第4章 南海トラフ地震発生帯掘削計画の経緯

地球の表面はプレートと呼ばれる剛体(厚さ100km程度)から構成されており、それがマントルの対流によって移動しており、プレート同士の発散、収束、もしくはすれ違いなどが生じるプレート境界部では様々な地殻変動が発生すると説明されている。特に海洋プレートが大陸プレートの下に潜り込む「沈み込み帯」は、地震や火山に代表される大規模な地殻変動が表れている場所であり、その場所の掘削によって様々な地殻変動やプレートテクトニクスの解明が進むと期待されている。沈み込み帯の、特に巨大地震の発生メカニズムを議論するために平成9年(1997年)に開催された国際科学ワークショップ「MARGINS SEIZE」では、今後の海溝型巨大地震の掘削調査の対象候補として、南海トラフとコスタリカ-ニカラグア境界の2カ所が選ばれた。南海トラフが選ばれた理由は、過去1000年以上にわたる地震発生の記録が残されている事、プレート境界断層の固着領域と考えられる部分が比較的浅いところまで延びており、掘削可能深度にあることが理由とされた。ワークショップの後、国内外の研究者が共同で南海トラフ地震発生帯に関する4つの科学掘削プロポーザルを作成した。平成15年にはこれら4つを統合するプロジェクトとしてIODP科学審査委員会で南海トラフ地震発生帯掘削計画が承認された。その後、掘削実施機関と科学者によって4ステージにわたる掘削実施計画が策定され、平成19年より「ちきゅう」による掘削調査が開始された。以降、5シーズン10回にわたるIODP航海が実施されている。

(1)掘削実施計画のステージ構成

南海トラフ地震発生帯の掘削実施計画は、科学掘削提案に基づき、その実施の効率性や科学的な手順を勘案し、4つのステージから構成されている。各ステージの概要は以下の通りである。

ステージ1

巨大分岐断層浅部やプレート境界断層浅部(海溝軸付近)を掘削し、地質学的特徴や過去の変動の歴史、現在の応力状態などを把握する。

ステージ2

巨大地震を繰り返し起こしていると考えられる断層(巨大地震発生帯)の直上浅部の地層を掘削し、その地質学的特徴を把握するとともに、掘削孔内に観測装置を設置して巨大地震発生に起因する地殻変動などを観測する。また、プレート沈み込みにより将来巨大地震発生帯に持ち込まれる海底堆積物を掘削し、その地質学的特徴を把握する。

ステージ3

超深度掘削(水深約1,900m、海底下約5,200m付近の巨大分岐断層及びプレート境界断層の接合部)を行い、巨大地震発生帯の地質学的特徴を把握する。

ステージ4

超深度掘削孔に地震断層やその周辺の地層の微小な変動を捉える長期孔内観測装置を設置する。将来的に地震・津波観測監視システム(DONET)と接続し、地震発生現場からリアルタイムでデータを取得する観測網の構築を行う。

 

(2)ステージ1及び2掘削の経緯と成果

 ステージ1は平成19年9月から平成20年2月にかけて実施され、合計6地点(12孔)で掘削を行い、このうち5地点において科学掘削では初めて掘削同時検層(LWD:Logging While Drilling)を実施し、掘削孔内の各種物理データ取得に成功した。このデータから、掘削直後に発生する微少な孔壁崩壊(ボアホールブレークアウト)を読み取り地層内応力の方向を推定することに成功した。その結果、付加体内部の大半でプレートの収束方向に平行な水平圧縮応力が働いていることを明らかにした。また、地質試料採取を6地点(19孔)において行い、巨大分岐断層浅部及びプレート境界断層前縁部の断層を解析したところ、この断層がこれまでに地震性の高速すべりを経験していたとする、これまでの教科書を書き換える新たな発見があった。
ステージ2は平成21年5月から行われ、科学掘削史上初めてライザー掘削(泥水循環式掘削システム)を行い、カッティングス(掘削片)及びコア試料(柱筒状の地質サンプル)の採取・分析、孔内応力の現場測定、2 船式地下構造探査などに成功し、今後の科学掘削の標準手順となり得る多くの新たな科学分析手法を開発した。また、巨大地震発生帯に運び込まれる物質の初期状態を把握する事を目的として、沈み込む側であるフィリピン海プレート上の四国海盆において掘削同時検層及び地層温度の測定を行うと共に、基盤岩(玄武岩層)を含む地質試料の採取に成功した。これらの成果から、1600万年前以降の本海域周辺の火成活動の変遷や巨大地震発生断層面の変成・変質作用の解明に必須の熱流量の見積もりが行われた。平成22年には、ひずみ計、傾斜計、温度計、間隙水圧計、広帯域地震計、短周期地震計、強震計など複数のセンサーから構成される初の長期孔内観測装置の設置に成功し、その後DONETに接続し、海底ケーブルを通した陸上でのリアルタイムモニタリングを実現している。
一方、厳しい海象条件を克服するため、多くの技術開発が行われてきた。特に、速い海流によって生じるライザーパイプの渦励振(VIV:Vortex Induced Vibration)を克服するために、ライザーフェアリング(整流装置)や、リアルタイムでのライザー挙動解析システムの開発を行うと共に、高速海流下での掘削作業手順の確立等、技術的な知見の蓄積が進められた。これらは資源掘削にも活用されうる貴重なノウハウであり、知的財産としても価値のあるものである。

(3)ステージ3掘削の途中経過

ステージ3は巨大地震発生メカニズム解明のため、海底下5,200m前後に存在する巨大分岐断層とプレート境界断層の接合部まで掘り抜く予定である。これまで3航海約9ヶ月間の掘削によって海底下2,922mまで到達し、科学掘削の最深記録を更新している。
海底下5,200mという深さは、通常の海洋地殻であれば、およそモホ面(マントル最上部)に到達する深さであり、海洋性島弧であれば上部地殻を掘り抜いて中部地殻に到達する深さである。
平成20年度に約1ヶ月間かけて海底に掘削孔の土台となる孔口装置設置作業を行い、海底下860mまでケーシング(孔壁保全筒)を設置した。その後、他海域での掘削や津波被災等による中断の後、平成24年度にライザー掘削を開始した。掘削そのものは順調に進められ、約2ヶ月程度で海底下2,005mまで掘削を行ったものの、速い海流下で寒冷前線の直撃を受け、強風の急激な方位変化によって船体の位置保持が困難になり、緊急離脱時にライザー上部を損傷した。航海中の修理及び代替品の入手は不可能であったため、この年度の掘削を中断した。この段階ではケーシングが設置されていなかったため、次年度に海底下860mから再度掘り直しとなった。
平成25年度は掘削開始直後から6つの台風が発生し1ヶ月半の待機を余儀なくされた。その後、海底下2,010mでケーシングが停滞し、その直後にドリル先端部が抜けなくなりドリルパイプを切断して脱出するという事態となった。さらに、残されたドリル先端部を迂回するため、特殊な装置でケーシング側面に穴を開けるなどし、海底下3,058mまで掘削を進めたところ、再度孔内状況が悪化し、最終的には海底下2,922mまでケーシングを設置して掘削を終えた。
途中、掘削同時検層によって、付加体内部及び断層そのものの物性を明らかにすると共に、6回のコア採取を実施している。

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