平成20年度年次報告
課題番号:1405
東京大学地震研究所
電磁気・重力の同期観測による,地震発生に果たす地殻内流体の役割の解明
1.(2)ウ.地震発生直前の物理・化学過程
1.(2)イ.内陸地震発生域の不均質構造と歪・応力集中機構
2.(2)イ.東海地域
2.(2)エ.その他特定の地域
流体が地震発生に果たす役割について、室内の岩石実験から得られる知見に基づいた理論予測を、野外での観測事実を通じて検証することを目的とする。電磁気観測と重力観測とを、同期して実施することにより、応力変化や地殻内流体の移動やそれに伴う温度変化を高い信頼度で検知する。
従来から行ってきた、電磁気連続観測および重力の繰り返し観測を、平成20年度にも伊豆、伊豆諸島、東海地方などで継続し、流体の移動に関連した物理現象を、電磁気の様々な観測項目、重力観測で同時にとらえ、地震発生に流体がどのように関与するかの定量化を目指す。目的を達成するために、最も適当な観測地域、観測項目を考えると共に、松代地震のように明らかに流体が関与する顕著な地殻活動が起こったときに、そこで観測を実施するためのノウハウを蓄積する。
熱水やマグマなどの高温地殻流体による地震・火山活動が活発な伊豆半島・伊豆諸島、ゆっくりすべりが継続し、最近その活動が鈍化した東海地方などで以下の観測を同期して実施する。
特に群発地震活動などのイヴェント発生の際には、全期間をとおして重力連続観測を継続することにより、流体の流入・流出の時間的経過を追跡する。重力補正に必要な面的な地殻変動パターンを把握するために、人工衛星干渉SARの解析をおこなう。同時に、全磁力の臨時連続観測点を設ける。
平成19年度までの観測で、重力、電磁気とも、地殻活動に関連するものと思われる興味深い現象をとらえることに成功した。しかし、それぞれに微細な変動であり、地殻活動以外の諸要因が観測量に与える効果を、一つ一つ定量的に検証して消去していく必要がある。平成19年度に引き続き、平成20年度においてもこのための検証的観測を継続して実施する。
・東海地方・伊豆地方における観測
東海地方、伊豆地方における、プロトン磁力計を用いた全磁力観測の結果をそれぞれ図1、図2に示す。全磁力の基準には八ヶ岳地球電磁気観測所における全磁力値を用いている。
図1 1988年から2008年までの、八ヶ岳の全磁力を基準にした東海地方各地点の全磁力差の変化(左)。フルスケールは25nT。観測点は上から、富士宮、奥山、俵峰、舟ヶ久保、相良、春野。右図は2008年の1年間の各地点と八ヶ岳との全磁力差の系統的増減(単位はnT)。黒丸が観測点の位置。
東海地方では、前年と同様に、全磁力値が東部で増加、西部で停滞という空間的傾向が継続し、東部は後述の伊豆地方における全磁力値の増加傾向と調和的である。ただし前年と比較して、減少基調のSAGと増加基調のFNKの間の全磁力差が増加した。この時間変化の空間分布は、SAGとFNKの中間、二点間距離に相当する深度に逆帯磁、もしくは局所的西向き電流を仮定することにより、定性的に説明可能である。逆帯磁の原因としては温度上昇が、また電流の原因としては東向き流体移動がそれぞれ想定可能であり、他項目の観測結果との比較考察が求められる。
図2 1988年から2008年までの、八ヶ岳の全磁力を基準にした伊豆地方各地点の全磁力差の変化(左)。フルスケールは30nT。観測点は上から、初島、網代、御石ヶ沢南、大崎、沢口、浮橋、手石島、与望島、奥野、池、河津。右図は2008年の1年間の各地点と八ヶ岳との全磁力差の系統的増減(単位はnT)。黒丸が観測点の位置。白丸は東京工業大学によって維持されている全磁力観測点の位置。
伊豆地方では、群発地震活動域に近いTISでの観測を2006年に再開したが、2008年夏からのデータ転送が不調となり、復旧を待つ状態である。TISにおける全磁力値の年間の系統的増減は、約半年のデータからの推定であり、他の観測点の結果とは比較考察に注意を要する。前年と同様に、全観測点で全磁力がおおむね増加傾向にある中で、とりわけYOBにおける増加が著しい。これは前年の全磁力変化、即ちYOBにおける停滞ないし減少とTISにおける比較的顕著な増加と比較して、2008年の変化は逆傾向を示す。前年の傾向は熱消磁による説明を試みたが、2008年のこの逆傾向の同様な説明を試みれば、熱帯磁の仮定を要する。2008年が群発地震活動が不活発だったことを考慮すれば、高温地殻流体の拡散もしくは質量移動を伴わない熱のみの拡散が、前年の加熱過程から冷却過程へと移行した可能性がある。ただし一般的には全磁力差経年変動には、地殻活動とは直接関係しない広域的な地磁気永年変化と、地殻内の磁化不均質による局所的な地磁気の空間分布との合成によって生じる、見かけ上の経年変動が混入している可能性があり、その直接的解釈には注意が必要である(2005年度の成果報告参照)。
・伊豆大島における観測
従来から実施してきた全島にわたる長基線地電位差観測、2006年3月に三原山中央カルデラ内に設置した3成分磁場観測、2007年10月に同島北部の既存の全磁力観測点に設置した3成分磁場観測を継続した。電磁場データはいずれも、最高10Hzでサンプリングを行い、有線、無線LANを用いてデータを転送している。
・桜島における観測
桜島火山における絶対重力連続観測:2006 年の昭和火口の活動開始以降、桜島火山は活発な噴火を繰り返している。姶良カルデラの地下では、深部からのマグマの供給が長期間継続していると考えられる。桜島火山におけるマグマ移動過程を明らかにするため、絶対重力計FG5
による重力連続観測を実施した。我々は昭和火口の南2kmに位置する有村坑道にて、2008
年4 月10 日から7カ月の間、絶対重力を連続観測した。図4(下図)に観測された重力生データ(+印)
と日平均重力変化(赤線)を示す。重力値は、979437725μgalを差し引いたものである。重力値は979437740
μgal を平均とし、10 μgal 以内の変化をしていることが分かる。昭和火口の噴火日時を▲で示す(黒色は爆発的噴火,
青色は爆発を伴わない噴火)。噴出量の多い噴火の時には、「噴火開始時に重力減少・噴火終了時に重力上昇」という共通の重力変化が確認できる。この重力変化は、山頂から放出された火山灰・SO2
の質量損失だけでは説明がつかない。桜島島内におけるGPS 観測では噴火に伴う地殻変動は観測されていない(JMA,
2008) ため、一連の重力変化は火山体内部の質量変化を示しているものと考えられる。上図の棒グラフは有村で観測された時間降雨を、矢印は100mm
以上の大雨を示している。大雨時には、重力が減少していることが分かる。これは、坑道上部の地表に雨が降った影響で、水の質量に伴って観測点に上向きの引力が生じたためである。また、t
= 170 [day] 以降の重力上昇は、地下水の浸透・排出過程を反映していると考えられる。
図4.2008年桜島火山で測定した重力の時間変化(下図)及び降水の影響(上図)を示す。横軸は時間、縦軸は降水量(mm/hr)と重力値(μgal)を示す。
なし
(a) 伊豆における多項目観測:伊豆半島東部地域で,全磁力,比抵抗,長基線地電位差モニターを継続した.前地震予知計画のもとで,1年以内の全磁力変動を議論する際に,観測点直近の磁化の温度年周変化による消帯磁効果を吟味する必要性が明らかとなっていたが,本5カ年計画を通じて,経年変化を議論する際に,観測点近傍の磁化分布の違いによって,(地殻活動とは関係しない)主磁場永年変動が見かけの全磁力差経年変動を作ることが明らかとなった.このため,前者については(同季節の)1年間の変動をみることで対処し,観測を再開した手石島‐与望島間の海底下に年度ごとに消磁や帯磁で説明できるような全磁力変化がとらえられたが,後者の効果の除去には至っていないのでその解釈には注意が必要である.人工電流源を用いた比抵抗連続モニターでは,新たに電流のモニターを行ったことにより,その電流制御の制度が1.5%程度であることが判明し,1990年代と2004‐2006年代の見かけ比抵抗の5%程度の違い(現在の方がより高比抵抗)は有意であることが確かめられた.しかし,度重なる雷による機器の損傷により,2007年以降,観測を中断している.
(b) 東海における全磁力観測:2000年と2004‐2005年に経年変化のトレンドが変化する全磁力差変動が観測され,東海スロースリップとの関連を指摘していた.スリップモデル[Ohta et al., 2004]の応力不均一効果と磁化の不均一効果を考慮して,定性的にはトレンド変化を説明することが可能であったが,変化の絶対値を説明するために,応力磁気係数が室内実験で決定されたものより10‐100倍程度大きい必要があるという問題は残った.そのほか,今年度の報告で紹介しているように,ローカルな消帯磁にともなうと思われる変化が認められたが,ここでも,伊豆におけると同様,観測点近傍の磁化分布と主磁場永年変動が作る見かけの経年変化に注意する必要がある.
(c) 伊豆大島における多項目観測:全島にわたって長基線地電位差モニター観測を実施し,島内2地点で3成分磁場モニター観測を実施した.予察的な解析ではあるが,長基線地電位差と中央カルデラ内磁場水平成分間のネットワークMT応答関数に,間歇的な山体膨張に対応して見かけ比抵抗が小さく,位相が大きくなる(いずれも山体深部が低比抵抗になったことを示唆する)変化が認められ,今後の検討が待たれる.
(a) 大島火山の重力変化:大島火山の重力変化の監視を目的として,東京大学地震研究所は大島火山において繰り返し絶対重力測定を実施している.測定地点は,東京大学地震研究所大島火山観測所基準重力点(OVO‐FG5)と鏡端中継観測点局舎(KG‐FG5)と北外輪中継観測点局舎(KT‐FG5)基準重力点の3点である. 2005年から2007年までの間に数μgalの重力変化が認められたが、顕著な変化とは考えられなかった。
(b) 三宅島火山の重力変化:2006年9月、三宅島において、2000年噴火後の重力変化を検証するために、重力を再測定した。過去には2001 年11 月の火映現象や火口温度の上昇と対応するように重力増加が検出されており、これはマグマヘッドの上昇と解釈されてきた.今回の測定で顕著な特徴は、2003 年6 月~2004 年6 月~2006 年10 月に、島の海岸線から次第に内陸側に重力増加が見られた点である。海面高度付近の地下水層が次第に内陸に向かって発達し始めている可能性が示唆される。この期間にSO2 放出量の着実な減少がみられることや、2003 年にはなかった小規模噴火が2004 年以降におき始めていることと符合するような結果となっている。
(c) 浅間山の重力変化と地下水の影響:2004年9月1日に起こった噴火から、2007年度まで絶対重力の連続観測を実施した。浅間山の噴火は、地殻内マグマの移動をとらえるためのノウハウを蓄積する絶好のチャンスととらえたからであった。絶対重力計による連続観測を行った結果、重力値が振幅5マイクロガル程度の変動を繰り返していて、極大値に達した数日後に中規模噴火が発生していたことが明らかとなった。重力変化シミュレーションによっても同程度の重力変化が期待されており、今後重力擾乱の発生機構を解明する上で非常に有効な重力データである。
(d) 桜島火山の重力変化:今年度の報告参照
上嶋誠・小河勉・小山茂・大久保修平・孫文科・松本滋夫・菅野貴之
他機関との共同研究の有無:有
東工大(本蔵義守)、京大(大志万直人,山崎健一)、東海大(長尾年恭)
部署等名:東京大学地震研究所
電話:03‐5841‐5739
e‐mail:uyeshima@eri.u‐otkoy.ac.jp
研究開発局地震・防災研究課