2.平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震に関する研究成果

 2011年3月11日14時46分に東北地方の下に沈み込む太平洋プレートと陸側プレートとの境界において,マグニチュード(M)9の東北地方太平洋沖地震が発生した。この超巨大地震は,南北約500 km,東西約200 kmの広大な領域を約3分間かけて破壊し,東北地方を中心に甚大な津波・強震動被害を引き起こした。この地震の震源域では,過去約200 年間はM7~8 クラスの地震が繰り返し発生していたに過ぎず,なぜ今回の地震の場合はM9にまで大規模化したのかは,極めて重要な問題である。本研究計画では,この問題の解明に向けて総力をあげて研究に取り組んでいる。今年度は,この地震の先行過程,震源像,地震発生モデル等についての知見が深まるとともに,誘発地震の発生メカニズムや余効滑りのモニタリングなど現在進行中の現象に関する研究も進捗(しんちょく)している。

 

地震発生前の先行過程

 室内実験や数値シミュレーションにより,大地震の発生直前には,プレスリップと呼ばれるプレート境界面上で加速する滑りが起きることが予想されている。しかしながら,今回の地震に関しては地殻変動データ等からそのようなプレスリップは観測されていない。一方で,本震発生の約1ヶ月前から,破壊開始点の北側で群発的な前震活動が生じていたことが分かった。この前震活動を詳しく解析することにより,本震の破壊開始点へ向かって前震の震源が移動していることが,ほぼ同じ領域で,2度にわたって起きていたことが示された。

 震源の移動速度は,1日あたり2~10 km程度であった。このような現象は,本震の破壊開始点へ向かってプレート境界面上においてゆっくり滑りが伝播していることを意味する(図1)。特に,3月9日のM7.3の最大前震後の2度目のゆっくり滑りについては,海底圧力観測によっても捉えられている(図1)。これらの本震前に生じたゆっくり滑りの伝播が,本震の破壊開始点に応力の集中を引き起こし,超巨大地震の発生を促した可能性のあることが初めて示された。さらに,2度目のゆっくり滑りの伝播速度,滑り量,滑り速度は1度目に比べていずれも増加しており,より効果的に応力を集中させたと考えられる。

 2度目のゆっくり滑りは,約2日間という短期間に,M7.0に相当する地震モーメントが解放されたことが分かった。このモーメント解放の速度は,これまで観測されたゆっくり滑りのスケーリング則によって予想される値よりも一桁ほど大きい点は興味深い。ただし,このようなゆっくり滑りの伝播が生じたとしても,必ずしも巨大地震が起きるとは限らない。巨大地震が発生するためには,ゆっくり滑りが移動していく先に,巨大地震を引き起こすことのできる十分な弾性エネルギーが蓄えられている必要がある。もし蓄積された弾性エネルギーの量が少なければ,例えゆっくり滑りの伝播による応力集中があっても,巨大地震は発生しないだろう。

 このように,巨大地震の発生場所に弾性エネルギーがどの程度蓄積されているのかを時空間的に把握することが何よりも重要である。そのためには,今後,海陸の地殻変動観測網や地震観測網のデータを長期にわたって蓄積し,プレート境界面上の滑りのモニタリングを継続することが不可欠である。また,ほかの地震についても同様の現象が存在するかどうかや,ゆっくり滑りによる応力集中と地震発生との関連性について知見を深めることが不可欠である。

 本震発生の約40分前から,震源域上空の電離圏で全電子量(TEC)が最大1割近く増加する異常が認められた。同様の異常は2004年のスマトラ-アンダマン地震(Mw9.1)や2010年のチリ地震(Mw8.8)でも確認され,地震のマグニチュードが大きくなるとそれに先行するTEC異常の大きさが増加する傾向も示された。しかしながら,このTEC異常の原因とM9の地震との因果関係は未解明であり,今後更に事例を積み上げ,物理的メカニズムを明らかにしていく必要がある。

 

地震時滑りの特徴

 陸上の地震・地殻変動観測網に加え,海域での海底地殻変動・津波観測網のデータにより,本震発生時の滑りの特徴が詳細に捉えられた。特に,宮城県沖には本震発生の数年前から海底地殻変動観測網が構築されており,巨大地震の地震時滑りを震源域直上において捉えることに世界で初めて成功した。宮城県沖の日本海溝寄りの海域で,最大約31 mの東南東向きの水平変位と約5 mの隆起が捉えられ,陸域では牡鹿半島において最大約5 mの東向きの水平変位と約1 mの沈降が観測された(図2)。これらの観測結果から,宮城県沖で特に大きな変位が生じ,海溝に近づくほど変位量が増加していること,また,東北地方が全体的に東西方向に引き伸ばされたことがわかった。

 地殻変動・強震動・津波・遠地実体波データを利用した震源過程インバージョン解析により,プレート境界での滑り量は均一ではなく,本震の破壊開始点付近から海溝にかけての領域に20 m以上の大きな地震時滑りが集中していたことが明らかとなった(図3)。解析手法や使用するデータによって,大きく滑った領域の位置や形状,滑りの最大値,破壊の伝播方向が異なり不確実性を伴うが,本震の破壊開始点(震源)付近から海溝にかけての領域で大きな滑りが生じたことは,どのモデルにおいても共通して見られる特徴である。このような大きく滑った領域の存在は,津波データや地震前後の海溝陸側斜面の地形変化等の解析結果からも支持されている。

 今回の地震では,過去に発生したM7~8のプレート境界地震の複数の震源域を含む,プレート境界の広大な領域が断層運動を起こし,特に宮城県沖の海溝近くの浅部で巨大な滑りが生じたと考えられる。地震波の詳細な解析により,陸に近いプレート境界深部からは周期数秒以下の短周期の地震波が,海溝軸近傍の浅部からは長周期の地震波が放出されたことがと推定されている。このことは,プレート境界の滑り現象を支配している摩擦特性が深さと共に変化していることを意味していると考えられる。

 地震波トモグラフィー解析により,東北地方太平洋側の海域下におけるプレート境界直上の地震波速度構造を詳細に調査した結果,宮城県沖では寒色系で示されている高速度異常域を,その南北の岩手県沖及び福島県沖では暖色系で表されている低速度異常を示していることがわかった(図4)。高速度異常域は本震時の滑り量が特に大きい領域とほぼ一致しており,地震波速度構造の不均質に起因する摩擦特性の違いが大きく滑った領域を制約している可能性がある。

 海溝寄りのプレート境界浅部で20 m以上もの大きな滑りが生じた理由として,大きく分けて下記の3つのモデルが考えられる。すなわち,1)海溝寄りの位置に摩擦強度の高い領域が存在するモデル,2)断層滑りに伴う摩擦発熱による間隙水圧の上昇,断層滑りが海底まで達したこと,断層運動時の高速滑りに伴う摩擦強度の極度な低下などの理由により,それまで蓄積されていた応力がゼロ近くになるまで低下したモデル,3)アスペリティの階層モデル,である。現時点では,どの地震発生モデルがより真実に近いのかはまだ明らかになっていない。いずれにせよ,M7~8 クラスの地震を何度も起こしながら,数百年~千年程度の長期間にわたって滑り遅れを蓄積していたと考えられる。

 滑り分布や余震活動を見る限り,宮城県沖のプレート境界では,広域にわたってこれまで蓄積されていた滑り遅れがほぼリセットされる現象が起きたことは間違いないであろう。実際,大きく滑った領域内ではプレート境界型の余震はほとんど発生しておらず,上盤側と下盤側において正断層型の余震が卓越している。本震前後の地震の発震機構解を解析したところ,本震発生を境に応力の主軸が大きく回転したことが明らかになった。このような変化から,本震前のせん断応力は20 MPa程度と岩石のせん断破壊強度の数100 MPaに比べて極めて小さな値が見積もられ,しかもその9割以上が今回の地震で解放されたことが明らかになった。この結果は,プレート境界の摩擦係数が通常の岩石と大きく変わらないと仮定した場合,プレート境界の有効法線応力が静岩圧よりも一桁小さいことを意味する。

 

誘発地震・余効滑り

 本震の発生直後から,日本全域で地震活動が変化した。例えば,本震により励起された表面波が,地下で応力擾乱(じょうらん)を起こしながら日本列島を伝播していく際に,各地で地震を誘発していたことが分かった。ただし,どこでも地震が誘発された訳ではなく,予め地震が発生するのに十分な応力が蓄積されている等の状態において,表面波による擾乱が地震発生のきっかけとなる最後の一押しとなったと考えられる。

 東北地方では東西圧縮の応力場が緩和されたことにより,本震発生前には地震活動が活発であった領域において地震活動が低調になった一方で,それまで活動度が低かった場所で地震活動が活発化した。これらの活発化した領域の地震群の発震機構解を用いると,多くの地震活動はΔCFFの変化で説明できる。今回の地震に伴う静的な応力変化は,震源域に近い東北地方でも1 MPa程度以下に過ぎないが,発生する地震の発震機構解は大きく変化しており,プレート境界と同様に,内陸地震断層の強度もかなり低いと推定される。このような誘発地震の発生の原因については,ΔCFFの変化だけでなく地殻流体の関与も指摘されている。

 また,東西圧縮の応力が緩和したことにより,火山活動が活発化する可能性もある。東北地方太平洋沖地震と同様に巨大地震であったと考えられる869年の貞観地震の後の871年には鳥海山,915年には十和田火山が噴火している。東北地方太平洋沖地震の4日後には,富士山の南麓下の地下約10 kmの深さで左横ずれ断層によるM6.4の地震が発生した。この地震による富士山の地下のマグマ溜りへの影響を計算したところ,変位量にして数cm,体積ひずみとして地球潮汐による変化の10倍程度であることが示された(図5)。今後,内陸の地震活動と火山活動に注意が必要である。

 陸域のGPS観測により,本震発生直後からプレート境界で大規模な余効滑りが発生していることが推定されている。本震発生から1年以上が経過した現時点でも,余効滑りは次第に減速しているものの,依然,継続している(図6)。本震の滑り量は,主として宮城県沖の海溝寄りで大きかったが,余効滑りは岩手県南部から宮城県にかけての海岸線近傍の沖合いや千葉県沖のプレート境界において顕著である。即ち,余効滑りは本震時に大きく滑った領域ではあまり起きておらず,プレート境界の深部延長で大きくなっている。注意すべき点として,海溝付近の浅い領域における余効滑り分布については,固着域の推定と同様に陸域の観測網だけから精度良く推定することができない。海域での地殻変動観測のデータの収集が待たれる。

 過去10万年程度の地質学的データから,東北地方の太平洋沿岸は0.1 mm/年程度の速度で隆起していることが報告されている。しかしながら,東北地方太平洋沖地震発生以前の少なくとも数十年は5~10 mm/年の速度で沈降し続け,また地震と同時に更に最大約1 m沈降した。本震後は,余効変動により少しずつ隆起し続けているが地震前の標高まで回復していない。地震前の標高まで回復するためには,プレート境界面の深さ40~90 kmの領域で数mの余効滑りが起こる必要がある。

 しかし,今のところ深さ60 kmより深いところでは顕著な余効滑りは起こっていない。陸上のGPSで観測されている余効変動は時間の経過と共に減速しており,このままのペースでいくと数十年たっても地震時の沈降が回復せず,滑り遅れが保持される可能性もある。したがって,本震に直接誘発された今回の余効滑りとは別の大きなゆっくり滑り,もしくは,海岸付近直下のプレート境界面上の大地震によって残存する滑り遅れが解消されることによって隆起するのかもしれない。この短期的な沈降と長期的な隆起の矛盾に対するもっともらしい説明はなされておらず,今後の課題である。

 今回の震源域の北隣りには1994年三陸はるか沖地震(M7.6)や1968年十勝沖地震(M7.9)の震源域があり,南隣りの房総沖では1677年に延宝地震(M8.0)が発生したことが知られている(図6)。今後,今回の地震とその余効滑りによって,これらの震源域への応力集中が進むと,これらと同程度の地震が発生する可能性がある。また,海溝軸の東側においても,本震直後に発生した正断層型の最大余震(M7.5)よりも大きな余震が起こる可能性が指摘されている(図6)。更に,関東地方下に沈み込む太平洋プレート上面でも,余効滑りが進行しており,本震直後ほどではないものの,依然,通常よりも速い速度で沈み込みこんでいる。その上に位置するフィリピン海プレートもその影響を受けており,地殻活動のモニタリングを通して,このような現象について注意深く見守っていく必要がある。

 

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