三.地震火山観測研究計画の変更について

1.東北地方太平洋沖地震の発生を受けて実施した前計画の見直しと現行計画の策定

 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震では,日本海溝から沈み込む太平洋プレートと陸のプレートの境界面で,南北約500km,東西約200kmにわたる領域が破壊し,宮城県沖の海溝近くを中心に広い領域で数十mを超える大きな地震性滑りが発生した。そのマグニチュード9.0は我が国の観測史上最大であり,世界的にも最大級の地震であった。この地震による津波は最大遡上高が約40mに達する巨大なもので,日本国内では北海道から関東にかけての広い地域で津波による死者・行方不明者が出たほか,国外でも津波による被害があった。
 2011年東北地方太平洋沖地震の破壊の開始点である宮城県沖では,プレート境界大地震の発生が危惧され調査・研究が進められていたが,マグニチュード9に達するような超巨大地震発生の可能性については十分に追究されていなかった。また,それまでの予知計画では,地震そのものの予知による災害軽減への貢献を目標としていたため,地震により引き起こされる地震動や津波など災害誘因の予測の研究は対象となっていなかった。このような問題点に対応するため,平成23年10月に地震火山部会の下に地震及び火山噴火予知のための観測研究計画再検討委員会を設置し,計画の見直しの検討を開始した。計画の見直しは平成24年11月に科学技術・学術審議会において建議され,超巨大地震に関して当面実施すべき観測研究として,超巨大地震の発生機構や発生サイクルの解明,超巨大地震の長期評価手法や超巨大地震による津波の予測の研究などに取り組むことになった。
  「地震及び火山噴火予知のための観測研究計画」は平成25年度末で終了することになっていたため,計画の見直しでは超巨大地震について緊急に取り組むべき研究への対応にとどめ,地震・火山観測研究の抜本的な見直しは,平成26年度から開始する新計画での実現を目指すことになった。平成24年11月に地震火山部会の下に次期計画検討委員会を設置し,次の指摘を考慮して,検討を開始した。
 地震及び火山噴火予知のための観測研究計画に関する外部評価報告書(平成24年10月26日)において,社会の防災・減災に十分に貢献できていない等の課題に対応するために改善すべき点として指摘された事項:

 ・国民の命を守る実用科学としての地震・火山研究の推進
 ・低頻度ながら大規模な地震及び火山噴火に関する研究の充実
 ・研究計画の中・長期的なロードマップの提示
 ・世界的視野での観測研究の一層の推進
 ・火山の観測・監視体制の強化
 ・研究の現状に関する社会への正確な説明
 ・社会要請を踏まえた研究と社会への関わり方の改善

「東日本大震災を踏まえた今後の科学技術・学術政策の在り方について(建議)」(平成25年1月17日)において,地震研究等の抜本的見直しとして指摘された事項:

 ・東北地方太平洋沖地震のような超巨大地震の発生やそれに伴う巨大な津波の発生の可能性を事前に国民に十分伝えられなかった。
 ・人文・社会科学も含めた研究体制を構築し,総合的かつ学際的に研究を推進する必要がある。
 ・低頻度で大規模な自然現象を正しく評価するとともに,防災や減災に貢献できるよう,研究手法や研究体制の抜本的な見直しを早急に行う必要がある。
 ・科学的見地から,自然災害に対して地方自治体が適切な防災対策を取ることができるよう,助言を行う取り組みが必要である。

 平成25年11月に科学技術・学術審議会において建議された「災害の軽減に貢献するための 地震火山観測研究計画」は,地震発生・火山噴火の予測を目指す研究を継続しつつも,計画の目標を広げ,地震・火山噴火による災害誘因の予測の研究も組織的・体系的に進め,国民の生命と暮らしを守る災害科学の一部として推進することとなった。地震や火山現象の理解にとどまらず,地震や火山噴火が引き起こす災害を知り,研究成果を地震,津波及び火山噴火による災害の軽減につなげることを目指す計画となるため,地震学や火山学の研究者に加え,災害や防災に関連する理学,工学,人文・社会科学などの分野の研究者が参加することとなった。

2.御嶽山の噴火を受けて実施した観測研究体制の見直しと取組

 2014年(平成26年)9月27日に発生した御嶽山(長野県・岐阜県)での水蒸気噴火は,死者58人,行方不明者5人(2015年11月6日時点)もの人的被害をもたらし,戦後最悪の火山災害となった。この火山災害を踏まえ,地震火山部会において火山観測研究の現状に関しての課題を整理し,今後の対応について議論が行われた。御嶽山における観測研究体制,火山観測研究全体の方向性,戦略的な火山観測研究体制,火山研究者の人材育成,防災・減災対策への貢献について検討され,2014年11月に「御嶽山の噴火を踏まえた火山観測研究の課題について」を取りまとめた。
御嶽山では,2014年噴火以降の推移を把握するための観測体制の整備,噴火に至った経緯の解明のための調査が早急に必要とされ,科学研究費補助金(特別研究促進費)「2014年御嶽山火山噴火に関する総合調査」が実施された。また,現行計画の開始当初,御嶽山を対象とした課題はなかったが,2015年度からは「水蒸気噴火後の火山活動推移予測のための総合的研究-御嶽・口永良部・阿蘇-」という課題を設定し,同じく2014年に水蒸気噴火が発生した他の2火山との比較研究を進めた。
 水蒸気噴火のような規模の小さな噴火に対して,現行計画当初より,火口近傍を含む火山体周辺における地震観測,地盤変動観測や地球電磁気観測の拡充が進められてきたが,気象庁は,これまでの山麓部に加え,水蒸気噴火の可能性のある火山の火口周辺にも観測施設を設置した。大学は,火山活動の活発化の認められる蔵王山において,浅部構造把握のための人工地震探査を行った。また,水蒸気噴火からマグマ噴火への移行を捉えるためには,水蒸気噴火発生後の観測を,迅速かつ安全に行う必要があり,遠隔観測や無人機観測の技術の実用化が進められた。近年は,大学の法人化により限られた研究リソースで効果的に研究を進めるために,重点的に観測研究を推進する火山を絞ってきた。しかし,御嶽山の噴火のように,現時点で活動度が高いと評価されていない火山でも大きな災害につながる噴火が発生する可能性のあることを,あらためて考える必要が出てきた。そのため,重点的・集中的観測研究の他に,継続的・網羅的な観測施設の維持と,機動的な観測研究体制の構築について再検討がなされた。重点的に観測研究が必要な火山を研究対象とする大学に,水蒸気噴火実験観測設備や火山性流体移動検知システム等の火山観測関係設備の整備が2015年度に行われたが,他の施設についても今後計画的に更新を進める必要性が指摘されている。また,当初より研究対象とされていた十勝岳,吾妻山,草津白根山,阿蘇山,口永良部島のほか,御嶽山,雌阿寒岳,蔵王山,那須岳,箱根山,焼岳,九重山等においても観測施設の強化や臨時観測が行われた。気象庁は,八甲田山,十和田,弥陀ヶ原を常時観測火山として追加し,緊急増設用火山機動観測機器の整備や水蒸気噴火の兆候を早期に把握する手法の開発も進めている。
 継続的な観測点の維持・管理に携わり,観測を基盤として火山噴火現象の解明や火山噴火予測研究を実施している火山研究者の不足が指摘され,地震・火山観測研究のコミュニティーとして,有効な人材育成や研究者のポストの確保ができていなかった問題が顕在化した。状況改善のためには,観測データの一元的な流通,他分野との連携,国際交流の促進により,火山研究参画者を増やすこと,並びに若手人材の育成とキャリアパス確保のために火山コミュニティー全体で方策を検討することが挙げられた。また,継続的・長期的な観測研究に携わる研究者の,大学間・分野間における競争力の確保も重要な問題である。九州大学には「実践的火山専門教育拠点」が設置され,文部科学省は「次世代火山研究・人材育成総合プロジェクト」を開始するなど,新しい取り組みが始まっている。
 観測研究の成果や火山研究者が災害軽減に貢献するためには,国の機関,地方公共団体,研究者間で連携し,情報の流通と人材の活用が重要である。気象庁は,火山の監視・活動評価・情報提供を強化するため,職員の増員や大学等の火山専門家と連携した技能向上等の具体的取り組みを行った。また,大学は,社会科学の研究者と地元の火山研究者を中心に,地方自治体等と協力して避難計画や避難行動の調査や試行を行った。


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