4.実施状況、成果及び今後の展望 1.地震発生に至る地殻活動解明のための観測研究の推進

1.1.目的

 建議で設定された研究目的は以下のとおりである。
 地震発生に至る地殻活動の全容を把握し理解するため、(1)プレート相対運動という外的要因と摩擦特性や構造不均質性という内的要因によってどのように歪が蓄積し応力が集中していくのかを明らかにし、(2)その応力集中から地震発生に至る準備過程から直前過程までの地殻活動を一連の過程として研究し、(3)また地震時の破壊過程や地下構造の影響を的確に評価することによって強震動予測の高度化を図り、(4)さらに地殻活動の予測シミュレーションの信頼度を高めるために、摩擦・破壊現象の物理・化学的素過程の研究や、実際の摩擦・破壊構成則パラメータを推定することを目指した実験的・理論的研究を推進する。それぞれの項目に対して、「日本列島及び周辺域の長期広域地殻活動」、「地震発生に至る準備・直前過程における地殻活動」、「地震破壊過程と強震動」、「地震発生の素過程」という四つの課題を設定し、研究を進める。
 このうち「日本列島及び周辺域の長期広域地殻活動」の課題においては、日本列島及びその周辺に発生する大地震の繰り返し間隔の推定等に役立てるために、列島周辺のプレートモデルの検討を行って、これらのプレートの境界の位置とその相対運動速度を高精度で推定する。さらに、プレート境界の摩擦特性やプレートの構造と物性及び内陸活断層の強度等を調べ、これらと歪蓄積や応力集中との関係を明らかにする。
 「地震発生に至る準備・直前過程における地殻活動」においては、まず、プレート間結合の空間的・時間的変動に注目して、プレート境界における歪・応力の集中機構を解明する。一方、内陸地震の発生に至る準備過程を理解するために、地殻から上部マントルに至る不均質構造と歪・応力集中機構との関係を明らかにする。また、十分に応力が集中した領域で発生する不可逆的な物理・化学過程(地震発生に至る直前過程)を解明するための観測・実験・理論的研究を実施する。さらに、地震発生時期や規模の予測に役立てるため、地震発生サイクルの多様性とその支配要因を解明する。
 「地震破壊過程と強震動」については、震源域における破壊開始点やアスペリティ周辺の応力及び強度に関する特徴を明らかにするために、大地震の破壊過程を詳しく調べ、断層面上のアスペリティやその周辺の不均質な応力分布を得る。また、強震動生成域の分布の把握とともに、地下構造の影響を的確に評価することによって、強震動予測の高度化を図るために、震源過程の複雑さとともに、波動伝播への地下構造の影響を評価する。
 「地震発生の素過程」では、アスペリティの実体、アスペリティの相互作用、非地震性滑り、摩擦・破壊現象のスケーリング則などについて理解を深めるため、摩擦・破壊現象の物理・化学的素過程を実験的に明らかにする。また、地殻活動予測シミュレーションモデルに十分な予測能力を持たせるため、摩擦・破壊現象を記述する基礎方程式(構成則)を明らかにするとともに、モデルに含まれる摩擦・破壊構成則パラメータ等の値を、観測可能なP波速度、S波速度、比抵抗などから推定するための実験・理論的研究を実施する。さらに、これらのパラメータの推定に制約を与えるため、地球深部掘削等によって地震発生域の物質科学的知見を得る。

1.2.実施状況

(1)日本列島及び周辺域の長期広域地殻活動

ア.日本列島及び周辺域のプレート運動

 大学は、日本列島周辺のプレート運動の影響を調査するために、ロシアやモンゴルでGPS観測を実施した。また、国土地理院は、南太平洋でGPS観測を実施するとともに、VLBI(超長基線電波干渉計)の観測を定期的に実施した。さらに、海上保安庁海洋情報部は、地殻変動観測の基準点として下里でSLR(衛星レーザー測距)観測を実施した。

イ.列島規模のプレート内の構造と変形

 防災科学技術研究所と大学は、Hi-net(防災科学技術研究所が全国に展開している高感度地震観測網)や大学の高感度地震観測データを用いたトモグラフィ解析や変換波解析により広域かつ詳細な三次元地震波速度構造や減衰構造の推定を行った
 大学は、宮城県沖や十勝沖において構造探査実験を行いプレート境界域の詳細な構造を推定した。
 大学と海洋研究開発機構は、平成13年度に東海沖から中部地方にかけての測線で行われた大規模な海陸合同構造探査により得られたデータの解析を進め、さらに、平成14年度には四国・中国域から鳥取沖までの測線で大規模な屈折・広角反射法地震探査を行った。
 防災科学技術研究所と大学及び気象庁は、深部低周波地震と低周波微動の時空間分布を詳細に調査し、また短期的ゆっくり滑りや長期的ゆっくり滑りとの関係についても検討した。
 大学は、比抵抗構造探査を行い、西南日本に沈み込む海洋プレートを高比抵抗帯としてイメージングすることに成功した。また、紀伊半島において沈み込むプレート周辺の比抵抗構造を推定した。
 大学は、地殻の粘弾性的性質を見積もるために水準測量、三角測量のデータから1891年(明治24年)濃尾地震(マグニチュード(M)8.0)の余効変動成分を抽出することを試みた。また、大学は、数値モデルを用いて、島弧内応力の時空間変化と地震発生場における歪エネルギーの蓄積と解放過程についての検討を行った。さらに、大学は、三陸沖北部の領域においてプレート境界地震のモーメント解放量の時空間変化を調査した。
 国土地理院は、GEONET(国土地理院が全国に展開しているGPS連続観測網)の整備を行い、全国に20~25キロメートル間隔の観測点1,231点の配置が完了した。また、ほとんどの観測点からのデータ取得をリアルタイム化しサンプリング間隔も1秒とした。大学は、このGEONETデータに基づき、新しい構成則逆解析の手法を用いて日本列島のポアソン比分布の推定を行った。
 海上保安庁海洋情報部は、沿岸域における海底活断層調査のため周防灘、仙台湾、加賀-福井沖、櫛形山脈断層帯に平行する海域において表層地層探査を実施した。

(2)地震発生に至る準備・直前過程における地殻活動

ア.プレート境界域における歪・応力集中機構

○地震発生に至る過程の理解のための各種観測の実施
 2003年(平成15年)に十勝沖地震(マグニチュード8.0)が発生したため、大学は、この地震の余震観測を実施し、この地震の余効滑りについてGPSと相似地震による解析を行い、さらに本震前の地震活動の変化について詳細に検討した。また、えりも、道東地域で高精度の重力観測を実施した。
 大学は、この十勝沖地震の余効滑りと2004年(平成16年)に釧路沖で発生した地震(マグニチュード7.1)の関係を検討した。また、大学と気象庁は、この2004年の釧路沖の地震の余震活動を検討するとともに、1961年(昭和36年)に同地域で発生したマグニチュード7.2の地震との波形の相似性を検討した。大学は、さらに2004年釧路沖の地震前後に高精度絶対重力測定を実施し、その結果とモデル値とを比較した。
 2004年紀伊半島南東沖の地震(マグニチュード7.1、マグニチュード7.4)の際には、大学は、海底余震観測を実施し、また紀伊半島において臨時GPS観測を実施した。さらに、大学は、紀伊半島西部において超低周波地磁気地電流(ULF-MT)観測を、また紀伊半島南部において通信回線網地磁気地電流観測(ネットワークMT)を実施した。
 2005年(平成17年)には、宮城県沖でマグニチュード7.2の地震が発生した。大学と海洋研究開発機構及び気象庁は、この地震の余震観測を行って詳細な震源分布を求め、また宮城県沖における過去の地震との比較検討を行った。海上保安庁海洋情報部は、宮城県沖の海底基準点のデータの解析を行って定常的な変位速度について検討するとともに、この宮城県沖の地震に伴う変動を明らかにした。
 大学は、関東から南海沖及び日向灘から奄美大島域にかけての相似地震活動の特徴を調べ、さらに紀伊半島から豊後水道にかけてのプレート境界近傍で発生する地震の規模別頻度分布を表すb値の空間分布を調べた。また、日向灘において海底地震観測を行い、その結果を用いて陸上観測点の観測点補正値を求めることにより、過去の地震の震源再決定も行い、得られた結果から日向灘における応力場を求めた。さらに、奄美大島-トカラ列島域で臨時地震観測を行い、既設観測点のデータも合わせて詳細な震源分布と発震機構解を求めた。
 大学は、差分干渉合成開口レーダー解析の新手法である定常散乱体干渉合成開口レーダー(PSInSAR)法を用いて、東海地方の1年分の面的な変位を導いた。一方、海上保安庁海洋情報部は、東南海・南海地震の発生が想定される海域において海底基準点における海底地殻変動観測を継続した。また、大学は、紀伊半島を縦断する測線でGPS観測を毎年実施し、プレート境界面上の詳細な滑り欠損分布を推定した。
○大地震・ゆっくり滑りと地下構造との関係の解明に向けた観測研究
 大学は、三陸沖と宮城県沖の過去の海底地震観測結果の再解析を行って、広域の速度構造の特徴を抽出し、また、2003年十勝沖地震の震源域周辺の地下構造の調査を行った。
 海洋研究開発機構は、東海沖~中部日本に至る海陸統合地殻構造調査観測データを解析して地下構造と長期的ゆっくり滑りとの関係を検討し、また東南海地震震源域の掘削予定海域(紀伊半島沖)において実施した事前調査で、地震予知計画に資する分岐断層周辺域の海底地形情報等を取得した。さらに、「東南海・南海地震の想定震源域におけるプレート形状等を把握するための構造調査研究」(文部科学省委託事業)により南海トラフ沿いで構造探査と地震観測を実施して、大地震の発生過程を規定すると考えられる構造の特徴を抽出した。また、四万十帯における断層岩の分析も行った。
 一方、大学は、「大都市大震災軽減化特別プロジェクト(大大特)」(文部科学省委託事業)と連携して、紀伊半島を横断する地殻構造探査を実施した。また、大学と防災科学技術研究所は、地震波形データを用いて西南日本の中国・四国地域におけるS波速度不連続面の分布を推定した。
○ゆっくり滑り・深部低周波微動と大地震の関係の解明に向けたモデルの構築
 大学は、東海地域の長期的ゆっくり滑りの再解析を行い、また1944年(昭和19年)東南海地震(マグニチュード7.9)の発生前後の水準測量データの再検討を行った。
 海洋研究開発機構は、南海トラフ沿いでの構造探査の結果に基づき、南海トラフで発生する大地震の再現を目的として、地球シミュレータを活用した地震発生サイクルのシミュレーションを実施した。
 防災科学技術研究所と気象庁は、深部低周波微動と短期的ゆっくり滑りとの関係を検討した。また、大学は、この深部低周波微動域近傍の地震波速度構造と比抵抗構造を調べ、これらの構造と深部低周波微動との関係を検討した。この低周波微動の研究を進めるために、気象庁は、低周波地震及び微動の発生位置と発震機構を推定する新しい手法を開発し、また、大学は深部低周波微動の周波数構造を、平均散逸スペクトル法という新しい解析法を開発・適用して調べた。

イ.内陸地震発生域の不均質構造と歪・応力集中機構

○内陸の断層への応力集中機構の理解のための観測研究
 大学は、2000年(平成12年)鳥取県西部地震(マグニチュード7.3)の余震域を中心とした西南日本における合同観測を2002年(平成14年)から2年間かけて実施した。2003年宮城県北部の地震(マグニチュード6.4)の発生に際して、大学は余震観測を行い、また国土地理院はこの地震に伴う地殻変動データの解析を行った。
 大学は、九州の日奈久断層近傍において総合地殻構造探査を合同で行った。さらに、この断層周辺で臨時地震観測とGPS観測を行って、地震波散乱体分布と速度構造を推定し、断層の固着状況について検討を行った。また、活断層の浅層構造の解明のために、日本海東縁の歪集中帯に位置する庄内平野東縁断層帯において反射法地震探査を実施した。
 産業技術総合研究所は、跡津川断層で微小地震観測を実施し、得られた震源分布や速度構造、発震機構解等から跡津川断層の強度分布についての検討を行った。大学は、平成16年度から5か年の計画で跡津川断層周辺とそれを取り囲む広域の地域で合同観測を実施している。断層西部領域では、現地収録型記録装置を用いた稠密な自然地震観測と、発破を用いた制御震源地殻構造探査も行った。また、立山カルデラにおいては、現地収録方式の地震観測を実施し、他のデータとも併せて詳細な震源分布を推定した。さらに、防災科学技術研究所は、跡津川断層東部の断層ガウジ(断層帯内の細粒破砕物)を用いて、深さ7キロメートル程度に相当する高温・高圧下での摩擦実験を行った。
 大学、気象庁、国土地理院等は、2004年新潟県中越地震(マグニチュード6.8)の余震観測やGPS観測、及び震源域近傍の地震波速度構造探査や比抵抗構造探査等を実施した。
 大学は、2005年福岡県西方沖の地震(マグニチュード7.0)の合同余震観測を実施した。また、国土地理院は、この地震について地殻変動データの解析を行った。
 大学は、内陸で発生した大地震の余震観測データの解析や比抵抗構造再解析を行い、また粘弾性要素モデルを用いて、下部地殻の局所的な変形による断層への応力集中という仮説の検証を行った。
○弾性歪と非弾性歪を区別するための応力と歪の測定
 大学は、Hi-netの観測点のボーリングコア試料を用いた応力測定に基づき東北地方の応力場の特徴を抽出し、また、応力変化を反映すると考えられている全磁力の観測を伊豆半島北東部で継続した。気象庁は、日本列島全域における応力変化を全磁力からモニターする体制を構築するために、国内6か所において全磁力精密連続観測を継続した。
 防災科学技術研究所は、1995年(平成7年)兵庫県南部地震(マグニチュード7.3)で活動した野島断層について、その近傍で地震直後に測定した応力データと地震時の断層滑りモデルを用いて、地震前の応力状態と断層強度を推定し、またこの状況での地震時の断層滑り過程を再現する数値実験を行った。
 国土地理院及び大学は、国内で大地震が発生するたびに、その大地震やその余効変動に伴う地殻変動の観測・解析を行った。
○流体の分布・挙動・役割の推定
 大学は、北海道弟子屈地域において重力探査と広帯域地磁気地電流(広帯域MT)観測を行い、得られた重力異常と比抵抗構造及び地質構造を比較した。東北地方中央部で脊梁を東西に横断する長測線の広帯域MT観測から比抵抗構造を求め、この結果を基に岩盤の含水率分布を推定し、また地震波速度構造や震源分布、歪速度分布等と比較した。さらに、1914年(大正3年)秋田仙北地震(マグニチュード7.1)の震源域周辺や島根県東部でも広帯域MT観測を行って比抵抗構造を求めた。トルコ北アナトリア断層西部域で、ULF-MT観測を行い、浅部から深部までの比抵抗構造を求めた。紀伊半島においてネットワークMT観測を行い、比抵抗構造と低周波微動との関係を検討した。さらに、三次元比抵抗構造解析プログラムを開発し、三宅島で得られたデータの解析を行った。また、糸魚川-静岡構造線断層帯南部において浅部比抵抗構造を推定した。防災科学技術研究所も、跡津川断層における浅部比抵抗構造を推定した。
 1995年兵庫県南部地震を発生させた野島断層において断層の強度回復過程を調べるために、大学は注水実験を始めとする各種実験観測を行った。また、大学は、「大都市圏地殻構造調査研究計画」(文部科学省委託事業)によって得られた近畿北部の構造を基に、沈み込むフィリピン海プレートと浅発地震の関係について検討を行った。

ウ.地震発生直前の物理・化学過程

○震源核形成・拡大過程の理解を深めるための観測研究
 大学は、採掘に伴って生じる小規模な地震の発生前後に生じる現象を近傍でとらえるために、南アフリカ金鉱山において歪・地震等の総合観測を行った。また、この金鉱山で実施されている、地震波解析から地震前の応力変化を推定する手法を日本の群発地震にも適用した。
○地殻内流体の移動と地震発生の関係を探るための観測研究
 防災科学技術研究所は、長野県西部で微小地震観測を継続して断層近傍の微細構造を推定し、流体と地震発生との関係を議論した。
 大学は、伊豆半島東部において地電位差、比抵抗、全磁力及び重力の観測を行って、群発地震の発生とこれらの変化を調べ、また、2004年(平成16年)9月1日の浅間山の噴火後、地殻内流体の移動をとらえるために絶対重力の連続観測を実施した。
 大学は、地震発生前の電磁気的異常現象の発現の有無を検証するために、2003年十勝沖地震の震源域周辺のえりも地域において広帯域MT観測及びULF-MT観測を行った。また、地震前にVHF波の散乱状況が変化するか否かを検証する観測も行った。
 大学と気象庁は、東海地方・伊豆地方においてプロトン磁力計による観測を行って、群発地震活動や東海地域でのゆっくり滑りと磁力変化との関係を検討した。また、気象庁は伊豆半島東部の磁力観測点近傍において自然電位の測定を行い、熱水対流系の存在について検証した。

エ.地震発生サイクル

○大地震発生に関する統計学的モデルの高度化を目指した研究
 大学は、1973年(昭和48年)根室半島沖地震(マグニチュード7.4)と1894年(明治27年)根室沖地震(マグニチュード7.9)の違いを明らかにするために、鮎川検潮所の記録の詳細な解析を行った。また、産業技術総合研究所は、北海道の津波痕跡物の解析から、過去に発生した巨大地震の繰り返しについて検討した。
 大学は、別府湾で断層ごとに詳細な地層探査を行い、地震の発生時について検討を行った。また、大分県佐伯市米水津(よのうづ)の間越(はざこ)龍神池において、南海地震履歴解明のためコア試料を採取して解析を行った。さらに、三陸海岸や常磐海岸北部においても、過去の津波痕跡物を調査して巨大地震の繰り返しについて検討を行った。産業技術総合研究所は、チリにおいて、1960年のような巨大地震が過去にどのように繰り返されてきたのかを調査検討した。
 産業技術総合研究所は、日本の主要活断層について、その分布と活動履歴に関する既存研究資料を整理し、活断層のセグメント区分を行い、従来の「起震断層」の考え方の妥当性を検討した。また、糸魚川-静岡構造線活断層系の松本市付近において、詳細な地形判読とトレンチ調査を行い、さらにトルコの北アナトリア断層系における1943~1944年の地震断層及び中国の富蘊(Fuyun)断層系における1931年の地震断層において、地震断層の地表変位計測を詳細に実施し、微細なセグメント構造を解明した。
○地震発生サイクルとその揺らぎを作り出す物理学的モデルの構築
 大学は、「釜石沖のマグニチュード4.8±0.1の地震の再来間隔の揺らぎは、周囲のゆっくりとした滑りの擾乱によって生じる」という仮説の検討を行った。また、相似地震の震源位置について、様々な手法で検討を行った。さらに、大学と気象庁は、過去の大地震と最近発生した地震の波形や余震分布の比較を行った。また、海洋研究開発機構は、近接した複数のセグメントが、ときには同時に破壊して大きな地震が発生したり、ときには別々に発生したりする状況について数値シミュレーションで再現することを試みた。
 産業技術総合研究所は、複雑な断層帯の破壊伝播を動的破壊シミュレーションで検討した。また、摩擦構成則に基づく応力-地震活動反応特性を用いた地震活動の時空間モデルの最適化手法を南カリフォルニアの過去の地震活動データに適用して、地震活動の予測可能性について検討した。また、その逆過程解析手法を東海地域の微小地震発生に当てはめ、ゆっくり滑りに伴う応力変化と微小地震活動の関係を検討した。

(3)地震破壊過程と強震動

ア.断層面上の不均質性

 大学は、精度の高いアスペリティ分布を得るために、地下構造モデル及び断層形状をより現実的なものに改良するとともに、新たなデータとして毎秒取得されるGPSデータを用いた解析を行った。
 大学は、滑りの不均質と断層面周辺の速度構造との関連を調べるために、二重差(DD)トモグラフィにより速度構造を求めた。また、滑りの不均質と断層面周辺の強度及び応力状態との関係を調べるために、発震機構解の詳細な分布やb値などの地震活動度の特徴を調べた。産業技術総合研究所は、断層滑りによる発熱を推定するために、ボアホール用温度測定装置の開発を行った。
 産業技術総合研究所は、断層の形状を詳細に調べるために、制御震源及び自然地震による構造探査を実施した。

イ.地震波伝播と強震動予測

 大学及び産業技術総合研究所は、強震動生成予測の向上のために、計算手法の開発及びモデル化手法の改良を行った。
 大学と海洋研究開発機構は、高精度の波動伝播と強震動シミュレーションの実用化のために、ベクトル・並列スーパーコンピュータに適合した大規模高速計算コードを開発した。また、産業技術総合研究所は、精密な平野の地下構造を考慮したシナリオ地震の地震波伝播シミュレーションを実施した。
 防災科学技術研究所は、全国を概観する地震動予測地図を高度化するための研究を実施した。

(4)地震発生の素過程

ア.摩擦・破壊現象の物理・化学的素過程

 摩擦・破壊現象の物理・化学的素過程を解明するために以下の実験的研究を実施した。大学及び産業技術総合研究所は、高温高圧下における摩擦・破壊構成則を求めるための実験を実施した。大学は、大変位及び高速滑りにおける摩擦溶融実験を実施した。また、震源核と地震モーメントのスケーリングに関する理論的研究を実施した。大学及び海洋研究開発機構は、弾性波照射による断層面のモニタリングに関する実験的及び理論的研究を実施した。
 また、破壊と地殻内流体との相互作用の解明のため次のような研究を実施した。大学は、岩石破壊実験により微小破壊に伴うメタン等の放出を調べるとともに、実際の断層における放出ガスの化学的分析を行った。産業技術総合研究所は、破壊に対する溶存ガスの影響を調べた。また、大学及び産業技術総合研究所は、岩石の微小破壊に伴う電磁放射を調べた。

イ.地殻・上部マントルの物質・物性と摩擦・破壊構成則パラメータ

 地殻・上部マントルの物質・物性と摩擦・破壊構成則パラメータを得るために、次のような実験的研究を実施した。大学は、高温高圧下における弾性波速度及び電気伝導度測定法の改良を行うとともに、蛇紋岩等の岩石の弾性波速度及び電気伝導度を測定した。産業技術総合研究所は、流体存在下における弾性波速度と透水係数の同時測定を、高温高圧下でかつ間隙水圧を制御した状態で行った。大学は、高圧下における亀裂内の水の挙動の実験的研究を実施した。また、震源域の構造を保存していると思われる断層帯の調査を実施した。

1.3.成果

(1)日本列島及び周辺域の長期広域地殻活動

ア.日本列島及び周辺域のプレート運動

 GPSやVLBI、SLRによって、日本列島周辺の詳細なプレート運動が明らかになりつつある。南太平洋地域に設置したGPS観測点のデータに加えて、その他の国際協力観測点のデータも併せて解析したところ、太平洋プレート内部では有意な変形は認められないことも明らかになった。また、東アジアから南アジアにかけての既存のGPSデータを統合し、複数のブロックの動きと変形によってモデル化したところ、アムールプレートはユーラシアプレートとは異なった動きをしていることが確かめられたが、南中国ブロックとの運動の違いは明瞭ではないことが明らかになった。

イ.列島規模のプレート内の構造と変形

Hi-netや大学の地震観測網のデータを用いたトモグラフィや海陸の構造探査実験、及び変換波の解析により、沈み込むプレートの位置・形状が、速度構造境界として高精度で推定された。フィリピン海プレート内の地震は、場所によって海洋地殻内で発生している地域と海洋マントル内で発生している地域があることが確認された。このことは、これまでのように単純に地震の震源分布からプレート境界の形状を推定してはいけないことを示している。
 地震波速度・減衰構造の推定結果によれば、浜名湖付近では沈み込むプレート内で発生する地震活動の直上にVp/Vs比(P波速度とS波速度との比)の大きな領域が存在し、その一部と深部低周波微動活動域が一致することが判明した。また、紀伊半島直下の比抵抗構造を推定した結果によれば、低周波微動震源域は低比抵抗となっている。これらのことは、流体と深部低周波微動とに関係があり、低周波微動発生域では、沈み込むプレートから陸のプレートに流体が供給されていることを強く示唆する。
 GEONETデータに構成則逆解析の手法を適用して解析したところ、歪集中帯の生成原因として、その地域ではポアソン比が高い可能性が示された。一方、下部地殻において局所的に弱い領域があれば、その上部に応力を集中させ、かつ地震発生間隔をプレート境界型地震の再来間隔よりもずっと長くできることが数値モデルから推定された。このモデルはまだ極めて単純であるが、内陸の地震発生域への応力集中過程を説明できる可能性がある。

(2)地震発生に至る準備・直前過程における地殻活動

ア.プレート境界域における歪・応力集中機構

 2003年(平成15年)十勝沖地震(マグニチュード8.0)の発生から14か月遅れて、2004年(平成16年)に釧路沖でマグニチュード7.1の地震が発生した。このマグニチュード7.1の地震は1961年(昭和36年)のマグニチュード7.2の地震と波形がよく似ており、同一のアスペリティの破壊による地震と推定され、2003年十勝沖地震の余効滑りが、釧路沖のマグニチュード7.1の地震の発生を促進したと考えられる。このことはアスペリティモデルで説明可能であり、余効滑り等のゆっくりとした滑りをモニターすることが、地震予知にとって重要であることも示している。
 宮城県沖に設置した海底基準点は、普段は毎年約8センチメートルの速度で西北西に移動しているが、2005年(平成17年)の宮城県沖の地震(マグニチュード7.2)の発生に伴って、東方へ約10センチメートル動いたことが推定された。この観測結果は、陸上のGPS観測データから推定された断層モデルからの計算値とよく一致しており、海底地殻変動観測によって得られたデータの信頼性の高さを示すものとなっている。
 三陸沖から宮城県沖にかけて地震波速度構造を推定した結果、沈み込む海洋地殻を低速度層としてとらえることに成功した。さらに、プレート境界型の大地震が発生する領域では、プレート境界直上の地震波速度が大きく、また、宮城県沖ではプレート境界の傾斜角が急変する場所が、プレート境界型地震のセグメント境界となっている可能性が高いことが示されるなど、速度構造と地震活動の関係が明らかになってきた。
 紀伊半島沖の構造探査の結果、東南海地震と南海地震の震源域境界において、沈み込んだ海洋地殻が破砕されており、かつ上盤側に高速度・高密度のブロックが存在していることが明らかになった。一方、GPS観測から、この紀伊半島の先端直下ではプレート境界の固着が小さいことが示された。これらの結果は、紀伊半島の先端に異常構造が存在しており、そのためにプレート間の固着の不均質が生じてセグメント境界となっている可能性を示している。また、このような固着の不均質やプレート境界の形状の不均質により、プレート境界の特定の場所に応力が集中しやすくなり、そこが破壊の開始点となりやすいこともシミュレーションによって示された。
 深部低周波微動域は、地震性領域と非地震性領域の遷移域に位置しており、東海地域で観測された長期的ゆっくり滑りの滑り域の下端に位置していることが判明した。この深部低周波微動は、一般に短期的ゆっくり滑りを伴っており、かつ微動も短期的ゆっくり滑りも1日あたり約10キロメートル程度の速度で移動する場合があることも明らかになった。低周波微動震源域近傍では、Vp/Vs比が大きく、また低比抵抗域となっていることが多い。これらのことは、微動の発生に流体が関わっていて、プレート境界における間隙圧が高い可能性を強く示唆する。

イ.内陸地震発生域の不均質構造と歪・応力集中機構

 跡津川断層の浅部で、地震活動が低調で、ゆっくりと滑っていると考えられていた領域は、実際は固着している可能性が高いことがGPS観測から示された。この地震活動度が低く地震発生域の下限が深い領域の少なくとも東半分は、高比抵抗で、地震波速度も高速度となっているため、この部分は現在は固着していて将来の大地震震源域となる可能性が高いと考えられる。一方、地震観測の結果、断層の深部延長では強度が小さくかつ低速度となっている可能性が高いことが分かってきた。これまで、大地震震源域の深部延長の下部地殻は、局所的に周りより強度が小さくて変形しやすくなっているとする仮説が提案されていたが、上記の跡津川断層の観測結果はその仮説を支持している。
 2004年新潟県中越地震(マグニチュード6.8)に際しては、その発生直後から臨時観測が行われ、震源分布と地震波速度構造及び比抵抗構造が詳細に調べられた。本震の震源断層は、西北西に傾き下がり、その上盤側が低速度・低比抵抗、下盤側が高速度・高比抵抗となっており、その構造境界で本震が発生したことが明らかになった。本震の震源(破壊開始点)付近を境にして、速度構造は北と南でやや異なっており、余震の発震機構解の最大主圧縮軸方向も破壊の開始点付近で変化している。本震と余震域中央部の大きな余震は破壊が深部から始まっているが、余震域北端と南端付近の大きな余震は浅部から破壊が始まっており、余震域の端付近では発震機構解もばらつきが大きくなっている。さらに、下部地殻の深さ20キロメートル付近に見られる地震波反射面は、本震が発生した辺りで浅くなっている。以上の特徴は、「断層中央部の深部延長では特に強度が弱く、そのすぐ上の脆性領域で応力集中がしやすくなっていたために、そこから破壊が始まった」と考えると説明ができる。
 余震の発震機構解から推定された応力の主軸方向の分布から、1984年(昭和59年)長野県西部地震(マグニチュード6.9)の断層深部延長では、非地震性滑りを生じている可能性が高く、また2000年(平成12年)鳥取県西部地震(マグニチュード7.3)の断層北部では、強度が大きい可能性が高いことが分かった。前者は、前述の震源域深部延長の局所的変形という仮説を支持している。この仮説に基づく粘弾性要素モデルによるシミュレーションを行ったところ、上部地殻の破壊強度が大きい領域ほど下部地殻の断層帯の変形速度が小さくなるという結果が得られた。このシミュレーション結果と、上記の鳥取県西部地震の断層北部の強度と併せて考えると、歪速度の小さな鳥取県西部のような地域で大地震が発生した理由が、上記の仮説でも説明できることになる。近畿北部は、内陸の微小地震活動が活発な領域であり、その地震活動の消長に関しては、地下深部の流体が関与していると考えられていたが、「大都市圏地殻構造調査研究計画」(文部科学省委託事業)によって得られた結果から、流体の供給源となりうるフィリピン海プレートがこの地域の下の深さ60キロメートル付近にまで達していることが明らかになった。
 野島断層に水を繰り返し注入する実験を行った結果、1997年から2004年にかけて、断層近傍岩盤の透水係数が約70パーセント減少し、空隙率も約20パーセント減少した。これは、断層の強度が次第に回復していく過程と密接に関係していると考えられる。

ウ.地震発生直前の物理・化学過程

 南アフリカ金鉱山における地震・歪観測によって、ゆっくりとした歪ステップの前に前駆的な歪変化が発見された。これらは地震としては検知されていないことから、小さなゆっくり滑りの前駆的な滑りをとらえたことに相当すると考えられる。この前駆的な変化は摩擦構成則に基づく数値シミュレーションから得られる前駆的滑りに伴う挙動に極めてよく似ており、数値シミュレーションで予測されていた前駆的滑りが実際の場でも生じている可能性が高いことが示されたことになる。また、この金鉱山では、地震波形解析に基づいて岩盤の応力変化を推定して地震発生予測が行われているが、その手法の日本の群発地震に適用したところ、規模の大きな地震に先立ち応力の低下が示唆される結果も得られている。
 地震発生直前に現れる現象については、地震活動の変化に関する研究に進展があった。潮汐による応力変化が地震発生のきっかけとなる可能性は古くから指摘されているが、日本列島全域について潮汐と地震活動との関連を調べた結果、統計的に有意であることが示された。また、余震発生まで扱うことのできる統計モデルを用いて、地震活動の変動を調べた結果、地震活動の変化はクーロン破壊応力の変化で説明できることが明らかになったほか、2003年十勝沖地震などで地震発生に先立つ地震活動の静穏化が見いだされた。さらに、均質な地震カタログを用いた解析でも地震活動の変化が見られ、プレート境界の滑りによる応力変化で説明可能であることが指摘された。一方、地震などによる急激な応力変化による地震活動の変化についても研究が進み、2000年に発生した三宅島神津島間の岩脈貫入による周辺の地震活動変化についても定量的なモデルにより説明された。

エ.地震発生サイクル

 2003年十勝沖地震と1952年(昭和27年)十勝沖地震(マグニチュード8.2)の震源過程の比較により、少なくとも1952年の破壊の前半部分と2003年の破壊域はよく一致していることが分かった。このことはアスペリティモデルに基づく地震の再来の考え方が、基本的には正しいことを示している。
 一方、1894年(明治27年)に発生した根室沖地震(マグニチュード7.9)と1973年(昭和48年)根室半島沖地震(マグニチュード7.4)について、津波波形データから比較解析を行ったところ、1894年の地震の方が、1973年の地震よりも規模が大きく、かつプレート境界深部にまで断層面が存在している可能性が高いことが分かった。宮城県沖についても、1978年(昭和53年)の宮城県沖地震(マグニチュード7.4)では、三つのアスペリティが同時に破壊されたものの、1930年代には数年の間隔で順繰りに破壊された可能性が高いことが明らかになった。これらのことは、アスペリティの破壊の組み合わせが、必ずしも毎回同一とは限らず、ときには広域にアスペリティが連動破壊し、ときには単独で破壊する可能性があることを示している。南海トラフ沿いの東南海沖・南海沖では、このような連動破壊と単独破壊の両方が発生し得ることがすでに知られていたが、摩擦構成則に基づく数値シミュレーションによっても、このような複雑なパターンが、ある程度は再現できるようになった。
 2004年のインドネシア・スマトラ島沖大地震(マグニチュード9.0:米国地質調査所による)は、アスペリティが非常に広域に連動破壊した巨大地震であったが、このような連動型の巨大地震がチリや北海道、三陸沖でも、数百年~千年程度の間隔で繰り返し生じていたことが明らかになった。さらに、南海トラフでも、大津波を発生させた地震が、500年程度の間隔で過去に発生していたことも明らかになった。

(3)地震破壊過程と強震動

ア.断層面上の不均質性

 地震時の滑り分布の不均質性をより精密に解析するために、新たなデータの利用や地下構造モデルの精密化など、解析の高度化が進められた。データとしては、地震計のデータや測地データに加え、1秒間隔で取得されるGPSデータを利用した解析が行われた。また、解析手法においても、二次元や三次元構造を用いた地震波伝達関数(グリーン関数)を用いるとともに、非平面の断層面形状の導入がなされた。その結果、プレート境界の地震だけでなく、内陸の地震に関しても、従来より詳細に地震時の滑り分布が得られるようになった。
 一方、2003年十勝沖地震で求められた滑り分布を基に強震動シミュレーションを行うと、実際の強震動記録より小さくなるなど、長周期地震波形のインバージョンから求められた震源モデルを、短周期の強震動評価に用いる場合の新たな課題が提起された。
 また、断層面周辺の速度構造不均質及び余震のb値や発震機構解の解析による応力状態が得られ、地震時の滑り分布との比較検討が可能となった。滑りの大きい領域は地震波速度の大きな領域に位置している傾向が高いことが明らかになりつつあり、アスペリティ位置の推定の足がかりが得られようとしている。また、制御震源及び自然地震を用いた構造調査が進められ、活断層の詳細な形状が明らかになりつつある。

イ.地震波伝播と強震動予測

 地震波伝播計算コードの最適化を行い、地球シミュレータのベクトル化・並列化機能をほぼ極限まで活かした強震動の大規模計算が可能となった。その結果、精密な平野の地下構造を用いた強震動シミュレーションが可能となり、現実の強震動記録の特徴を再現できるようになった。また、広帯域かつ線形・非線形計算を用いた強震動予測計算を実施し、大阪平野の精密な地下構造を考慮したシナリオ地震による強震動予測地図が作られた。
 震源における強震動発生予測に関しては、様々な波長の不均質を考慮した震源モデルの改良が進められ、短周期地震動の放射特性を適切に表した現実的な強震動計算が可能となった。このことは、多様なスケールを持つ構造物の被害に対応した広帯域強震動の評価のために、特に重要である。

(4)地震発生の素過程

ア.摩擦・破壊現象の物理・化学的素過程

 地震発生におけるアスペリティの実体を解明するためには、断層の摩擦や破壊現象を理解する必要がある。やや深発地震の発生機構に関連していると考えられる蛇紋岩の変形実験を行い、地震発生領域に対応する高温高圧下における脱水反応を伴う変形特性を明らかにした。また、高速・大変位滑りによる岩石の摩擦溶融実験が行われ、溶融開始から全溶融に至る過程を実現し、溶融に伴う摩擦特性の変化を明らかにしつつある。
 一方、透過弾性波と摩擦強度との関連に関する研究が進められ、透過弾性波の振幅は摩擦強度を表す断層固着状態を反映していることが明らかになった。地震の直前予知のためには、地震発生に先行するゆっくりとした滑りである前駆的滑りの検出が重要であると考えられているが、前駆的滑りによる断層面の固着状態の変化を、歪だけではなく断層面を透過する弾性波の振幅によって検出できる可能性を示した意義は大きい。
 地震直前の地殻活動に伴うガスの放出のメカニズムが実験的に調べられ、岩石の微小破壊により放出されるメタンなどのガスの組成は全岩組成と一致することが確認された。微小地震が多発している跡津川断層帯における測定で、水素が破砕帯から多量に発生していることが明らかになった。地震直前の地殻活動に伴う電磁気現象については、岩石内の微小破壊に伴う電磁放射の実験が行われ、電磁放射と含水の程度との関係は少ないこと、また石英等の鉱物と電磁放射との関係が解明されつつある。

イ.地殻・上部マントルの物質・物性と摩擦・破壊構成則パラメータ

 プレート境界の摩擦特性に大きな影響を及ぼしていると考えられている蛇紋岩の弾性波速度に関する研究が行われた。これまでの研究は、常温での測定であり、かつ低温型(クリソタイル、リザーダイト)なのか高温型(アンチゴライト)なのか区別されていない、という問題があった。常温での測定ではあるが、高温型と低温型を区別して、蛇紋岩化の程度の異なる多くの試料について系統的にVpとVsの測定を行った。また、アンチゴライトに関しては、1GPa(ギガパスカル)におけるP波速度の温度依存性が得られた。蛇紋岩の電気伝導度については、変形度によって磁鉄鉱の連結が変わり、様々な値をとることが分かった。野外における断層物質の調査では、脆性・塑性遷移帯よりも深部で摩擦溶融岩(シュードタキライト)の形成を確認した。

1.4.今後の展望

(日本列島及び周辺域の長期広域地殻活動)

 プレート運動については、モンゴルやロシアに設置した観測点のデータがようやく蓄積され始めたところであり、今後十分なデータが蓄積されれば、オホーツク海プレートやアムールプレートの存在の有無や境界位置、運動特性等について重要な情報が得られると期待される。これらのデータを、GEONETやその他の各宇宙技術によるデータとも統合し、日本列島のみならずその周辺の変位速度場を明らかにして、これらの周辺のプレート運動の中で日本列島を理解することにより、日本の地震発生シミュレーションモデルは更に高度化できると考えられる。
 列島規模のプレート内の構造と変形については、Hi-netや臨時的・機動的な高密度の地震観測網により、大局的な構造だけでなく、沈み込むプレートや陸のプレート内の詳細な構造も明らかになりつつある。GPS観測データからプレート境界の固着状況を推定する場合にはプレート境界の位置・形状を仮定しているため、もし、この位置・形状が間違っていれば、推定された滑り欠損分布も信頼できないことになる。さらに、プレート境界の位置・形状は、プレート境界型地震の発生過程に大きな影響をもたらすことが分かってきており、これらの情報は地震の長期予測において極めて重要である。今後はこのような構造推定の研究を推進するとともに、推定された詳細な構造を統合し、列島全体を俯瞰した構造及び変動の不均質性を詳細に調べ、内陸における応力・歪集中と構造の関係について共通点を抽出し、モデル化を推進する必要がある。
 一方、深部低周波微動と構造の関係も明瞭になってきており、その結果は深部低周波微動と流体との関係を強く示唆している。また、この低周波微動域が、地震性領域と非地震性領域の遷移域に位置していることは、プレート境界の地震性から非地震性への変化にも流体が関係していることを示唆している。この流体は、沈み込んだ海洋プレート内の岩石の脱水によって放出されたと考えられ、この脱水反応は、海洋プレート内の地震と密接に関わっていると考えられる。つまり、海洋プレート内部の地震活動とプレート境界の地震活動は、流体を介在して相互に関連している可能性がある。今後、そのような観点から海洋プレート内部の地震も研究対象に含めた研究を推進することが必要と考えられる。

(地震発生に至る準備・直前過程における地殻活動)

 プレート境界においては、アスペリティの周囲のゆっくりとした滑りの進行によりアスペリティに応力が集中し地震に至るというアスペリティモデルの検証が進んだ。このゆっくりとした滑りの加速が大地震の発生を促進する事例も蓄積されてきており、この滑りの加速の検知が中期的・短期的予知にとって重要となってきている。このためには、GPSや相似地震、海底地殻変動観測及びそのデータ解析のより一層の高度化が必要である。
 過去の大地震の記録が無ければ、このようなアスペリティの位置を推定することは困難であったが、三陸沖から宮城沖にかけての領域で見られたように、地震波速度構造とプレート境界のアスペリティ及び破壊の停止域との関連が明らかになりつつあり、このような研究を今後も推進する必要がある。また、紀伊半島沖が、固着状況やプレート形状の不均質により応力集中が生じて破壊の開始点になりやすい場所となっていることが示されたことにより、破壊の開始点も構造探査によりある程度推定できる可能性が出てきている。
 内陸についても、断層の深部延長では強度が周囲より小さくなっているとするモデルの検証が進みつつある。さらに、その強度の小さい領域中でも最も弱い部分の直上で応力が集中して、そこから地震の破壊が開始する可能性も指摘された。つまり、大地震の発生位置だけでなく、破壊の開始点の位置も断層深部延長の強度に規定されている可能性が出てきた。今後、跡津川断層や新潟県中越地震震源域で行われたような、地震・GPS・比抵抗等についての総合観測を他の地域でも実施し、モデルの高度化を進める必要がある。
 岩石実験や摩擦構成則による数値シミュレーションでは、地震の発生直前には震源核と呼ばれるゆっくりとした滑りが生じることが示されており、これが直前予知の可能性の根拠として位置付けられていたものの、この震源核を歪計によって明瞭にとらえた例は無かった。この意味で、南アフリカ金鉱山において、ゆっくり滑りではあるものの、その前駆的変化が歪計でとらえられたことは、地震の直前予知にとって極めて重大な意味を持つ。一方、通常の地震の前には、このような前駆的異常は検知されておらず、今後、この前駆的変化の特徴を解明していき、理論的な震源核と比較することによって、どのような条件の場合に前駆的異常が生じるのかを明らかにしていくことが必要である。
 前述のとおり、少なくともプレート境界型地震の発生は、アスペリティモデルで説明可能であり、地震の発生位置や規模は決してランダムではないということが示されたのは地震予知研究の上で、大きな進歩である。しかし、地震時に破壊されるアスペリティの組み合わせは必ずしも毎回同一とは限らず、これが地震発生サイクルの揺らぎの原因となっていることも分かってきた。ときには非常に広域に連動破壊することも明らかになってきており、今後、実際の活動履歴を詳細に調べると同時に、どのような条件のときに、どのように連動するのかを、シミュレーション等から解明することも重要となっている。

(地震破壊過程と強震動)

 地震の破壊過程の詳細を明らかにするために、現実的な三次元構造の導入、構造モデルの逆解析などの、地震波伝達関数の精度を高める様々な手法を開発するとともに、1秒間隔で取得されるGPS変位データ等、新しい種類のデータセットの導入が図られた。これら高精度化された解析手法によりアスペリティの詳細分布を得ることができるようになった。さらに、断層近傍の地震波速度や地震活動と滑り分布との関係が明らかになりつつあり、この関係から将来発生する地震のアスペリティを推定することによって、より高精度な強震動予測を実現する可能性が見いだされつつある。しかし、2003年(平成15年)十勝沖地震(マグニチュード8.0)のように滑り量の大きなアスペリティと強震動生成域が、必ずしも一致しない場合も認められるため、今後も地下構造の不均質性や断層滑りの不均質性を含めた詳細な研究が必要となる。
 強震動シミュレーションコードの改良によって、地震被害に強く結びつく短周期地震波を含むより現実的な強震動シミュレーションが可能になった。その結果、地下構造モデルの改良と相まって、特に堆積平野における強震動の特徴をよく再現することができるようになった。2004年(平成16年)新潟県中越地震(マグニチュード6.8)などの近地大地震の強震記録が多数得られたことにより、強震動シミュレーションと観測データとの比較から地下構造モデルが改良された。これにより、将来発生が予想される大地震の強震動シミュレーションの高精度化が大きく前進することが期待される。これと平行して、強震動シミュレーションの高度化や震源モデルの高度化を踏まえた強震動予測手法が、2003年十勝沖地震や2005年(平成17年)宮城県沖の地震(マグニチュード7.2)など近年の大地震や様々な想定地震に適用された。その結果、マグニチュード8クラスの海溝型地震からマグニチュード6クラスの内陸地震まで、幅広い規模の地震に用いることができる強震動予測手法の開発が視野に入ってきた。

(地震発生の素過程)

 「地震発生の素過程」は、地震予知のための新たな観測研究計画(第2次)から始まった研究計画であり、現在3年目となる。建議で推進すべきとされている地震波速度、減衰、比抵抗など、複数の物理量の同時測定を含め、地震発生条件での力学・物性データが着実に得られてきた。また、個々の素過程のメカニズムが掘り下げられるとともに、規模依存(スケーリング)則を意識した研究も始められた。今後も更に研究を進め、アスペリティやゆっくり滑りの実体の解明を進めることが期待される。また、データを増やしてシミュレーションの精密化に役立たせるとともに、地震発生の素過程に関する新たなモデル構築まで進展していくことが期待される。
 一方、断層面の状態を地震波によりモニタリングできる可能性が、この「地震発生の素過程」研究から明らかになったことは重要である。今後は、現実の断層やプレート境界への適応性について検討を進めるとともに、断層面の状態変化の仕組みを解明する必要がある。

お問合せ先

研究開発局地震・防災研究課

(研究開発局地震・防災研究課)