3.人文・社会科学の振興方策

 人文・社会科学の振興に当たっては、文化の継承と発展に取り組むという観点に立つとともに、その意義と役割を再確認し、その成果が現実社会にもたらす効果を念頭におく必要がある。そのような認識の下に、すでに述べたような人文・社会科学に課せられた諸課題に応え、21世紀の人文・社会科学にとりわけ期待される役割を確実に果たしていくためには、特に次のような短期的・中期的方策が緊要である。

(1)分野間・専門間の協働による統合的研究の推進

 先に述べたように21世紀の諸問題は著しく複雑性を帯びている。したがって、人文・社会科学の諸専門間の学問を超えた協働作業及び人文・社会科学と自然科学間の学際的ないし学融合的協働がとりわけ必要になっている。その際、人文・社会科学の側からの積極的イニシアティブも求められている。当面次のような学際型、学融合型、協働型の研究を推進することを通じて、上記のような課題の解決に貢献できるであろう。

1 課題設定型プロジェクト研究の推進

 グローバル化、情報化が進む中、特に民族、宗教、精神生活、社会規範や制度をめぐる問題など、現代社会において人類が直面している問題の解明と対処のためには、人文・社会科学の各分野の研究者が協働して学際的、学融合的に取り組む研究を進め、その成果を社会への提言として発信する必要がある。それがまた新たな学問分野、領域の開拓につながって、我が国の人文・社会科学の活性化に大きく貢献しよう。
 このような研究の進め方を展開するには、直面する現実問題を研究者自らが課題として設定し、この課題を研究するために、専門化、細分化した学問の統合化、総合化を積極的に進める必要がある。
 このような「課題設定型プロジェクト研究」の推進に際しては、研究者のイニシアティブ、柔軟な協働体制、調整と効果的運営におけるリーダーシップが何よりも求められる。
 したがって、このような研究の推進に際しては、研究者のイニシアティブの下、学術振興の中核機関である日本学術振興会の機能などを最大限活用することや、大学・各機関に所属する研究者の期限付き流動化、若手研究者も含むプロジェクト・リーダーの養成などが不可欠である。
 諸学が協働するこうした課題設定型プロジェクト研究の領域としては、例えば次のようなものが考えられる。
 ア.知の遺産を始めとする日本の在り方と今後の変容について研究する領域
 イ.グローバル化時代における多様な価値観を持つ社会の共生を図るシステムについて研究する領域
 ウ.科学技術や市場経済等の急速な発展や変化に対応した社会倫理システムの在り方について研究する領域
 エ.過去から現在にわたる社会システムに学び、将来に向けた社会の持続的発展の確保について研究する領域

2 「地域」を対象とする総合的研究の推進

 グローバルなレベルからローカルなレベルにわたる様々なレベルの「地域」を対象とする研究は、諸学が協働する統合的研究の中でも人文・社会科学の積極的なイニシアティブが求められる複合領域であり、その総合性と学際性において諸学協働の統合的研究の貴重なアリーナの一つである。そこでは、諸地域の文化や歴史を研究するにとどまらず、従来の国際政治・経済研究の発展を図る意味での、地域の知識に根ざした政策研究なども考えられよう。それには例えば、アジア、アメリカ、イスラム圏などの諸地域が対象となろう。
 これらのためには、全国的に展開している地域研究の研究所や研究センター間のネットワークを形成したり、文献やデータを集約し共用する仕組みを整備することなどにより、相互の連携を強める必要がある。具体的には、地域情報の蓄積・処理・発信拠点の整備、海外拠点の整備、現在ある研究機関を拠点とした学際的・国際的アリーナの設定などが考えられる。

(2)若手研究者の育成

 21世紀の人文・社会科学の使命を担う中核は若手研究者であり、その育成のためには以下の点が特に重要である。

1 広い視野と知識を有する人材養成

 新分野の開拓や学問の融合を担うのは、単なるゼネラリストではなく、ある専門性を持ちつつ自然科学を含めた他の分野も理解できる識見、能力や知的冒険心を併せ持つ研究者である。
 このような人材を育てるためには、大学において主専攻・副専攻制など既存の枠を超えた幅広い分野の素養を身につけることができる教育の在り方について検討する必要がある。
 また、広い視野と識見を有する人材の養成には、若手研究者を中心に流動化を促進することが不可欠であり、任期制の導入や流動的な研究組織の設置などの取組を行う必要がある。

2 海外での研究機会の拡大

 研究の視野を広げるとともに、外国語能力を身につけるため、また研究上のデータ収集や地域・社会への参与観察という観点からも、海外派遣や国際学会参加など若手研究者が海外で研究活動を行う機会を拡大することが重要であり、制度の整備拡充などを図る必要がある。

(3)国際的な交流・発信の推進

 我が国が研究水準の向上を図るとともに、現代的諸問題に対して国際的に共同して取り組み、我が国の知的存在感を高めるためには、人文・社会科学の分野においても、共同研究などの国際交流を推進するとともに、我が国からの研究成果の発信に努めることが極めて重要である。

1 国際共同研究の場の設定

 人文・社会科学の国際交流を進めるには、各国の研究者が交流し、情報や成果を交換するとともに、共同して研究を行うことができる場を設定することが重要であり、我が国が国内外においてこのような場を提供することを検討すべきである。

2 外国人研究者の受入れの促進

 研究者の交流や共同研究を促進する上で外国人研究者の受入れも重要である。そのためには、大学・研究機関において外国人スタッフの受入れの拡充に努力するとともに、外国人研究者のための研究・生活環境の整備が重要である。

3 研究成果の国際発信

 人文・社会科学は「ことば」を媒体としているという特性があり、研究成果の国際発信のためには、論文等を外国語に翻訳し、発表することが不可欠となる。外国語による論文作成(アカデミック・ライティング)などの語学教育の充実とあわせて、翻訳者や校閲者の確保等編集機能の強化が重要である。
 また、電子的な媒体による研究成果の発信が可能となるよう支援の充実・改善を図ることが必要である。例えば、欧米で推進されている学術情報の新しい流通ルートを開拓する取組と連携しつつ、国立情報学研究所が大学図書館等と連携して研究成果の国際流通のための取組を行うことが考えられる。

(4)研究基盤の整備

 人文・社会科学の振興を図る上で、研究基盤の整備については、国の役割が期待される。特に、情報化の急速な進展に対応して情報基盤の整備を図ることは、人文・社会科学研究の深化・高度化にとって必要であるだけでなく、それによって新たな研究手法をもたらし、新分野の開拓につながる極めて重要な施策であり、早急な対応が望まれる。
 また、人文・社会科学の振興を図るため、大学等における研究体制の在り方について、既存の研究所等の見直しを含め、不断の検討を行う必要がある。

1 図書館等の機能の充実

 人文・社会科学の分野において、図書等の文献・資料は自然科学における実験装置と同様、研究に不可欠な基本的材料であり、その整備を図ることが重要である。
 また、政府等において日々生み出され記録される公文書類が、適切に保存され公開されることが、事実に即した研究を支える上で重要であり、公文書館機能の一層の充実が期待される。

ア.図書館の目録情報の遡及入力

 図書館における最も基本的な基盤整備であり、全国的な総合目録データベースを構築するため、大規模な情報量を持つ大学や研究機関から優先的に遡及入力するための財政措置を講じることが必要である。

イ.画像資料等の電子化

 人文・社会科学の研究の裾野を広げ、比較研究や、より精緻な研究を行うためには、図書、文書、統計や地図情報、美術館・博物館の収蔵情報等をオリジナル画像のままでデータベース化することが重要である。

ウ.図書館等の職員の専門性の向上

 図書館や公文書館の機能の充実を図るため、高度な知識及び研究開発能力を有するスペシャリストを養成することが重要である。

2 データベースの整備と流通促進

 文献学や文字学などにおいては、データベースの構築そのものが研究といえるものもあり、このようなデータベースは、関係機関が協力して効率的に作成する必要がある。また、アジア系文字や古文などを入力するため、専門的職員の確保が望まれる。データベースの流通促進を図るためには、目録情報や所在情報について、国立情報学研究所が中心となって、統一されたルールとネットワーク作りを推進することが望まれる。

3 研究成果の発信システムの整備

 人文・社会科学の研究成果を社会に対して効果的かつ分かりやすく発信することが求められている。そのためには、大学図書館が中心となり、情報処理関連施設等と協力して効果的な情報発信システムの設計・構築を行うことが有効である。
 一方、人文・社会科学における成果の公表や出版活動の活性化は、単に市場原理に任せるのでなく、学術振興の観点から研究成果公開を引き続き支援するとともに、電子的な媒体による発信システムの構築など支援策等の工夫を図る必要がある。

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