3.第7次火山噴火予知計画に対する総括的評価

 第7次計画の年次中には、大きな災害につながるような噴火は生じなかったものの、三宅島では、2000年(平成12年)噴火以来の火山ガスの大量放出が依然として続いている。当初の記録的な大量放出に比べると減少したこともあり、島民の帰島も実現したが、比較的高いレベルでの火山ガスの放出は続き、時折火山性微動を伴い火山灰を火口付近に放出する小規模な噴火も起こっている。浅間山では、2004年(平成16年)に21年ぶりのマグマ噴火が発生し、2006年(平成18年)には雌阿寒岳の小噴火が生じたほか、桜島では58年ぶりにこれまでの南岳火口外からの噴火も観測された。それぞれの噴火の兆候をとらえ、噴火が開始した後は、継続的な観測により活動状況を把握し、防災に寄与した。しかし、いずれの噴火においても、とらえた兆候からいつ、どの程度の噴火が発生するかを噴火直前に予知するには至らず、噴火推移の予測も含め噴火予知には、依然として解決すべき課題があることを示した。このように、火山噴火予知の到達レベルとしては、未だ実用化が不十分な段階にとどまっている。

1.火山観測研究の強化

 機動観測による連続観測や諸機関の協力による気象庁への観測データの分岐によって、火山監視の強化が着実に進められた。しかし、常時監視火山は、40火山以下であり、監視体制の十分でない火山も多い。今後も火山監視体制の拡充に引き続き取り組む必要があるが、一挙に全火山に監視観測網を配置することは現実的ではないであろう。当面、中期的に監視すべき火山を選定し、それらの火山の監視体制を重点的に強化する必要がある。
 全国に展開された電子基準点は、リアルタイム解析もめどが立ちつつある。2004年浅間山噴火に際しても、地下へのマグマ貫入イベントの把握に成功するなど、火山活動評価の重要な手法であることが示された。しかし、地震調査研究を念頭に置いて展開されたこともあり、観測点が十分設置されていない活火山も多く存在する。活火山の周辺の設置に努力するほか、既設の電子基準点の維持及び適切な更新が今後の課題である。
 2004年に噴火した浅間山の場合でも明らかなように、広帯域地震計、傾斜計、GPS、重力、火山ガスなど多項目の観測網により、噴火に至る長期的な活動の変化や噴火直前の前駆的変動を把握できることが分かり、実用的な噴火予知に向けて観測研究の成果は順調にあがっている。このような成果を生むために、大学における観測研究のための多くの既設観測網では、データ通信の効率化や高度化、観測網管理の効率化などの努力がなされてきたが、設備費の手当てが十分でないことから、機器の更新が進まず、観測研究に支障をきたしている。広帯域地震計や傾斜計等の観測機器が、噴火に前駆する現象の把握など噴火予知に有効であることが示されているだけに、更に大学等の観測網の充実を図り、観測研究を強化することが必要である。

2.火山噴火予知高度化のための基礎研究の推進

 複数の火山で火山流体の移動を物理的な観測に基づいて把握できるようになったほか、地震や地殻変動の定常的観測データ等に基づいたマグマ供給系や熱水系のモデル化が進んだ火山もあり、このような火山では、観測データから噴火に先立つ流体移動をとらえることも近い将来不可能ではないと考えられる。しかし、これらの成果にも地震や地殻変動観測などのこれまでの積み重ねが重要な役割を担っており、観測網の整備と高度化が今後も不可欠である。
 また、掘削試料や噴出物の解析及び火山ガス組成測定により、マグマの上昇・脱ガスなどの噴火過程に関する理解が進んだが、噴火予知の高度化のためには、さらにそれらの過程の深さ変化などの理解が不可欠である。
 人工地震探査を実施した火山では、浅部地震波速度構造の理解が進み、震源の決定精度を高めることが可能になった。また、一部の火山ではあるが、人工地震と自然地震観測を併用して、より深部の構造を把握する研究も進んだほか、反射波の解析により解析分解能が向上することも確認された。地震波速度構造と電気比抵抗構造の突き合わせから火山流体の分布の把握が試みられたことも大きな前進である。
 組織的な地質調査、系統的な岩石の化学分析や年代測定が行われた火山では、長期予測と噴火ポテンシャル評価の基礎となる新たな知見が得られたが、この種の組織的な調査研究は緒についたばかりであり不十分である。特に、静穏期の長い火山では大規模噴火や顕著な地殻変動などの異常が発生する可能性があることから、過去に大規模噴火が発生していて静穏期の長い火山やカルデラについても、ボーリングやトレンチ調査を含む総合的な調査研究を実施する必要がある。
 より短期的な噴火ポテンシャルの評価に必要な地震やGPSなどのデータの蓄積も進んでいるが、モデルや経験則に基づき中期的な観点から噴火の可能性を評価できる活火山はまだ一部に過ぎない。今後、噴火ポテンシャル評価が可能な火山の数を増やすためには、常時観測体制の整備と併せて、集中総合観測や火山体構造探査等の組織的な観測研究を実施する必要がある。この際、マグマ溜りを含む深部の解像度を上げるためには、自然地震の高密度観測に加え、人工震源の密度を格段に上げて反射法の手法を活用するなど、更なる解析法の工夫や技術開発が不可欠である。同時に、大規模探査を実施するための体制の整備も必要である。
 人工衛星や航空機によるリモートセンシング技術が、火山の地殻変動観測、空中磁気観測、熱やガス測定に有効であることが実証された。さらに、火山噴火予知に有効な地殻変動データを得るためには、継続して観測衛星を使用できる状況を確保することが重要である。
 我が国で学んだ海外からの研修生や留学生は、自国の火山学や火山防災の発展に寄与しており、国際協力の点でも一定の貢献をした。また、外国の火山に関する共同研究や噴火への緊急対応は、地元防災機関への貢献だけでなく、国内火山との比較研究や大規模噴火の事例研究として、火山噴火予知の高度化を行う上で有効であることが示された。また、雲仙科学掘削プロジェクトのような、多機関が参加する国際共同研究の推進は、基礎科学の推進に加え、国際協力の柱としても重要である。

3.火山噴火予知体制の整備

 大学における火山噴火予知体制の機能強化に向けて、研究協力支援部門の設置など観測所の研究体制を充実させるための試みがなされたが、今後の財政的な支援に問題が残るなど根本的な解決になっていない。この例に見られるように、本計画期間には大学における研究者や技術者の増員は確保されず、火山噴火予知体制の機能強化は実現できていない。
 火山噴火予知連絡会では、情報の事前交換やテレビ会議システムの導入により、会議運営の効率化が図られたほか、気象庁の火山業務に係る職員の増員により事務局機能が強化された。
 火山活動度レベルの導入が火山情報を分かりやすくし、登山規制等の実施を円滑にする上で効果があることも2004年に噴火した浅間山の例でもはっきりした。しかし、防災対応とのリンクが不明確な点もあり、更なる検討が必要である。
 「日本の火山ハザードマップ集」が刊行・配付され、火山防災のための基礎資料として活用が期待される。活動度の高い活火山から順次、地質図、火山基本図、火山土地条件図の刊行や公開が進み、また、噴出物の年代や化学分析値などのデータベースが整備されつつあることは評価されるが、詳細な噴火履歴が判明していない活火山も依然多い。
 観測が整備されていない火山についても、地震調査研究のために整備された基盤的調査観測網を活用することによって、ある程度の火山性地震の監視が可能になり、火山監視体制の全体の底上げに貢献した。また、地方自治体からのデータ提供によって、観測点の複数点化などが図られ、監視能力の向上に役立っている。しかし、基盤的調査観測網については、活火山の近くには配置されていないことから、火山監視のための観測点の整備も併せて計画する必要がある。
 また、地震予知観測網や基盤的調査観測網などの広域地震観測データを用いた地震波速度構造の研究により、島弧火山直下のマントルでのマグマの移動・集積について知見が得られつつある。火山の地下浅部構造については火山体構造探査により理解が進んでいる。しかし、上部マントル内のマグマと火山浅部の火道をつなぐマグマ供給系の位置や形態については明確な描像が得られていない。

4.総括的評価

 本計画によって、火山噴火予知に関する観測研究の成果は順調にあがってきた。例えば、富士山では、集中総合観測と火山体構造探査の連携や科学技術振興調整費による総合的な調査研究により、浅部から深部に至る火山体の構造や詳細な火山活動史が明らかになった。また、三宅島の活動観測を通して、種々の新たな火山ガスの観測手法が開発され、2004年浅間山噴火でも活用された。浅間山噴火では、多項目の観測により、噴火に至る長期的な活動の変化や噴火直前の前駆的変動を把握できることが確認された。
 しかし、火山噴火予知の実用化を更に進めるためには、研究者の増員を含めた観測研究の強化や、観測技術の改善など新たな投資がなければ実現不可能な課題が山積していることも明らかになった。本計画で当初予定された研究の中には予算の裏づけがなかったために実現できなかった課題も多い。これらのことは火山噴火予知研究を取り巻く社会的状況の変化が影響しており、これまでの計画の推進方法を見直す必要もある。
 第6次計画の最終段階で行われた地質調査所(現産業技術総合研究所)、防災科学技術研究所などの国立研究機関の独立行政法人化につづき、本計画の開始時には、基礎研究の中核的機関として機能してきた国立大学の法人化も行われた。法人化と同時に進行しつつある運営費交付金の年次的な削減は、これまでの公務員定員削減を上回るペースでの定常的な人員削減と着実な研究費削減として定着しつつあり、企業等からの外部資金の導入が困難な火山観測研究の分野では、近い将来、観測研究の縮小を余儀なくされるであろうことが危惧される。現実に、火山噴火予知計画で整備された大学の観測網、データ伝送装置の老朽化は著しいが、更新のめどは立っておらず、課題とされている観測研究の強化を行うことは、極めて困難な状況にある。
 一方、中央防災会議で火山情報が防災対策の起点として明確に位置付けられるなど、火山情報に適応した防災対策の検討が行われるようになってきた。このことは、より高度で正確な火山情報への期待が増していることを意味する。より高度で正確な火山情報を発信するためには、観測研究を強化し基礎研究を推進することによって、火山噴火予知研究を更に高度化する必要がある。
 大学等では、第3次計画以降、観測井や観測坑道を用いた地震・地殻変動データの高品位化により、火山噴火予知研究の高度化を図ってきた。気象庁は、これまで独自の観測点を整備するとともに、大学等からの高品位データの分岐を受けて、監視観測を強化してきた。
 しかしながら、今後、大学等における常時連続観測の維持・強化が困難な状況が予想される以上、大学等からのデータ分岐に頼った監視観測では現在の火山監視能力のレベルを維持することすら危ぶまれる。このように大学等の法人化による火山噴火予知体制の弱体化が予想される状況では、監視観測を強化し、観測研究を含む基礎研究を推進するためには、観測やそれを取り巻く火山噴火予知体制の組織的・抜本的見直しが不可欠である。
 監視観測と観測研究の強化を図るためには、例えば気象庁による監視観測点及び監視観測に活用している大学等の観測点を、観測井を利用した高精度なものに計画的に置き換え、更に地震観測の広帯域化を図ることが考慮されるべきであろう。こうして実現する高精度・高品位の基盤的火山観測網のデータ流通が効率的に行われるならば、気象庁の火山監視能力の向上が実現し、大学等はより実験的かつ開発的な観測に重心を移し、火山噴火予知のための基礎研究を更に強力に推進することも可能になるであろう。このような観測研究を始めとする火山噴火予知体制の抜本的な見直しのためには、政府として火山観測研究に関する総合的かつ基本的な施策の立案や、総合的な観測研究計画の策定などの取り組みを行う組織を立ち上げることが必要であろう。

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