今回策定する計画(平成21〜25年度)は,地震予知のための新たな観測研究計画(第2次)と,第7次火山噴火予知計画の成果を引き継ぎ,更に発展させるためのものとして位置付けられる。同時に,両者の計画を発展的に統合した計画とも位置付けられる。地震及び火山噴火は,共通の地球科学的背景をもった自然現象であり,これらによってもたらされる被害を軽減することは,安全で安心な社会の実現のために不可欠である。地震・火山噴火を予知することは,この災害から人命を守るという観点から極めて重要である。
地震予知の研究と,火山噴火予知の研究では,対象とする最終的に発生する現象が,一方は岩石の脆性的な破壊であり,一方はマグマの流出と爆発的破砕現象であることから,その発生予測の戦略にも違いが出てくる。また,予知の実現への研究の到達度では,地震予知に関しては,プレート境界の大地震の位置と規模の予測について一定の見通しが得られた段階で,時期の予測に関しては,長期予測の段階にあり,内陸の地震について発生機構の解明を進めている段階である。一方,火山噴火予知では,適切な観測体制の取られた火山では,噴火時期の予測のできる段階になっているが,噴火の推移を予測することはまだ難しい。このような違いがあることから,これまでの両者の研究の成果を十分に生かす計画を作る必要がある。こうした予知を実現するためには,観測データに基づいた地震・火山現象の予測に関する研究の一層の推進を図る必要があり,到達度の評価が可能な具体的目標を設定し,その目標に向かって段階的に計画を推進することが必要である。さらに,予知の実現という最終目標に至る研究の過程で得られる知見も,地震・火山防災・減災に有益であり,研究の成果は積極的に社会に発信していく必要がある。
地震予知(研究)計画と火山噴火予知計画は,これまで,相互に連携を図りながらも,独立の計画として進められてきた。近年の研究の進展によって,海洋プレートの沈み込みと巨大地震の発生,マグマの発生と蓄積・移動,内陸の大地震の発生を,一連の現象として実証的に研究することが現実の課題となってきた。例えば,内陸の大地震発生とマグマの移動・蓄積過程は,地殻の不均質構造が大きく関与している。内陸地殻の構造探査の研究では,地震予知研究と火山噴火予知研究でこれまで独立に蓄積されてきた知見を共有化することが,それぞれの現象について理解を深めるために必要である。さらに,共通の目的を設定して,共同で観測を実施することは,共通の科学的背景を持った現象の理解には有効である。
また,地震現象と火山現象には,共通の測地学的・地震学的手法で観測して研究することのできる対象が多い。我が国には,世界に類を見ない稠密な地震・地殻変動の観測網が国の基盤的調査観測網として整備され,これらは,地震現象と火山現象のいずれの調査研究にも貢献しうる。
地震予知が難しいのは,地震が応力・歪状態の突然の変化を伴う突発的・瞬間的な現象だからである。火山噴火も,多くの場合,上昇したマグマや火山ガスの圧力の瞬間的な解放を伴う現象である。このような状態変化に伴う突発現象は地震・火山噴火以外にも自然界に数多く存在し,その予測は一般に極めて難しい。しかし,予測科学の分野では,突発的で偶然の発生とみなされてきた現象を物理・化学的に必然の結果として理解し,予測問題に新しい切り口を見出す努力が始められている。地震予知と火山噴火予知の計画においては,今後は,予測科学的視点を重視していく必要があり,共通な地球科学的背景を持つ地震と火山噴火を予測する研究を連携して実施していくことは,ますます重要となってくる。
このために,(1)地殻と上部マントルの状態を実時間で把握するモニタリングシステムを高度化し,そのデータを用いて地震・火山現象の推移予測を行うための予測システムを開発し,それらのためのデータベースの構築を行うための研究を連携して行う「地震・火山現象予測のための観測研究」を推進し,(2)予測システムの基礎となる「地震・火山現象解明のための観測研究」を推進し,(3)地震・火山噴火予知に資する「新たな観測技術の開発」を行う研究を推進する。さらに,これらの観測研究を効果的に推進して地震・火山噴火災害軽減に寄与するために,(4)計画を一層効果的に推進できる体制の整備,観測研究プロジェクトを立案・推進するための広く開かれた仕組みの整備を図り,また,成果を社会に効果的に提供するなど,地震・火山噴火災害軽減に関する社会的要請に応えるよう努める。
前記の基本的考え方に基づいて,次により本計画を推進するものとする。
地震・火山噴火を予知するためには,観測を通じて地殻やマントルで進行している諸過程を迅速に把握し,地殻活動を予測する数値シミュレーションへのデータ同化及び噴火シナリオに基づく火山活動の予測を行う必要がある。このためには,地震・火山現象のモニタリングシステムの整備と高度化が基本的に重要である。同時に,地震・火山現象を予測するシステムをそれぞれ構築し,さらに,地震・火山現象のデータベースを構築して,情報の統合化を図る。
日本列島全域に整備された稠密な地震・地殻変動の観測網及び全国の火山に配備された火山活動観測網から得られるデータを活用し,地震活動・地殻変動及び火山活動を的確にモニターするとともに,活動の予測に有用な情報の収集に努める。このために必要な観測網の維持・強化や常時観測体制の整備を行うとともに,活動の的確な把握と評価に役立つ新たな観測手法等の導入を進めて,モニタリングシステムの性能向上を図る。さらに,大地震の発生や火山噴火の可能性の高い地域では,活動の予測に有用な情報を数多く収集することが可能であり,地震現象・火山現象モニタリングの観測項目の多項目化,観測点の高密度化や観測データの実時間処理システムの一層の整備が必要である。本計画では,地殻活動予測シミュレーションへのデータ同化とシミュレーション結果の検証及び噴火シナリオに基づく火山現象の予測を行うために,地震・火山現象の組織的なモニタリングを行う。
地震発生に至る物理・化学過程の理解に基づいて,プレート境界の応力・歪等の推移を予測するシミュレーションモデルを構築する。常時モニタリングシステムによって得られる膨大な観測データを予測シミュレーションモデルに取り込む手法を開発して,データ同化実験を行い、予測を試行する。同時に,これらのシミュレーションを継続的に高度化していくために,地震発生の物理・化学過程に関する基礎的なシミュレーション研究を推進する。統計モデルや物理モデルに基づいて地震活動を評価し,時空間的に高分解能な地震活動評価を行う手法を確立するために,地震活動予測アルゴリズムの妥当性を評価・検証する枠組みを構築する。
これまでの火山噴火予知研究の成果に加え,地質調査・解析による噴火履歴の解明,過去の噴火活動時の観測データの詳細な検討等に基づき,予想される噴火の前兆現象や活動推移を網羅した噴火シナリオをわが国の主要な活火山に対して順次作成する。モニタリングシステムによって得られた観測データから火山活動の評価を行い、噴火シナリオに基づいた火山活動の推移予測を行う。さらに、噴火事例の積み重ねや噴火に至る過程などの理解に基づいて噴火シナリオの高度化を図る。
地震・火山活動を明らかにするための日本列島及びその周辺域の地震・火山現象の基礎データベースを構築する。また、それらの情報を統合化し、地殻活動予測シミュレーションに活用するとともに、噴火シナリオの高度化及び火山活動評価に基づく噴火予測に活用することを目指す。
地震・火山現象の予測システムの構築のためには,地殻やマントルで進行している諸過程の正しい理解とそのモデル化が不可欠である。このために,日本列島及び周辺域の長期・広域の地震・火山現象,地震・火山噴火に至る準備過程,地震発生先行・破壊過程と火山噴火過程,地震発生・火山噴火素過程の解明のための観測研究を推進する。
日本列島及びその周辺域の地震・火山現象は,列島とその周辺に位置するプレートの相互作用に起因する応力・歪場に支配されている。従って,日本列島及びその周辺域で,長期的なプレート運動とそれに伴う応力場に加えて,上部マントルにおける水の供給・輸送過程とマグマの生成・上昇機構を明らかにすることが基本的に重要である。これらの研究に加え,マグマ等の地殻内流体の分布を含む広域の地殻・上部マントル構造を明らかにすることや,地震現象と火山現象に共通する原因であるプレート運動の影響を正確に評価するために,両者の相互作用に関する研究を推進する必要がある。また,地震現象の予測精度向上に不可欠な地震発生サイクルに関する理解を深めるために,アスペリティやセグメントの破壊様式についての過去の活動履歴を明らかにし,長期的な地殻歪の時空間分布を明らかにする。
地震発生の準備過程を解明するために,地殻とマントルで応力が特定の領域に集中し地震発生に至る過程を明らかにする観測研究を実施する。プレート境界地震に関しては,アスペリティ分布の推定や相互作用の理解を進める等,アスペリティモデルの高度化を図る。さらに、プレート境界面上で進行する非地震性滑りの時空間変化を把握する。内陸地震に関しては、地震発生層である上部地殻と下部地殻・上部マントルの不均質構造とその変形を高精度で把握し,歪集中帯の成因を理解し,準備過程に関する定量的なモデルを構築する。また,スラブ内地震の発生機構を解明するため,スラブ内の震源分布や地震波速度構造を詳細に明らかにすることにより,スラブ内に取り込まれた流体の地下深部における分布と挙動の理解を図る。
火山下の地殻内におけるマグマの上昇・蓄積過程を解明するために,多項目の観測や探査を実施して,火山体構造と深部マグマ供給系及び火山体浅部における火山流体の状態と変動を把握する。噴火履歴とマグマの発生過程を解明するために、地質調査やボーリング・トレンチ調査及び噴出物の分析等により,高精度の噴火履歴を復元し,特定噴火の推移及びマグマ供給系の変遷の把握を行う。
観測を通じて地殻やマントルで進行している諸過程を迅速に把握し,地殻活動を予測する数値シミュレーションへデータ同化を行うという本計画で目指している地震発生予測において,先行現象を捕捉してこれを予測モデルに組み込むことができれば,予測時間の精度向上に貢献できる。このため,地震の先行現象の信頼性を評価し,その発生機構を明らかにする研究を推進する。
大地震の断層面の不均質性と動的破壊特性及び強震動・津波の生成過程を理解するために,震源解析及び震源物理に基づく破壊過程の研究を一層推進し,震源モデルや地下構造モデルの高度化を図る。
噴火機構の解明のために,火道浅部におけるマグマの増圧を含む噴火過程の詳細を高時空間分解能で明らかにして,マグマ移動と爆発的噴火のモデル化を行う。また,噴火推移の多様性を支配する要因を理解するための観測研究を推進する。さらに,これらの研究成果を用いて噴火推移や多様性の総合的なモデルの構築を目指す。
地殻・上部マントル構成物質の変形・破壊について,実験・理論を中心とし従来にない広い条件範囲にわたって物理的・化学的素過程を明らかにする。地下深部の岩石の物性及び環境をリモートセンシングにより推定することができるようにするため,可観測量との関係を様々な条件の下で定量的に求める。さらに,室内実験で得られた知見を実際の自然現象に適用できるようにするため規模依存性を明らかにする。また,火山噴火のモデル化のために,マグマの分化・発泡・脱ガス過程を明らかにするとともに,それらのパラメータを取り込んだマグマ上昇の数値モデルを作成することを目指す。
地震・火山噴火予知を目指して地震・火山現象の理解を進めるには,現在用いることのできる観測技術だけでは不十分である。そのため,高圧の海底や高温の火口付近等の極限環境下の観測技術の開発,地下の状態のモニタリング等の観測技術の高度化,宇宙技術等の利用方法の高度化が必要である。
地震及び火山噴火予知のためには,深海,地下深部,火口付近など,人が容易に近づくことができず,また通常の観測器機では対応することのできない,高温・高圧の極限環境における観測が必要である。それらの観測のため水圧の高い海底で地震や地殻変動を安定に観測するための技術開発が不可欠である。また,気象の擾乱や人工的なノイズから離れて安定で高感度のデータを取得するためには,大深度ボアホールにおける計測技術の開発が必要である。さらに,噴火活動域近傍でのデータは非常に重要であるにもかかわらず,危険が伴うため取得が難しい。このような極限環境下での観測に向けた技術開発を行う。
地震発生場や火山などにおいて,地下の状態をモニタリングする技術や,センサー技術や観測ネットワーク技術など,データを量・質的に増大させる技術開発を進める。断層面の固着状態,マグマなどの地殻流体の移動,またそれらに付随する現象のモニタリングのために,精密に制御された弾性波・電磁波や,宇宙線素粒子等を用いた技術の高度化を図る。また,山間地・離島・火山近傍など電源・通信インフラの不十分な場所における効率的データ取得のためのセンサー技術やネットワーク技術の高度化を図る。
GPSや衛星搭載合成開口レーダー(SAR)等の宇宙測地技術を利用した解析技術の高度化を図る。さらに,地震や火山活動をより高い精度で把握するリモートセンシング手法の実現を目指す。
地震及び火山噴火予知研究計画(仮称)に基づいた計画遂行を担う各大学や関係機関が,それぞれの機能に応じた役割分担と密接な協力・連携の下に,計画全体を組織的に推進する体制の確立及び評価体制の充実を図る。
国立大学が法人化したことにより,各大学の独自性が強まり競争的な研究環境となり,ボトムアップ型の基礎研究が活性化する可能性が広がった。一方,予知のための観測研究の推進のためには,各大学及び観測・研究機関の連携・協力を一層強めなければならない。そのためには全国共同利用研究所の役割はこれまで以上に重要なものとなり,機能強化する必要がある。大学間の連携を緊密にし,研究の有効な推進を図るため組織された大学における地震・火山噴火予知研究協議会は,組織的な観測研究を推進していくために,これまで果たしてきた機能の強化を図り,多くの分野から広く英知を結集する体制を通して研究の一層の活性化を図る必要がある。同時に,本計画の主要な担い手である各大学の地震・噴火予知関連研究センターの充実を図る必要がある。
地震・火山噴火の予知の実現という最終目標を達成するためには,長期的な観測研究が必要であるので,これを担う人材の養成と確保が不可欠である。現在,人材確保が困難な原因として,大学院終了後博士研究員など任期付職は一定程度あっても,任期を定めない職が減少しているため,大学院生,若手研究者にとって将来展望が見えないという状況がある。このため,地震火山分野への進学を断念したり,早期に他分野に転身したりするという事態も生じている。したがって,人材の確保のためには任期を定めない職へのキャリアパスの道筋を早めに明示できる仕組みの実現や,関連分野の民間企業も含めた雇用の拡大を図る必要がある。また,自治体・防災官庁にあっては,研修や大学院の社会人入学制度などを活用して,地震・火山分野の専門家の育成にも努力すべきである。
地震・火山現象に関する理解を深め,地震予知及び火山噴火予知の研究を推進するためには,国外の地震や津波の緊急調査,多様な火山活動の比較研究や研究成果・知識の交換が有効である。そこで,緊急調査体制の整備,国際共同研究の推進,研究者の交流,技術協力等に取り組む。緊急調査の実施については,自然災害研究協議会や防災研究フォーラムの機能を活用する。また,既存の各種の研修コース等を利用して,海外の研究者や技術者の育成に努める。
研究の成果を社会に伝えることは,本計画推進への理解を得るためとともに,防災意識向上の一環としても重要である。このため,地震火山に関する普及活動を組織的に推進する。また,地震,火山噴火による被害軽減に資するため,情報や報道発表内容の質的向上を図り,的確かつ迅速に提供するように努める。