3.成果と今後の展望 3.地殻活動シミュレーション手法と観測技術の開発

3.1.目的

 建議で設定された研究目的は以下のとおりである。
 地震予知におけるシミュレーション研究の目標は、隣接するプレート同士が複雑に相互作用する日本列島域の地殻活動シミュレーションモデルを構築し、広域GPS観測網や地震観測網等からの膨大な地殻活動データをリアルタイムで解析・同化することにより、プレート相対運動によって駆動されるテクトニック応力の蓄積から準静的な破壊核の形成を経て動的破壊の開始・伝播・停止に至る大地震発生過程の定量的予測を行うことにある。「新たな観測研究計画」では、“シミュレーションモデルの開発”と“データ基盤の整備とデータ解析・同化システムの開発”の2項目が取り上げられている。広域シミュレーションモデルの開発のために、基本データとしてGPS観測結果を用いた地殻変動シミュレーションモデルを構築し、このモデルによって数年後の地殻変形状況を実際に予測し、その精度評価を行うとともに、観測や実験へのフィードバックを目指す。特定域モデルとしては、常時的な観測網が整備された東海地域に焦点を絞り、モデルの構築を図る。このほか、実際に予測シミュレーターを構築するには、日本列島規模及び各地域規模で、地殻及び上部マントルの弾性的・粘弾性的構造と主要すべり面の3次元形状及びその特性をモデル化することが必要である。列島規模での応力蓄積過程のシミュレーションモデルは、数年程度の時間分解能で数百年間の変動を把握することを目標とし、3次元構造調査及び断層物性の実測等の観測・実験的な研究の進展と歩調を合わせて、開発を進める。またデータ基盤の整備とデータ解析・同化システムの開発のためには、地殻及び上部マントルの不均質構造、プレート境界及びプレート内主要活断層の3次元形状、地形、重力異常、地殻変動、地震活動等に関する情報を統一的形式で整理した総合データベースを列島規模で整備することと、常時観測網からのリアルタイムデータを解析・同化するシステムの開発も必要である。
 上記の目標を達成するために、全国の大学及び関係諸機関が連携・協力して、複数の要素モデルをシステム結合したプロトタイプの地殻活動統合シミュレーションモデルを構築する。一方、大学等を中心とする中小規模の研究グループがモデリング及びシミュレーション手法の高度化のための基礎研究を推進し、その成果を改良要素モデルとしてプロトタイプモデルに逐次組み込むことで、地殻活動統合シミュレーションモデルを継続的に改良・発展させていく必要がある。
 大地震発生の準備過程及び直前過程で起こる様々な現象を、物理的・化学的プロセスの理解を通して的確に把握するためには、計測技術の開発と高度化が欠かせない。プレート境界における固着状態の時空間変動の把握には海底地殻変動観測が重要であり、そのための技術の実用化、特にGPS-音響結合による海底測位技術の開発を目指す。内陸の歪集中場の変形様式を知るために、応力時間変化の測定法の開発が行われるべきである。地殻深部のクラックや地殻流体等の時空間変動をとらえるために、能動的に送信された弾性波及び電磁波により、地下の状態の時間変動をモニターする技術開発を推進する。また、近年の宇宙技術利用の飛躍的進展により、地殻変動検出手法が確立しつつあるが、より詳細に把握できるようにするために、様々な誤差要因を検討し観測精度を高めることが必要である。

3.2.成果

(1)地殻活動シミュレーション手法

(ア)シミュレーションモデルの開発

 広域モデルとしては、日本列島域の3次元有限要素法モデルを構築し、プレート運動を外部境界条件としてGPS観測網データから推定される日本列島域の変位速度場を再現した。上記モデルを用いて、日本列島域の地殻及び上部マントルの3次元応力場を推定した。特定域モデルとしては、東海地域を対象として、プレート形状、媒質の粘弾性、不均質、プレート境界面での各種の摩擦則、沈み込み速度のゆらぎなどの基本的性質を取り込んだシミュレーションプログラムのプロトタイプを作成した。
 地震発生サイクル過程に関しては、強度回復メカニズムを内包する断層構成則を導入し、横ずれ型プレート境界での3次元準静的地震発生サイクルシミュレーションモデルを完成させた。動的地震破壊過程に関しては、半無限弾性体中の屈曲・分岐断層での動的破壊伝播の3次元シミュレーションモデルを開発し、準静的地震発生サイクルモデルとシステム結合することで、地震発生サイクルの全過程のシミュレーションに成功した。
 現実的な地殻活動シミュレーションを行うためには、地殻内流体の挙動とその地震発生に対する力学的効果、断層間相互作用をモデルに組み込むことが不可欠である。そのため、余震の発生に流体が及ぼす影響について数値シミュレーションを行い、流体の効果を考慮することにより大森公式及びグーテンベルグ・リヒターの式が統一的に再現できることなどを示した。また亀裂の動的な合体過程のシミュレーションを行い、断層間相互作用による断層成熟度の変化を取り扱えるようにした。内陸活断層の地震発生過程をモデル化するためには、特に下部地殻流動特性とプレート内応力の蓄積・解放過程のシミュレーション手法を高度化することが重要であり、異方的な流動特性を持つ粘弾性物体の力学的応答の定式化とそれに基づく数値計算アルゴリズムの開発を進めた。

(イ)データ基盤の整備とデータ解析・同化システムの開発

 国土地理院は、地殻変動及び地震発生物理過程の解明に必要なデータベースを作成し、また離散的データから連続的地殻変動の時空間分布を推定する解析ソフトウェア、及び地殻変動データからプレート境界面のすべり履歴を推定するインバージョン解析ソフトウェアを作成した。防災科学技術研究所は、基盤的地震観測網データから得られたデータについては、リアルタイムでデータ処理を行うシステムを開発した。

(2)観測技術

(ア)宇宙技術利用の高度化

 近年の宇宙技術利用の飛躍的進展により、日本列島全域をほぼ均等に覆う画期的なGPS観測網が構築され、広域地殻変動の常時モニターが可能になるとともに、SARを利用する面的地殻変動検出手法が確立しつつある。また、SARについては、基本的な解析手法のめどを付け、地震時の地殻変動を把握できることを示した。地殻活動をより詳細に把握できるようにするためには、様々な誤差要因を検討し観測精度を高めることが必要である。本研究計画では、大気遅延量の解析システム、アンテナ位相特性や潮汐などを考慮した補正法の開発などにより、GPSの地殻変動計測精度を向上させた。

(イ)海底計測技術の開発と高度化

 海溝沿いの巨大地震の準備過程や直前過程の解明のためには、震源域に近づいた観測が必要不可欠であり、海底及び海底のボアホール中での観測が非常に重要である。また、海底にも陸上とつながるGPS観測網が確立されれば、プレート沈み込み帯における固着状態や非地震性すべりなどに関する革新的な知識が得られるに違いない。本実施計画では、キネマティックGPSによる船の測位を含めて、海底測位の短期間繰り返し精度として5cm程度を達成した。また、マルチビーム音響測深機を利用した開口合成手法により、海底の変動差を検出する解析手法の研究開発を行った。特に開口長の改善によって、送波ファンビームの指向幅を飛躍的に向上させた。そのほか、海底設置型傾斜計、レーザー干渉計を用いたボアホール海底傾斜計、海底孔内設置型体積歪計、海底観測通信ブイ、海底重力・圧力計、海底電位磁力計、広帯域海底地震計が開発され、多くの項目で目標とする測定精度が達成でき、研究的要素を取り入れた試験観測の段階に進んだ。

(ウ)地殻深部における計測技術の開発と高度化

 深いボアホールを利用した歪・応力計測、電場・磁場・比抵抗計測の技術開発と実用化を推進してきた。深いボアホールを用いることは震源核に近づくだけでなく、降雨・震動などのノイズの多い地表から離れてSN比の高いデータを得るという点でも重要な技術である。本実施計画において、インテリジェント型歪計による深さ300-500mにおける応力測定が可能になった。また、比抵抗不均質構造の時間変化検出のために新たな手法を開発し、地下比抵抗測定のSN比を飛躍的に高めることができた。
 精密制御震源システム(アクロス)の開発を進めてきた。これは従来の技術よりはるかに高い分解能で地下構造、特に地震波伝播構造の時間変動を連続してモニターすることを目的としている。本実施計画において、アクロス振動装置による基礎実験を行い、コヒーレント弾性波を用いた地下構造解明のための理論的な波動発生効率を解明した。また、野島断層において、アクロス振動装置を15か月間連続運転し、P波とS波の速度変動をモニターした。

3.3.今後の展望

(定常的な広域地殻活動)

 今後、要素モデルをプラットフォームを介してシステム結合することにより、大規模並列シミュレーションシステムを超高速並列計算機「地球シミュレータ」上に組み上げる予定である。このシミュレーションシステムは、プレート相対運動に伴う日本列島域の地殻変動、及びプレート境界でのカップリングによるテクトニック応力の蓄積から準静的な破壊核の形成を経て動的破壊に至る大地震発生サイクル全過程の定量的な予測を目的としており、地震予知研究に果たす役割は、それが日本列島域の地殻活動予測の全体的枠組みを与えるものであるという意味において極めて大きい。プロトタイプの地殻活動統合シミュレーションモデルを地震予知への応用に向けて発展させていくためには、大学等の研究グループが中心となって、モデリング及びシミュレーション手法の高度化のための基礎研究を推進していく必要がある。
 GPS観測技術については、データベースを拡張し幅広い研究者へ利用できるものとすること、準リアルタイム解析において精密解との一致を目指して精度を改善すること、リアルタイム化を推進するためのシステムの開発・拡充などを進める必要がある。SARによる地殻変動検出については、他の測地技術や気象データと統一的に解析する手法の開発を進めることが重要である。
 海底地殻変動観測については、解析精度の向上など有効性が確立されてきたが、船上におけるキネマティックGPS測位や音響測距技術の一層の高度化を図るとともに、観測海域の拡充を進めることが重要である。
 精密制御震源システムについては、震源関数のモデル化、送信及び受信側のアレイの手法開発を進めることにより、S波に敏感な地下の流体分布の変動など新しい知見が得られることが期待される。

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