「地震予知のための新たな観測研究計画」の実施状況等に関する外部評価報告書

2002/10/22
科学技術・学術審議会測地学分科会地震部会

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「地震予知のための新たな観測研究計画」の実施状況等に関する外部評価報告書

1. 地震予知のための新たな観測研究計画について
1) 目標の達成度
  「地震予知のための新たな観測研究計画」(以下「研究計画」と言う。)においては,これまでの地震予知計画の反省に立って,「地震予知を狭く地震発生直前予測と位置付けるのではなく,地震発生に至る全過程を理解することにより,その最終段階で,発現が予想される現象の理解を通して,信頼性の高い地震発生予測への道筋を開くことを現実的課題とすべきである」といった考え方を採用している。こうした認識に基づき,地震発生直後から次の地震発生に至る応力蓄積過程の把握,応力再配分過程を理解するための集中的観測研究及びこれと連携した地震発生準備過程のモデル化によるシミュレーション手法の確立を中心に地震発生予測の高度化を進めていくという「研究計画」の目標は妥当なものと考えられる。
 
  「研究計画」のレビュー(平成14年3月)で示されているように,現在までに地震予知の実用化の目処は立っていない。しかしながら,プレート境界地震に関して,アスペリティー分布などプレート境界域における固着状態の時空間変化の研究が進み応力蓄積状況を把握できる見通しがついたことは,大きな成果である。また,内陸地震についても,アスペリティーとの関係や地殻構造の解明等において幾つかの有力な成果が見られた。しかしながら,内陸地震の応力蓄積状況に関して,具体的なイメージ像を描けるまでには至っていない。地震発生準備過程のモデル化及びシミュレーションにおいても,一部成果が出始めているが,統合的なモデルの構築には至っていないなど,当初の目標を達成できていないところもあった。
 
2) 実施体制の妥当性
  計画期間中に,我が国の大学における地震研究推進の母体として,「地震予知研究協議会」の機能が強化され,研究者や大学間のネットワークを通じて,研究プロジェクトの企画・提案,調整及び評価を体系的に実施できる体制が整備されたことは特筆に値する。今後,大学以外の研究機関も含めて,一層の研究者ネットワークの強化と地震研究の推進が期待される。
 
  平成7年に制定された地震防災対策特別措置法に基づき,地震防災対策の強化,特に地震による被害の軽減に資する地震に関する調査研究の責任体制を明らかにし,これを政府として一元的に推進するため,政府の地震調査研究推進本部(以下「推進本部」と言う。)が発足した。その推進本部が策定した「地震調査研究の推進について−地震に関する観測,測量,調査及び研究の推進についての総合的かつ基本的施策−(以下「総合基本施策」と言う。)」(平成11年4月)においても,当面進めるべき地震調査研究の一つとして,現行の「研究計画」に基づく「地震予知のための観測研究の推進」が位置付けられており,計画期間中に調査観測網の整備や観測データの流通・公開などにおいて大学,研究機関と行政機関との連携も図られてきたことは評価できる。
 
3) 学術的意義
  既に1)で述べたように,実用的な地震予知が可能になるまでに至ってないが,計画期間中に学術的に相当の研究成果が挙がっていると言えよう。また,例えばアスペリティーの概念で見られるように,計画期間中の地震研究の優れた成果によって,工学など関連学問領域や他の学問分野との交流や連携が進んだことは評価できる。
 
4) 社会的貢献
  地震予知のために行ってきた研究の成果が,直前の地震予知の実用化という形ではなく,観測技術の向上,防災対策の強化,地震活動に関する啓発などの面で社会に対して貢献してきたと言える。例えば,地震研究が進んだため強震動予測の信頼度が高くなり,信頼度が高い成果を国民に届けられるという意味から防災対策への寄与という点で社会に貢献している。また,地震現象の解明が進み,防災対策のみならず,国民の地震活動に対する正しい理解の形成や防災意識の向上のための地震に関する知識の啓発・普及の点で,貢献してきたことは評価できる。
  一方で,地震研究の成果が,防災対策の観点から見て十分に活用されているとは言えない。例えば,研究成果に関する情報が国民や防災関係者に分かりにくかったり,防災対策上有用な情報が研究成果からは得られなかったりする場合が見られる。
 
2. 今後の計画の在り方に関する提言
1) 地震予知のための研究の考え方
  地震予知に関する研究も含め,地震に関する研究の発展のためには大学等において基礎的な研究を着実に実施することが重要である。同時に,工学や社会科学など関連学問分野との連携を進め,防災対策など社会的要請に応じていくことも必要である。
 
  地震研究における基礎的な研究の重要性を踏まえると,大学において,本来は研究自体に使われるべき研究費や人員が,実際には観測施設の運営等に費やされてしまうような形ではなく,基礎的な研究を集中的に実施できる仕組みを実現することが望ましい。特に,国立大学法人化後も,総合的に観測研究を推進していくためには,大学間の観測や研究者のネットワークの維持が必要であり,研究に集中できるような予算が確保されるべきである。
 
  現計画も含めて,ここ約20年間で,我が国の地震学は相当進展したが,その実感が国民の間にはないのではないか。これまでの研究の進捗や成果を国民にきちんと理解してもらうことが必要であり,この点は,次期計画の策定にあたって十分に留意すべきである。なお,現在の科学技術の水準では,特定の条件に基づく一部の場合を除き,実用的な地震予知が困難である現状を,必ずしも国民が十分認識しているとは言えない。例えば,大規模地震対策特別措置法の想定している東海地震の予知が必ず可能であり,それを前提に防災訓練が行われていると受け止めている国民も少なくないとの指摘もある。現段階では,地震予知が困難なことを広く社会に伝える必要がある。
 
  地震予知の困難性を明確にしないままに,「研究計画」における成果を強調することは,研究の実態以上に早い時期に地震予知の実用化が可能になるとの誤解を社会に生じさせやすい。その結果として,直前の地震予知に頼らない地震防災対策の促進に対する社会の支持や意欲をそいでしまう可能性がある。また,地震予知への期待を持たせておきながら,実際には地震研究が地震予知の実用化のレベルになかなか到達しないことになると,地震予知にかかわる研究全体への国民の信頼度を落とすことになる。地震予知のための研究の努力を続けることは重要であるが,そのときには地震予知の困難性を社会に対して明示するなど,先に述べた点に十分配慮する必要がある。
 
  現在の地震研究の実態は「地震予知研究」と言うより「地震発生過程全体の研究」と言うべき広範な事項を扱っている。また,先に述べたように「地震予知研究」の名称を使用するのは,実際には地震研究が実用的な地震予知のレベルまで至っていないのに,国民に地震予知への期待を抱かせる危険性があるなど社会的にマイナスの影響が大きい。したがって,次期計画の名称については,「地震予知研究」あるいは「地震予知のため」という表現にこだわらないことが適当である。
 
  仮に,短期的な意味での地震予知という実用的な目標を掲げる研究を推進するのであれば,トップダウン型の計画策定と研究開発の実施や評価を可能とする体制が適当と思われるが,地震に関する基礎的な学術研究の推進に関しては,建議で行われているようなボトムアップ型の計画策定方式が適当である。
 
2) 研究と社会とのかかわり
  「研究計画」に基づいた様々な成果を社会に公表,広報したときに,社会一般の期待としては学問的に地震予知の実用化に相当近い段階まで来たのではないかと思われてしまう危険性がある。国民から見て,今でも実用的な地震予知は容易にできるのではないかというイメージを持たれ続けているのであれば問題であり,こうした認識は払拭する必要がある。
 
  地震研究の進捗や成果が国民に伝わりにくいことに関しては,例えば,アスペリティー等の研究成果がどのように防災に役立っているか理解しにくいというように,地震研究の成果とその社会的貢献の例とが結び付きにくい場合もある。こうした溝を埋めつつ科学的な知識や情報を伝える場合,セミナーなどを通じての国民への啓発も重要だが,マスコミによる報道や紹介も効果的である。さらに,研究者一人一人が,防災など社会的要請を十分認識した上で社会に対して積極的に発言したり,国民に分かりやすい形で成果を公表する努力を継続したりすることが求められる。
 
3) 地震調査研究推進本部との役割分担
  推進本部の役割は,総合的かつ基本的な施策の立案や総合的な調査観測計画の策定,調査研究成果の評価,関連データの公開・流通等である。現に推進本部では,総合基本施策を策定したり,基盤的調査観測計画や重点的調査観測を策定・提言したりしてきた。政府は,政策的な調査研究を進めるとともに,調査観測体制の整備を行ってきた。
 
  一方,測地学審議会(現 科学技術・学術審議会測地学分科会,以下「測地学分科会」と言う。)は,従来から大学の研究者を中心に,関係機関も加わり,ボトムアップ型の検討に基づく地震発生予測に関する研究の計画として政府に対して建議を行ってきた。推進本部が発足した後に策定された現計画においては,研究内容中心の建議とするとともに,基盤的調査観測については,これを積極的に評価し,推進する必要があるとしている。
 
  次期計画においては,推進本部との役割分担を一層明確にするとともに,政府として政策的に進めるべき調査観測などの地震調査研究の推進方策は推進本部で検討を行い,一方,測地学分科会では,大学等において今後進めていくべき研究内容を中心として,ボトムアップの検討を通じて建議するのが適当である。もちろん,研究と観測は関連が深いものであり,研究的要素が強い観測は,測地学分科会の検討対象とすべきであり,また,政策的に進めるべき調査観測について測地学分科会が要請することもあり得るであろう。推進本部と大学等との関係では,「大学等の研究機関が「研究計画」に基づいて地震発生予測に関する研究を進め,地震防災に将来的に役立つ基礎的な知見を推進本部に提供する」という位置付けが適切であろう。
 
  推進本部の評価・広報や成果流通・公開に関する活動によって,これまでも地震予知関連の調査研究の成果が活かされてきているが,「研究計画」に基づく研究の成果も,推進本部の枠組みを活用して積極的に社会に活かしていくべきである。同時に,研究者一人一人が成果を社会に活かすことの重要性を十分認識して,関連学問分野との連携の強化や社会に対する積極的な発言を行っていくことが期待される。


科学技術・学術審議会測地学分科会外部評価委員会
(「地震予知のための新たな観測研究計画」関係)

1. 構 成 員

木  村      孟   大学評価・学位授与機構長
柴  田  鐵  治 国際基督教大学客員教授
下  田  隆  二 東京工業大学フロンティア創造共同研究センター教授
平      朝  彦 海洋科学技術センター地球深部探査センター長
土  岐  憲  三 立命館大学理工学部教授


2. 開催日程

第1回   平成14年7月8日(月) 13:30~15:30
第2回 平成14年8月13日(火) 15:00~17:00
第3回 平成14年9月9日(月) 13:00~15:00