生の見通し)」など時には不確実さを伴う情報を災害軽減に有効に役立てるための方法を検討し,災害素因の影響も考慮したリスク・コミュニケーションの方法論を研究する。

い.実施状況

(地震の長期評価・強震動ハザードマップなどの災害情報によるリスク・コミュニケーション手法)

 大学は,長期予測情報が災害軽減に有効に役立つためのリスク・コミュニケーションの方法論の研究を行った。具体的には,調査会社にモニター登録する名古屋市内在住の一般市民を対象に「住民の地震リスク認知や専門家に対する信頼がどのように変化するか」という問題を実証的に検討するため社会調査を実施した。

(火山の災害軽減のためのリスク・コミュニケーション手法)

 大学は,北海道内の火山をモデルケースとして,火山災害を軽減するためのリスク・コミュニケーション手法を提案するために,関係機関の各種観測情報などの火山防災情報を収集・統合させてリアルタイムで表示する準リアルタイム火山情報表示システムを開発した。開発したシステムは,北海道内の地方公共団体をモデルケースとして実装し,ユーザー側の実用に即したシステムの評価・改良を図った。
 大学は,桜島をモデルケースとして,避難計画の立案・実施などの地域防災対策などに反映させることを目的として,火山現象理解のための研究や噴火規模の即時評価の研究成果を集約しながら,地方自治体の防災担当者,一般住民,報道機関など様々な層を対象にした情報発信実践を行った。
 大学は,2014年御嶽山噴火をモデルケースにして,噴火の際の実際の情報伝達事例などを分析して,地域住民,観光客等の情報の受け手や,自治体職員等の情報伝達の担い手にとって有用な災害情報の内容や伝達方法のあり方について検討・提案を行った。

(地理空間情報活用による地域開発と社会的脆弱性との関係)

 大学は,地理空間情報(G空間情報),GIS(地理情報システム),衛星測位(GPS,準天頂測位システムなど)に基づく情報システム構築によって,地域開発と自然災害リスクとの関係を分析し,その結果から災害に対する社会的脆弱性の関係を解明した。分析においては地方レベル,市町村レベル,町内会レベルというように空間スケールごとに分析を行い,各スケールにおける開発と災害リスクの関係や,リスク軽減のための課題などを明らかにした。また,分析結果を情報システムに反映させ,災害を軽減するための災害啓発情報・災害予測情報・災害情報のあり方について,情報システムにおける高精度避難ナビゲーションシステムを実装しながら「災害に対する社会的脆弱性」克服のための方策を検討した。
 大学は,災害リスクを軽減させるために,国,地方自治体,住民組織,住民個人の間で,どのような情報流通を行う必要があるか明らかにした。また,地域防災のための公開講座の開催,自治体防災担当者対象の講義の実施,自治体との相互協力協定に基づく防災教育・地域貢献などを実施しながら研究成果の効果的な普及手法を検討した。

(地震・津波・火山防災情報の改善に係る知見・成果の共有)

 気象庁は,地震や火山噴火の災害軽減に資するため,最新の研究成果,技術の進展や社会要請等を踏まえて実施する津波警報,緊急地震速報,長周期地震動に関する情報,噴火警報,降灰予報などの防災情報の改善のための検討で得られた知見や成果を地方自治体・関係防災機関と共有した。

う.成果

(地震の長期評価・強震動ハザードマップなどの災害情報によるリスク・コミュニケーション手法)

 長期予測情報に関するリスク・コミュニケーションの方法論を提案するための社会調査では,地震リスク認知,地震研究の専門家に対する信頼,地震への備え,地震対応政策への支持などについて行われ,長期評価の発信手法の工夫が重要であることを明らかにした。

(火山の災害軽減のためのリスク・コミュニケーション手法)

 北海道内の火山をモデルケースとして,火山防災情報の準リアルタイム火山情報表示システムを北海道内の地方公共団体に実装し,ユーザー側の実用に即したシステムの評価・改良を図った。
 また,1914年桜島大正噴火に関する証言から大正噴火に至る前駆過程を考察し,それに基づいたシナリオに沿って鹿児島県,鹿児島市など自治体の机上防災訓練が行われた。
 御嶽山噴火をモデルケースにして,火山災害情報のあり方についての地域住民向けアンケートを御嶽山の岐阜県側に位置する下呂市小坂地区(旧小坂町)の全世帯を対象に行った。質問内容は,火山噴火に対するリスク認識,災害情報の伝達,火山防災対策の3点であり,この結果を分析し,噴火の未経験者のリスク認識が低いこと,また気象庁や役所からの情報提供を求める一方で,住民を対象とした防災学習や避難訓練の実施についても意識が低いことを明らかにした。

(地理空間情報活用による地域開発と社会的脆弱性との関係)

 情報システムを構築するに当たり,タブレット型PCに基盤地図情報,国土数値情報,国勢調査(小地域)データなどをベースとし,自治体が整備した津波浸水想定,避難場所,都市計画基礎調査などを統合した現地調査用の携帯型地理情報システムを構築し,フィールドで運用テストを行った。また,その収集データ(特に避難行動の移動履歴データなど)をGISで分析する方法を開発した。このシステムを活用することにより避難訓練(擬似的な訓練も含める)の行動情報を数値化して保存することが可能となった。
 さらに,衛星測位を利用した津波災害時避難の分析システムの構築を行い,地域情報(土地利用及び人口等)と被害想定に関する時系列的分析,避難施設と避難圏域に関するデータの収集と分析,住民の避難行動に関するデータの収集と分析などを行い,地域開発と社会脆弱性の関係について考察した。特に北海道危機対策課が整備を続けている津波浸水想定データを用いて,浸水域人口の推定を行った。なかでも,津波浸水想定域人口の多い市町村に関しては,土地利用及び人口などの詳細な分布をGISに取り込んで空間データベースの構築を進め,地域性を反映した市町村別の危険度を評価した。

(地震・津波・火山防災情報の改善に係る知見・成果の共有)

 気象庁は,地震・津波に関する防災情報の高度化を図るため各種検討会等を開催し,報道発表等により広く情報共有を図った。具体的には,「緊急地震速報評価・改善検討会」,「長周期地震動に関する情報検討会」,「津波予測技術に関する勉強会」を開催した。火山については,平成26年度に「火山情報の提供に関する検討会」を開催し,最終報告を受けて,1)臨時の「火山の状況等に関する解説資料」の提供開始,2)噴火警戒レベル1及び噴火予報のキーワードを「平常」から「活火山であることに留意」に変更,3)「噴火速報」の運用開始を行った。

え.今後の展望

 災害を軽減するためには,一般市民や行政等を中心とする災害対応従事者などの災害軽減・防災・減災リテラシー(災害に立ち向かうために必要な能力)を向上させることが必要である。そのためには,過去の災害事例に関する研究成果をもとに,対象者にわかりやすい災害啓発情報,災害予測情報,災害情報,災害関連情報という情報の内容そのものと,対象者に理解してもらうためのリスク・コミュニケーション手法の両方について検討が必要である。質問紙調査・フィールドワーク(参与観察や社会実装・社会実験など)といった手法を用いることにより,これらの研究を進めていくことが重要であろう。
 災害を引き起こす地震や火山噴火の短期予測や長期予測に関する情報については,災害軽減に有効に役立てられるように,情報の内容自体の研究,情報の伝達手段についての研究などを行っていく必要がある。現行計画で開発を進めた準リアルタイム火山情報表示システムなどのように,迅速に地震・火山活動の情報や災害関係の情報,避難行動に関する情報などを伝達するシステムの構築を進めることが重要である。同時に,それらを受け手がどのように利用し実際の行動に結びつけるかを分析し,避難施設などの地域的特性も考慮しつつ,地域開発と災害に対する社会脆弱性との関係について災害軽減の観点から提案していく必要がある。
 本計画によって研究が進められているリスク・コミュニケーションの方法論を深化させていくこと,また,防災リテラシーを醸成できるような教育プログラム・教材の開発・効果測定といった研究を進めることにより,地震や火山噴火による災害事象など災害研究全体の理解を一般の人々に浸透させることが重要である。

4.研究を推進するための体制の整備

4.1.実施状況及び成果

(1)推進体制の整備

 本計画では,地震・火山防災行政,防災研究全体の中でどのように貢献すべきかを十分に踏まえた上で実施計画を立案している。特に,地震本部が策定する「新たな地震調査研究の推進について-地震に関する観測,測量,調査及び研究の推進についての総合的かつ基本的な施策-」(以下,「新総合基本施策」)との整合性にも留意している。2016年熊本地震の調査研究に関しては,地震本部が計画する活断層の重点的調査に,本計画と連携して進めている調査研究(科学研究費補助金 (特別研究促進費)「2016 年熊本地震と関連する活動に関する総合調査」)の成果を活用する方針が,地震本部・政策委員会調査観測計画部会で議論された。
 地震火山部会は,学術的な研究の動向にも配慮しつつ,各年次の計画立案,進捗の把握,取りまとめを行い,各年度の観測研究の成果を年次報告「成果の概要」として取りまとめ報告書を公表している。また,計画進捗,成果について地震本部と情報交換し,「新総合基本施策」との整合性を確認している。そのために,毎年,地震本部・政策委員会総合部会において,現状及び次年度以降における基本的考え方等についてのヒアリングを受け,新総合基本施策との整合性が評価され,基礎研究としての本計画が,新総合基本施策の推進に貢献していることが確認されている。地震研に設置されている地震・火山噴火予知研究協議会(以下,「予知協議会」)では,研究分野ごとの8つの計画推進部会において研究課題の進捗状況の把握や成果の取りまとめの作業を行っており,予知協議会企画部(以下,「企画部」)において全体成果の取りまとめ作業を行っている。また,東北地方太平洋沖地震,南海トラフ巨大地震,首都直下地震,桜島火山の各課題については,現象の解明・予測から災害誘因予測,研究体制整備までを含む現行計画の実施4項目(二.2.)を横断して総合的に取り組むため,予知協議会ではそれぞれに対応する総合研究グループを計画推進部会の枠を越える形で設置し,緊密な情報交換により総合的な研究を推進している。さらに,大学間や,大学と行政機関または研究開発法人との間で企画部流動教員等の人事交流を行うことにより,関係機関の連携をより強固なものとしている。各年度末には,計画の全課題の成果を持ち寄り,成果報告シンポジウムを一般にも公開して実施しているほか,計画推進部会や総合研究グループごとの研究集会や複数の計画推進部会の合同研究集会などを随時行うことにより,参加者が計画全体の進捗状況を理解して研究を進められるようにしている。
 地震火山部会において本計画の実施機関について検討した結果,地震,火山分野だけでなく,防災分野や人文・社会科学分野を含めた研究体制に基づき,総合的かつ学際的に研究を推進する必要性を認識した。そのために,計画開始の平成26年度から新たに史料編纂所,新潟大学災害・復興科学研究所,奈文研が計画に参加することになった。さらに,観測研究体制を強化し研究を加速するために,平成27年度には実施機関の公募を行い,東京大学大気海洋研究所,北海道立総合研究機構環境・地質研究本部地質研究所,山梨県富士山科学研究所が本計画に参画した。 
 火山災害としては戦後最大の犠牲者を出した2014年御嶽山噴火を受けて,地震火山部会では火山観測研究体制について検討を行い,「御嶽山の噴火を踏まえた火山観測研究の課題と対応について」を取りまとめた。また,火山観測研究に関連する課題の追加,再編を行った。
 現行計画は,地震学,火山学だけではなく,防災に関係する工学,人文・社会科学も加わる学際的な計画であり,また,大学,行政機関,研究開発法人等の多様な機関が参加する計画でもある。多くの研究分野,機関が緊密に連携して研究を推進するためには,研究推進体制の抜本的な見直しが必要であるが,そのために予知協議会の下に「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画推進体制検討ワーキンググループ」(以下,「ワーキンググループ」)を設置して検討を開始した。これまでの予知協議会は,観測研究計画に参加する大学のみで構成され,行政機関,研究開発法人等はオブザーバー参加であったが,ワーキンググループの検討結果に基づき,平成28年度からは観測研究計画に参加する全機関が予知協議会に正式参加することになった。また,研究課題の連携による観測研究のより一層の推進を図るため,企画部内に戦略室を新たに設置した。さらに,この戦略室と計画推進部会には,行政機関,研究開発法人等が正式に委員として参加することになり,異なる機関の研究課題間の連携強化が図られることになった。ワーキンググループでは,研究分野,機関間の連携のより一層の強化に向けて検討を続けている。
地震・火山災害軽減のための研究を,地震・火山の理学研究者と防災に関する工学,人文・社会科学研究者が連携して推進するために,「地震・火山科学の共同利用・共同研究拠点」である地震研と「自然災害に関する総合防災学の共同利用・共同研究拠点」である防災研は,平成26年に拠点間連携に関する協定を結び,拠点間連携共同研究を開始した。両研究所が設置した拠点間連携共同研究委員会が中心となり,課題募集型と参加者募集型の公募研究を実施している。
 国土地理院が事務局を担当する地震予知連絡会は,年4回開催される会議において,地震活動・地殻変動に関するモニタリング結果や地震の予知・予測のための研究成果などに関する情報交換を行うことにより,モニタリング手法の高度化に資する役割を担っており,関係各機関での情報の共有を行った。また,2016年熊本地震など注目すべき地震や,地震予知研究における重要な問題などを「重点検討課題」として集中的な検討を行っている。
 気象庁が事務局を担当する火山噴火予知連絡会は,年3回開催の定例会において,全国の火山活動の総合的な評価を実施している。また,平成26年8月3日の口永良部島の噴火,平成26年9月27日の御嶽山の噴火,平成27年5月 29日の口永良部島の噴火,平成27年8月15日の桜島の急激な地殻変動・地震多発について,拡大幹事会を臨時に開催し,詳細な火山活動評価を行った。その内容は,拡大幹事会見解として取りまとめ,気象庁から「火山の状況に関する解説情報」として発表するとともに,気象庁のホームページでも公表した。
 火山噴火予知連絡会には,2008年より「火山観測体制等に関する検討会」が設置され,調査研究の推進とその成果に基づく監視体制のあり方,観測データの流通及び共有体制のあり方,関係各機関の役割分担と火山観測網のあり方を検討しており,2016年3月までに計15回の会合を開催している。平成26年9月27日の御嶽山の噴火災害の際には,この検討会に加えて,「火山情報の提供に関する検討会」を設置し,両検討会において活火山の観測体制の強化及び火山活動に関する情報提供のあり方を検討し,平成26年11月に緊急提言を,平成27年3月に最終報告を取りまとめた。
 さらに,「御嶽山の噴火災害を踏まえた活火山の観測体制の強化に関する緊急提言」を受け,平成27年3月には既に設置されていた「火山活動評価検討会」において,監視・観測体制の充実等が必要な火山として八甲田山,十和田及び弥陀ヶ原の3火山について追加選定を行った。

(2)研究基盤の開発・整備

ア.観測基盤の整備

 防災科学技術研究所は,基盤的地震観測網の安定的運用を行い,データを流通,保管,公開した。基盤的火山観測網に関しては,「今後の大学等における火山観測研究の当面の進め方について」(平成20年12月,科学技術・学術審議会測地学分科会火山部会)に基づく整備を完了し,データを流通,公開した。また,日本海溝海底地震津波観測網(S-net)の構築を進めている。海洋研究開発機構は,平成27年度までに地震・津波観測監視システム(DONET)の基本的な整備を完了し,防災科学技術研究所に移管した。DONETが提供する地震観測データは,緊急地震速報でも利用されている。
 大学は,陸域,海域及び火山周辺の地震,地殻変動等の観測点を維持,管理するとともに,2016年熊本地震等の大地震や火山噴火等が発生した際には迅速に臨時観測点の設置を行った。火山観測点については,「御嶽山の噴火を踏まえた火山観測研究の課題と対応について」(地震火山部会)を受けて観測体制を強化した。また,リアルタイム地震観測データの全国的な流通のため,全国の大学等を結ぶネットワークを構築・管理運用した。地震研は,これまでに整備された衛星通信システム及び地上テレメータ装置,データロガー,地震計等の観測機器合計約千台を,共同利用の手続きにしたがって全国の大学の研究者に貸し出している。地震研の予知協議会及び防災研の自然災害研究協議会は,地震・火山災害発生時に,緊急調査や臨時観測の提案,調査・観測グループの組織化や経費補助を行った。
 気象庁は,津波警報や地震情報等を適切に発表するため,全国に展開している地震計及び震度計,東海地域を中心に展開しているひずみ計などの観測を継続するとともに,文部科学省と協力して,大学や防災科学技術研究所など関係機関の地震観測データを合わせて一元的に処理し,その結果を大学等の関係機関に提供している。
 国土地理院は,GNSS連続観測(GEONET)を維持し観測を継続した。御前崎及び切山においてひずみ計等による地殻変動連続観測を継続し,地殻変動の監視を行っている。全国の一等水準路線の改測のほか,南海トラフ地震,首都直下地震等が想定される地域で水準測量を実施した。日本列島域で絶対重力観測及び地磁気の連続観測を実施するとともに,地殻変動に伴う局所的な重力の変化を詳しく捉えるため重力測量を実施した。南海トラフ巨大地震の想定震源域においては,繰り返し絶対重力観測を実施し,富士山中腹においては全磁力の連続観測を行っている。陸域観測技術衛星2号(だいち2号)等を利用し,SAR干渉解析により全国の地殻変動を高精度に捉えた。地震に伴う災害発生時は,緊急的にSAR干渉解析を実施し,その結果を迅速に提供した。
 気象庁,国土交通省港湾局,国土地理院及び海上保安庁は,潮位連続観測を継続し,地殻変動に伴う地盤の上下動を連続的に検知するとともに,津波の発生状況を把握した。集約された全国の潮位データは国土交通省防災情報提供センターのホームページで公開されている。
 国土地理院は,火山周辺域においてGNSS火山変動観測装置(REGMOS)及び自動測距測角装置(APS)による連続観測,GNSS測量,水準測量,重力測量等による観測を実施した。全国の活動的な火山については,航空機SAR観測を実施し火口付近の地形情報を収集保存し,活発な噴火活動によって災害が発生した際には,山体地形の変化の推定に利用した。さらに,国際VLBI事業に参加して国際共同観測を定常的に実施することで,地殻変動やプレート運動監視の基準となる国際地球基準座標系(ITRF)の構築等に貢献した。
 気象庁は,全国の活火山について,全国4か所の火山監視・情報センター(平成28年4月1日に改組し,以降は火山監視・警報センター)において,地震計,空振計,GNSS等により連続的な監視観測を行った。火山観測施設の更新計画に基づき,各年度5~6火山の観測施設を更新した。特に,火山活動の活発化や噴火があった霧島山,八甲田山,蔵王山,口永良部島,御嶽山,箱根山については,臨時に観測機器を設置するなどして観測を強化した。また,火山噴火予知連絡会の「火山観測体制等に関する検討会」における検討結果を踏まえ,防災科学技術研究所と地震計,空振計等の観測データの交換を実施した。気象庁,防災科学技術研究所,大学は,火山監視に必要なデータを交換するための協定を締結しデータの流通を進めた。気象庁は,柿岡など5観測点における地磁気4成分連続観測データを,月ごとに地磁気観測所データベースに登録,公開するとともに,4地点のデータを国際的なデータセンターに提供した。さらに,活動的な火山を対象とする全磁力精密観測データを継続してデータベースに登録した。また,平成26年度には,48火山において,水蒸気噴火の先行現象を検知するため火口付近の観測施設の増強を行った。
 海上保安庁は,2011年東北地方太平洋沖地震の震源域や日本海溝及び南海トラフなどで,GPS-音響測距結合方式による海底地殻変動観測を実施するとともに,プレート境界域等において海底変動地形等の調査を実施した。また,沿岸におけるGNSS 連続観測点データを利用した地殻変動の検出を実施した。さらに,海域火山において航空機や無人測量船等などによる機動的観測や人工衛星によるリモートセンシング技術を活用した観測を実施した。また,船舶の安全航行確保のための航行警報等による情報提供を必要に応じて行っている。
 産業技術総合研究所は,南海トラフの巨大地震発生予測のための地下水等総合観測施設14地点の運用を行うとともに,平成24年度に新たに2か所に観測施設を構築した。観測データは気象庁にリアルタイムで提供するとともに,地震に関する地下水観測データベースで公開している。
 北海道立総合研究機構地質研究所は,道内5火山の火山観測を実施し,十勝岳においては多項目の現地調査を実施した。山梨県富士山科学研究所は,富士山東麓において,地震観測1地点を維持し,防災科学技術研究所とデータ共有を行っている。また,富士山北麓において,平成27年度に新設した1地点を含め合計4地点で地下水観測を実施している。

イ.地震・火山現象のデータベースとデータ流通

 防災科学技術研究所による高感度地震観測網,広帯域地震観測網,強震地震観測網等による統合地震波形データベース,気象庁による全国の地震カタログ,国土地理院によるGNSS観測データや潮位観測データのデータベース等々のデータベースが整備・運用され,基礎データの収集と蓄積が進んでいる。これらのデータは,2011年東北地方太平洋沖地震をはじめとする地殻活動の調査研究に多大な貢献をした。
 気象庁は,過去に遡って震源決定の再解析を行い,精度を大幅に改善して地震カタログに反映させた。また,自動処理による地震検出を検測処理の基本とした作業手順により新たな震源決定手法を確立した。これにより,品質を確保しつつ,より充実した地震カタログが得られることになり,2011年東北地方太平洋沖地震以降著しく増加した微小地震を地震カタログに掲載できるようになった。また,発震機構解析及び大地震時の震源過程解析を実施した。
 国土地理院は,水準測量,GNSS連続観測(GEONET),潮位観測等の地殻活動総合解析システムのデータベースを運用している。また,監視・観測体制の充実が必要とされた火山を対象に,火山基本図や火山土地条件図の整備を行っている。さらに,全国の都市圏活断層図を整備し公表している。
 大学は,ひずみ計・傾斜計データの流通と一元化を進め,全国データ流通システムを構築した。2011年霧島山(新燃岳)噴火や2011年東北地方太平洋沖地震等に際して,このシステムの有用性が確認された。さらに,このシステムをGNSSデータ等に拡張し,地殻変動連続観測等のデータの全国流通・公開を実施している。また,過去の煤書き地震記録の電子化も行った。データベースの統合化を行う前段階として,関連機関が構築しているデータベースの所在情報をまとめたポールサイトを構築した。さらに,計画参加者が研究成果を共有できる成果共有システムの開発に取りかかっている。
 産業技術総合研究所は,地殻応力場,活断層,活火山,火山衛星画像などの各種データベースを統合して,地震や火山活動に関係する地質情報データベースを作成するとともに,蔵王山,九重山,富士山の火山地質図を作成して刊行した。また,アジア諸国の研究機関と協力して,東・東南アジア地域における過去に災害を引き起こした大規模な地震,津波,火山噴火に関する情報を1枚の地質図上にまとめた「東アジア地域地震火山災害情報図」を作成した。
 気象庁は,地磁気基準観測及び全磁力精密観測の成果をデータベース化し,国際的なデータセンターに提供している。海上保安庁は,海域火山基礎情報図の整備を行い,海域火山データベースを更新している。

ウ.観測・解析技術の開発

(海底観測技術)

 海上保安庁及び大学は,GPS-音響測距結合方式による海底地殻変動観測のノイズ軽減や解析の高精度化等の技術開発を進めた。その結果,海域によらず,年1回,3年間程度の観測によって,変位速度ベクトルを約1cm/年の精度で推定できるようになった。大学は,長基線での海底間音響測距観測の技術開発を行い,水深6,000m以深において10kmの測線長で安定した観測ができることを確認した。
 大学は,自己埋設型広帯域海底地震計や高精度水圧計を併設した長期観測可能な自己浮上型海底地震計の開発を進めた。これにより,水深6,000m以深の超深海域での地震・地殻変動観測が可能になり,巨大地震の震源域周辺を観測可能な範囲に納めることができるようになってきた。海底ケーブル式の各種観測機器の研究開発が進められ,大学は次世代型のケーブル地震観測網海底地震計を開発した。海洋研究開発機構は,超大深度掘削や長期孔内観測システムの構築に向けた機器の開発,性能向上による先端的掘削技術の開発や,コア試料の高精度高分解能な同位体分析法の開発などを実施している。

(宇宙測地技術等によるリモートセンシング)

 衛星を利用した宇宙測地技術,航空機等を利用したリモートセンシング技術に関しては,GNSSや合成開口レーダー(SAR)の解析手法の開発が継続的に進展し,広域の地殻変動,震源断層や火山活動の迅速かつ正確な把握に役立てられるようになった。
 国土地理院は,電子基準点による地殻変動監視において,観測データの大気擾乱の影響を評価する手法や誤差特性を分析する手法,観測点固有の誤差をモデル化してデータを補正するツールなどを開発し,観測データの精度を向上させた。また,GPS以外の測位衛星への対応を進め,GNSS連続観測網の地殻変動情報を高度化している。
 大学は,リアルタイムGNSS時系列を用いた地震時変位の自動検知及び地震時変位量推定の高度化を進め,地震発生後60秒以内に地震発生を判定できるアルゴリズムを開発した。国土地理院は,リアルタイムGNSS解析システムにこのアルゴリズムを実装し運用している。
 国土地理院は,SAR干渉解析による地殻変動観測技術を向上させるとともに,研究の基盤となる解析ツールを開発した。また,霧島山(新燃岳)や口永良部火山のモニタリングを実施した。PSI(Persistent Scatterer Interferometry)法によって,年間約5mmから1cm程度の地盤変動が抽出できるようになり,長期間継続する地盤変動や噴火活動のない火山体の監視に有効であることが示された。さらに,GNSSデータを利用してSAR干渉画像内に含まれる電離圏の影響による誤差を低減する手法を開発した。情報通信研究機構は,航空機搭載SARの開発を進め,2014年御嶽山噴火に際し緊急観測を実施して,情報を即時に提供した。大学は宇宙航空研究開発機構と連携して,衛星赤外画像を用いた火山監視のシステムの開発を進めている。防災科学技術研究所は,SAR干渉解析ツール(RINC)による解析結果をSAR時系列解析ソフトウエアGiANTに組み込むツールを開発した。火山ガス・温度等の把握を目的とした航空機搭載型光学センサーの技術開発を進め,浅間山や箱根山で観測を実施した。

(地下状態のモニタリング技術)

 大学は,宇宙線ミューオンを利用した火山透視技術を高度化した。カロリーメータ方式の改良と解析アルゴリズムの高度化によりノイズ低減を進め,火山内部構造の可視化に必要な観測時間を大幅に短縮し,対象距離の透視限界を延伸できた。さらに,装置のモジュール化を進め,機動性を向上させ,有珠山,薩摩硫黄島,霧島山(新燃岳)各火山の内部構造の透視に成功した。また,地下構造の時間変化を検出する技術の高度化を進め,新たに精密制御信号システム(アクロス)を桜島に設置し,地下構造の時間変化と火山活動との関係を調べている。また,震源装置の標準化とモジュール化を進め,低コストで製作でき,かつ柔軟な運用が可能な第二世代震源装置を開発した。装置の回転軸を水平にすることで鉛直加振が可能となり,すべての成分の伝達関数の取得が可能となった。

(活動が活発な地域や従来観測が困難であった地域における観測技術)

 大学は,火山噴火時に各種観測を火口近傍で安全に実施するために,アクセスが困難な場所での諸観測に有効な無人ヘリを用いた観測技術の開発を行い,霧島山(新燃岳),樽前山において空中磁気測量,霧島山(新燃岳)と桜島において各種観測機器の設置・回収試験を行った。また,二酸化硫黄簡易型測定装置の改良と高度化及び解析ソフトの改良を行った。この装置は口永良部島の噴火の際に二酸化硫黄放出率モニタリングに使用され,マグマ噴火への移行を判断する観測量として火山活動の評価に活用された。
 防災科学技術研究所及び気象庁は,気象レーダーを利用した噴煙災害予測の高度化を目指し,XバンドMPレーダーによる噴煙推定手法の高度化を進めた。
 大学は,小型絶対重力計の開発を進め,従来の絶対重力計よりも小型・軽量で同等の観測精度を持つ装置を完成させた。また,大深度ボアホールの高温環境下における地震・地殻変動の観測のためのレーザー干渉技術を利用した観測装置を開発し,温度300℃まで動作可能であることを実証した。

(3)関連研究分野との連携の強化

 低頻度大規模地震・火山噴火の解明等のため,史料や考古データに基づいて近代的観測以前の地震・火山噴火とその災害を研究する必要がある。このため,当該分野において全国の中心的な役割を担っている史料編纂所と奈文研が,平成26年度から本計画の実施機関となった。史料編纂所では,所内に地震史料研究チームを設置し担当教員を配置した。奈文研では,歴史災害痕跡情報収集のために,考古・地質・歴史・年代・動物など,奈文研内の幅広い分野の研究者による研究体制を立ち上げた。史料編纂所,奈文研,地震研は,歴史学,考古学,地震学の研究者による検討会を年に数回開催するとともに,地震・火山噴火に関する文献史料と考古資料を統合検索するシステムの開発に着手した。地震研と史料編纂所は,東京大学の学内において連携研究推進を検討している。奈文研は,災害痕跡の検討のため,考古学者と地質学者による共同研究体制を整えるとともに,GISデータベースについては国土地理院や産業技術総合研究所と連携を進めている。また,地質考古学的災害痕跡認定基準の検討や地質考古学的知識・技術の向上・普及のため,関連分野研究者との連携を図った。
 地震・火山の理学研究者と防災に関する工学,人文・社会科学研究者が連携して地震・火山災害軽減のための研究を推進するために,地震研と防災研は拠点間連携共同研究を開始した。研究の推進の中心となっている拠点間連携共同研究委員会は,地震研と防災研の教員のほか,予知協議会と防災研・自然災害研究協議会の推薦による委員等で構成され,地震学,火山学,工学等の多くの分野の研究者が実施計画の立案から成果の取りまとめまでを行っている。その結果,土木工学,地盤工学,建築工学,災害学の研究者が研究計画に参加するようになっている。
 気象庁は,大学等の火山研究者や火山に関する専門的な知見を習得した人材を火山活動評価に参画させる体制を平成28年度に整備した。

(4)研究者,技術者,防災業務・防災対応に携わる人材の育成

 大学は,物理学,化学などの基礎的な学術分野,観測や地質調査などのフィールド調査,観測機器の開発や数値計算技術などの幅広い内容の教育を行い,地震・火山現象の理解と,地震・火山噴火の発生予測及び災害誘因予測の方法の構築と検証を行うために,継続的な人材育成を行っている。研究開発法人等は,連携大学院制度等を利用して,より幅広い分野の経験をもった人材育成に協力している。
 大学や研究開発法人等は,本計画の推進に関係する研究員を雇用することにより,大学院を修了した若手研究者のキャリアパスを確保している。大学院等で本計画に関連する研究に携わった学生の多くが,地震・火山防災に関係する行政機関や研究開発法人等に就職している。各大学は,総長裁量による教員の再配分などを利用し,人材の確保に努めている。
 大学は,リーディング大学院における教育,自治体職員の受託研究員等としての受け入れ,自治体職員を対象とするセミナーの開催などにより,防災業務・防災対応に携わる人材の育成を進めた。また,大学の教員が気象庁職員の技術研修の講師を務め,防災業務に携わる人材の育成に協力したり,大学の技術職員と防災業務にあたる気象庁職員と交流の機会をつくったりしている。産業技術総合研究所は,地震・津波に関する自治体職員用研修プログラムや,気象庁職員向けの火山灰分析技術の講習等を行っている。
 大学は,新たに収集した歴史地震に関する古文書の解読にあたっては,若手地震研究者や歴史地震に関心をもつ社会人も参加する研究会を組織し,膨大に存在する近世の災害関連史料を解読できる人材の育成に努めている。
 「御嶽山の噴火を踏まえた火山観測研究の課題と対応について」では,火山研究者が少ないことから,若手火山研究者の確保・育成の必要性が指摘され,これを受けて文部科学省では,平成28年度から開始した次世代火山研究人材育成総合プロジェクトにおいて,10年計画の「火山研究人材育成コンソーシアム構築事業」を立ち上げた。大学や研究開発法人等は,このコンソーシアムに参加し,広く社会で活躍する火山研究人材の裾野を拡大,火山に関る広範な知識と高度な技能を有する火山研究者となる素養のある人材の育成を目指した仕組み作りを始めた。

(5)社会との共通理解の醸成と災害教育

 各機関は,国民に地震・火山噴火の予測の現状や,地震・火山災害への理解を深めてもらえるように,地震学や火山学だけでなく,工学や人文・社会科学などの関連研究分野と協力して公開講座や公開講義を開催する試みを増やしている。また,報道関係者向けの懇談会等や教員免許更新講習などでも,地震・火山噴火の予測研究の現状などについて説明し,最新の研究の状況を理解してもらう取り組みを行っている。予知協議会では,本計画の目的や推進体制等を国民にわかりやすく伝えるために,パンフレットを新たに作成した。また,過去に発生した桜島や浅間山の火山災害に関するシンポジウム,内閣府における南海トラフ巨大地震対策の検討に対応した南海トラフ巨大地震の予測可能性に関するシンポジウム,2016年熊本地震に関するシンポジウムなどを,一般にも公開して実施した。さらに,関係機関の各種観測情報などの火山防災情報を収集・統合した準リアルタイム火山情報表示システムを開発し,北海道の火山周辺自治体に試験的に設置して,地方自治体や住民に火山防災対策の重要性を伝えている。
 気象庁は,地方自治体等と連携した防災訓練への協力,教育機関と連携した学校防災教育へ助言・協力,防災関係機関,民間団体等と連携した出前講座・防災講演会等の実施,関係機関と連携した合同登山・学習登山の実施,報道機関と連携した防災番組への協力など,地域の状況にあった様々な手段を用いて地震・津波及び火山に関する知識や防災行動についての普及啓発に継続的に取り組んでいる。
 地震予知連絡会は,モニタリングによる地殻活動の理解の状況,関連する観測研究の現状を社会に伝えることを目的に,議事の公開,重点検討課題などの検討内容のWeb配信などを行っている。また,地震発生の予知予測に関する研究の現状を社会に伝えることを目的に,「重点的検討課題」において,前震活動に基づく地震発生の経験的予測など地震活動の予測手法の現状の報告,検討を行い,地震予測研究の現状を社会に伝えた。
 火山噴火予知連絡会は,2014年御嶽山噴火災害を受けて設置した「火山情報の提供に関する検討会」において,わかりやすい火山情報の提供等について検討を行い,噴火警報の発表基準の公表,噴火警戒レベル1におけるキーワード「平常」の表現の見直し,噴火速報の発表等の提言を,平成27年3月に取りまとめた。

(6)国際共同研究・国際協力

 大学は,低頻度で大規模な地震・火山噴火の研究に際してより多くの知見を得るため,南米の沈み込み帯の巨大地震や,インドネシアのシナブン山の噴火等の海外の事例研究を行った。各機関は,地球規模課題対応国際科学技術協力プログラムに参加するなど,海外,特にアジア諸国(インドネシア,中国,ネパール等)に地震・火山・津波災害の軽減技術を移転する取り組みを行った。また,各大学はアジア諸国を含む海外からの学生を受け入れ,地震・火山災害に関する最新の研究成果を反映した教育を行っている。大学は,プレート境界浅部で発生するゆっくり滑りの発生メカニズムの解明を目指して,同様の現象が観測されているニュージーランドにおいて,日本,米国,ニュージーランドによる国際共同研究を実施している。
 気象庁は,国際地震センター,米国地質調査所,包括的核実験禁止条約機構,米国大学間地震学研究連合(IRIS)及び近隣国との地震観測データの交換などの組織的な連携・協力を通じて,また,航空路火山灰情報センター及び北西太平洋津波情報センターの国際協力業務や開発途上国における地震・火山の観測や津波警報の発表などの体制整備に必要な技術的な支援を通じて,国際的な研究活動の進展に寄与している。
 国土地理院は,アジア太平洋地域(キリバス,インドネシア,フィリピン)においてGNSS連続観測を行い,日本周辺のプレートの広域的な運動及びアジア太平洋地域の地殻変動を把握するとともに,GNSS連続観測・データ解析等に関して現地機関への技術移転を行った。また,アジア太平洋地域で発生した大規模地震について,衛星SARデータの解析により地震による地殻変動を把握した。国連地球規模の地理空間情報管理に関するアジア太平洋地域委員会(UN-GGIM-AP) の下で実施されるGNSSキャンペーン観測に参加し,地殻変動監視の基準となるアジア太平洋地域の基準座標系(APREF)の構築に貢献している。また,APREF構築のために,アジア・オセアニアVLBIグループによる測地観測に関する事業に参画している。
 海上保安庁は,国際レーザー測距事業(ILRS)に引き続き参加し,レーザー測距データの情報共有を行った。
 大学は,地震・火山研究を行っている海外の大学や研究機関等との学術交流協定等の締結,地震研での国際地震・火山研究推進室の活動や防災研での国際共同研究の枠組の活用などの組織的な取り組みにより国際共同研究を推進し,外国人客員教員等による講義や国際研究集会等を実施した。防災科学技術研究所は,16火山で行った地震活動や地殻変動の解析結果を国際火山データベースWOVOdatに蓄積し,国際的な学術交流に貢献している。
 大学は,根拠となる史料のデータを含んだ中国地震史料データベースを作成したほか,東アジア地殻災害史の研究会を開催し,中国の史書記録を地震学研究の基礎データとして活用するために留意すべき点等について検討した。

4.2.今後の展望

(1)推進体制の整備

 地震・火山防災行政,防災研究全体の中で本計画が果たす役割を明確化した上で,地震火山部会において実施計画を策定し,計画を推進することは重要である。「新総合基本施策」との整合性にも留意して計画が推進されており,また,計画の基本的な考え方や進捗状況等を地震本部の政策委員会総合部会で毎年報告し,本計画の位置付けを確認している。地震防災行政が長期的に適切に進展していくためは,本計画で推進している,新しい観測・解析技術の開発,多様な物理・化学素過程に基づく地震・火山噴火過程のモデルの開発,災害誘因予測の新手法開発,また,関連研究分野との新たな連携の取り組みなどは本質的に重要である。本計画による基礎的研究や取り組みの成果が,地震本部が実施する調査研究に活用されるように,今後,情報交換をより密にしていく必要がある。
 火山防災行政については,地震本部のように,火山防災対策の強化や火山噴火による被害の軽減に資する火山調査研究に関連する施策を,国として一元的に推進する組織は存在しない。戦後最悪の火山災害となった2014年御嶽山噴火を受けて,地震火山部会において火山観測研究の課題と対応策を検討し,「御嶽山の噴火を踏まえた火山観測研究の課題と対応について」を取りまとめたが,それを国の施策に反映させる過程は必ずしも明確ではない。国として火山観測研究及び火山防災行政を総合的に検討し,自治体のハザードマップや避難計画の作成,気象庁の火山監視業務等の火山防災施策に結びつける体制の実現が望まれる。
 現行計画は地震学・火山学と防災等の関連研究分野が連携して推進するものとなったことから,従来の実施機関だけでは計画の目的の達成は難しい。観測研究体制の強化と研究の加速のために,地震火山部会において公募等により新たな実施機関について審議し,6機関の参加を認めた。本計画は5年計画で実施しているため,できれば計画の検討段階から情報交換し,計画の開始に合わせての参加が望ましい。次期計画以降でも,新たに参加を希望する機関を募り,観測研究体制の強化を図ることは必要であろう。
 予知協議会では,これまでオブザーバーであった行政機関や研究開発法人が正式参加となり,企画部戦略室において成果の取りまとめ作業等を行うことにより,大学,行政機関,研究開発法人等の計画実施機関の間でより密接な意見交換ができるようになった。研究推進体制の抜本的な見直しのために予知協議会の下に設置した「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画推進体制検討ワーキンググループ」の活動は継続中であり,研究分野や機関の連携の一層の強化に向けた検討を期待する。また,大学間や,大学と行政機関・研究開発法人の間の人事交流は,互いの機関の状況等を理解し,研究推進体制強化に有効であるため,今後も継続することが望ましい。
 地震研と防災研による拠点間連携共同研究は,2つの異なる研究分野の共同利用・共同研究拠点が組織的に連携して推進するユニークなものである。共同研究推進の中心となっている拠点間連携共同研究委員会に,地震研の予知協議会と防災研の自然災害研究協議会からの委員が加わることによって,全国の関連研究分野の研究者が実施計画の検討などに参加しており,全国規模の分野連携研究が適切に運営されている。今後も両研究所の地震・火山学と総合防災学のネットワークを通して,2つの研究コミュニティーの研究者が連携を深めていく必要がある。
 地震予知連絡会は,地震活動・地殻変動などに関するモニタリング結果や地震の予知・予測のための研究成果などに関する情報交換を通じ,モニタリング手法の高度化に資する役割を引き続き担うとともに,それらの研究の現況について,社会に適切に発信していくことが重要である。
 火山噴火予知連絡会は,2014年御嶽山噴火災害を受けて行った火山噴火対策の検討結果を踏まえて,火山活動の総合評価や,噴火警報・火山情報の質の向上に係る技術的検討を通じて火山防災に資するとともに,研究成果・観測結果の情報交換,火山観測データの流通・共有の促進,活発化した火山における臨時観測に関する総合的な調整,研究成果の社会への発信などを通じて,火山噴火予知研究の推進に引き続き寄与していくことが重要である。

(2)研究基盤の開発・整備

ア.観測基盤の整備

 各機関が地震本部の方針にしたがって整備,維持している基盤的観測網は,本計画の実施に不可欠であり,これまでに世界的に見ても極めて重要な研究成果を生み出してきた。現行計画の実施期間中も観測網は安定的に運用され,データは流通,公開されて,地震の震源や震度分布の即時的な把握,緊急地震速報及び津波警報などの防災情報に利用されるとともに,世界中の地震学研究者に利用されてきた。基盤的観測網により2011年東北地方太平洋沖地震の震源や震度分布の即時把握の精度が高まり災害の軽減にも寄与したと考えられ,また,基盤的観測網がなければこの地震の解明も不十分なものになっていたであろう。現行計画の実施期間中には,海底地震津波観測網の整備も進められており,この観測網で得られるデータに基づく成果が期待される。近い将来,発生が予想される南海トラフ巨大地震の発生過程を正確に把握するためにも,このような観測網を維持,発展させることが重要である。特に,海域における観測網は,現在のところ北海道・東北地方から関東にかけての太平洋岸と,東海沖,東南海沖,紀伊半島・四国沖に整備されたのみであり,ほとんどが未整備である。また,整備された観測網も陸域の観測網と比較して観測点密度が著しく低く今後重点的に整備が必要である。
 火山観測網については,地震火山部会が取りまとめた「御嶽山の噴火を踏まえた火山観測研究の課題と対応について」にしたがい整備が開始された。気象庁により火口付近の観測点が飛躍的に拡充されることとなったものの,各火山に設置する観測点数は少ないため,火口内の映像による状況把握や地震活動の異常検知に限られる。本計画の観測研究により,水蒸気噴火の発生直前にも先行現象が表れることが明らかとなってきており,災害の軽減に資する研究成果を迅速かつ有効に取り入れられるよう,さらなる観測網の整備と各機関の連携のあり方の検討が必要である。2016年熊本地震では,京都大学地球熱学研究施設火山研究センターが被災し,施設の利用ができなくなった。近年火山活動が活発化する阿蘇山の火山観測と監視及び火山学研究や学生教育にも利用されている拠点の復旧は,可及的速やかに実施する必要がある。
 大地震や火山活動活発時などの臨時観測のためには,一定数の観測機器を常時維持,管理している必要がある。大学では,地震研が共同利用の枠組みで全国の研究者に観測機材を貸し出し,機材の有効利用を図っている。今後も観測機材の更新等の整備を進めていく必要がある。

イ.地震・火山現象のデータベースとデータ流通

 現行計画の下で,地震観測・地殻変動観測等の各種の観測データの流通と一元化が継続的に図られてきている。また,これらの基礎データや,それらから得られる各種の基礎的な情報が継続的に蓄積されデータベース化されて,研究者に提供されるとともに広く公開されている。これらは観測研究計画全体を推進するための重要な貢献となっており,今後もこれらをさらに維持し,推進することが必要である。
 データ流通に関しては,良質な観測データを流通させ,データ共有を実施するとともに,十分な品質が確保されたカタログやコミュニティーの合意に基づく共通構造モデルなどの情報を一元的に提供することが,本計画全体を支える上で不可欠である。また,多項目の観測データをリアルタイムで流通させるシステムは,モニタリング研究を推し進め,予測システム研究を実現していく上で重要となる。現在運用している地震・地殻変動などのデータ流通システムを今後も継続的に維持,拡充していく必要がある。しかしながら,火山における各種の観測は,火山噴火時や火口近傍の観測など火山特有の厳しい条件下で行われることも多く,定常的なデータ流通が困難となる場合もある。安定的に取得できる観測データ等については,できる範囲で着実にデータ流通が進められてきているが,観測の支援体制の整備や研究者のインセンティブにも配慮したデータ流通のあり方について早急に検討することにより,さらなる観測データの流通と一元化を進展させるべきである。将来的には,大容量,多項目の観測データを即時にかつ柔軟に流通させ,また通信障害時にも耐性を持つように,最新のネットワーク技術に対応した次世代データ流通システムを開発していく必要がある。研究計画全体の効率的な推進には,共用データストレージに加え,解析ソフトウエアを備えた共用の解析基盤の開発・整備が効果的であろう。
 一方,群発地震や大地震の発生とそれに伴う余震の発生,あるいは,火山活動の活発化等の際には,地震・火山活動の監視や推移予測,また,観測研究のために臨時観測が必要である。これらの臨時観測のデータも一元化され,多面的にデータが解析されることによって,信頼性の高い予測情報の発信技術の構築や,地震火山現象の理解の深化が大きく期待される。しかしながら,高精度・高密度の観測網展開による良質で最先端科学を支えるこれらのデータ取得は観測研究の要であるものの,多大な労力を必要とするため,臨時観測等に従事する研究者のインセンティブの確保を図ることが必須である。データ取得と流通がバランス良く図られる観測体制の構築は,観測研究の伸展には不可欠である。
 各種観測データの基礎データベースについては,今後も各機関が継続してデータ蓄積を行うことが求められる。現行計画は,災害科学として学際的な共同研究を実施しており,観測データだけでなく,古文書や発掘調査報告,考古史料などのデータベース化が進められているほか,大規模な地震,津波,火山噴火災害に関する情報も集約されている。そのため,その分野の専門家でなくても利用できるように,可視化システムを開発するなど,ユーザーにとって利用しやすいシステムにすることが求められる。また,災害情報に関するデータベースの開発やそれを用いた災害情報提供の研究も必要である。
 統合型データベースの構築に関しては,複数の基礎データベースを統合して総合的なデータベースを作成する試みが行われているほか,機関を横断したデータベース利用のポータルサイトが構築され,一定の成果があった。しかし,多種多様なデータベースが有機的に結合された統合的なデータベースは構想されているものの,具体的な開発計画が提示されるまでには至っていない。本計画の多様な研究課題がデータベースを介して有機的に結合されることによって,研究成果へのアクセスが容易となり,新しいアウトプットを生み出すことが可能となる。まずは,現在準備が進められている研究成果共有システムの開発を着実に実施することを端緒に,長期的な視野で進めていくべきである。
 データ流通・データベースは,研究計画の基盤として位置付けられ,その重要性は今後も変わることはない。データ流通システムやデータベースには,地震火山研究と異なる専門的な技能を要することから,その開発は担当の研究者にのみ依存しがちである。しかし,統合型データベースの構築には,個々の基礎データベースの開発・運用担当者だけではなく,データベースを利用する立場の研究者も加わることが望ましく,研究へのデータベースの利用と研究成果のデータベースへのフィードバックが円滑に行えるよう,議論を深めるべきである。また,データベースの開発が研究者の単なる負担やサービスにとどまることなく,研究上の評価につながるように,研究計画全体からの支援体制の強化が必要である。

ウ.観測・解析技術の開発

 現行計画では,観測・解析技術の開発は観測研究の基盤として位置付けられ,地震火山現象の解明と予測,災害軽減の研究を推進するために実施してきた。その結果,従来の観測の高精度化,信頼性向上だけでなく,従来は観測が困難であった場所における観測データや,新しい種類の観測データや情報が得られるようになり,重要な科学的知見をもたらしている。今後も技術開発の位置付けや重要性は変わることなく,これをさらに推進することが必要である。
 2011年東北地方太平洋沖地震以降,プレート境界域での地震や地殻変動の観測の重要性があらためて強く認識され,南海トラフでの観測の必要性も重要であることから,海底における諸観測の技術開発が重点的に行われた。GPS-音響測距結合方式による海底地殻変動観測は,近年急速に進展し,高精度化が進められている。今後は,観測点密度の向上,ブイや無人移動体等による効率的・定常的な観測の実現によって時間分解能の向上と準リアルタイム化を進めていく必要がある。自己浮上型観測機器による機動観測や海底間音響測距観測については,特に,海溝軸付近での観測が重要であることから,より大水深に対応可能な観測機器の開発や長期間連続観測などの高度化を目指す。
 海底における長期連続観測と,リアルタイムでのデータ利用を可能にするために,海底ケーブル式の各種観測機器の研究開発をさらに進める必要がある。最新の技術を用いたインテリジェントな次世代型のケーブル地震観測網の開発を進め,また,センサーの追加や交換が可能なシステムの開発により展開力を高め,海底孔内観測・長期モニタリングシステムとの結合を可能とする必要がある。一方で,我が国周辺において広域の海底観測システムを展開するために,より安価で簡便に構築できる低コスト型システムの開発,低消費電力化,小型化を推進しなければならない。
 衛星を利用した宇宙測地技術,航空機等を利用したリモートセンシング技術に関しては,近年,GNSSや合成開口レーダー(SAR)の解析手法の開発が進展し,地震や火山噴火発生時に迅速かつ正確な現象の把握に役立っている。例えば,大学と国土地理院によるリアルタイムGNSS時系列を用いた地震断層モデルの即時解析技術は,大学の研究成果が現業部門に利用された好例であるとともに,防災への具体的な応用が期待できる成果である。電子基準点による地殻変動監視においては,高い時間分解能を有する地殻変動の情報を抽出する技術を開発する。また,リアルタイムGNSS解析の安定化,高精度化を図る。「だいち2号」等による衛星SARデータを用いた地殻変動観測・解析技術の高度化,火山活動等に際し機動的な観測が実施できる航空機搭載SARの開発,衛星赤外画像を用いた火山監視システムの開発は継続して行う必要がある。
 地下状態のモニタリング技術は,データ同化に基づく,地下状態の時間変化予測システムを確立するには不可欠である。宇宙線ミューオンを利用したミュオグラフィは画期的な火山透視技術として確立しつつあり,今後は,高解像度化を図るとともに,機器の低価格化,軽量化を進め,機動性を向上させる。また,時間分解能を高め,自動画像診断技術の開発などにより準リアルタイムでの火山内部モニタリングを目指すことが望まれる。精密制御信号システムは装置の標準化とモジュール化を進めるほか,海底観測孔等で長期安定使用が可能な震源装置の開発を進める。
 火山近傍の各種観測は,活動監視だけでなく,噴火直前予測にも有効であることが示された。積雪や雷雨の影響を受ける観測困難地域ではあるが,定常観測が安定的に実施できるような技術開発やシステム構築が必要である。噴火時に各種観測を火口近傍で実施するためには,アクセスが困難な場所での諸観測に有効である無人ヘリやドローンを用いた観測技術や,遠隔操作あるいは自律型の動作が可能なロボット技術を積極的に導入し,サンプル採取装置や物理的・化学的データの観測装置の小型軽量化を進め,多項目観測システムを開発する必要がある。
 現行計画ではあまり指向されていないが,災害時の情報発信や普及周知に有効な技術が今後必要となると考えられる。スマートフォンなどのモバイル情報端末や通信機器,IoT技術を利用し,情報の受け手が災害誘因を具体的にイメージして,減災・防災に繋がる行動が取れる技術の開発などが期待される。そのためには,情報科学,社会科学といった分野との連携が重要であろう。また,これまで観測機器のハードウエア技術の開発が主流であったが,観測のシステム化,解析の高度化,リアルタイム化を目指すにはソフトウエア技術の開発にも力を入れる必要がある。
 観測・解析技術の開発は,地震火山研究者からの要請(ニーズ)がシーズとなっている。そのため,地震火山研究者と技術開発研究者との距離を狭め,情報交換ができる体制が望ましい。現行計画で試行している実施体制を今後も継続して行うべきである。このような技術開発課題は,将来の現業への技術移転に向けたパイロット的なものと位置付け,技術開発における一定の進展をもって早急に実用試験を行い,開発へのフィードバックを行うことが必要である。一方で,新技術には,その段階に応じて,このような実用前段階のもの以外に萌芽的なものもあり,将来を見据えて地震火山分野における適用を探ることも必要であろう。
 技術開発を専門とする研究者には研究上の評価につながるように,また,必ずしも技術開発を主としない研究者には技術開発への労力の負担を軽減できるように,技術開発を支援する体制の整備が望まれる。技術開発に関する情報交換の機会を設けるとともに,例えば,部品調達や設計・開発の共同化による開発コストの低減,人的支援などの方策を検討することが望ましい。

(3)関連研究分野との連携の強化

 現行計画からは,地震学,火山学を中核に防災に関係する人文・社会科学分野を含めた総合的かつ学際的なものになったため,関連研究分野との連携強化は極めて重要である。地震学・火山学以外の研究を行っている機関が新たに計画に参加し,地震研と防災研とが拠点間連携研究を開始するなど,組織的な連携研究体制の構築には大きな進展があった。従来からの地震,火山研究者と防災に関係する工学や人文・社会科学の研究者が,共同で進めている研究課題も多い。地震・火山噴火に関する文献史料と考古資料の統合データベースの構築や南海トラフ巨大地震のリスク評価研究など,具体的な進展も見られている。現行計画が開始されてまだ3年目であり,全体的に見れば,互いの研究分野の状況等がわかってきたところである。今後,関連研究分野間で共同研究を継続することにより,より密接な連携が可能となり,共同研究の深化も期待できるであろう。
 本計画を進めてきて,歴史学・考古学,工学,人文・社会科学と地震学・火山学とでは連携に対する考え方には違いがあることもわかってきた。現行計画は,地震学・火山学の成果を災害軽減に役立てられるようにするという目的で,関連研究分野の研究者の意見も聞いて策定されたが,互いの研究分野に対する理解が必ずしも十分ではなかったため,計画の項目立てなどには改善の余地がある。現行計画での連携研究の経験を生かして,今後の計画を検討する必要がある。

(4)研究者,技術者,防災業務・防災対応に携わる人材の育成

 大学では,博士課程進学者が少ない状況が続いている。地震学・火山学の魅力や,災害軽減に貢献するという社会的な意義を知ってもらう活動を行うとともに,博士取得者のキャリアパスを確保することが重要である。大学,研究機関や地震・火山防災に関係する国の機関等に限定することなく,地震・火山の知識が防災対策等に活用できる地方自治体等での活躍の場を広げていく努力が必要である。同時に,現在地方自治体等で地震・火山防災に携わっている職員等に地震学・火山学の現状を理解してもらうことも重要である。自治体職員への講習等の活動はこれまでも行われているが,今後も継続が必要であり,より組織的な取り組みを検討すべきであろう。
 火山研究者の確保・育成のため,平成28年度から文部科学省が次世代火山研究・人材育成総合プロジェクトを開始し,「火山研究人材育成コンソーシアム構築事業」を立ち上げている。大学や研究開発法人,国の機関,地方自治体や民間企業がコンソーシアムを組んで大学院生の研究指導を行うというものである。従来の研究教育システムの良いところを最大限有効利用しつつ,多様化した学問や社会に対応できる研究者養成が行えるようにすることは重要であろう。

(5)社会との共通理解の醸成と災害教育

 各機関は,地震や火山噴火の予測の現状や地震・火山噴火による災害などの研究成果を国民にわかりやすく説明する努力を続けている。広報やアウトリーチ専任の職員を置いている機関もあるが,機関ごとの努力には限界があり,より組織的な取り組みを検討する必要がある。また,地震火山研究の必要性を理解してもらうためには,研究成果だけではなく,本計画が何を目的とし,どのような体制で推進されているかについても知ってもらうことは重要である。
 国民や地方自治体に,地震・火山噴火に関する防災情報を適切に活用してもらうためには,予測の不確実性などを含め,これらの情報についての理解を深めてもらうことが重要である。また,研究成果や防災情報の知識を一般の国民によりよく理解してもらうためには,防災に関する人文・社会科学研究者等の専門家の助力を得ることが有効である。新たな研究分野である地震考古学においては,災害痕跡の認定基準の策定や,現場調査員向けのマニュアルの作成が必要である。研究成果を地震・火山災害の軽減に活用するためには,防災情報の発信の仕方の改善や,国民の理解を深めるための努力を継続する必要がある。

(6)国際共同研究・国際協力

 各機関では国際共同研究が活発に行われており,大学では学術交流協定等の締結などの組織としての取り組みも増加している。また,外国人客員教員による講義の開講や研究指導が行われることも多く,学生の視野を広げる効果などが期待できる。従来の地震学・火山学の国際共同研究は活発化しているが,災害軽減を目的とした国際共同研究はまだ少なく,今後,共同研究の幅を広げていく必要がある。
 地震・津波・火山噴火等の情報は,国際的にも防災等のために重要であり,国際機関への情報提供は今後も継続する必要がある。また,我が国は,地震・火山研究や,地震学・火山学に基づく防災への取り組みにおいて先進国であるため,地震・火山・津波災害軽減の技術を移転する取り組みは国際貢献として今後も重要であり,継続する必要がある。

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研究開発局地震・防災研究課

(研究開発局地震・防災研究課)