2.平成21年度の代表的な成果

2‐1.釜石沖地震の階層的アスペリティモデル

 岩手県釜石沖のプレート境界で発生する地震活動について、深さ50km 程度にあるアスペリティが、5年半程度の間隔で繰り返し破壊することによりマグニチュード 5程度の地震が発生してきたことがわかっている。その観測事実に基づき発生時期の確率的な予測が行われており、2001年11月及び2008年1月の地震については、マグニチュード、位置、時期の事前予測に成功した。このことは、「プレート境界上に、アスペリティと呼ばれる固着強度の大きな領域が分布しており、この領域では普段はプレートどうしが固着しているが、そのまわりはゆっくり滑っている。このアスペリティが壊れたときに地震が発生する。」とするアスペリティモデルを支持するものである。
 最近、詳細な解析により、このマグニチュード 5相当のアスペリティの内部や端でいくつかのグループをなす小地震の活動が見つかるとともに、非地震性滑りがアスペリティ内部へ向かって徐々にしみ込んでいくことなどが明らかになった(図1)。このことは、単純なアスペリティモデルでは説明ができず、アスペリティ内部の固着強度は一様でなく、比較的弱い領域が地震発生サイクルの間に繰り返し滑っていることを示唆する。つまり、1つの大きなアスペリティの中にいくつかの小さなアスペリティがある階層的な構造であることを示している。そこで、このような階層的アスペリティモデルを導入して釜石沖地震発生の数値シミュレーションを行った結果、マグニチュード 5相当のアスペリティ内部での小地震の発生や、それに続くゆっくりした余効滑りなどの現象を再現できた。
 以上のように、大きなアスペリティの内部に不均質構造が存在して複雑な振る舞いをしても、大きなアスペリティの破壊は予測可能な場合があり、そのような現象がなぜ生ずるのかが明らかになってきた。プレート境界地震の発生予測に貢献する成果と言える。

2‐2.伊豆東部の地震活動と火山活動の相互作用

 静岡県伊東市周辺では、1970年代後半から頻繁に群発地震が発生してきた。1989年7月には、約10日間継続した群発地震活動が低下した直後に海底噴火が起こり、この群発地震が火山活動と密接に関連していることが明らかになった。1998年までは毎年1~2回の群発地震があり活動度が高い状態が続いていたが、それ以降活動度は低下していた。2009年12月に約4年ぶりに群発地震が発生し、震源域周辺で負傷者と建物の被害があり、この地域の地震活動予測の必要性が指摘された。この地域は、1990年以降、各研究機関が地震、GPS、ひずみ、傾斜、地下水、全磁力等の多項目の観測を実施しており、日本国内で最も観測網が整備された地域のひとつとなっている。
 繰り返し発生してきた群発地震を系統的に解析すると、個々の地震活動の初期には深部から浅部に線状に震源が上昇し、一定の深さに達するとほぼ鉛直の円盤状に中心部から周辺部へ震源が拡がる(図2)。また、これに同期して群発地震発生域での体積膨張を示す地殻変動も観測される。これらから、深部に蓄積したマグマが周辺の岩体に比べて低密度であるため浮力により上昇し、等密度となる深度(浮力中立深度)に達すると、そこに滞留して拡がるという典型的なマグマ貫入現象で説明できることがわかった。さらに、ほとんど全ての群発地震活動の震源は、鉛直に近い同一面上に分布し、1回前の群発地震の震源に隣接した場所で新たな群発地震が発生する。これは新たなマグマ貫入過程がそれ以前の貫入による応力場に強く影響を受けていることを示している。
 上記のようなモデルに基づき、地震活動に先行するマグマ貫入による地殻変動を捉えれば、群発地震活動の発生や群発地震活動の活動度が予測できる。地震調査研究推進本部地震調査委員会では「伊豆東部の地震活動の予測手法」をまとめ、気象庁は群発地震活動の予測情報の発表を検討している。これは群発地震活動域周辺における観測網の整備と、予測手法の科学的根拠となった研究成果に負うところが大きい。さらに、活動の推移によっては火山噴火につながる可能性も考慮し、噴火警報・噴火警戒レベル等、火山関係の情報と整合を取った運用を検討している。
 このように、伊豆東部では地震活動と火山活動の相互作用についての理解が進み、群発地震活動の予測の実用化が視野に入ってきた。しかしながら、1989年の海底噴火と噴火に至らなかった他の活動の違いは何か、2009年12月の群発地震活動ではマグマはこれまでとは異なった面に貫入したが、これがどのような意味を持ち、今後の活動にどのような影響を与えるのかなど未解明な点も多い。今後も地震学と火山学とが連携し、群発地震とマグマ貫入現象の研究を推進することが重要である。

2‐3.三宅島の噴火シナリオの作成

 これまでの火山噴火予知研究の成果により、観測網の整備された火山では噴火場所、噴火時期はある程度予測可能であることが実際の火山噴火の際に示されてきた。一方、噴火規模、様式、推移の予測は現時点では実現できていない。これを実現するためには、地学的な時間スケールで個々の火山の性質を知り、その火山が現在どのような状況にあり、今後どのような活動をするのかを知る必要がある。このため、個々の火山の噴火履歴を調査し、過去の噴火様式を整理してどのような噴火の推移をしたかを噴火事象系統樹図にまとめ、個々の事象の発生確率を見積もることが重要である。
 三宅島の過去の噴火の履歴及び観測結果から全ての噴火事象を抽出し、発生頻度を付した噴火事象系統樹を作成した(図3)。特に、最近300年間の噴火の前兆地震活動の発生時期、噴火の継続期間及び噴火後の地震の継続期間の記録からは、ひとつの噴火事象から次の事象が発生するまでの時間や各現象の継続時間の範囲を知ることができる。図3の系統樹の枝に示した数値は、過去の噴火から算出される発生確率である。地球物理観測の成果が20世紀中頃からしか存在しないことや、2000年噴火のカルデラ形成は約2500年ぶりに発生したまれな事例であったことなどから、系統樹の右側にある現象ほど発生頻度が少なく精度が低い。このため、今後は物理・化学モデルに基づいた情報も取り入れ、発生確率を評価することが必要である。

釜石沖の地震の規模別発生時系列図

図1.アスペリティ階層モデルの概念図

図1.アスペリティ階層モデルの概念図

 釜石沖のプレート境界で発生する地震の中には、同じ場所でほぼ一定の間隔で繰り返す地震(黄丸)があり、これはひとつの大きなアスペリティであると考えられている。この震源域の中にさらに小規模な地震(赤三角、青四角、緑四角)が、それぞれほぼ同じ場所で短期間に繰り返して発生する階層的な構造を持つことがわかってきた。上図はそれぞれの地震の規模別発生時系列、下図はそれぞれの地震の発生域の模式図。赤三角と青四角の地震は大きなアスペリティの縁で発生し、大きなアスペリティが引き起こす地震発生サイクルの中で定常的に発生しているが、緑四角の地震はアスペリティの中央部にあり、サイクルの後半に集中して発生している。これは非地震性滑りがアスペリティ内部に時間の経過とともにしみ込んで行き、最終的に全体を破壊して黄丸の大きな地震が発生することを示していると思われる。アスペリティが引き起こすプレート境界地震の予測には、このようなアスペリティの特性を知ることが重要である。

伊豆東部の群発地震発生域

図2.伊豆東部の群発地震活動

図2.伊豆東部の群発地震活動

 伊豆東部ではこれまで群発地震が繰り返し発生してきたが、ひとつひとつの群発地震活動の震源域は全体としてほぼ鉛直の同一面上に並び、ひとつ前の群発活動の震源域に隣り合う場所で活動する場合が多いことがわかった(上図)。また、個々の群発地震活動について震源の移動を見ると、活動初期(赤丸)は深部から浅部に線状に上昇し、深さ5km付近で停留し、そこから時間の経過(黄丸→緑丸→青丸)とともに外側に拡がってゆく(下左図)。これは、マグマが地下深部から上昇し、浮力中立深度で停留して蓄積されることで説明できる(下右図)。さらにマグマの蓄積が増えて浅部に押し出されると1989年7月のように海底噴火に結びつくことも考えられる。このような火山噴火準備過程研究の成果が「伊豆東部の地震活動の予測手法」を取りまとめる際の科学的根拠を与えた。

図3.三宅島火山の噴火事象系統樹

図3.三宅島火山の噴火事象系統樹

 三宅島火山の噴火の際に想定されるあらゆる事象について、時間経過に伴う活動の推移を分岐させて表した噴火事象の系統樹に2000年噴火のケースを赤線で書き加えた。数値は噴火履歴研究の成果を利用し、それぞれの事象ごとにその発生頻度を示す。このような噴火事象系統樹を利用し、噴火で想定される事象を時系列で整理したものを噴火シナリオと呼ぶ。噴火シナリオを用いた噴火予測により、これまで困難であった噴火規模、様式、推移の予測を試みる。

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研究開発局地震・防災研究課

(研究開発局地震・防災研究課)