第2章 南海トラフ地震発生帯掘削計画の必要性

地球深部の物質科学的研究は、地球深部探査船「ちきゅう」でなければ到達できない場所での研究であり、現在も掘削の度に地震、火山等の発生メカニズムや地下生命圏に関する新たな事実が発見されている。南海トラフ地震発生帯掘削計画では、プレートテクトニクスを基盤とした地殻変動の歴史解明に伴い、日本列島形成史についての新たな見解が明らかになるなど、常に地球科学の進歩に大きく貢献してきた。今後は、海洋プレートが沈み込んでいる場所を直接掘削し、得られた試料やデータの科学的分析による、巨大地震や巨大津波の発生メカニズムやダイナミクスの理解など、基礎科学への貢献が大いに期待されている。
一方、防災の観点からも「ちきゅう」の成果が期待されている。南海トラフを震源とするM8~9クラスの地震は約100年から150年周期で発生しており、日本近辺の他の海溝型地震と比べても想定被害が大きく、発生確率も30年以内に70%と高く見積もられている。平成25年3月に内閣府が発表した「南海トラフ巨大地震の被害の想定について(第二次報告)」では、津波によるものだけでも死者数10~20万人にのぼると試算されているが、平成26年3月に定められた「南海トラフ地震防災対策推進基本計画」では、津波等による人的被害削減を重要な課題として位置付けており、南海トラフ地震による想定死者数を今後10年間で8割削減することを目標に掲げている。そのため、今後とも実施可能なあらゆる防災・減災に向けた努力が尽くされるべきであり、「ちきゅう」による巨大地震発生域の直接掘削調査もその重要な研究課題の一つとして数えられる。これまでにも「ちきゅう」による津波発生メカニズムの解明が防災計画策定に反映されており、「ちきゅう」により設置される長期孔内観測装置は地震・津波観測網につなげられる予定である(1箇所は接続済み)。特に南海トラフを震源とする地震では地震発生から津波到達までの時間が短いため、できるだけ早期に地震情報を伝える必要があることから、震源域に近い海底下の地震計が重要な役割を果たすと期待されている。
また、「ちきゅう」による南海トラフ地震発生帯掘削は通常の海底油田掘削とは全く異なる地質環境での掘削であり、かつ非常に変化の激しい気象・海象条件下での掘削となっている。2,000m以上の大水深、複雑な地質構造をもつ付加体、台風・低気圧の頻発といった日本近海特有の海象条件は掘削遂行の大きな障害となっているが、高温・高圧といった極限状態での観測装置設置など数多くの技術革新とそこで得られる知見は、今後、我が国の排他的経済水域内での海洋資源開発を目指す上で貴重な基盤情報となるほか、民生用の先端技術の開発など他分野への応用も期待されている。

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