4.まとめ

 平成23年3月11日にマグニチュード9.0の超巨大地震である東北地方太平洋沖地震が発生し,多くの尊い人命が失われ,大きな被害がもたらされた。現行計画では,事前に超巨大地震発生の可能性を追究できなかったことを真摯(しんし)に反省し,平成23年度は,現行計画の総点検を行うことにより今後に向けた教訓や課題について整理するとともに,今後の地震予知研究の方向性について検討を行う一方で,個別研究課題や東北地方太平洋沖地震に関する研究を推進した。

 東北地方太平洋沖地震の前震活動や海底地殻変動を詳しく解析することにより,本震発生前に破壊開始点方向に伝播するプレート境界面上のゆっくり滑りの伝播現象が確認された。これが,本震の破壊開始点に応力の集中を引き起こし,超巨大地震の発生を促した可能性が示された。また,本震発生の約40分前から,震源域上空の電離圏で全電子量(TEC)が最大1割近く増加する異常が認められた。

 陸上の地震・地殻変動観測網に加え,海域での海底地殻変動・津波観測網のデータにより,本震発生時の滑りの特徴が詳細に捉えられた。種々のデータ解析により,本震の破壊開始点付近から海溝にかけてのプレート境界では20 m以上の大きな滑りが集中していたことが明らかとなった。地震波の詳細な解析から,周期数秒以下の短周期の地震波はプレート境界深部の陸に近いところから多く放出され,海溝軸近傍からは長周期の地震波が放出されたことが推定されている。地震波トモグラフィー解析によると,宮城県沖を中心とした高速度異常域が本震時の滑り量が特に大きい領域とほぼ一致していることが判明した。

 このような大きな滑り域が生じた理由としては,1)海溝寄りの位置に強度の高い領域が存在するモデル,2)摩擦発熱による間隙水圧の上昇・滑りの海溝軸への突き抜け・高速滑り時の摩擦強度の極度な低下などの理由により,それまで蓄積されていた応力がゼロになるまで解放されたモデル,3)アスペリティの階層モデル,といったものが提案された。

 東北地方太平洋沖地震の発生により,東北地方ではそれまでの東西圧縮の応力場が緩和され,様々な場所で地震活動が活発化した。活発化した地震活動の多くはΔCFFで説明できる。また,このような応力場の劇的な変化に伴って火山活動が活発化する可能性もあり,今後,内陸の地震活動と火山活動に注意が必要である。本震発生直後から太平洋プレートの上面で余効滑りが発生し,1年以上が経過した現時点でも,依然として継続している。余効滑りは東北地方の海岸線近傍の沖合や千葉県沖において顕著である。

 東北地方の太平洋沿岸は,地形学的には0.1~0.2 mm/年で隆起していていたが,本震発生前の少なくとも数十年間は経年的に沈降し続け,本震発生時には更に沈降したため,余効変動によって隆起したもののトータルとしては依然沈降したままである。今後,今回の余効滑りとは別の巨大なゆっくり滑り,もしくは,海岸付近直下のプレート境界面上の大地震により残存する滑り遅れが解消される可能性もある。今回の地震とその余効滑りによって,東北地方太平洋沖地震の周辺域への応力集中が進むと,M8クラスの地震が生じる可能性も考えられる。また,海溝軸の東側においても,M7クラスよりも大きな余震が起こる可能性も指摘されている。関東地方下では,太平洋プレートのみならず,フィリピン海プレートにおいても影響を受けており,地殻活動のモニタリングを通して,このような現象について注意深く見守っていく必要がある。

 地殻活動予測システムの開発では,GPSデータから推定された滑り欠損速度の空間分布からプレート境界面上における応力分布を推定し,それを初期条件として東海・東南海・南海沖のプレート境界における三次元動的破壊シミュレーションを行った。火山噴火予測では,2011年に噴火を開始した新燃岳では,帯水層の有無や,脱ガス効率の違いによる噴火形態の違いを考慮したシナリオの改訂を行った。また,東伊豆火山群の群発地震発生時の推移予測を示した噴火シナリオを作成した。

 地震発生予測に必要な物理モデルの作成のため,地震現象の解明に関する研究を推進した。伊豆大島及び周辺海域の構造探査実験の解析により,マグマ貫入によって火山周辺に起震応力場が作られ,地震の起こりやすさや活動の特徴は地下構造に規定されていることが明らかになった。中長期的なゆっくり滑り(SSE)については,これまで房総半島南東沖,東海地方,豊後水道の3領域について知られていたが,新たに日向灘においても半年から1年程度の継続時間をもつSSEが,2005年以降約2年間隔で繰り返し発生していることが明らかとなった。一軸圧縮破壊試験において,観測されたAEの地震モーメントとコーナー周波数を推定した結果,前者は後者のマイナス3乗にほぼ比例することがわかった。これは,自然地震の場合と同じであり,自然地震と実験室のAEが同じ物理過程に従って発生していることを示唆する。

 火山噴火予測モデル構築のため,噴火頻度の高い火山での地震,地殻変動,火山ガス等の観測研究を行った。桜島においては,噴出物の物質科学的分析から,玄武岩質マグマの貫入が山頂下へのマグマ供給率や爆発回数の増加を支配していることが指摘された。また,山頂下への繰り返しマグマ供給に加え,深部マグマだまりへの供給率の増加も5年ごとに現れ,現在活発に爆発活動を続けている昭和火口の活動の最初のピークは,この5年周期の供給率増加期に一致することもわかった。また,現在の活動を支配している玄武岩質マグマの間歇的関与は,大正噴火の時に始まり現在まで続いていることから,噴火様式と直結しているマグマの性質が常に変化しており,将来において過去と同様の噴火を繰り返すとは限らない可能性が示唆された。

 新たな観測技術の開発において,観測船やブイを用いた海底地殻変動観測を実施するともに,観測精度向上に関する研究を進めた。特に,宮城県沖においては想定されていたM7クラスの宮城県沖地震に備えて海底地殻変動観測を継続していたことにより,東北地方太平洋沖地震の滑り分布推定に決定的な制約を与える重要な成果をあげた。また,リアルタイムGPS 時系列データから永久変位を自動的に検出する手法を,東北地方太平洋沖地震時のデータに対して適用し,得られた地震時変動場に基づいて断層モデルを逐次推定することにより,地震規模を迅速に把握する手法を開発した。

 平成23年度は「地震及び火山噴火予知のための観測研究計画」に従い,計画立案当初から実施された研究については,順調に研究が進められ,5か年計画の3年度目としての所期の成果が得られた。その一方で,平成23年3月に発生した東北地方太平洋沖地震により,従来の地震発生予測研究に対する我々の考えを再検討させられることとなった。この地震についての理解は平成23年度の研究によって大きく進展したが,まだ未解明の問題も山積しており,今後も地震及び火山噴火予知研究を更に推進する必要がある。

 

 

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