平成20年度年次報告
課題番号:1409
東京大学地震研究所
摩擦・破壊現象の素過程に関する実験的・理論的研究
1.(4)ア.摩擦・破壊提唱の物理・化学的素過程
1.(4)イ.地殻・上部マントルの物質・物性と摩擦・破壊構成則パラメータ
(a) 摩擦・破壊構成則の特性に関して,断層帯を構成する物質による違い,断層帯の形状,地殻内流体,及び歪み速度が摩擦・破壊則に及ぼす影響を調べ,地震発生域における摩擦・破壊則の全貌を解明する.また,最近まで経験則として扱われてきた速度・状態依存摩擦則の微視的プロセスの物理を明らかする.速度・状態依存摩擦則のうち構成則については理解が深まってきたが,摩擦強度(あるいは状態変数)の発展則については既に提案されているものでは実験データをよく説明できないことがわかっており,特にすべり弱化をどのように記述すべきか明らかになっていない.発展則は地震発生の予測にとって非常に重要であるため,発展則の基礎づけをめざした研究を進める.また,実験・理論から示唆された摩擦面の状態変化による弾性波透過特性の変化を実際の断層でのデータで検討する。
(b) 実験室で確認されている100kHz(キロヘルツ)~1MHz(メガヘルツ)程度の高周波を発生する微小破壊(AE,破壊サイズは0.1~数ミリメートル)の活動は,応力の上昇を良く反映し,また,将来の巨視的破断面の形成過程であることが知られている.しかし,試料サイズが10センチメートル程度に制約されており,自然の大地震に対する微小地震活動の役割をここから類推するのは危険である.一方,最近の研究(Yamada et al., 2005)で,震源サイズ20メートル程度の鉱山の地震は,自然の大地震をそのまま縮小したような破壊過程を持つことがわかった.そこで,本課題では,鉱山の大きな採掘応力をうける岩体中で,数ミリメートル程度の微小破壊まで検出できる観測を20メートル程度の範囲にわたって行い,実験室AEのサイズから,大地震と相似なことが確認されている鉱山地震のサイズまでにわたって,破壊現象のスケール間相互作用を明らかにすることが目標である.20年度は平成19年度に完成した観測網のデータ解析をすすめるとともに、観測範囲を拡大する。
(c) 弾性波照射による断層面の状態変化が実験であきらかにされ、また、DEMによるシミュレーションによって実験結果の背後にあるメカニズムが示唆された.19年度はこれまでの成果の上に立ち,シミュレーションで示唆された内部メカニズムをより詳細な実験と比較検討する。
(a) 地殻深部の延性変形の特性をあきらかにするために、中間主応力の実験の解釈をすすめる。また、摩擦弱化のメカニズムを解明するために、さまざまな固着状態からのすべりにともなう高周波弾性波動放射の研究をすすめる。
(b) 大深度鉱山に設置した微小破壊観測網のデータ解析をすすめるとともに、観測範囲を拡大する。
(c) せん断力による透過波の減衰は断層運動の早期予知につながる他、応力推定にもつながる可能性を秘めている。本年は、透過波の減衰特性が、鉱物、粒度分布、締固め程度、水分含量などによって受ける影響を定量的に調べる。また、固体における同特性についても調べる。また、せん断箱の上盤と下盤に、ひずみと温度のマイクロセンサーを多数埋め込んだ摩擦板を作成し、アスペリティの形成と応力鎖の関係を調べる。
(a) 地殻深部岩石の延性変形特性を支配する微視的変形プロセスを解明するために,
延性変形の実験において, 透過波動と力学測定を同時・連続的に行うことのできるシステムを模索した.
試行錯誤の末, 溝付金属ブロックと岩塩粉体層の組あわせにおいて, このような実験が実現できた.
この系では, 圧力を200 MPa以上まで上げること, もしくは, 変形速度を,0.1ミクロン/秒以下まで下げることで,
2つの異る経路で脆性‐塑性遷移おこすことができた. 従来は,どちらの経路でも, 同様の微視的変形プロセスの交替がおこると考えられてきたが,今回の実験では,高圧による延性化と低速による延性化のメカニズムは必ずしも同じではない可能性がみえてきた.
前年までの成果により,
脆性領域の摩擦強度について, ほぼどのような滑り履歴をもつ実験であっても,様々な物理計測を通して摩擦強度を連続的にトラッキングできるようになっていた.
そこで,このようにして得た連続的な摩擦強度の実測値を,従来の発展則による摩擦強度の予測値とくらべてみたところ,
どのようなタイプの実験にも共通する系統的なずれが発見された. 摩擦強度が剪断応力そのものの直接的な弱化効果をうけるとすることで,
このずれが説明でき, この効果をとりいれた新な強度発展則を提案した.
また,中越地震の大きな余震の一つの断層を通過した地震波のスペクトルを,
その余震の前と後にわけて調べたところ, 破線がその余震の破壊域あたりをとおっているものについては,
10‐30Hzの平均透過率が, 地震後では地震前の半分程度になっていた. データのばらつきは大きいが,
透過率の変化が, 観測点の強震レベルや, 波線の通過した地域の地質的特徴などと特に相関する様子もなかったので,観測された音波透過率の減少は,
余震断層のラプチャによる状態変化を反映している可能性が高いとおもわれる.
(b) 南アフリカの大深度鉱山に設置した微小破壊観測網のデータ解析では, イベントの幾何学的サイズの指標となる周波数スペクトルをさまざまなイベントについて分析し,それらが減衰の影響から当然予想されるように震源距離に依存するとともに, イベント自体の特性(余震・発破直後・切羽ゆるみ域・作業による振動)や伝播経路の特性(岩質境界等)も反映していることが示唆された. 観測は継続中であり, 従来の観測網がカバーしていなかった地質構造の裏側に観測点を追加した.
(c) せん断力を受ける石英ガウジ中の弾性透過波の振る舞いを調べる実験において、粒度分布がフラクタル分布をもった場合の振る舞いを調べた。粒径が揃っている場合に比べて透過波の減衰が大きく、また,
単純な予想とは逆に, 剪断層の厚さが1 mmの場合の方が3 mmの場合よりも減衰が大きいことがわかった。
断層の摩擦および破壊メカニズムを解明するために、断層内部を構成する非球形岩石群の運動を正確に表す離散要素法(DEM)プログラムの開発とそのための多角形衝突実験を行った。実験から、多角形要素の回転中心が重心から外れる場合がある事が確認され、回転運動を重心中心で計算する従来のDEMでは多角形の運動を正確に表せないことが示された。そこで、全ての物体は最も回転し易い点、すなわち慣性モーメントに比べてトルクを最大にする点を中心として回転すると考え、その点で物体を回転させることで全ての運動を表せる新しいDEMプログラムを開発した。
Yoshioka N. and H. Sakaguchi, Looking into a sandpile by photo‐elasticity
and discrete element method, in Advances in Geosciences, Solid Earth, World
Scientific, in press.
中谷 正生・永田 広平, 速度・状態依存摩擦とその物理,
地震2,60周年特集号,印刷中.
Nagata, K., M. Nakatani, and S. Yoshida, Monitoring
frictional strength with acoustic wave transmission, Geophys. Res. Lett., 35,
L06310, 2008.
Plenkers, K., G. Kwiatek, and JAGUARS Working Group, JAGUARS‐Project:
Preliminary spectral analysis of high frequency events (f<1kHz) in South
African Deep Gold Mine, Proceedings of 31st General Assembly of European Seismological
Commission, Hersonissos, Crete, Greece, 123‐123, 2008.
永田 広平, 内部状態の音響的その場観察を用いた摩擦インターフェイスの物理的挙動に関する実験的研究,
東京大学博士論文, 2008.
加藤 桃子, 脆性―塑性遷移領域におけるガウジ層の音波透過特性,
東京大学修士論文, 2008.
(a) 弾性波透過特性の計測や, すべり速度・剪断応力の逐次計測値からの摩擦強度・状態の逆算によるトラッキングなどの革新的な手法が開発され,速度・状態依存摩擦則の物理についての理解が大きく前進すると同時に,
摩擦法則自体に相当の改訂が必要であることを示した. 接触状態を直接モニタしながらの注意深い実験により,この摩擦則の構成則部分のパラメタである特性剪断応力が従来信じられていた値より5倍ほども大きいこと,
従来から不具合が指摘されていた摩擦強度(あるいは状態変数)の発展則については,
滑り弱化に加えて, 剪断応力そのものの直接的な弱化効果があることが発見され, この効果を,
時間的強度回復と滑り弱化で記述されるタイプの発展則に加えることで, さまざなな実験データをよく説明できるあらたな発展則が提案された.
発展則の違いは地震サイクルでのさまざまな局面での断層のふるまいに定性的な違いをもたらすことが指摘されている.
また,
地震の発生には, 延性的変形と脆性的変形の相互作用が重要な役割をはたすと考えられるようになったが,
本課題では, その中間的な領域でのふるまいの解明を, 中間主応力の影響や, 音波透過による内部接触状況の把握と,
摩擦理論の拡張型を用いた微視的応力パラメタの定義といった, 革新的な実験・解析手法を通して大きく進展させ,
これらの知見を総合して,脆性‐塑性遷移領域での岩石変形の半定量的物理モデルのプロトタイプを得た.
このように,
摩擦面の接触状態は, 実験室では弾性波透過によって非常によく測定できる. 自然の断層での接触状態モニタの可能性を探るため,
中越地震の大きな余震がおこった断層を通過した地震波のスペクトルを調べたところ,地震後は,地震前にくらべて透過率が落ちたことを示唆する結果が得られた.
(b)実験室での巨視的試料破壊と微小破壊(AE)の関係に相当するものが,フィールドスケールにどうスケーリングされるかをみるため, 南アフリカの深部鉱山地震にともなう,より微小な破壊を探す世界初の試みが行われた. 掘削から計測まで多岐にわたる新規技術の開発によって, 地下3.5kmの硬岩の地質構造中で,200kHz程度までの振動を高感度でとらえられる画期的な観測網を構築し, 破壊の大きさが数十センチの小さなイベントまで検出することに成功した. 100m程度にわたる, このような高感度超高周波観測網の中では, 100m程度の大きな破壊に相当する地震も発生し, 大きさが3桁もことなる地震を,同じような至近距離で観測することができた. このようなことは, 技術的・現実的制約から,これまでなされなかったが, 破壊力学のスケーリングに対する正攻法のアプローチである.
(c) せん断力を受ける石英ガウジ中の弾性透過波の振る舞いを調べる実験と同実験を模擬したDEMによる数値シミュレーションを通して、微小な変位レベルでも透過波の減衰が検知できること、波の透過方向による減衰特性の違いがある(最大主応力方向に発達していると仮定される応力鎖に直交する方向に波を通した場合、明らかに強い減衰が見られ、逆に、平行な方向では減衰が弱いか僅かに増幅も見られる)こと、内部構造の不均質性が起因する散乱が波の減衰の原因と考えられることなどを示した。さらに、非球形岩石群の運動を正確に表すDEMプログラムの開発を進めた。
吉田真吾・中谷正生・加藤愛太郎・平田直
他機関との共同研究の有無:
吉岡直人(深田地質研究所)/
阪口秀,堀高峰(独立行政法人海洋研究開発機構・地球内部変動研究センター)/矢部康男
(東北大) / 小笠原宏, 川方裕則 (立命館大) / Georg Dresen, Sergei Stanchits
(GFZ German Research Center for Geoscience, Germany) / Joachim Philipp (GMuG
mbH, Germany) / AnglogoldAshanti (South Africa) / ISSI (South Africa),
CSIR (South Africa) / Seiemogen CC (South Africa).
部署等名:東大地震研究所
電話:03‐5841‐5763
e‐mail:nakatani@eri.u‐tokyo.ac.jp
URL:http://www.eri.u‐tokyo.ac.jp/YOSHIDA‐LAB/index.html
研究開発局地震・防災研究課