平成18年度年次報告

（1）実施機関名

名古屋大学

（2）研究課題（または観測項目）名

南海トラフ沿い巨大地震発生サイクルシミュレーションモデルの構築

（3）最も関連の深い建議の項目

2（1）イ．特定の地域

（4）その他関連する建議の項目

（5）本課題の平成16年度からの5ヵ年の到達目標と、それに対する平成18年度実施計画の位置付け

　次の南海トラフ巨大地震発生予測の基礎データを構築することを目指して、5ヶ年で、地球シミュレータ（ES）を用いて、南海トラフ巨大地震発生サイクルのシミュレーションシステムの構築を行う。これはいわば詳細なメッシュを用いた連続モデルと呼ばれるもので、連続モデルの条件を満たすようにプレート境界で細かなメッシュを用いるため、大規模計算になる。ESといえども摩擦パラメータの分布を求める繰り返し計算を行うのに、かなりのCPUタイムを必要とするので現実的ではない。従って、大学のスーパーコンピュータで稼動する簡単なシステム、すなわち、不連続モデルとなる大きな単純セルを持いて要素数を減らし、摩擦パラメータの推定が容易になるように問題を設定し、現在観測されているすべり欠損分布や過去千年近くの巨大地震発生を説明する摩擦パラメータ分布を確定する、不連続単純セルモデル法を併せて開発する。このフォーワード計算のアルゴリズムは詳細連続モデルと同じであるが、摩擦分布を推定するために遺伝子アルゴリズム（GA）等の非線形インバージョン手法も併せて用いる。ただこの計算にも並列化等の計算上の工夫を要する。またこのモデルを拡張し、内陸地震と海溝型巨大地震の相互作用を扱う。
　上記目標に対して、18年度では、プレート沈み込みに伴う準静的歪蓄積過程から準動的地震発生過程までを含むシミュレーションの弾性モデルについては、フィリピン海プレートの3次元形状を詳細にモデル化し、さらに地震探査等で明らかにされたアスペリティーに対応する摩擦パラメータの不均質性を導入して、実際の南海トラフ歴史巨大地震に見られる、破壊域のセグメント化や破壊時におけるセグメント間の複雑な相互作用が作り出す複雑な地震発生サイクルを再現する摩擦パラメータ分布を求め、次に発生する南海トラフ巨大地震の発生予測の基礎データとする。次に、粘弾性媒質における地震サイクルシミュレーションでは、GeoFEMソルバーの改良ならびにすべり応答関数計算の効率化を図り、粘弾性不均質構造が地震サイクルに及ぼす影響を評価する。単純セルモデルに粘弾性すべり応答関数を導入して、南海トラフ巨大地震と内陸地震の相互作用を含む地震発生サイクルのプロトタイプミュレーションを行う。動的破壊伝播シミュレーションについては、接触解析を用いたGeoFEMコードにより逆断層モデルについて性能テストを行う。

（6）平成18年度実施計画の概要

• 地球シミュレータ（ES）を用いて（連続詳細モデルの開発）
  • 弾性モデルにおいて、平成18年度は、屈曲した3次元プレート形状のモデル化に加え、地震探査等で明らかにされている、アスペリティーと呼ばれる摩擦パラメータの不均質性を導入し、南海トラフ巨大地震発生サイクルシミュレーションを実行し、実際の南海トラフ歴史地震に見られる、破壊領域のセグメント化、セグメント間相互作用による複雑な地震発生サイクルを実現し、次の巨大地震発生予測への基礎資料とする。また、シミュレーションにより前駆すべりの規模や発生位置を検討し，前駆的地殻変動を捉えるために必要な観測態勢についての資料を提供する。また東海地方や豊後水道でスロースリップが発生しているが、プレート形状等その発生要因を探る。
  • GeoFEMのソルバーを改良し、3次元不均質粘弾性媒質中で細かなメッシュモデルでのすべり応答関数計算の効率化を図る。プレート境界面上に摩擦パラメータを分布させ、上記すべり応答関数を用いて、すべり速度と状態に依存する摩擦則を考慮した、準静的地震サイクルシュミレーションモジュールをES上にチューニングして構築する。
  • 動的破壊伝播シミュレーションにはすべり依存の摩擦則を用い、接触解析を行う並列有限要素法GeoFEMモジュールを用いる。18年度も引き続き精度検証を行うが、ある程度現実的な海溝型の逆断層モデルについて精度検証を行う。
• 大型計算機を用いて（不連続単純セルモデルの開発）
  • 18年度は更にモデルを発展させ、連続モデルと異なる振る舞いの把握とその対応策を検討するため、形状の変化する連続モデルを用いて、スロースリップを発生させ、単純セルモデルと比較する。昨年度達成できなかった、粘弾性すべり応答関数を単純セルモデルに導入し、すべりと状態に依存する摩擦則を考慮した、準静的地震サイクルシミュレーション単純セルモデルモジュールを大型計算機に構築する。さらに、内陸活断層における内陸地震発生サイクルの単純セルモデルの検討を行い、内陸地震発生予測に向けて基礎的データ構築を目指す。

（7）平成18年度成果の概要

• 地球シミュレータ（ES）を用いて（連続詳細モデルの開発）
  • 西南日本下に沈み込むフィリピン海プレートの屈曲した3次元形状を考慮したモデルに、構造探査結果から推定した摩擦特性の不均質分布を加えて地震発生サイクルのシミュレーションを行い、その結果にもとづいて地表変位の時空間変化を計算した。その結果固着のはがれにともなってヒンジラインの移動（15年で数キロメートル程度）が期待される（図1）。また長期間のデータが存在する四国での水準測量データと比較したところ、地震発生帯の下限が深すぎること・余効すべりの時間スケールが短すぎることがわかった。地震発生帯の下限は東海や日向灘の長期的ゆっくりすべりの下限に対応させていたが、それが南海地震の下限とは整合しないことを意味する（関連研究課題番号　海洋研究開発機構　4001）。

    図1左：水準路線の位置。中央：水準路線での上下変動計算結果。地震の60年前〜45年前（黒）、45年前〜30年前（赤）、30年前から15年前（青）の変動量を示す。右：プレート境界でのすべり速度（プレート収束速度で規格化して対数をとったもの）の分布。青は固着域を示す。固着域が狭まっていく様子が見られる。

  • 3次元不均質粘弾性媒質中で細かなメッシュモデルでのすべり応答関数計算の効率化を図るため、計算中にメッシュの局所分散化を行う機能をGeoFEMに組み込んだ。来年度ESへの実装を行う。
  • 動的破壊伝播シミュレーションでは、すべり依存の摩擦則に従い接触解析を行う並列有限要素法GeoFEMモジュールを用い、ある程度現実的な逆断層モデルについて精度検証を行った。
• 大型計算機を用いて（不連続単純セルモデルの開発）
  • 南海トラフ巨大地震に加え西南日本内陸活断層まで含めた、粘弾性媒質中の地震サイクルシミュレーション実現に向けて、南海トラフ巨大地震サイクル中における内陸活断層上でのクーロン破壊関数（ΔCFF）の時間変化を調べた。まず、これまで構築してきた3次元粘弾性有限要素モデルを用い、GeoFEMにより、南海トラフの5つの地震破壊セグメントの単位すべりに対するすべり応答関数を各内陸活断層に対して計算した。プレートの沈み込みと、これまでの南海トラフ地震に対するすべり分布を時関予測（TP）およびすべり予測（SP）モデルにより与え、内陸活断層における各地震サイクル中でのΔCFFの時間変化を求めた。その結果、ΔCFF0となる活断層では、南海地震後粘弾性効果により数十年間発生確率が高く、ΔCFF0となる断層では、南海地震後数十年間発生確率が低くなることが分かった。また、逆に過去に内陸地震の発生時期から南海トラフ巨大地震のすべり分布に拘束条件を与えられる可能性があることが分かった。

    図2左：3次元粘弾性有限要素モデル：南海トラフ破壊セグメントA-Eと内陸地震断層（白抜き：ΔCFF0、黒：ΔCFF0の断層）　右：濃尾地震断層でのΔCFF（1700〜2050年）SPモデルによる、せん断、法線応力、ΔCFFを赤、青、黒線で、対応数するTPモデルによるものを、紫、空、緑線で示す。濃尾地震は1891年（点線矢印）に発生しているが、SPモデルによる黒線のΔCFFは1854年安政の南海地震によりΔCFFが増加した後、粘弾性効果でピークに達した頃に発生していることが分かる。

  • 弾性問題ではあるが、1枚および2枚の単純セルモデルを用いて、スロースリップまで含めたプレート境界におけるすべり発展データから、遺伝的アルゴリズムを用い、摩擦パラメータ分布を推定する手法の検討を行った。

（8）平成18年度の成果に関連の深いもので、平成18年度に公表された主な成果物（論文・報告書等）

• Hori, T., Mechanisms of separation of rupture area and variation in time interval and size of great earthquakes along the Nankai Trough, southwest Japan, J. Earth Simulator, 5, 8-19, 2006.
• Kodaira, S., T. Hori, A. Ito, S. Miura, G. Fujie, J.O. Park, T. Baba, H. Sakaguchi, Y. Kaneda, A possible giant earthquake off southwestern Japan reveled from seismic imaging and numerical simulation, J. Geoph. Res., 111 ,B09301, doi:10.1029/2005JB004030, 2006.
• Mitsui, N. and K. Hirahara, Slow slip events controlled by the slab dip and its lateral change along a trench, Earth Planet. Sci. Lett., 245, 344-358, 2006.

（9）実施機関の参加者氏名または部署等名

鷺谷　威

（10）問い合わせ先

• 部署等名：名古屋大学大学院環境学研究科地震火山・防災研究センター
• 電話：052-789-3046
• E-mail：sagiya@seis.nagoya-u.ac.jp
• URL：